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第四議題 回答



「こんな夜中に、どうしたんですか…?」


不快とまではいかないものの、それなりに迷惑そうな顔をした桜木真希は、また取調室の椅子に座っていた。


「すみません、確認したいことがあるそうなので……少し、別の人間に変わりますね。」


仁が向かい側の席から立ちあがり、部屋を出ると、廊下には輝が立っており、マジックミラーの外からは依斗が両腕を組んで桜木を眺めている。


「これでいいんだろう?」

「…はい、ありがとうございます…!」


輝は桜木の前に座ると、少し緊張した面持ちで桜木の顔を見つめる。そして、深呼吸をすると輝は話始めた。



「私は、貴女がまだ隠している事があると思ってます。」

「……。」

「しかも、それは自分の為に隠してる訳では無いですよね…?」

「………。」

「亡くなったアンナさんとは、それなりに親しかったのではないですか?お願いします、本当の事を教えてください。」



桜木は、短いため息を吐いた後、かなり真剣な真っ直ぐな目で輝を見つめ返した。


「あなたの言う通り、私は真奈美…………いいえ、アンナと、とても仲が良かったです。毎日の様に電話をしたり、LINEをしたり。」

「…そう。ですか。」

「一時、あのアパートの一室で一緒に住んでいた事もありました。彼女の事は何でも知ってるし彼女の秘密も全部知ってます。…だからこそ…。」


しばらく瞬いた目が再び大きく開いた時、突然涙が溢れだした。



「それを言ったら、アンナが悲しむと思って言えなかったんです。」

「……教えてもらえませんか…?お願いです。」

「……アンナは、本当に木槌くんが大好きでした。円満に私とのルームシェアを解消するときも、もしかしたら木槌くんと住むかもしれない、なんて話をしてたくらいに。……でも、アンナは見栄っ張りな上に、木槌くんに素直になれなくて、すれ違ってました。」


見栄っ張りだったアンナは、当然木槌から愛想を尽かされ、別れを切り出されたのだろう。

それを桜木に愚痴っていたらしい。



「けど、別れたくないって。ずっと相談に乗ってました。」

「…宮地鳴海さんへのいじめに関しては…何か聞いてますか?」

「…はい、すごく嫌ってました。要くんを誘惑して気持ち悪い女って…言って。」

「……なるほど……。」




輝は、そこでハッキリと桜木にあの疑問をぶつけることにした。



「桜木さん、アンナさんは、お酒も飲めないし、煙草も吸わないんじゃないですか?」

「…それは…どういう事だ?」

「ちょ、何言ってるんだよ飯塚さん…!」


驚く刑事達や、無表情で眉だけをわずかに上げる依斗などお構い無しに、桜木は渋々頷き、一言だけ答えた。



「はい。」

「アンナさんは見栄っ張り、だからこそ、お酒を飲めない事、煙草を吸えない事を周囲の人間には黙っていた。そうですね?」

「…はい。」



撮られた被害者の自宅の写真には灰皿も酒類も無かった。それに少なからず違和感を感じていた依斗も、この事実で全てが繋がっていく気がした。



「……つまり、彼女の秘密について中途半端に知っている人間にしかできない犯行、そして、目撃証言の相違……。」


お酒もタバコもしないと知っている友人桜木か。

秘密を何も知らないヘルプの宮地か。



それとも他の二人なのか。



「ここは頼んだよ、飯塚くん。」



依斗は独り言の様にボソリと呟くと、その場の誰にも告げる事無く警視庁から去っていった。



--------------------------------------------



   

