第五議題 中編
その後、講義なんかに集中できなかった輝だったが、岩浦のそんな表情を見たのは後にも先にもその一回だけだった。
戻ってきた里日が偶然なのか、何かを察してなのか輝と岩浦の間に入ってくれ、輝はそれ以上岩浦の顔をそこまで見なくても良くなった。
岩浦も最初は間に入ってきた里日に驚いたが、里日はそれなりに美人であり悪い気はしないらしく、気にせず雑談をしていた。
輝は、ほんの少し他のことを考える余裕ができてくると、生徒の方に目をやる。
皆が依斗に釘付けになっている中、今の輝と同じ表情で岩浦を見ている男子生徒がいた。
ほんの一瞬、目が合った二人はすぐさま目を反らした。
(・・・今のは・・・何だったんだろう。)
気がかりに思いながらも、その男子生徒の表情を忘れられないまま、いつの間にか六限目の終わりを合図するチャイムが鳴った。
「・・・や~六限終わっちゃったね!じゃ、これでおしまいにしよう!」
「「「えぇぇぇ~!」」」
「え~って言われたって!終わりは終わりだ!・・・でもそれだけアッと言う間だったのだろう。またここで講義ができると良いな。」
生徒達にとっては楽しかったのだろう。終わることを残念がりながらも、やはりもう高校生だ。切り替えは早かった。
学年、クラスごとに体育館から出て行き、後に残ったのは担任を持たない教員と校長。依斗達だけだった。
依斗はよほど楽しかったのか、子どものように無邪気にニコニコしている。
「あれほど有意義な講義は久々だね。私もつい白熱してしまった。」
あの講義なら、依斗が教授時代に哲学の講義で学生達からの評判が良かったのもうなづける。
だからこそ疑問は深まっていく。
よほどのことが無ければ、辞める理由にはならない筈なんだ。
「飯塚くん、大丈夫かい?」
「え?」
「・・・なんだか深刻な顔をしていたよ。」
心底心配そうな依斗に輝は安心しながら、ぐっと拳を固める。
ちゃんと約束をした。今は知らないだけで隠されている訳じゃ無い。依斗はちゃんと輝に話すと言ってくれた。
(今はそれを待つ事が、信じるって事だ。)
全てをさらけ出す事実だけが信じると言うことでは無い。信頼の形はそれぞれ。今ここでは、輝は待つ事が一番の選択なのだ。
「大丈夫です!私、待っているので。」
「・・・そうか。ならさっさと空き時間を作らなければね。」
輝と依斗が話し終わったタイミングで美術教師の筆井が声をかけてくる。
「あの・・・佐久間先生・・・!」
「なんでしょう?」
「今回の講義・・・素晴らしかったです!教師としても人としても良い刺激を受けました!特に講義においての生徒達との意見交換・・・ああすることで皆で授業を作っている感じで・・・興味深かったです!」
「ありがたいお言葉です。私もそこら辺は試行錯誤致しましてね?・・・最も学生達が頭に残しやすいのは、マニュアルでは無く会話なんです。」
褒められていい気になったのか、また長そうな話を始める依斗。それを横目に里日は着実に片付けを進めているので、輝もそっちを手伝うことにした。
「里日さんすみません!」
「良いのよ~、輝ちゃん今日大変だったでしょう?・・・色々。」
「・・・!」
やはり里日は輝の様子が可笑しいことに気がついていた様だった。だからこそ先程から岩浦から守るように間に入っていた。
「・・・輝ちゃんは先生から離れないで。」
「・・・はい!・・・あの・・・!ありがとうございます。」
「・・・部下を守るのは、上司の勤めよ。」
里日は他の教諭に助けてもらいながら片付けを進めていく、岩浦は首を傾げながらも依斗の傍らに居る輝には話しかけようとはしなかった。
しばらく片付けやら色んな事をやっていると、ふと足のかかとに痛みを感じて蹲った。
「飯塚くん?どうしたんだい?」
「い・・・たぁ・・・。」
かかとを見てみると、靴擦れになっていた。
下ろしたばかりの慣れないスニーカーで色んなところを一日駆け回って居たからだろう。
「大丈夫ですか!?」
「・・・!!!」
真っ先に話しかけてきたのは岩浦だった。輝はこわばる顔で必死に笑顔を作った。
「たいしたことないです!只の靴擦れなので!」
「保健室に行きましょう!化膿したら大変です。」
「ほ、本当に・・・大丈夫ですから・・・!」
拒絶している輝を見て依斗もただ事では無い事を感じ取る。しかし実際ちゃんと手当てをして欲しいという気持ちもあった。
