第二議題 回答
以下 望月雪の告白。
「知られたくない過去の一つや二つ
誰しもがあるじゃない?
私にもあったのよ、そんな過去が。
でも、運悪くあんな女に知られちゃってね
『バラされたくなければ金を払え』
って、新田に脅されてた。
最初は従ってたけど…段々値段もはね上がって。
へそくりも底を尽きて…限界だった私は、新田に頭を下げて、土下座までして頼んだ。
でも新田はそれを嘲笑って、『金を払えないならバラすしかない』と言った。
その時は、無我夢中で彼女の家の包丁を取り出して一突き…。
気がついたら血まみれの新田が目の前に転がっていて、動かなくなってた。
その時、私の中で何かが吹っ切れた気がしたの。
あ、邪魔な奴らは全部排除しちゃえ、って。
そこからは、本当に私は血が通った人間なのかって、自分でも怖いくらい頭の中は冷静になって淡々とやるべき事を処理していた。
あとは殆ど、佐久間さんの言う通り…。
山木俊哉に罪を被せる事を思い付いて、私を見下していたあの二人を強盗に見せかけて殺した…どれも同じ手袋を付けて、同一犯に見えるようにね…。
二人を殺した次の日、私は夫を送り出し、盗品と自分の家のブランド品と変装用の服を持って家を出た……夫が私の腕時計にGPSを付けていた事くらいとっくに知ってたから、利用したの。
監視カメラにわざと映り込んで盗品をみつけさせて、犯人が背の高い男だと印象付けようとした。
山木俊哉と一致するようにね。
アイツ等が不倫してた事は知ってたし、動機もあると思ったから。
そして、後は変装用の服を別の駅のロッカーに入れて、帰りの電車に乗ってたら…。
運悪く真後ろで痴漢騒ぎが起きたってわけ。
あの時は顔を見せないようにするので必死。
本当に焦ったわよ。
だって私はそこに居てはいけない人間だったから。
なんとか関わらずに済んで家に帰宅した私は、あらかじめ手袋で握っておいた紐や包丁で、偽装工作を行った。
ロッカーの鍵の番号札を外して、キーホルダーにすり替え、番号札を鞄に隠して押し入れの中に入り、夫が帰ってくる時間に合わせて…包丁で腹部を刺した。
薄れゆく意識の中で自分の両手を縛って…燃える様に熱い痛みに耐えながら、動かないように、声を出さないようにして手を握りしめながらね。
でも、思ったより夫が帰ってくるのが遅くて、本当に気絶してしまった…ってわけ。
気がついたら此処に居てなんとなく佐久間さんが来るんじゃないか、って予想はしてたんだ。だから、鞄に隠してた番号札を包帯のなかに隠したのよ。
こんなあっさりバレちゃうなんて事は予想外だったけどさ。」
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終始悲しげな笑顔のまま語り尽くした雪に、依斗もまた、悲しげに笑った。
「自分が被害者だと偽装工作をしたのは、夜中に旦那さんが本当は起きていたかもしれず、下手に証言されたらアリバイが無くなってしまうから…?」
「…そうよ、旦那の証言が怖かったから。」
「………後悔してるんですね…雪さん。」
輝が何故かボロボロ涙を溢しながら、雪の手を握っていた。
輝の思わぬ行動に依斗は驚きつつも、その様子を見ている。
「旦那さんを信じなかった事を…後悔してるんですよね…?」
「はは…そうかもね…夫を信じてれば、私が偽装工作する必要も、痛い思いをする事も無かったのにね。」
「………違います、そうじゃないです。」
必死で首を横に振る輝に雪は不思議そうな顔で目を見開く。
「旦那さんを信じて、過去を打ち明けれなかった事を……!!…心底後悔してるんじゃないですか?」
「……!」
雪はうつむき、しばらく無言だったが鼻をすする音とともにシーツにポタポタと水滴が落ちた。
「…なんで……こんな事になったんだろ…。」
顔を上げた雪は鼻を赤くしながら頬を濡らしていた。
「…私……どこで間違えたんだろう……。」
依斗は一人微笑を浮かべながら、病室の入り口に向かって声をかけた。