すべての事実確認の為に、桜木真希をはじめとした容疑者候補が全員事情聴取室に呼ばれる事となった。


先に着いたのはオーナーの荻原であり、木槌はまだ到着していなかった。


輝は桜木真希の事情聴取の途中から依斗が居ないことに気付き慌てて連絡をするが、通話に応答する気配も無く、何処に行ったのかも検討もつかない。


「ど、どうしましょうか……!?」


依斗が居ないことには輝は何もできない。

だが帰ってくるかどうかもわからない依斗を待つために荻原を待たせる訳にもいかない。


慌てふためく輝のスマホに非通知の着信が入る

。普段非通知の電話なんて取らない輝ではあったが、もしかしたら依斗かもしれない、という淡い期待を持って通話ボタンを押した。



「もしもし…!」

『あ、飯塚くん?私だよ、佐久間依斗だ。』

「ど、どこに居るんですか!電話かけても出ないし…!」

『いやぁ、電池切れててさぁ。普段使わないから忘れてて。実はちょっと気になることがあってお店の裏口を見に行ってたのさ。今タクシーだからすぐ戻るよ。』

「でも、もうすぐ皆さん揃いますよ!どうするんですか!」


輝が困惑した様に責め立てると、受話器の向こうの依斗はやけに余裕そうに笑い声を漏らした。


『ふふ、大丈夫さ。むしろ、私は一番最後に到着しなければいけないんだから。』



依斗はそう言うと勝手に通話を切ってしまった。依斗が言っている意味もわからなければ、正直言えば輝自身まだ犯人もわかっていない。


「……。」


混乱する頭を抱えて深く深呼吸をする。そうすれば何か落ち着いた気がした。

思考が少しクリアになると、途端に輝は冷静さを取り戻す。


(先生がいなくとも、この場にやってきた容疑者候補から真実を聞き出さなきゃいけない。)


まず、輝が感じた一人一人の嘘の匂い。これを拭い去らなければいけない。

桜木真希は二回目の事情聴取で真実を述べた。


それは、真希と被害者の仲がかなり良好であったという証拠の元に成り立ったもの。では荻原は?木槌は?


(あの二人から真実を引き出すには、何を突き詰めたら良いんだろう…?)


そこで桜木真希から聞かされた真実を思い出してみる。

すると、微かな違和感が輝の頭に過った。


(……そういえば……お酒も煙草もしないのに…なんで……?)


それは、被害者の真実が明らかになったから起こる絶対的な矛盾。お酒を飲んでアルコール中毒、煙草の火で引火してその後自宅が炎上。


そう、意図的でなければ、他殺でなければあり得ない。



輝は全員が揃うのを待って静かに頭をフル回転させる。

そこで輝は一つの結論にたどり着く。

全員が揃い、最後の一人がやってきた後に依斗が到着した頃には、輝は全て悟っていた様にも見えただろう。


「飯塚くん、やってみるといい。自白すればそれまでだし、もし自白しなくても、私が証拠を回収しているからね。」

「……はい。」

「君の推理、聞かせてくれるかい?」

「わかりました。」


新人アシスタントの早い成長、初のデビューのような感覚に、依斗はひそかに興奮しているようだった。



容疑者候補の四人が揃い、椅子に座る。緊迫した空気の漂う室内に、輝が緊張した面持ちで入ってきた。

輝はまず一回お辞儀をすると、あくまで冷静に静かに言葉を並べ始めた。



「お忙しい所、夜遅くにお呼び立てして申し訳ありません。被害者について新たな情報が出たので皆様には事実確認の為にご足労頂きました。」


輝の言葉に異論を唱える者は一人もいなかった。一人の命が失われたとあればこうなるのは仕方ない事、そして容疑者候補が任意とはいえ事情聴取を拒めば自分に疑いの目が向くこと。


その場にいる全員がその事をよく理解していた。



「では、さっそく本題に入ります。まず被害者の死亡原因はアルコール性中毒、その後煙草の火が服に引火したことにより自宅が炎上。焼死体となって発見されました。」


「犯行時刻にアリバイの不透明な四人、それがあなた方です。まず一人一人の証言、確認のとれている事実をここで合わせていきたいと思います」


輝は予め用意していたホワイトボードをガラガラと引いて再び四人の前に立った。

座っている容疑者候補達の後ろでは、興味深そうにその光景を眺める仁と葉月。


依斗はさらに奥で壁に凭れてその様子を見ている。


ホワイトボードには四人が言ったアリバイと所持品、証言、被害者との関係性が書いてあった。



「そういえば、鳴海ちゃんお店お休みしてたな。」

「じゃあまさか鳴海が…?」

「ち、違うよ!!私は本当に違うから!そうでしょ刑事さん!」

「……落ち着いて、話を最後まで聞いてください。」




「…続けますね。まず犯行当時外出したのは三人、当日お店をお休みしていたのは一人。確かにこの情報だけだと最も容疑者として可能性の高いのは宮地さんです。」

「だったら…。」

「木槌さん、話を最後まで聞いてください。…ですが、新たに証言された真実で、その可能性は覆されました。…宮地さん、貴女はお酒や煙草について、アンナさんにどんな印象をお持ちでしたか?」

