他愛のない日常Ⅱ
「待機」
「待機」
「待機人数おかしいw」
「まだ始まってないのに五千人おって草」
「待機」
「てか今日何やるんだろう?」
「始まりってタイトルもなんかおもろい」
「何するかわからん!!」
コメントがまだ始まっていない枠の中で流れ行く。
初配信を除けば、この配信が初めての配信といえる。
というより初配信の企画強めな配信というのはそうそう行えることではない。
運営のフォローや、数々の裏方による演出があってこその配信が初配信だから。
つまり、この初配信後の初めての配信がその人の魅力を十分に知らしめ、そして視聴者にとってこの人がどんな配信をするのかを判断させる材料にもなり得るわけである。
「お、始まる!」
「キタ」
「今日は初めから見れそう」
配信が始まるとサムネイル状態の画面から転じて配信するときのUIに切り替わる。
画面左側に七々扇紫音の上半身までを映している。
その体はアプリで配信でも連動して動くようになっている状態のため、スタジオで全身をトラッキングするときのように激しな動きはできないが、顔とかの微細な変化を捉えるには最適である状態だ。
そして画面右側にはやりたいことリスト、となんとも言い難いフォントで書かれており、それより下が空白になっていた。
さらにその下には高速で流れるコメント欄が反映されている状態だった。
そんな配信の構成ではあったが、肝心の背景はどこかノスタルジックなものを感じさせる、主色が紺あたりの配色の画面だった。
「よろシオン!」
「よろシオ〜ン」
「よろシオン!!!」
『えーっと、ゴホン。よろシオン!ユナイト所属バーチャルライバーの七々扇紫音ですっ!よろしく!』
「ん?」
「挨拶ダサくね?」
「よ、よろシオン……!」
「顔がいい!」
『あれぇ、そこまで好評でもなかった……次はどうしようか。もっとぶりっこっぽくいったほうがいいか?』
「聞こえてるぞ」
「いや普通で行こ普通で」
「いや草」
『んーどうせだし後で決めればいいか。今日は結構時間取れるしね?』
「お?」
「いいねぇ」
「キタコレ」
『ってなわけで!今日はこの右のやつを見ればわかるように、どうせだから何か質問に答えながら、今後何しようか決めて行けたらなって思ってる』
「お、質問コーナーか?」
「いやまじでいっぱいあるぞ?」
「謎多き新人」
「昨日の時点でもうヤバいのだけは知ってる」
ちなみに男のそのアバターは指をゆっくり動かして画面での右側を指すようにしていた。
顔も表情が読める程度には多彩に変化しており、環境が簡単でも十分高い精度で動いていた。
『じゃあまずはちょっと俺がこの短い期間で考え抜いたやりたいことリストを発表しよう!』
男はそういうとマウスを操作して、空白だった欄の中に文字が浮かばせる。
そこには今後やりたいことを書いた数々の企画が記されていた。
「絵描きに歌、声劇にゲーム配信……ほう?」
「いや、クセ強すぎでしょ……」
「絵のそれはなんだ?」
「ただのお絵描き配信じゃないんかい」
そこに羅列されたのは主に四つの企画。
一に、絵の特技を生かしたお絵描き配信。
以前書いた題材について、違うアプローチ、違うタッチで描く縛り付きの。
二に、歌配信。
初めに歌って、その歌についてまじの評論をする。甘さを見せたものは自身のツイッターで自分の歌を晒さなければいけない。
なぜ視聴者までに歌わせるかはわからないが、そのツイートにハッシュタグをつけた場合、その人の歌の評論までも始めるというもの。
三に、一人声劇、もしくは声真似でのセリフ読み。
ちなみに脚本も男が作ったもので声を演じ分けるというもの。ちなみに時間が余った時にリスナーからセリフを募って声真似で読むというもの。
四に、ゲーム配信。
単純にホラゲーや、ストーリーRPGをフルボイスで演じながらやったり、一度でもゲームオーバーすればそこで終了というもの。
と言った企画をざっと説明した一、二文の説明が空欄に現れる。
もちろんとても端折って小さなスペースに移してしまっているため、ものすごく分かりにくいものとなっている。
『ってな感じで、普通にやるよりかは何か目的がしっかりしてたほうがやりやすいし見やすいじゃん?』
「確かに……」
「三里くらいはある」
『なんかプレゼンみたいになっちゃうんだけど、せっかく用意したことだし一つ一つの企画について説明しよう!』
「助かる」
「なんか濃すぎるんよ」
「普通の配信はしないんか……w」
男が出したのは一枚目のスライド、お絵描き配信の概要についてのものだ。
男は過去に描いていた、少しアニメ調な女の子キャラを張り付けてこの企画内容を説明をする。
「なるほど?」
「へぇ〜、面白そうじゃん」
「てか、それ描いたんマジ?」
「既に十分うまい件」
「めちゃかわいい」
「タッチ変えるってめっちゃむずそうなんだが」
『これは俺が高校に入ったばっかの頃あたりのオリジナルキャラクターだから、ちょうど三年くらい前の絵かな?少しは成長していると思いたいけど、こればっかりは実際やってみないとわからん……』
「いや、凄いな」
「高校の頃なんてずっと寝てたぞ」
「やば」
そんな感じでコメントに書かれる感想の節々を男は機敏に読み取り、配信という環境で自然と受け答えしてみせる。
デジタル絵?と聞かれれば、間髪入れずに肯定の意を示し、そこから苦労話やあるある話にもっていくことで、同じ境遇の視聴者に同調を誘っていた。
絵の経験者でない人でも、男の話す内容はどこか面白おかしく、微かに漏れ出る程度の笑いですら面白いと思ってしまう話し方を男はしていた。
そんなリスナーとの距離感がまだ短い期間でありながら面白いと思うほどに、紫音というキャラクターをより鮮明に作り上げていった。