「…もう隠れなくて良いんじゃないか?剛さん。」
雪が涙を流しながら驚いて、病室の入り口に顔を向けると…そこには剛が雪と同じように鼻を赤くして立っていた。
「……剛…。」
「ごめん、雪……ごめんよ。」
雪の元に駆け寄ると、剛は雪の頭を抱き寄せて何故か謝罪した。
「…なんで…剛が謝るのよ……?」
「…知ってたんだ…脅されてるのも…過去の事も…全部ッ……でも、俺はそんなの聞く勇気なかった…だから打ち明けてもらえるまで、待っていようと思った……!」
「……!知ってて、私を愛してくれてたの?」
「当たり前だろう…?……俺が…不甲斐ないばっかりに……雪を追い詰めてしまって……本当に…ごめん。」
一時は浮気を疑っていた剛だったが、雪が新田の家に行っているとわかり、新田の事を個人的に調べた事で過去の事で雪が脅されてる事を知った。
その事実に、依斗はあくまで冷静に雪に語りかける。
「…貴女は、誰も殺す必要はなかったんだ。」
警察が来るまでの間、病室の中は三人の涙で埋まっていた。
どこか居心地の悪そうな雰囲気に依斗は窓の外を眺めながら、思っても無いことを呟く。
「仁くん、早く来たまえ…全く。」
夫婦のすれ違いが生んだ悲劇は、こうして幕を閉じたのだ。
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かくして
雪は強盗殺人の重要参考人として事情聴取を受け、罪を自白。
傷が治り次第警察によって殺人の罪で起訴される事になる。
「…故意的に行った殺人であることは、言い逃れができないからね…。」
「……どんなに同情の余地があっても…三人もの命を奪ったことには変わりないですから…罪は罪…それは償う必要があります。」
輝と依斗が心を痛めている横で、残された剛は
泣きながらも、依斗に思いの丈を語り始めた。
「俺が、もっと…雪に寄り添っていたら、こんな結末にはならなかった、夫として、情けない…。」
「過去は変えられない、だから後悔というのは残酷なのさ、悔やんでばかりで何が生まれる?…………結末を迎えるには、まだ早いんじゃあないかな?」
「…え?」
依斗はポケットに手を入れたまま、独り言でも言う様にそれでも、はっきりと剛に向かって。
「罪を償う彼女に、これからどれだけ寄り添えるか……それによっては…続編もアリなんじゃないかと思う。」
「…これから…。」
「物語を続けるか、終えるかは、君次第だ。」
小説家らしい言葉を残し、依斗はその場を去ろうと踵を返した。
輝も後に続き、二人は里日の待つ依斗の家へ
帰っていった。
剛が雪とこれからの関係をどうするか、それは二人が知るべきではないのだ。
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数日後。
「おや、また事件かい?仁くん。」
輝と里日が休みの日、自宅には依斗が一人で新しい哲学の議題について考えていた。
そんな中家のチャイムを鳴らしたのは刑事である仁。
隣には葉月は居らず、一人でやってきたらしい。
「いや、ちょっと気になる事がな。」
「……入りたまえ。」
仁が一人で来た事と濁した言い方に依斗はただならぬものを感じ、仁を家に入れた。
「…コーヒー。」
「…やはりか…わかってるさ。」
二人の中での暗黙の了解であるコーヒー、普段は二人共口にしない飲み物だが『気になる事』の話をする時は必ず仁がコーヒーを所望する。
依斗は、何冊かの本を取り上げ、その下に隠してあるコーヒーを出す。
そのコーヒーの存在は里日ですら知らないのだ。
「…それで?」
「…三人目の被害者、白石珠の事だ。」
「ほう。」
依斗はソファに腰かけ、淹れたてのコーヒーをすすった。
「凶器はお前の言う通り、『手袋に盗品を詰めたもの』で間違いなかった、証言も一致した……しかし、致命傷を負わせた傷が、その凶器と一致しなかった。」
「……じゃあ…凶器は他に?」
「…致命傷を負わせた傷は、間違いなく、金属バットで、できたものだ。」
