第二議題 前編
都内某所。
とある大きめの家の前で輝は俯きながら、インターホンを押すのを躊躇っていた。
(絶対怒られる…絶対怒られる…!)
面接に一時間の遅刻。
輝は、何故来てしまったのか、と自分を責めるが、どうにもあのニット帽男の言ったことが引っ掛かり。
衝動的に此処へ向かってしまった。
(怒られてもいい…とにかく謝らないと!)
思いきってインターホンに指をつき、ピンポーンとチャイムが鳴る。
その少しの静かな時間が輝にとっては心臓の音が聞こえて騒がしかった。
インターホンから、雑音のあとに可愛らしい女性の声が聞こえる。
「はーい!」
「申し訳ありません!遅刻しました!飯塚輝です!!」
女性の声に被るくらいの早さで輝は謝る。
すると、しばらくして玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい!来ないかと思って心配してたわ。」
「へ…?」
「さぁ、早く入って。」
スッキリと髪をまとめた優しげな女性が微笑みながら立っていた、上品な服装で耳にはピアスが揺れている。
輝を家に迎え入れると綺麗な玄関や廊下を抜けて、女性はとある一室に輝を案内した。
「ここが先生の部屋よ。」
部屋は広く、壁一面の大きな本棚には様々な書籍が敷き詰められていて、床には紙束や衣服が散らかっている。
作業スペースと思われるデスクの上にはパソコンがつけっぱなしで、周りに絡まったコードの山、壊れたマウスが入ったケース、1.5Lの炭酸飲料のペットボトルが乱雑に置かれていた。
「面接は私の部屋でするから、安心して。」
「へ!?」
「汚いでしょ、先生の部屋。」
「き、綺麗とは言い難いです…。」
「ふふふ…ハッキリ言うわね、ここを綺麗にするのも、私と貴女の仕事。」
女性がさらりと放った一言に輝の思考は追い付かない。女性の言ってる意味がよくわからなかった。
「それ…って…?」
「まぁ、貴女が働くかどうかにもよるけどね…。」
「め、面接…は?」
「面接なんて形式だけよ、常に人手が足りなくて困ってるの、貴女さえ良ければすぐに此処で働いてほしいわ。」
女性が扉を閉めて、別の部屋へ向かう。
輝がその後についていくと次はとても綺麗に片付いた部屋に着いた。
「ここが、私の仕事部屋。」
日当たりもよく先程の部屋の埃っぽい空気とは違い、その部屋には爽やかな紅茶の香りが充満していた。
「紅茶の香りがします、アールグレイですか?」
「あなたが来る時間に合わせて、淹れてたのだけど…よくわかったわね!まぁ紅茶の中では比較的有名で特徴的な種類だもの、そこのソファに座って。」
女性に言われた通り白いソファに腰かけ、鞄を横におろす。
女性が紅茶を注ぐ姿を見つめながら輝は、ふと部屋の中を眺める。
(すごい…大人っぽくて落ち着く部屋…。)
「正直、来ないかと思ってたわ、来てくれてありがとう。」
「あ!いえ!こちらこそ遅くなってすみませんでした…!」
出された紅茶が湯気と香りを漂わせながらガラステーブルに置かれた。
女性は自身もソファに腰かけると上品に座って真っ直ぐ輝を見つめる。
輝も、緊張した様に背筋を伸ばして姿勢を正し、見つめ返した。
「自己紹介をするわね、私は『丸山 里日』、ここで先生のアシスタントをしてるの、よろしくね。」
里日は優しく微笑み輝に手を差し出した。
握手を交わすと、おっかなびっくりな輝とは対照的に里日がニコニコと笑顔を絶やさずに面接が始まった。
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「アシスタントがすぐ辞めてしまうんですか?」
「えぇ、だからすぐにでも雇いたくて」
「どうしてそんなに?」
里日は、輝の問いかけに頭を抱える。
「まず、先生が相当な変人でね、ついていけない…っていうのと、あの部屋の掃除が大変っていうのと…紅茶に関して口煩くて…。」
「そ、そうなんですか…。」
「皆…主に女性は、先生の容姿に惹かれて、最初はちゃんと仕事するんだけど…脈無しだとわかると、だんだんやる気無くして辞めちゃうのよ。」
「なるほど…」
輝は紅茶に口をつけながら、ぼんやりと先生の容姿を想像してみた。
有名な小説家で、こんな大きな家に住んでいて女性が夢中になるような姿とはどんなものだろうか、と。
しかし部屋の散らかり様もあり、なかなか具体的に想像する事ができなかった。
「まぁ、一番の理由は…。」
里日の言葉をかき消す様に玄関のチャイムが鳴る。
「誰かしら…?ちょっと待ってて。」
「あ、…はい」
いそいそと玄関へ出ていく里日の後ろ姿を見送り、取り残された輝は緊張がほどけた様に背中を丸めた。
輝はしばらく辺りを見渡しながら、そわそわした気持ちで里日を待っていると外から大きな物音が聞こえた。
(…なんだろう……もしかして…泥棒…?)
