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激動の一日Ⅳ

 


 俺はそういったことがままありながら店内に戻った。

 そして、その店内の入り口付近には、先輩とあの女の子が立っていた。

 先輩にああも啖呵を切った挙句、俺がこの様とは、なんとも格好がつかないものだと苦笑する。


「まったく、こんなに無茶して……。君に何かあったらどうするんだい」


 そう近寄ってくる先輩は、濡れた地面に転がった時の汚れでそう判断したのだろうが、実際にはもう何かあったあとである。


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと無茶しなきゃいけなかったんで、左手がもう動かないです」


 そう右手で左手を持ってぶらんぶらんとして見せると、先輩は顔を蒼白にさせてしまった。隣の女の子も同じような顔をする。


「ああでも肩が脱臼してるだけなので、問題ないですよ」


 俺が大袈裟に見せてしまったから始末のつかない重症に見えたのだろう。女の子はそれで少しは安心したかのように息を吐いた。先輩はというと、いつのまにか俺に睨みをきかせていた。


「まったく心配させて。ちゃんとこの後病院に連れて行くからね!」


「は、はい」


 凄みのあるドスの効いた低い声に動揺しながらも、頷いて賛成して見せた。もとより行くつもりではあったため、それに一人加わっただけだ。


「それと、雛森ちゃんから話があるんだと」


 隣にひっそり佇む新人であるところの彼女。

 そういえば俺の唯一の後輩でもあることから、彼女の出るホールではよくサポートしていたのを思い出す。


「あの、片桐先輩。その、ありがとうございました!私のせいであんな厄介な客に目をつけられてしまって。それにそんな怪我まで負わせてしまって、私……」


「気にしなくていいよ。ああ言う輩は一ヶ月に一回は来るくらいのそういうやつだから。気に病むだけ無駄だよ。それに、本当はあいつに転ばされたんでしょう?」


「ーーなんで……?」


 心底疑問そうに彼女は聞くと、俺は先輩の名前を出す。


「先輩は人のことをよく見ているらしいよ。あぁこの木下先輩ね。なんでも君の性格からきっとあいつが何かしたに違いないってね」


「まぁそうね。確かにそう言ったけど、君確信してたわよね?私は冤罪なのは確信してたけど、転ばさせたことについては半信半疑だった。なんで雫君はわかったのかな?」


 先輩もまた俺に疑問を浮かべたように捲し立てた。


「一つはまぁ、先輩の言うことだから疑う余地がなかったってところが一つ」


 そこまで言うと、先輩の頭からボッと音が出るほどに顔を赤く染め上げてしまった。


「それと、雛森さんの靴下。うちの制服は靴下が真っ白だからね。どうしても小さな汚れが目立つんだ。そもそも、何かに躓いたりしたのなら、手に持ったものは真っ直ぐ前に落ちるものだからね。パフェが男に向かって飛んだってことはパフェを男に運ぼうとしていた時か、もしくは誰かに転ばされて止むを得ず重心が偏ってしまうとき、と考えるのが理に適ってない?それになんだか隠すように椅子の下に傘を置いているのが見えたしね。本人に指摘されないように近くから見えないように隠してたんだろう」


 そこまで言い終えると二人とも納得したように頷いていた。雛森さんに実際のところどうだったのか聞いてみたところ、「何か棒みたいなもので右足が突っ張ってしまい、手に持つ物に注意していたため何によって転ばされたのかわからなかった」ということらしい。


「なるほど、そういうわけか。なら納得できる。だが、なんで君が出ていってすぐにあいつは押し黙ったんだ?」


 先輩がそこまで言うと、外からサイレンの音が聞こえてくる。ようやく警察が来たらしい。


「続きはどうせ警察に話しますし、そっちにしません?」


 そう言ってしばしの間、警察に事情を聞かれる運びとなった。男が実は三日前ニュースでやっていた横領の犯人だということ。そして大量の借金を抱え込んでいただろうこと。そのストレスで恐喝まがいのことをここで働いていたこと。

 それらを話すと最後に名前を聞かれたため、危うく七々扇紫音という名前を口走りそうになったが、すんでのところで片桐雫と言うことができたため、人知れぬところでの苦労がかかってしまった。


 先輩はと言うと、その話を聞いていたが一体どうやってその情報を得たのか気になったらしく、ただの当てずっぽうだと言うと、余計に疑問視するようになってしまった。あながち間違いでもないのだが。

