他愛のない日常Ⅲ
そして四つの企画の内容について語り終えた頃には、もうすぐ一時間が経とうとしていた。
『うわ、もう一時間経ちそうじゃん』
「いややっぱり歌だけはやめよう」
「なんか俺らにまで降りかかってくるタイプの企画なんだが」
「これで酷評でもされたら泣くぞ!?」
「てか声劇配信がめっちゃ面白そうなんだが」
「脚本も紫音がやるってどんだけ多才だ?」
「あの声真似のクオリティだとまじで声劇やらせたら一つの作品になるんだが」
「金払えそう……w」
「てかゲーム配信が一番アンパイかと思いきや……」
「なんかどっかでみたことある即終了系だし草」
「でもこれも声劇と一緒でキャラのセリフ読んでもらえるのめっちゃ面白そう」
「読むだけで寄せないってのはないよな!?」
「ノベルゲームだと声劇と変わらなそうw」
などなど。一時間が経とうとする頃に、リスナーはどの配信が一番良さそうかについて熱く語り合っていた。
それに紫音自身が加わってしまうから、新たな企画内容まで爆誕したりした。
リスナーにとってこの配信が紫音という人柄を推し量る最初の機会であったのだが、そんなことなど考えることなく純粋に配信を楽しんでいる節がみんなにあった。
男の配信には何者にも耐えがたい魅力というものを感じていたのかもしれない。
そこでどうせだからこのまま質問コーナーにでも移ろうか、と話題が転換したところで一つの質問が送られてくる。
「シオンは何やったことないの?」
男はついにそのコメントに目を通したかと思うと、どうだか、と思案してみせる。
『そうだなぁ、じゃあちょっとみんなでやってほしいこと書いていってよ。それでやったことないやつ調べれるしね』
「確かに……これまで聴いてるとなんでもできる印象しか……」
「完全に麻痺ってた……」
「そうだよな、これが普通じゃないんだよな……」
「絵に歌に演技にピアノとか、設定もりもりすぎw」
「天才かよ」
「なぜこんなところにいる!?」
『いや、やってほしいこと書いてよ!』
「あ、はい」
「なぜかここまで届く圧ッ!!」
「あのあれっ、アイクラとかは?」
「んーFF見てみたいなぁ」
「TRPG!!」
「FPSとかは?」
「絶対流行るから、レイペックスやろーぜ!」
「スパイシュミレーターみたいな鬼畜ゲーやってほしいなぁ」
「バトロワとか?」
「確かにアイクラとかみたいなぁ。ユナイトサーバーあるし」
「てかアイクラはほとんどみんなやってるもんな」
「レイペックスとかは響也とか聖がやってるから一緒にやってほしいなぁ」
「そういや夏に鬼畜ゲー発売するっけ」
『こうやってみてみるとほとんどやったことないな……』
「お?ゲームはそこまでか?」
「まじ?」
「逆に珍しいな」
『アイクラとかは先輩のをちょくちょく見たから、結構興味はあるかも。操作も何もかも知らないんだけどね?ただあれっ、あの村人?の声がふんぁ、って感じなのは知ってる』
「そうそう!」
「なんでそれを知ってるんだ」
「楽しみです!」
『うーん、FFとかより俺はドルクエとかをやってたかなぁ。それにゲーム知識も偏ってて、どちらかっていうとプログラムとか描写の方に興味が持ってかれちゃってそこまでやってないんよね』
「いやなぜ!?」
「ここに来て新たな新事実!?」
「じゃあFPSとかはやったことない感じ?」
『そのFPS?とかはやったことないね。なんかゾンビとかやっつけてるイメージしかないや』
「ゲーセンかな?」
「草」
「ゾンビ殺されがち」
「てことはFPSでは実質俺の勝ち!?」
「クソ雑魚エイムだったらおもろい」
「やるつもりとかはある?」
『んーどうだろう。そのFPS?とかは分かんないや。やるとしてもこれからかな?』
「りょーかい」
「初見の反応とかも面白そうだけどなぁ」
「待ってる!」
『ってな感じかな?じゃあ。結構俺もやったことないやつ多いからなぁ。ほらなんだろうボイパとかも良くわからんし、楽器もピアノ以外はからっきしだから』
「なんかここだけ聞くとまるで人間みたいだ」
「まるで人間じゃないみたいなw」
「ギターとか似合いそうだけどね」
「よかった、これでできないことがないとか言われたらどうしようかと」
『というわけで、次行こうか。なんか聞きたいこととかある?』
男がそう言葉にするとすぐに他の話題について言葉が飛び交う。
ある人が「あの人にばれましたけどどうしますか!!」というコメントをした時には、男の今後にしなければならない歌配信が一つ決まってしまったりもした。
そして時には恋愛話、時には苦労話、時にはリスナーと冗談を言い合ったりして笑いながらこの短い時間を過ごし、ついに配信が始まってから一時間半と経とうとしていた。
その時間は短かったかもしれないが、男にとっては少しだけ長く感じる時間だった。
それこそ二時間三時間と話し続けたような疲労感が伴って。
『てな感じで今日は終わろうか。次の配信結局何にしようかなぁ?』
「あれ、挨拶結局決めてなくね」
『あっ、まぁ、挨拶は後日ということで!』
「り」
「了解」
「考えとこ」
『じゃあどうせだから、チャンネル登録とツイッターフォローよろしく!ちなみに次の配信は明日の予定だけど、詳細な時間が決まったらツイッターで告知するから、フォローしとくと楽かも。じゃあまたね〜』
「おつかれ!」
「おつかれオン!」
「おつかれオン〜〜」
『あっ、それと昨日今日と俺の配信見てくれてありがとう。みんなに見てもらえるような配信者になるから、これからも応援よろしくな?』
「あたぼーよ」
「もう最推しです」
「二股じゃダメですか……?」
「これからもがんばって!」
「収益化したらスパチャを投げる次第です」
「早くメンバーになりてぇ」
そんなリスナーの口々のコメントが流れながら配信は終了された。
画面は止まり、コメント欄だけがそのスピードを遅くして動いているものの、次第に止まって配信が終わる。
それと同時に男の画面も真っ暗になった。
今日という日は男にとってこの家で配信するということが初めての日となった。
これからはこのパソコンと共に配信をして、みんなと一緒に話し合って、ゲームして、歌を歌って絵を描く。
廃れたアパートで一人ポツンと部屋の壁に向かってしゃべり続ける。
幸い角部屋で隣の部屋に入居者もおらず壁もそれなりに厚い男の部屋は、よほど大きい声でも出さない限り問題にはならない。
男は口角を上げて目を細め、等しく笑顔と認識される顔を作る。そして消す。
また笑顔を作ってはそれをどこかさめたような目で暗くなったディスプレイに映る自分を見つめる。
ふと男が視線を変えれば、配信を終えたら食べようと思っていた夜食が男の机には置かれていた。
特になんでもない、ただの塩おにぎりだ。
彼はそれを少しずつ食べる。
よく味を噛みしめるようにして、ゆっくりと。
『……よろしくね?シズク』