不審に思い、窓の方を見ると上から人が降りてきた。
「!?……な…!!!」
降りてきた人物は、先程の痴漢騒動で会ったニット帽男だった。
塀の上から入ってきた様で、服についた土などをはらいながら窓の方に向かってくる。
(…なんでこの人が此処に!?)
窓の鍵が開いていないとわかると、困った様に腕を組んで考え始めるニット帽男。
しばらくしてようやく輝に気づくと弾ける程の笑顔で鍵の近くを、コンコン、とノックしながら口パクをした。
「あ け て。」
「はぁ!?」
輝は慌てて窓の鍵を開けると開けた瞬間に大声を出した。
「貴方がこんな所で何してるんですか!?此処は敷地内ですよ!?」
「うん、知っているよ?」
「じゃあなんで入ってきてるんですか!?…と、とにかく…戻って来られる前に出て行って下さい!不法侵入になりますよ…!!」
「いやいやいやいや!…何言って「輝ちゃん、待たせてごめんなさいね。」
悪気の無い笑顔で窓から侵入してきたニット帽男を輝が再び外に追いやろうとしていると、ニット帽男の言葉の途中で里日が部屋に帰ってきた。
呆けた顔をして驚き、二人を見る里日に輝は焦って言い訳を探す。
「里日さっ……こ、これはですね……!」
里日は呆れた様に笑い、ため息をつくと当然の様にソファに座った。
「先生。」
「へ?」
「今日は窓からのお帰りですか…?…全く、誰が掃除すると思っているんです…?ちゃんと玄関から入って下さいと何度言えばわかるんですか……刑事さん達を見習って下さい。」
「何故私が彼らを見習うんだい?固定概念でガッチガチに凝り固まった連中じゃないか。」
軽く笑い飛ばすニット帽男。
今度は輝が驚く番だった、目を見開いてニット帽男を凝視する。
(この人が…?先生………?)
「あぁ、紹介するわね、この人が先生。」
先生、と呼ばれたニット帽男は張り付けたような笑みを輝に向けた。
「私が、佐久間 依斗だ」
たしかに言われてみれば、顔はテレビでよく見るあの美形なのだ。しかしあまりにも服装や髪型が違いすぎるので、別人に見えてしまう。テレビでは上品で丁寧な言葉を使っているのに、非常識な上にデリカシーのない人間という印象が強かった。
「そういえば、二人とも知り合いなんですか?」
「うん、さっき、駅で痴漢騒ぎがあってね、彼女は正義感がある子だ、これから面接があるというのにその場をおさめようとしたのさ…まぁ、私が居なければ危うく冤罪を生む所だったけれどね」
依斗は軽く笑い飛ばしながらテーブルの上に座る。
非常識な事を平気な顔でやってのけるので自分の常識のなさを自覚していないのがわかる。
佐久間依斗の真の姿が見えてくる度に輝はショックを受けている自分に気づいた。
「君、記憶力は良いけれど、全然その知識を活かしきれてないね、だから愚か者なのだ。」
「嘘です…。」
「?」
輝は只でさえ寝癖でぐしゃぐしゃの髪の毛を掻き回しながら頭を左右に振りまわす。
「嘘です嘘です嘘です!!!私が密かに尊敬する佐久間依斗先生が…こんなっ…こんな…!無神経セクハラ量産男だなんて…!信じません!」
「…随分な言われようだね、里日くん、えっと……飯塚くんに私をなんて説明したの?」
里日は首をかしげる依斗の足をノートで軽く叩いて、爽やかに微笑んだ。
「何も?…先生の日頃の行いですよ。」
「…??あれ、里日くん今日顔色悪いね、女の子の日かい?」
「…はぁ、それでは只のセクハラになってますよ…気遣いになってません、先生。」
「そうなの?…難しいね。」
「先生に気遣いを求めるのが間違いでした、すみません。」
呆れ顔で紅茶を飲む里日を本気で不思議そうな顔で首をかしげて眺める依斗。
輝は二人のやり取りを眺めながら、ふと先の会話を思い出し疑問をぶつけた。
「あの…そういえば、さっき刑事さんが来てたって言ってましたけど…。」
「あぁ、そうだ!…どこ行ったんだい?」
輝の言葉に、依斗が机から降りて勝手に輝の飲んでいたカップの紅茶を飲み干した。
「ぁあ!!私の!!」
「先生はお出かけしてます、とお伝えしたら帰られましたよ、1時間後にまた来るそうです。」