 その後には雛森さんに再三に渡って謝られ、家に保険証を取りに行った後、家の外で待たれていた先輩と共に病院に向かった。生憎重症でもなかったためすぐに診察も終わり、運動は自粛するように言われるだけで済んだ。先輩には心配をさせてしまうことになったが、無事騒動は収まったと言えるだろう。




「まったく、こんなことになるなんて思いもしなかったよ」


「そうですね。俺ももっと上手くやれればこんなことにならずに済んだんですけどね」


「そんなこと、気にしなくていいんだよ。どの道危険なことには変わりなかったしね。男が店内で暴れてしまっていたら今回よりひどい結果だったかもしれないだろう?」


「そうなったら危害が及ぶ前に制圧してくれたでしょう?」


「そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。ただ少なくともうちの店で変な男が暴れたっていう不名誉な汚点が付いただろうけどね。そうなるなら、うちの従業員が人助けをしたっていう名誉がついた今回の展開もそれほど悪くないように思えるだろう?」


「そんなこと結果論じゃないですか。俺が一歩でも間違えていたら、名誉どころか男を死に追い詰めた犯罪者ですよ」


「でも君はそうならないように動いた。結果的に人一人を救った。それで十分じゃないか。それに君は勘違いしているようだけど、もし君が追いつけなかったとしてもそれは君のせいじゃないんだからね。まったくなんで君はこうも自己否定感が強いのかね。現に君にお礼を伝えた子だっていただろう?君はきっとあの状況で考えうる最善の結果を選んでいた。君自体も最善を実行できたんだろう?」


 暗い夜道を二人並んで歩いていた。なぜか先輩いると最近こんな話をしがちになる。


「確かにそうかもしれませんが……」


「それでいいじゃないか。もっといいやり方がって、もっと平和的な解決方法があったかもしれないと思う分には構わないけどね?でもそれでも君は今の選択を貫いてこの結果に至った。それだけが事実で真実だ。それをいつまでも悔やむんじゃなく、次の糧にすればいい。ま、普通はそれを失敗だと感じた時に言ってあげる言葉であるはずなんだけどね」


 先輩は苦笑とともに言葉にしていた。どこか儚げな雰囲気がその瞳に浮かんでいる。


「私にはまるで自分の行動が過ちだったと言っているように聞こえるよ」


 その言葉がチクリと胸を刺す。どこかで感じたこのとある痛み。それがただ呆然と俺を襲っていた。


「ーーそんなわけ……、ないじゃないですか」


 俺はただそういうしかなかった。でも、どうしても今は先輩と目を合わせられなかった。

 それを見て先輩は足を止めた。俺も次いで足を止める。


「まったく、つくづく君は不安定な人だよ。私が以前、危ういって言ったことはあながち間違いではなさそうだ。今の私じゃ話も聞かせてもらえないんだろうね」


 電灯の作る影が彼女の表情を真っ黒に塗りつぶしている。


「はぁ、君ほどの人間がなぜこんな生活を送っているのかずっと疑問だったが、君の抱える問題はとても根深いようだ。前に抱えていた一抹の不安も本質的には解決されていないんだろうね」


 その言葉にそんなことはない、という言葉が喉まで出かかる。

 俺がもう大丈夫だ、と胸を張って言える時になったらそう言おうと、そしてもう少しでその時になるんだと、心のどこかで思っていた。

 なのにたったの八文字の言葉すら出てこない。

 あの時は確かにそれで決心がついたんだと。おかげで助けられたのだと。そう言いたかった。

 でも俺の口は動かない。

 俺は恐れているのか?何に。俺は痛みを感じているのか?何で。俺は傷つきたくないのか?どうして。


 俺はなぜ、口が動かない。


「とにかく、今日はありがとう。雛森ちゃんも感謝してたんだ。多分私が行っても事態は根本的に解決できなかっただろう。だから、ありがとう」


 先輩はそういうと、頭を下げて感謝してくれた。そして付け加えるようにした言う。


「それと連絡するつもりだったんだけどね。明日と明後日は朝河川敷行けないんだ。私もここ最近早起きの習慣がついてしまったから、個人的に運動するつもりではあるけどね。だから、君もサボっちゃダメだからね!これ約束」


「……はい」


 その言葉を交わしてから彼女はいつものように足を進めた。

 

 俺は未だに佇んでいる。

 都会にしてはここらはさほど明るくない。

 電灯の光がポツンポツンと存在し夜の空には雲が覆っている。その一角に、俺はただ立っていた。


 もうすぐ雨が降ろうとしている。


 

次回も続き!


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