「私がおんぶする。・・・岩浦先生、でしたか?保健室まで案内して頂いても?」
「ぁぁ、もちろんです。」
輝は、依斗におんぶされ、岩浦の案内で保健室へ向かう事になった。
保健室に到着すると、岩浦は手際よく輝の手当てをした。その手つきはぎこちなかったが、決して乱暴ではなかった。
「岩浦先生、ありがとうございます。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます・・・。」
岩浦は終始笑顔だったが、輝の中では先程の怖い表情がちらついてまともに顔を見ることができなかった。
「では・・・僕は失礼しますね。」
「あ、はい・・・。本当にありがとうございました。」
岩浦が退出しようとすると、保健室の扉が勢いよく開き、筆井と養護教諭の沢倉が一人の男子生徒に肩を貸す様に入ってきた。
男子生徒は傷だらけでぐったりしている。
「・・・!」
輝はその男子生徒に見覚えがあった。しかし、輝よりも先に反応したのは岩浦だった。
「町田!?」
「岩浦先生・・・!」
「一体どうしたんですか?」
「どうもこうも・・・校舎裏で倒れていたんです・・・!」
「・・・おい!町田大丈夫なのか!?」
岩浦の目は必死に見えたが、輝には不気味に見えた。本心から心配している様にはどうしても見えなかったからだ。
町田と呼ばれた男子生徒は、岩浦の顔を見るなり、怯えた様に筆井と沢倉の手を振り払った。
「大丈夫です・・・!大丈夫ですから。」
どこからどう見ても大丈夫には見えない。しかしなぜか岩浦は頷いた。
「そうか・・・大丈夫なら良いんだ。僕は部活の方に行きますね。沢倉先生、町田の手当てをお願いします。」
「・・・あ、はい。」
「町田!今日は部活は無理せず帰って良い。明日待ってるぞ。」
明らかに一日で治るような怪我では無い。それなのにまるで心配しているかのような狂気じみた声かけに虫唾が走る。
岩浦が保健室から遠ざかり、足音も聞こえなくなると、町田は崩れ落ちるように泣き出した。
「・・・どの口が・・・いけしゃあしゃあと・・・。」
「町田くん・・・手当てしましょう・・・?」
「一体・・・何があったんだい・・・?」
全く現状が理解できていない依斗と、なんとなく察しているからこそ黙り込む輝。二人に説明するように筆井が声をだした。
「本当は、校長先生から口止めされているんですけど・・・。こんな現場見られちゃったんで、お話ししますね・・・?」
「町田くんは水泳部から・・・激しいイジメを受けているの。それも一部ではなく、全員から。」
「しかも、水泳部の顧問である岩浦先生が率先して。」
「!!!」
教師としてあるまじき行為。しかし誰もそれを表だって注意をしていない。
依斗と輝はそこに違和感をかんじざる負えなかった。
「知ってるのに・・・なんで・・・!」
「先生達を責めないでください!」
「町田くん・・・!」
「先生達はできる限り僕を助けてくれる。それに、注意できなくて当然なんだ。・・・岩浦のおかげで水泳部は強豪校になったんだ。・・・だから誰も証拠もなく岩浦を注意できない。」
悔し涙を流す町田と筆井の横で手当てをしながら無念そうに口を開く沢倉。
「一度はね・・・告発しようとしたの。でも、校長に止められてしまった。『これから進学をする三年生やスポーツ推薦をもらった生徒達が路頭に迷っても君は責任を取れるのか』って。」
「そんな・・・じゃあ苦しんでる生徒は・・・見捨てるって事ですか・・・!?」
輝がいつになく熱くなったのを、依斗が静かに制した。
「飯塚くん、落ち着きたまえ。」
「でも・・・!」
「部外者の我々が簡単に足を踏み入れて良い簡単な問題ではない。」
「・・・!」
輝は初めて動けない大人の無力さを感じた気がした。
かつて輝の学生時代に、イジメにあっていた輝に謝りながらも励ましながらも、行動を起こせなかった新任の教師がいた。
大人は強いと思い込んでいた。でもこの立場に立って初めて実感する。
(無力な人間は、そのまま大人になったところで無力なんだ・・・。)
目の前で小さくなった、自分より背の高い筈の男子生徒に、輝は小さな声で謝ることしかできなかった。
そんなよどんだ空気が充満する保健室の中を窓の外から睨み付けている人間がいた。
もちろん依斗はその存在に気付きながらも見て見ぬフリをしているが、確かにその人物を認識している。
(山木文香が・・・なぜ・・・?)