「そうか、わかった!…うえ、アールグレイはミルクティに合わないのに、全く、紅茶にはミルクに合う、合わないがあるんだ…ブツブツ。」
依斗が小言を言う横で輝は、ようやく本当に聞きたいことを口に出す。
「あ、あの。」
「なに?飯塚さん。」
「どうして、刑事さんが此処に?」
輝の疑問に、里日が思い出したように目を見開いた。
「…話の途中だったわね、先生のアシスタントがすぐに辞めちゃう、一番の理由。」
「…え」
「…トラブルに巻き込まれやすいんだ、私。」
依斗が声のトーンを落としてソファの背もたれに寄りかかった。
「不本意なんだけどね、昔からさ。」
「でも、先生すごいのよ、その事件全部解決しちゃうんだから。」
「…すごくないさ、思考を止めずに考え続けていたら、自然と答えにたどり着いてしまうだけだ。」
依斗の優しそうな笑顔を見て少しの虚偽感を覚えた輝だったが、里日の呟きにそんな感覚はすぐに消えた。
「先生のそういうところがある意味、真面目ですのもね。」
「真面目?…そうでもないよ、私は考える事が楽しいのさ!思考の根源は哲学だ、だから私は哲学者として、遊び心を忘れない。」
心底楽しそうに哲学について語る依斗は考える事そのものが楽しい様で長くなりそうな空気をかもし出していると、再び玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来られたみたいですよ、先生、お話はまた今度にしてください。」
「…えー…良いところだったんだけれど…。」
依斗はつまらなさそうにソファの上にあぐらをかいて、再び輝のカップに紅茶を注ぎ、
「やはり、アールグレイはストレートだ。」
と、呟いた。
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「ハァ…あんたらを巻き込むのは、不本意なんですけどね。」
「ま、仕方ねぇ、事件がこの近所で起こってんだからよ。」
入ってきた刑事二人が険しい顔で依斗を睨み付けた。消して敵意のある目付きではないが、良い感情ではないのは明白だ。
「私を睨まないでおくれよ、とばっちりも良いところだ。」
「…まぁ…良いけど……あの、これレモンティだろ…?」
「えぇ、そうよ。」
先輩刑事と思われる男が里日を睨み付ける。こちらには敵意しか籠っていない様に見えた。
「俺がレモン嫌いなのよく知ってんだろ。」
「あら、初めて知ったわ、ごめんなさいね。」
「…里日…テメェ。」
「まぁまぁ、紅茶の淹れ間違いくらいで怒るんじゃあないよ、本当に君、心狭いなぁ。」
里日と先輩刑事は知り合いなのだろうか、不思議な気持ちで輝が二人のやり取りを眺めていると刑事が輝に気付く。
「お前、ここの新入りか?」
「え?…あ、はい。」
「ま、短い付き合いになるかもしれねぇが、名乗っとく、俺は『餅田 仁』こっちのやつは後輩。」
「ぁあ…『岩倉 葉月』です、どうも」
「ま、見ての通り刑事だ。」
二人は淡々と自己紹介をして本題に入った。
「三日連続で近所の富裕層の家に、強盗殺人があった、どの家も容赦なく居合わせた住人を殺害、金品を持ち去っている。」
「へぇ、私の所へ来たのは…証言と称して、事件の解決をしてもらうため、だね。」
「…上層部は頑なに部外者への協力を嫌がっていたが、このままじゃ第四、第五って被害者が出ちまうからな。」
仁は苛立ちを隠せないのか手に力を込める。それとは対照的に薄ら笑いを浮かべながら依斗は顎に手をやった。
「……本当に強盗?怨恨の可能性は?」
「一人目と三人目の被害者の遺体状態から見て、怨恨の可能性を視野に入れて捜査していたのですが。」
「…三人共、普段からよく家に人を招き入れていたらしくてな、関係者の中では犯人と思われる人物は絞り込めなかった…三人の共通点も無いことから……金目的の犯行だと考えたって事だ。」
「……なるほどね、それだけでは、流石にわからないからね…行こうか。」
依斗は突然立ち上がると、輝の手を掴む。
「飯塚くん!!」
「ひゃっ!?」
「現場へ!!!」
戸惑いなど気にもとめず依斗はずいずいと輝を引っ張ってゆく。
「私は、考えるべき議題がそこにある限り、思考を止めてはいけない、さぁ、行こう…!」
