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激動の一日Ⅷ


 俺は降りしきる雨を意にも介さずバイトの飲食店へと向かった。

 警察が来たときに、一緒に裏口で状況説明したときに取っておけばまだこんなに大遅刻になるはずもなかったのに。どうしても隣にいた先輩の圧のせいもあって今の今まで忘れていた。

 

 路地は案外狭いから車が通る心配などはないが、誰かに取られたりはしていないだろうか。

 一応警察が調べたときに俺の携帯を持っていた様子はなかったから、未だにあそこに転がっているはずだが。そんな大遅刻をかましてしまった俺は綾香から借りた服を雨で濡らしながらスマホを求めて走っていった。


 案の定とでもいうように、スマホを無事見つけ出した時には不在着信が一〇〇件を超え、ディスコードのチャットがすごい量来ていた。

 俺はその路地で雨を遮る屋根の下、柚月さんに謝りの文を送っていた。

 

 すると、俺がそこに記入中の間にやっと反応したか、とでもいうような速さで電話がかかってきた。


「しーおーんーー?」


「どうもすみませんでした!」


「その心意気良し。ただ、そろそろ流石にツイートしようか?ねぇ、紫音君?」


「は、はい!仰せのままに!」


 俺はスマホを通話状態にしたまま、ツイッターのアプリを開く。もともと自分のアカウントを持っていなかったから誰もフォローしていないアカウントでもある。しかし通知欄には何もツイートしていないのにフォロワーがついていることを知らせていた。


「え、なんかもうフォロワー、一万人近くいません?」


「それだけ君は注目されてるってことだよ」


「はぁ」


 下書きは既に書いているから実質ワンボタンでツイートは完了するわけだが、ここまで遅くなってしまったのだ。何か一言付け加えた方がいいだろう。


「こんなに遅れてしまいましたし、なんて付け足せばいいですかね?」


「寝坊したのか何なのかは知らないけど、事実を話せばいいんじゃない?その上で固くならないように謝ること!そうすればちゃんと初配信で話すネタにもなるし、視聴者側は本音を聞く方が安心するしね」


「じ、事実ですか……」


 夜中の寒空の中でなるべく完結に書いて、あまり固すぎない文章でツイートしていく。地面に落としてしまった影響だろうがスマホの下半分の液晶が割れてなかなかフリックし辛い。画像は事前にもらっているビジュアルの写真を二枚添付して、約六時間遅れでツイートすることに成功した。


「これでいいですかね」


「ちょっと待ってね。……うん、オケ。大丈夫だね」


 それに加えて少し重荷が取れたかのようにため息をついていた。


「君のツイートを見る感じ何か厄介ごとがあったんだろうけど、せめて今日にバイトが入っているってことぐらいは聞いて置きたかったかなぁ?僕は」


 それに俺は狼狽する。別に問題ないだろうと思っていたことが問題になってしまったものだから尚更。


「すみません。準備もできてたんでツイート自体ならバイト場でもできるな、と思い伝える必要もないと思って」


「それでもだよ。まぁこれからしっかりしてもらえればいいんだけどね。何せこの僕がマネージャーなんだから。明日にでもスケジュールの打ち合わせをしよう」


 とそこまで言葉にするといきなり行き詰まったかのような声を出した。


「と思ったが明日は用事があるんだった。明後日にでも話さないか?」


「えぇ俺は問題ないです」


「そうか、なら午後の二時あたりからでいいかな?」


「はい、わかりました」


「ーーそれにしても紫音。今もしかして外かい?」


「あぁちょっと外にいたかったときにちょうど思い出して……」


「それですぐにかけてきたってわけか。その心意気はいいけどね、何か大変なことでもあったんだろう?とりあえず明日は何もないんだからゆっくり休んどきな」


「あ、ありがとうございます、柚月さん」


 柚月さんの大人っぽいところを初めて見たのは案外今かもしれない。なかなか声だけだと大人らしさが出ている。僕っ娘なのは変わらないが。


「とりあえず今日はお疲れ様。雫君には大変なことがあったんだろうけど、何にせよ今日が七々扇紫音の初出、華々しいデビューなんだからそんな気が滅入るような声を出すんじゃあない。視聴者が楽しい、面白いって思ってもらえるように僕たちは活動してるんだからさ。だから、胸張ってけ、紫音!今日が君の進む道の第一歩目だ」


「は、はい」


 そして通話は切られ、そこで周りは静寂に包まれた。




 つい先ほどまでいろいろなことを考えて、いろいろな感情がごった返しでなんだか結論を急いで出そうとしていて。

 そんな俺の意識が柚月さんには感じ取られてしまったのだろうか。やはり先輩の姉だから、そういった感情の変化には敏感なのだろうか。


 そう思考して先輩のことについて思い出すと、俺は先輩に対してその行為を無碍にあしらってしまった後悔も同時に感じていた。

 先輩は俺の危うさを心配してくれて、いつしか言っていたほっとけないという言葉もそういう意味を内包していたのだと思う。

 それなのに俺は結局またその危うさはわからないままで、先輩に対して何もいうことができなかった。


 きっと何か言って欲しいのだろうことはわかった。何か言ってあげたいとも思った。でも言えない。喉まで出かかっているのに、まるで俺が俺でないように。


 もっと論理的に考えればわかる。

 いつもみたいに物事を俯瞰して考えればどう行動すればいいかわかる。昔、感覚で行っていたことを自覚できたときのようにやれば俺はちゃんと成長できる。


 でも何に?

 身のこなしを身につけた時はそれが目的だった。水泳で成長したのは泳ぐのが早くなりたかったから。

 いつまでもボールを蹴り続けたのは思い通りに動くような球を蹴りたかったから。

 ピアノも、サッカーも、芸術も、武道も、どこか目的があって何をしていることが俺にとって面白いものなのかはっきり自覚していた。


 じゃあ今は?俺は何になりたい?何をしていることが楽しい?何をやりたいと思っている?


 俺は何者だ。



 目を閉じて自分を客観的に捉えようと意識する。

 どんな時もそれをすれば冷静になれたし、自分を客観的に見ることができた。


 でも、今の視界は、真っ暗だった。



次回どうなる、片桐!?

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