その疑問の答えは、依斗がどんなに考えてもわからなかった。
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その日の夜、輝は心ここにあらずといった状態で講義を受けた生徒達の感想を読んでいた。
『一度考えて動くことの大切さがよくわかりました。』
『相手の気持ちになって、思いやりを忘れずに残りの学生生活を過ごしていきたいです。』
他にも似たような文章が並ぶが、輝は何の感情も持てなかった。こうやって感想を書いている中の誰かが、町田をいじめているという事実があるからだ。
それでも、ファンレターと同じように全部読んでまとめるのが輝の役目。
輝は残りの枚数と時刻を確認し、今日中には終わらない事を察した。
持ち帰ってやるのもいかがなものかと感じた輝は、一段落したら依斗に今日は泊まる事を伝えなければいけないなぁ、と背伸びをして再びデスクに向かった。
何枚か確認していると、一枚だけ長く書きこまれた感想があった。
『とてもためになる講義でした。佐久間さんに伝えたい事があります。先生には言えません。だから先生には伝えないで欲しいです。僕は水泳部です。自慢じゃないですがかなり速い方です。全国大会で入賞したこともあります。でも、ちっとも嬉しくないです。それは、顧問の命令で一番タイムの遅いチームメイトを虐めなければいけないからです。確かに皆本気で水泳をするようになりました。でも上を目指したいからじゃない、虐められないためです。苦しいです。ホントは虐めなんてしたくない。虐められている人が一番辛いのもわかってます。でも虐めなければ僕も虐められてしまう。僕はどうしたら良いんでしょうか。僕は汚い人間なんでしょうか。』
長く、重苦しい文章だった。
読み終わった頃には、紙に水滴が落ちるほどに輝は涙ぐんでいた。
「・・・ぁ・・・。」
こんなに長い文章でも、伝えたい事がハッキリとわかってしまう。彼は『助けて』と言っている。
「終電には間に合いそうかい~?一緒に夜食でも・・・飯塚くん・・・?」
呼びに来た依斗は何事かと目を見開く。
輝は慌てて涙を拭い、謝罪をした。
「すみません・・・あの、今日泊めてもらおうと思って・・・言いに行こうとしたんですけど、もうこんな時間なんですね。」
「・・・何があったんだい。」
「生徒からの感想に・・・こんなのが・・・。」
依斗は紙を受け取ると、しばらく読んでから眉をひそめた。
「・・・なるほど、君が嫌悪していたのも頷ける。教育者の風上にも置けない男だな。あの岩浦は。」
「私にはこの生徒も町田くんも、助けられない。それが、悔しくって・・・!」
泣きじゃくる輝に、依斗は複雑な顔をしながら肩に手を置いた。
「・・・その感覚、忘れちゃいけない。・・・その感覚をなくしたら今度こそ無能な大人の仲間入りだ。」
「既に無能です・・・。だって、何もできない・・・!」
「・・・飯塚くん、無力と無能は違う。無力である事につけあがった瞬間人は無能になるんだ。」
悔しい、苦しい。
だけど涙が出るということは、まだ諦めていないと言うこと。
「自分にできることとことん試して、初めて力は身についていくんだ。ゆっくりで良いといつも言っているだろう?」
「・・・・・・!」
「もっと、視野を広げてみるんだ。それを覚えれば飯塚くんにとって強い武器になるよ。」
輝は依斗を見てしみじみと感じた。
この人はどうしてこんなにも人としてできているのだろう?と。
「なんか私、先生に助けられてばっかりです。」
「・・・そんな事ないだろう。お互い様だ。」