「ぇえ!?は、はいぃいい!!!」
去っていった二人の後を追って刑事二人も部屋から出ていく。
一人残った里日は残った紅茶を飲みながらスマホを操作してため息をついた。
「はぁ……初っぱなから…強盗殺人だなんて…ほぼ確実に辞められるわね………新しい募集かけた方が良いのかしら……?」
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第一被害者の自宅にたどり着いた依斗は現場を眺める。
部屋は荒らされており、散らかっていた。
遺体は既に運ばれていたが、遺体が倒れていたと思われる場所には血痕が残っている。
輝も、初めて入る事件現場の雰囲気に少しばかり吐き気と寒気を感じていたが、初めての仕事だ。何か力になれないかと辺りを見渡していた。
「第一の被害者である新田さなは20代女性、一人暮らしです、実家は資産家らしく一昨年から此処で暮らしていたそうです。」
輝は葉月の説明を聞きながら棚の上にしまってあるアクセサリーを見る。
「…ロレックス…!!…こんなのが同じ20代の女性のお家にあるなんて……。」
「高級時計か…私は興味も無いが、女性はやはりこういうのを欲しがるのだね。」
「…で、でもこれ!メンズの時計ですよ…何か引っ掛かりますね…!」
輝が興味深そうに時計を眺めていると依斗が血痕の周りを調べ始めたので葉月が説明を続けた。
「死亡推定時刻は三日前の夜十時から十二時で人と会う様な予定はなかったそうです、スマホからも、通話履歴を解析しましたが、最後に連絡をとったのは母親で、アリバイがありました。」
「なるほど、死因は?」
「死因は、出血多量によるショック死で、包丁で心臓を一突、仰向けで倒れていました。」
情報を整理しながら依斗は部屋を見て回り、疑問を葉月に投げ掛けながら考える。
「凶器からは指紋は?」
「出ていません、包丁の柄からは手袋の繊維が見つかっています。」
「手袋は見つかっていないのかい?」
「はい。」
「なる…ほ…ど、何が持ち去られたかわかる?」
「あ、母親に部屋を見てもらい、一部無くなったものはリストアップしてあります。」
葉月が取り出したリストを受け取り依斗はそれをじっくり見る。
「カシオの腕時計…ヴィトンの財布、シャネルのポーチ……他四点、なるほど…どれもブランドモノのアクセサリーやケースか…。」
「でも、不思議ですね、どうしてシャネルの鞄の方が高いのに、ポーチを持ち去ったのでしょう。」
輝がリストを横から覗き見ながら呟いたので、依斗は呆れたように笑う。
「鞄よりも、ポーチやアクセサリーの方が隠しやすいし、持ち去りやすいからさ。」
「なるほどぉ…そうなんですね。」
依斗は思いの外、輝のメンタルが強い事にささやかに驚きながら葉月に更なる情報を求める。
「現場から犯人の手がかりは?」
「現場に落ちていた毛髪には、新田以外の約十八人のものが見つかっています、十八人の内、アリバイがあるのは三人、あとは不明です。」
「数多いね…。」
「毎日のように大勢が出入りしている様で…近所の方と頻繁に騒音トラブルになっていたそうです、今回事件が明らかになったのは、いつになく静かだったそうで…。」
依斗はキッチンまわりに興味を示し台所へ向かう、後に続いて輝も台所へ行くと、依斗は台所の棚や収納、すべての扉を開けていた。
「……先生…?どうされたんですか?」
「…ほぅ、岩倉くん!」
「あっ、はい。」
「包丁は、ここにあったモノだね?」
「そうですが…何故…?」
依斗は葉月の問いに答えず、台所を出て玄関に向かい、サンダルを履いた。
「次の家だ、行くぞ飯塚くん。」
「えっ!?も、もうですか!」
ずいずいと行ってしまう依斗のあとを、輝は慌てて追いかけた。
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第二被害者宅
「第二の被害者、山木泉つい半年前に夫の山木俊哉と入籍して、此処に住んでいた、死因は首を絞められたことによる窒息死、死亡推定時刻は二日前の夕方から夜中にかけて。」
「…ずいぶん広いね。」