依斗は眉間にシワを寄せた。
「白石珠を殺したのは…別の人間?」
「あぁ、おそらくな、それに、死亡した時間も、望月雪の証言と異なる。」
「…?」
「望月雪の証言の時間の、約二時間後に死亡していた事がわかった。」
依斗はコーヒーを飲み干して舌打ちをした。
「…また不可解な事が、一つ残ったのか。」
「望月雪が、自分が殺したと自白している以上、警察が再捜査することはないからな、一応伝えておいたぞ。」
「仁くん。」
依斗の顔から、薄ら笑いが消えて真剣な顔になる。
「……必ず、奴を捕まえよう。」
「あぁ。」
コーヒーを飲み終えると、仁は特に他に何か話す事もなく帰っていった。
一人になった依斗はコーヒーをしまい、食器を洗ってから部屋にこもろうとドアノブに手をかける。
すると、けたたましく電話の呼び鈴が鳴った。
「里日くんかな?」
特に何も考えることなく依斗は受話器を取る。
「もしもーし。」
『こんにちわ、依斗さん、元気?』
受話器の向こうから耳にへばりつく様な声が聞こえた。依斗は声のトーンを落とし、相手の彼女の名前を口にした。
「…やぁ、石際くん。」
全く歓迎していない様子の言い方で、依斗は壁にもたれ掛かる。
『覚えてたの?私の事。』
「……嫌でも忘れない。」
『そんなに嫌なの?…ま、別に良いけど。』
気味の悪い笑い声を響かせながら彼女は喋り続けた。
『依斗さん、今どんな気持ち?』
「……白石珠を殺したのは、君だろう?」
『あっは…!なんの事だかさっぱりだよ。』
「とぼけるな……!」
珍しく怒りを露にする依斗だが、彼女は気にも止めず大笑いしていた。
『何熱くなってんの?…そんなに捕まえたきゃ通報でもしたら?…なーんにもしてないから私は無実だけど。』
「…っ…!」
悔しそうに拳を固める依斗。
しかし、返す言葉もなかった。
そう、本当に。証拠なんて一つもないのだ。
『証拠がないと捕まえらんないんだよ…………依斗さん……ザ ン ネ ン。』
「…見つけるさ、絶対に。」
『あー、そうそう!新しいアシスタントできたらしいね?すんごい馬鹿そうな子だったけど。』
「…それは…否定はしない。」
心底楽しそうに、まるで、友人と話ししているかのようにケラケラと笑う、その笑いは決して心地の良い笑いではない。
『ま、楽しみにしててよ…面白い事起こるかもしれないしさ?』
「どういう意味だい…?」
『冗談冗談!!じゃ、ばいばーい!』
「待て…!まだ話は……」
一方的に通話を切られ、依斗は呆然と受話器を眺めた。
受話器を握っていた手が嫌な汗をかいていたのは言うまでもない。
「『石際 真由美』」
それが、彼女の名前である。
【富裕層強盗殺人事件 完】
あとがき
どうも水野将人です。
今回の真のテーマは『後悔』
私が思うに、後悔というのは現実世界において最も残酷だと思います。
私達は過去に戻ることができませんから。
望月夫婦はお互いの心を読み間違えたまま無理やり進んで来てしまったから、壊れてしまったのかもしれません。
もしも、歯車の違いを感じたら、直せるかどうかは別として直す努力をしてみましょう。手遅れになる前に。
そして、直す過程において、元の通りに直して、確実に『普通』に回るように直し。
その後、味気ないと感じるのか、安心感を感じるのか。
一か八かの少しの挑戦を加え、それが、更なる良好へと繋がるのか、はたまた『余計』なものになるのか。
できるだけ後悔の少ない選択をしたいものです。
選択をするということは、必ず少しの後悔が付きまといます。私が思うに後悔というのは選ばれなかった可能性の残骸。
その残骸を、生かすか殺すか。これもまた、選択になるのです。
「この小説を読む」という選択をしてくれた貴方に後悔の無いことを願います。
もしよろしければ、次のあとがきでもお会いしたいです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