緩く口角を上げて笑う様は、やはり整っていて、そんな気はなくとも少しドキッとしてしまう。
こんなに余裕があって優しい依斗が怒ることがあるのだろうか?と少し不思議に思った。
変な気持ちを振り払う様に残りの感想をまとめ、時刻は二十一時を回っていた。
「終電には余裕で間に合ったみたいでよかった!」
「はい・・・!でも今日泊まる気満々だったから・・・ちょっと帰るのおっくうですね。」
「・・・例の話をするなら、丁度良いかもしれないね。残るかい?」
依斗の提案に、輝の緩んだ気持ちが引き締まる。しかしどうにも緊張感が出ないのは先程から輝の腹の虫が鳴き続けているからだろう。
「コンビニで夜食でも買いに行きませんか?」
「そうだね。行こう。」
乗り気なくせに財布を持ってこようとしないのが依斗らしいと苦笑しながら、輝はふと鞄の異変に気付いた。
「・・・あれ・・・?」
鞄には、架名からもらった大事なお守りがついていた筈だった。でもどこを探しても見当たらない。
「飯塚くん・・・?何か捜し物かい?」
「お守り・・・どこかに落としてしまった見たいです。」
「・・・!大事なものなのかい?」
「・・・架名からもらった、大切なお守りです。」
依斗は少し笑う。あざ笑った訳ではない。
安心させるような心地よい笑いだった。
「私も一緒に探そう。」
里日が運転していた車の中、片付けたばかりで綺麗な依斗の部屋。家中の至る所をくまなく探したが見つからない。
「先生のお部屋片付けてあって良かったです。」
「ふむ、私もそう思った。」
「なら普段から片付けて下さいよ。」
「まぁ、片付いていなくとも特に困ることはないからね。」
ここまでの道中車に乗っていたため道に落ちているのはあり得ない。だとすれば後は、今日講義に行った私立桜宮高校だけ。
さすがにそこまで付き合わせるのも悪い気がして、輝は鞄をもって帰る準備をし始めた。
「帰るのかい?お守りは?」
「すみません、お話しは今度で良いでしょうか?私はこれから桜宮高校まで行ってきます。」
「こんな遅くに?一人で・・・?」
「これ以上先生を巻き込むのも申し訳ないので。」
お守りが無い事で焦っている輝は、いそいそと玄関へ向かう。
「飯塚くん!」
しかし、輝も依斗自身も驚くような力強さで依斗が輝の腕を掴んで止めた。
「先生・・・?」
「だ、だめだ。私も一緒に行く・・・!」
「先生・・・い、痛い・・・です。」
あまりの力強さに顔を歪める輝。依斗はハッとした様に手を放した。
「すまない・・・。」
「先生どうしたんですか・・・?」
輝は困惑していた。依斗のこんな表情は見たことがなかったから。
依斗はまるでトラウマにでも触れられた様な、余裕なんて一切ない表情だった。
「何でもない・・・今は、聞かないでくれ。」
「・・・!・・・わかりました。」
「こんな遅くに、一人になんてできない。いくら飯塚くんが色気がない万年寝癖成人だとしても、女性である事には変わりない。」
取り繕う様に言って居るからなのか、言葉に全くいつもの切れがない。輝はそれに気付きながらも、気付かないフリをした。
今この瞬間、依斗が隠したいと願うならば、見て見ぬフリをすることが優しさなのかもしれない。
「ひどい!なんですかそれ!」
「!・・・事実じゃないか!」
「さっさと行きましょう!早く見つけたいんですから!!!」
玄関から出て行く輝の背中に、依斗は聞こえないくらいの小さな声を投げた。
「・・・待っていてくれて、ありがとう。」
いつの間にか、恐怖心は消えていた依斗。