「あぁ、部屋が西日なこともあって部屋が温かく、死後硬直が遅れた可能性もある」
部屋の中は一軒目の新田の家とは違い、争った形跡も、部屋も大きくは荒らされていない。
輝は部屋を見渡しながら先程より幾分か心を落ち着けていた。
(…さっきは血痕があって…殺人現場…って感じだったけど…ここはまだマシ……でも、ここで人が死んでたって考えたら、やっぱり怖いな…首を…絞められて……。)
息苦しそうに顔の強張らせた輝に気付き、依斗が声をかけた。
「飯塚くん?」
「…あっ、はいっ………ッ。」
「…息苦しそうだね、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です!」
依斗は首をかしげるが大して気にもとめずに再び部屋を調べ始める。
「持ち去られたものは?」
「通帳と印鑑、アクセサリー類はすべて持ち去られてる。」
「………通帳と印鑑…口座は?」
「金がおろされた形跡はない、口座はすでに止めてある、あぁ…聞かれる前に答えるが、凶器は見つかってない。」
依斗は棚の中や廊下、トイレなど、終始顎に手を当てて歩き回り時折仁に質問をする。
「…んー手がかりが少ない、現場の痕跡は?」
「夫の俊哉のものと、近所に住んでいる東谷紀子と北田まきの痕跡があったが、普段から仲良くしているらしくあって当然…だそうだ。」
「なるほどね…その三人が結託してる可能性は?」
「……可能性は高いが、他の二人との関連性がない。」
依斗がニコニコと笑って見つめるので仁が大きなため息をついた。
「岩倉!!!!…夫の俊哉と東谷、北田、三人の関係を調べあげろ!」
「はい!!!」
葉月は先程山木宅に着いたばかりだったが言われた通り靴を脱ぐことなく出ていく。
依斗はその後ろ姿にニコニコと手を振っていた。
その後しばらく風呂や寝室を調べ、鑑識から話を聞き満足する。
「…そろそろ、三人目の家にいこうか。」
依斗が移動しようと辺りに目をやると、最初の家では色々見て回っていた輝が遺体があった場所に立ちつくしていた。
依斗が近くに行くと、輝が息を荒げておりつらそうにスーツの裾を握りしめている。
「…飯塚くん…!」
「……!…先生…。」
「すごい汗だくじゃないか…本当に大丈夫かい?」
依斗が両肩を掴んで顔を眺めると、輝は焦ったように笑顔で取り繕う。
「だ、大丈夫ですよ!」
「………。」
「先生…?」
依斗は申し訳なさそうな顔をした。
「…今日はもう帰るかい?」
と、言って珍しく気遣いを見せたが、輝にとっては佐久間依斗のアシスタントになって初めての仕事だったため、慌てて輝はぶんぶんと顔を左右に振って真っ直ぐ依斗を見つめた。
「いいえ!頑張ります!」
すると、依斗は光輝く笑顔でまた輝の手を引っ張る。
「よし!なら良かった!三軒目行こう!」
あまりの変わり身の早さに驚きつつも輝はこの場から離れられるなら…と、少し胸を撫で下ろしていた。
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第三被害者宅
第三の被害者の自宅は依斗や輝が想像していたものとは違う異常な光景だった。
荒らされた形跡、壁や床に飛び散った血痕、激しく争った痕跡があった。
「…ここが一番酷い…飯塚くん、平気かい?」
「あ…あの、死因だけ聞かなかったらたぶん大丈夫です。」
「…?…よくわからないが、了解したよ。」
依斗は輝に声が聞こえない様に仁のもとに寄り、詳細を聞く。
輝は少し離れた所で耳を塞ぎながら棚の上や壁を眺めていた。
「遺体は?」
「被害者は、白石珠、専業主婦だ、激しい殴打による出血死…遺体は激しく損傷していた、死亡推定時刻は昨日の深夜、夫は四日前から海外に出張中で、連絡は既にとれている。」
「そんなに殴打されてる…って…本当に強盗なのかなぁ…。」
依斗の疑問はもっともであったが、三軒連続で全く関係のない怨恨殺人が起こるとも思えない。
怨恨か強盗か、それが依斗を一番悩ませている原因であった。
「第一発見者。」
「近所の女性で、今日の昼にランチの約束をしていたが、来なかったため、呼びに来たところを発見したそうだ、アリバイはある。」
