ただ、貴方だけを想う
※サラッとお読み下さい
私は両親を知らない。生まれて直ぐに孤児院の前に捨てられていたそうだ。孤児院の院長は私にメルティと名を付けてくれた。孤児院では上の子が下の子の面倒をみるのが当たり前で、赤ん坊の私を一生懸命みてくれたのがタクスという名の男の子だった。
タクスは赤ん坊の私を大方可愛がり、大きくなっても他の子達に虐められていると、怒り狂い殴り合いの喧嘩までしていた。私はそんなタクスに懐かないわけがない。
そんなタクスが成人し、兵士になった。私も後を追う様に、厳しい訓練を受け兵士となった。
タクスは大人になるにつれ逞しく育ち、藍色の髪を靡かせ、戦う姿はカッコいい。今や兵士の中でも一目置かれる様になっていた。私は何度もタクスに兵士を辞めるように言われたが、私はタクスと離れたくなくて、タクスの言う事を初めて聞かなかった。
そんな日々が続いていたある日、隣国と戦争になると上官から言い渡される。タクスには後方にいろと言われたが、私はタクスの側を離れる気は無い。
「メルティ、頼む。お前には安全な場所に居てもらいたいんだ。お前が傷つくところは見たくない。戦争だぞ?人を殺すんだ、お前は優しいから耐えられない」
「そんな事ない!!私はタクスの役に立ちたい!!お願い、側にいさせて!!」
「メルティ……分かった。だが、危ないと思ったら逃げろ、絶対に死ぬ様な危険には突っ込むな」
「分かった」
タクスの言葉に頷き、笑う。そんなタクスはため息をついて私の頭を撫でた。
そして戦いの火蓋はきった。
今まで共に食事をした者、軽口を言い合った者、私を女だからと心配してくれた者、数々の同僚が日々死んでゆく。私もいつ死ぬか分からない。でも、いつもタクスが私を助けて怪我をする。私はタクスの足手纏いにしかなっていない。
その日は土砂降りの雨が降っていた。地面が泥濘み足をとられる。泥だらけになりながら、私は敵兵を次々殺してゆく。タクスと共に背中を預け、戦いながら遂に敵将の所まで辿り着いた。
タクスは敵将と剣を交え、私はその周りにいる敵兵を殺し続ける。足に剣を刺されようと、肩を切られようと、顔に傷をつけられようと、私はタクスを傷つけようとする敵兵達を相手にする。満身創痍になろうと関係ない。
私はタクスがずっと守ってくれていた様に、今度は私がタクスを守るんだ。気力だけで私は敵兵を次々と屠る。そんな時、視界の端で敵将にタクスが劣勢に追い込まれていた。
私はもう重たくなって持ち上げられない剣を捨て、タクスの所へ走って向かう。そして敵将がタクスを斬ろうとした間に割り込み、私の背中を裂く。燃える様な熱さに呻き声をあげてしまう。
私は血を吐きながらもタクスに笑いかけ、タクスが握っている剣を両手で掴み、最後の力を振り絞り、その剣を思い切り引き寄せ、剣は私の腹を貫き、背後にいた敵将の腹も一緒に貫いた。
口から血が溢れ出す。タクスが目を見開き固まっている。泥と血で汚れた手でタクスの頬を撫でると、タクスは溢れんばかりの涙を流す。そんな無防備なタクスの後ろに迫る敵兵を、私は自分の腹を貫いている剣を引き抜いて首を跳ねる。
敵は敵将が討たれた事で引き上げていく中、私は泥と血の中に倒れた。タクスは悲鳴をあげながら私に近寄り仰向けに抱き上げる。
引き抜いた腹からは血が止まらない。タクスは無駄だと分かっているのに私の腹を押さえ、血を止めようとする。
「……ねえ……タクス、私役にたった?」
「なんで、なんで!!俺はこんな事望んでいない!!頼む、生きて帰ろう!!俺を置いていくな!!」
「ねえ……タクス。大好きだよ……ずっと……ずっと……大好きだよ……」
「メルティ!!俺もだ!!だからまだ逝くな!!帰って結婚して、幸せな家庭を築こう!!子供も沢山作って!!老いぼれてもずっと側にいよう!!」
「し、あわせな……みらい……だね。かなうと……うれ、しいなあ……」
「叶う!!絶対に叶えさせてみせるから!!気をしっかり持て!!」
「ねえ……タクス……お願、いがあ、るの……」
「なんだ!?」
タクスの涙の雨が私の顔を濡らす。私は精一杯の力で笑いタクスに手を伸ばす。
「タクス……一度でいいの……口付けを……して欲しい……」
タクスは何も言わず、泥と血に塗れて汚い私に優しく口付ける。長い時間私達はそうしていた。でも、もう時間だ。
「……タクス……私の事、わすれて、幸せになってね……」
「忘れない!!忘れられるわけがない!!
「もし、うまれ、かわれるのなら、またタクス……の側に……いたいなあ……」
そこで私の人生は幕を閉じた。願わくば貴方が幸せであるように。
土砂降りの中、泥と血で汚れきった私を抱きしめるタクスの慟哭だけ響き渡った。