自分でも気味が悪いほどに輝に陶酔している様な気がし、自らをあざ笑うように笑い飛ばした。
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タクシーで桜宮高校へやって来た二人は、なるべくはぐれない様にしながらも手分けしてお守りを捜した。
学校の敷地を一周するところで、ふと校門横のフェンスの下の草むらの中に違和感を感じた。
「・・・?」
輝が草むらをかき分けてみると、隠れる様に探し求めていたお守りが顔を覗かせた。
「あ・・・ありました!」
お守りを手に取って見ると、元々ボロボロだったが、泥や草が増えて更に劣化していた。
「随分ボロボロだね。」
「はい、ずっと付けていたので・・・。」
「見つかって良かった。」
「・・・ありがとうございます。」
輝は今度こそ落とさない様に大切に大切に鞄の中にしまった。
「・・・宝物も見つかった訳だが・・・どうしようか?」
「・・・ここから家に帰るのは大変そうですね・・・。」
「では話の続きをしに私の家に帰ろう。」
「そうですね・・・!」
依斗がまたタクシーを捕まえようとあたりを見渡すと、敷地内からコソコソと出て行く人影を見つけた。
「・・・?なんだ・・・?」
「先生?どうしましたか・・・?」
輝の問いに答えようとした次の瞬間、学校から大きな声が聞こえた。単なる叫び声ではなく何か言っている様な声だ。
「・・・先生・・・!これ・・・!」
「行こう飯塚くん!」
「はい・・・!」
走ってその場所まで向かう途中、依斗は学校の警備システムが解かれていることに違和感を覚えながらも、声のする方へと走る。
次第に声はハッキリ聞こえてくる。
「筆井先生!!!しっかりして!」
この声は・・・国語教師の山木文香だ。
そして状況から察するに筆井になにか起こったとみて間違い無いだろう。
「プールか・・・!」
急いでプールの階段を駆け上がると、依斗は一瞬で事を認識して後ろの輝を慌てて止めようと声を上げた。
「飯塚くん来てはダメだ!!」
しかし既に輝は最後の階段を上り終え、依斗の隣に立っていた。
「・・・ぁ・・・」
輝は口元を押さえ、苦しそうに自らの首を触る。そしてまるで溺れているかのような感覚に身を震わせながらその場に膝をつく。
輝は声一つ出せなかった。
目の前の状況を簡単に理解してしまったから。
「飯塚くん…!しっかりするんだ!」
「…うあ………あぁ……」
踞ってしまう輝の名前を懸命に口にする依斗の声に、文香の視線が倒れていた筆井から離れ、依斗と目が合う。
戸惑い、現状を理解できない様子で冷静さを失っている文香は、どうしていいかわからず依斗を凝視した。
「さ、佐久間先生・・・!」
「今すぐ救急車と警察を呼ぶんだ・・・!」
「・・・はい・・・!」
依斗が落ち着かせる様に今優先すべき事を伝えると、文香は少しだけ思考を取り戻し、急いで救急車と警察に連絡をいれる。
依斗は輝の肩を抱きながら、現場を見つめた。
輝がこうなるのは無理もない。
プールサイドには頭からずぶ濡れで意識を失っている筆井立子。
プールの水面には、ピクリとも動かない岩浦孔子の遺体が漂うように浮かんでいたのだから。
そう、輝が遺体を見るのはコレが初めてだったのだ。
依斗はそれでも思考を止めたりしない。
何故この時間にこの二人はこの場所に?
何故山木文香はここに居合わせた?
敷地内から出てきたのは一体誰なのか?
誰が、犯行を行ったのか?
輝の肩を抱く指先に異常な力が入っていることに、誰も気付く余裕などなかった。
【水泳部顧問溺死事件 中編】




