†第2話†
それは、3か月前……すなわち3 months agoのことである。
中学2年生の少年・桐生朱雀は、昼休みに学校の屋上で一人佇んでいた。そこに、彼女が──ナイトメアがいきなり現れたのである。
突然の出現に狼狽する朱雀。そんな彼に、ナイトメアは言った。「悪魔の手先となって、天使と闘ってほしい」と。
何故そんな経緯になったのか。闇に魅入られた読者諸君にも理解りやすいように、順を追って説明しよう。
“世界”というものは3つ存在する。天使が住む“天国”。悪魔が住む“地獄”。そして、人間が住む“現世”。
だがある時、天使たちは決めた。度重なる戦争や環境汚染で地球を汚す人間を、一度始末してしまおうと。
こうして彼らは人間のふりをして現世に潜入。人間を一掃する計画……その名も†処罰の黙示録─ジャッジメント・アポカリプス─†を実行するため、密かに工作を開始した。
天使たちの計画に異を唱えたのが悪魔たち。彼らは、天国、地獄、現世、この3つの世界の“均衡”こそがもっとも重要だと考えている。
故に、天使たちの一存で現世から人間を抹消し、その均衡を崩すのは危険だと意見した。
しかし天使たちは聞く耳を持たない。
だから悪魔たちは、強硬手段に出た。それが、“人間に悪魔の力を分け与え、現世に潜入した天使たちを始末させる”というものであった。
何故そんな面倒で回りくどいやり方をするのかと言うと、天使と悪魔は絶対に直接争ってはいけないという協定が、何憶年も前に決まっているからなのだそうだ。その協定が結ばれた理由については、人間である朱雀には知る由もない。否、知る必要もあるまい。
こうして朱雀は、“天使を一人始末するごとに10万円を貰う”という契約の元、悪魔から力を分けてもらった。
そう……†悪魔の適合者─デビルズ─†となったのである。
もちろん†悪魔の適合者─デビルズ─†は、誰にでもなれるというわけではない。その名の通り、“適合”した者しかなれないのだ。
適合者は、ナイトメア曰く地球上に5人だけ。朱雀は、その5人のうちの1人だったというわけだ。
ちなみに、他の4人は既に†悪魔の適合者─デビルズ─†となり、天使達との闘いを始めているそうだ。
朱雀はこの4人の事を一切知らない。いつか、彼らと邂逅する時が来るのだろうか?
それはまだ、誰にも理解らない……。
† † †
所変わって、ここは天国。白い石を積み上げて作られた巨大な神殿の最奥に、一人の大男がいた。
彼の名はウリエル。数多くいる天使たちの中でも、特に強大な“力”を持つ者……“上級天使”の一人である。
身長、驚異の3メートル。純白のスーツに赤いネクタイというおしゃれな恰好ではあるが、とにかく肩幅がデカかった。
スーツ越しにでもわかるほど筋骨隆々であり、顔も鬼のように厳つい。背中には天使の特徴である半透明の白い翼が生えている。
彼が自分のサイズに合わせた超巨大ソファーに座ってくつろいでいたところに、突然女性天使が一人、やって来た。
「ウリエル様。大変でございます」
「うむ……どうした!」
腹の底に響く重々しい声で言うウリエル。するとその女性天使は、ウリエルの前で跪いた。そして、自分の倍の大きさを誇る彼の顔を見上げこう言った。
「†処罰の黙示録─ジャッジメント・アポカリプス─†計画を実行するために現世に送っていた工作員の一人であるユーサネイジア四世が、†悪魔の適合者─デビルズ─†に殺されました」
「なんと……!」
ウリエルが驚きに目を見開く。
「まさか、あのユーサネイジア四世が……! 悪魔どもめ、小癪なマネをしおって……!」
「いかがいたしますか、ウリエル様」
女性の天使が聞くと、彼はその丸太のように太い腕を組みながら答えた。
「アイツを……“執行者”を、その†悪魔の適合者─デビルズ─†の元へ送れ」
それを聞いた女性天使が、眉をひそめる。
「執行者を……現世に送るのですか? しかし彼を現世で闘わせるのは、いささか危険すぎるのでは……」
「構わん!!!!!」
神殿中に……否、天国中に響き渡るほどの大声で叫ぶウリエル。
「わ、理解りました……では、直ちに執行者を現世に向かわせます……」
「うむ……!」
彼はゆっくりと頷くと、深いため息をついた。
「はぁ……あのユーサネイジア四世を倒すとは……†悪魔の適合者─デビルズ─†め、一体どれほどの実力者なのだ……!!」
† † †
朱雀がユーサネイジア四世を倒した翌日。時刻は午後5時、すなわち──そう、放課後である。
朱雀は帰宅部だ。友達もいないので、授業が終わればそそくさと帰路に着く。そんなわけで彼は今、閑静な住宅街の路地を黙々と歩いていた。
黒の学ランを崩すことなく真面目に着こなすその姿は、どこからどう見ても勤勉な学生である。まさか彼が悪魔の力を持つ†悪魔の適合者─デビルズ─†だとは、誰も思わないだろう。
……と、その時。カバンの中のスマホが震えた。電話である。
「……なんだ……?」
慌ててカバンからスマホを取り出す朱雀。電話の主は……ナイトメアであった。
「もしもし」
彼が電話に出ると、いつものように淡々としたナイトメアの声が聞こえてくる。
『朱雀さん。仕事です』
「理解った。で、どこに行けばいい? 俺はいつでも天使の血を見る準備は出来ているぜ」
するとナイトメアから、衝撃的な言葉が。
『そちらから向かう必要はありません。オーラを辿ってみたところ、標的は今朱雀さんのいる場所へ一直線に向かっているようです』
「なん……だと……」
『では、ご武運を』
電話はプツリと切れた。
朱雀はカバンの中にスマホをしまうと、冷静に周囲を見渡す。
いつも通りの、閑静な住宅街。通行人は一人もおらず、太陽は地平線の向こうからこの世界をオレンジ色に染め上げている。もうすぐ夜が訪れるだろう。
「まったく……†嫌な風─バッド・ウィンド─†が吹いてやがるぜ……」
そう……†嫌な風─バッド・ウィンド─†が吹いていた……。
と、その刹那。
遠くでカアカアと鳴きながら空を飛んでいたカラスが──翼をはためかせた状態で、ピタリと静止した。
「なん……だと……」
さらに驚くべきことに、そのカラスの鳴き声も聞こえてこなくなった。否──何の物音も、しなくなった。
「なん……だと……」
その瞬間、朱雀は気付いた。
「時間が……静止っている……!?」
「ほーう。中々鋭いじゃねぇか、アンタ」
朱雀の背後から、男の声が。
「!?」
慌てて振り返る朱雀。するとそこには、白いロングコートに身を包んだ一人の男が立っていた。
髪は金のショートカットでボサボサ。端正な顔立ちをしており、その右目には十字架の模様が入った眼帯をしている。
一目見て理解った。この男は只者ではない。
「……お前が、俺のことを狙いに来た天使ってわけか……」
「話が早くて助かる。俺の名はラビリンス三世──またの名を“執行者”。上級天使ウリエルの命令により、貴様を抹殺するためにやって来た」
彼──ラビリンス三世が全身から放つ殺気は、朱雀がこれまで闘ってきたどの天使が持つそれよりも強かった。