木下水月の憂鬱Ⅴ
「まぁ、話を聞いた限りだけどね。それに圭くんの人となりもあってるかどうかわからないし」
私はそれに付け加えるようにして教えてくれるかい、と頼むと彼女からはおおよそ私の想定していた圭くん像と重なった。
それに告白は圭くんからしてきたというのも私推理と合致する。
「やっぱりそうかもね」
「どうなんですか?」
「さっきは千代ちゃんが変わったかどうか聞いたけど、本当は圭くんが千代ちゃんの誘いを断るようになるまでに、他の変化でもあったんじゃないかな」
「他の、変化……?」
「そう。例えば前より積極的に話すようになったとか。前より張り切った感じになっていたりだとか」
「……確かに。そう、だったかもしれないです」
「でも、千代ちゃん自身は変わってないってさっき言ってたよね?つまりは千代ちゃん自身は圭くんが彼氏になっても特別変わったことはなかったわけだ」
となれば後は簡単で、千代ちゃん自身が気付いてないだけで、圭くん自体は彼氏彼女という関係になったことで何か変わることを期待してたのだと思う。
それがどうな風にかは想像するしかないが、多分彼女からの扱われ方なのだろう。
彼女の気質的に仕方のないことでもあるが、男である圭くんが彼女から女の子扱いされていることがどこか彼自身気に病んでいたのだろう。
幼馴染みということもあって、これまでずっと好きな人にそういう扱われ方をしていたのだ。
関係が変わることで何か変化が有ればと思ったのだろう。
そのことを彼女に伝えると、どこか上の空といった様子で呟いていた。
「私の……せい?」
「まぁ、そんなことはないだろうけどね。好きな相手が彼女にまでなったのに、付き合う前となにも変わらないってなって不安になっちゃうのは仕方もないことだと思うよ。それに、千代ちゃんも圭くんのことをただの友達だなんて思ってないんだろう?」
「当たり前です!ずっと、ずっと好きですもん」
「なら、それをちゃんと言葉にして、真正面から話し合った方がいいんじゃないかい?」
「真正面から……」
彼女がどこか考えるような節を見せているところを見ると、ちゃんと自分と相手を認識することができたのだろう。
多分これからすぐにでも解決するようなことなのだと思う。
二人は幼馴染みだ。
付き合ってきた時間もその関係も、互いを分かり合えているという当たり前の感覚ゆえの齟齬なのだろう。
だから彼女らはきっと大丈夫なのだ。
それこそ私なんて出る幕もなく、時間が解決していたことでもあるのだから。
「先輩、ほんとにすごいですね……。私、先輩より千代ちゃんのことはわかっているつもりだったのに、まったくわかってあげられてませんでしたよ」
「まぁ、初めて会ったからこそ先入観なく話を聞くことができたからね。適任だったとも言えるかもね」
「そういうものですかねぇ」
彼女もどこか瞳に影を落としたように見えたがそれも束の間、千代ちゃんは意を決したように前を向いた。
「水月先輩!ありがとうございました。おかげでなんとかなりそうな気がします。それに綾先輩も。ありがとうございます!」
「多分まだ解決とは言えないんだろうけど、千代ちゃんの不安が消えたようでよかったよ。多分私じゃ力不足だったからね」
「そんなことありませんって!綾先輩はこんなにも可愛いんですから。綾先輩が悩みを聞いてくれるだけで私は気分が落ち着くんです。だからちゃんと助けられてるんですからねっ!」
そう言って隣の席に座る一ノ瀬の腰に纏わり付くようにして抱きつく千代ちゃんは顔のつきものが晴れたような感じがした。最近どこかで見たような顔でもあった。
「まったく……。ありがとう、千代ちゃん。私も慰められちゃうとはね」
「綾先輩は私が一番好きな人ですから!」
「そこは圭くんじゃないの?」
「圭くんは男の子の中で一番です。綾先輩にならなにされたっていいくらい好きですもん!」
「あはは、そっか。そういうのは彼氏の前では言わないようにね」
「は〜〜い」
なかなかに危ない発言ギリギリなのだが、一ノ瀬はそれに愛想笑いで返していた。
その姿は私なんかよりよっぽど先輩っぽいもので微笑ましい。
「それより水月先輩!私とも連絡先交換してください!是非お話聞かせてもらいたいです!」
「……お話、って?」
「もちろん先輩についてのいろいろなこと、ですよ!だって私の悩み事をこんなに簡単に聞いただけで、なにが問題かわかっちゃうんですもん」
「そんな大したことではないんだけどね」
実際千代ちゃんの発言から、あり得る可能性のうちの一番高いものを考えてはいたが、所詮その程度。
実際に間違っていることだって少なくない。
それに今回は結構わかりやすい状況なのも相まってだ。
まだ解決したわけでもない。
「そんなことなくないですよ!それに水月先輩めっちゃ綺麗ですし、ほんとにモデルみたいなんですもん。もしかして芸能界とかで経験してるんですか!?」
「いや、全然違うね」
それはもう盛大に。
「うーんそっか……。絶対モデルさんとかになれるのに」
「先輩はね、そんなことよりある人のためにいろんなことを頑張ってる人なんだよ」
そこに横槍を入れるようにして会話に入り込んでくる一ノ瀬は、どこかしてやったりといった顔をしていた。もしや私が雫君と知り合いであることを隠していた腹いせなのだろうか。
「ある人って女の人ですか!?」
「いや、男の人だよ。それに元々は私たちと同じ学校で、私と同じ学年だった人」
「……そうですか。では、水月先輩は好きな女性のタイプの人とかいます?」
ただし、千代ちゃんはそういった話題に毛ほども興味を無くしてしまう。
それほどまでに男というものを嫌っているのだろう。
話題を振った本人はそういえば、と地雷を踏んだことに今更ながらに気付いたらしい。
男性恐怖症なのを教えてくれたのは一ノ瀬だというのに、こういうところで忘れるおっちょこちょいなところはなかなかに可愛いもので、千代ちゃんの言う可愛さもわかったかもしれない。
「さぁどうだろうね。どちらかというとボーイッシュな子の方が好きかもね」
「そうなんですね!ところで私も髪は結構短い方ですけど、どうですか!?」
「ちょ、千代ちゃん!?相手が可愛かったり綺麗だったら誰でもいいの!?」
「そんなわけないじゃないですか!ただ水月先輩は綾先輩と初めて会ったときのような匂いがするんです!これは運命だっていってるんですよ!」
「まったく、千代ちゃんったら」
それからしばらくカフェで駄弁っている間に連絡先も交換し、晴れて私たち三人のグループが作りあげられたりなんかして、充実した時間を過ごした。
そのあと、千代ちゃんは早速圭くんと話に行くために帰り支度をして、急いで彼に連絡を入れていたりした。
家も近所らしく、行こうと思えばすぐにでも行ける距離にあるらしい。
是非とも仲直りがうまく行くように願うばかりだ。