「…持ち去られたものは?」
「夫が来ていないからまだ詳しくはわからんが、財布の中身の現金とキャッシュカード、クレジットカード…そして、凶器が無くなっている。」
物取りの犯行としては統一性がなく、最初の被害者の時は何故か凶器を置いて去っている事。
依斗が悩んでいると、スマホが鳴り仁が電話に出た。
「もしもし?…ぁあ…なに?わかった、すぐに向かう!」
「どうしたの?」
「被害者の白石の遺体から、新田殺害の包丁に付着していた手袋の繊維が検出された。」
「…つまり、全部同一犯の可能性が高い…と。」
「あぁ、そういうことだ…それと。」
仁が冷や汗を流しながら依斗に耳打ちをした。
「第四の被害者が見つかった。」
「…え?」
「夫が仕事から帰って来た時に、腹部に包丁が突き刺さり、拘束された状態で押し入れに閉じ込められているのを発見したそうだ、幸い、傷は浅く病院に搬送されて一命をとりとめたらしい。」
仁は急いで第四の被害者の元へ向かう為に小走りでその場を後にした。
依斗は一通り現場を見て回ると、いまだに耳を塞いでいる輝の肩を軽く叩く。
「今日はもう遅いし、見終わったから、帰るといい。」
「え、もういいんですか??」
「うん、また明日だよ。」
輝はキョロキョロと部屋のなかを見る。
「刑事さん達は…?」
「第四の被害者が出たとかで、そっちに向かったよ。」
「え!…また被害者が…?」
驚きながら泣きそうな顔をする輝に依斗は安心させるように笑った。
「幸い、病院で一命をとりとめた様だ。」
依斗の言葉に輝は安心したようにため息をつく。
「良かったです…!」
「さ、今日は帰ろう。」
依斗に手を引っ張っられて輝は被害者宅を後にした。
依斗の家につくと、真っ青な顔をした輝を里日はひどく心配していたが、
「寝たら治ります!!」
と、強がって輝は自宅に帰ることにした。
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波乱の一日を終え、帰宅しようと依斗の家の扉を閉めて道に出る。
「ん?」
するとそこには、見たことある人物がこそこそと塀の影に隠れていた。
「…???」
塀の向こう側を覗き込むと、そこにいたのは茶髪の長い髪のお洒落な女性。
「…何してんの?」
「ありゃ、バレた~。」
悪びれもせずにのんきな事を言う彼女は『堀田 架名』輝とルームシェアをする親友であり、小、中、高、大と一緒の幼なじみであり、現在はアパレル店員をしている。
「なんでここにいるの。」
「いやぁ~、輝が心配でさぁ。」
「もう…架名が紹介した仕事のせいで…今日散々な思いしたんだから…。」
「え!?そーなの!?まさか…佐久間依斗さんにボロクソに言われた!?」
勢いよく喋る架名をすり抜けて、輝が呆れながら歩き出す。
「ちーがう!…ここの近所で強盗があったらしくて…。」
「えぇ!マジ!?」
「うん…。」
輝はなんとなく今日の事を思い出して憂鬱な気分になる。
(あそこに就職したら、こんなトラブルに巻き込まれるのか…きっと、今日みたいな殺人事件とか……。)
輝は昔から、自分の身に起こった事でなくても状況や原因を知ると、まるで自分が受けたように感じ、感情が同調する事がよくあった。
もちろんそれは架名も知っており、心配そうに輝を見ていた。
「大丈夫なん?………そんな殺人の現場とか見たら…自分も同じ苦しさ感じるんじゃん…?」
「…うん、まぁね。」
「今の職場、やめんの?…ウチは全然いいよ、輝の事くらい、養えるし…昔お世話になったしさ。」
屈託のない架名の笑顔に自然と顔が綻ぶ輝。
いつも辛い時に架名が支えてくれたのだから、いつまでもこのままではいけないことくらい輝はわかっていた
「辞めないよ!…もっと頑張ってみる。」
「そっか!応援してっかんね!…帰りに飲んでこーよ!」
「え?架名昨日も朝まで飲みに行ってなかった!?」
「いーじゃんいーじゃん!!行こ!」
架名に手を引っ張られて、輝は夜の道を進んでいった。
(引っ張られるの、今日は何度目だろう。)
ぼんやり考えながら、輝は明日起きれるかどうか、そんな事を考えていた。
【富裕層強盗殺人事件 前編】