「え…まぁ…酒癖も悪いし…煙草も臭かったし…ウザいなぁとは思ってたけど……!」


突然の質問に戸惑う宮地ではあったが、それでもこの際嘘を着く理由もない。輝からは素直に答えているように見えた。


その質問の真意に気付いていたのは、被害者と最も仲の良かった桜木と、その証言を聞いていた周りの刑事、そして依斗だけ。


残りの三人にはそれがどういう意味の証言なのか理解できていなかった。



「……そう、宮地さんには犯人であれば知っているはずの情報が足りないんです。」

「そんなの、状況判断でしょ!嘘をついてる可能性だって……!」

「…では、木槌さん。貴方にも同じ質問を致しましょう。あなたは、アンナさんの、飲酒、喫煙についてどのような感想をお持ちでしたか?」

「……それは…鳴海さんの言う通り、煙草は迷惑だし…!酒…だって…!」

「お酒が?」


木槌は自分がそこまで言ってようやく質問の意図に気付いたのか、口を閉ざした。言えないのだろう。被害者が、飲酒をしないという事実を。


「…知ってて、質問を…?」

「…はい。」

「…………。」


ここで嘘をつけば、最も怪しいのは木槌になる。そして真実を告げても木槌は自分の犯行を認めた事になる、だから言えないのだ。


「……死ぬとは、思わなかったんです…!」

「…要…?」

「ごめん、鳴海。…俺は、アンナさんにいつもは頼んだ酒に見た目が最も似てるノンアルコールのドリンクを出していた。見栄っ張りな人だから、こっそりと。……でも、アンナさんは本当は酒を飲めない。」

「当日、貴方は本当にアルコールの含まれたお酒を出した。そうですね?」

「…でも!その後酔った彼女が煙草の火で炎上するなんて思ってもなかったんだ!!!殺意は無かった!!!」


必死に殺害の意図は無かったことを弁解する木槌であったが、それは殆ど自白の様なもので。

しばらく木槌が声を荒げていると黙っていた荻原が手を上げた。



「……あのさ、刑事さん。……俺の知ってる事…話して無いことなんだがさ…。アンナちゃん…………煙草、吸わない…。」

「………え…?」

「…前に煙草に誘ったとき、本当は肺が弱いから吸えないと言ってた。…見栄っ張りだから、周りの子にバレたらダサいから、って。」

「オーナー、嘘ですよね?…刑事さん!嘘ですよこれ!!」

「残念ながら、アンナさんは飲酒も喫煙もしません。」


輝はホワイトボードに被害者の部屋の写真を張った。



「テーブルの上にも何も無く、調味料すら置いてない生活感に欠けた部屋ですが、煙草を普段吸っている方ならここに違和感を抱く筈です。……ね?荻原さん、宮地さん。」

「……本当だ……。」

「灰皿がない…!」

「そう、あなた方二人が犯人なのであれば、煙草を吸わない事に気付いた筈ですよね?」

  

荻原と宮地が頷く横で、木槌がわなわなと額から汗を流している。


「つまり、犯人はアンナさんが酒を飲めない事を知っていて、尚且つ煙草を吸えると思い込んでいる人物…。それは、木槌さん、貴方しか居ないんです。」

「確かに言われてみればそうですけど…全部、状況証拠でしかないですよね!?僕の所持品に煙草が入ってたのは、本当に彼女に頼まれてコンビニで煙草を買ってたんですから!」

「……それは、たしかにそうですけど…!」


輝が反論しようとしたところで、壁に寄りかかっていた依斗が歩み出てきた。


「飯塚くん、ありがとう。ここからは私が。」

「……先生…。すみません…。」

「どうして謝るんだい?…見事だったよ。後は任せたまえ。」


依斗は輝に対して朗らかに笑うと、スッと真顔になって木槌に向き直った。


「犯行時刻、木槌さんはたしか店の裏口から出てコンビニに向かった。そうですね?」

「…あぁ、そうですよ。」

「そして、裏口から出たことを証言している人も居る。」

「だったら!!!」

「…逆に、店の裏口に入ったのに目撃証言の無い宮地さん。どうしてでしょうね?二人が出入りしたと証言する時間には裏口の扉の裏に当たる場所で桜木さんが電話をしていたんですよ。ね?桜木さん。」

「…はい。宮地さんは見てないですけど……木槌さんは見ました…。間違いないです。」

「…!ほら…!!!」


そのやり取りの中、宮地鳴海の目線は依斗でも輝でもなく、ただ一人、木槌を見つめていた。

信じられない様な、怯えたような、裏切られた様な…絶望的な顔で。



「…要…………なんで…?」

「は?」

「なんで……ドア開けたときに私に会ったこと言ってくれないの…?…どうして?」

「…っ…何言ってんだよ…鳴海。会って無いだろ。」

「嘘…だよね…?……要…?」

「あぁ、目撃証言が無かっただけで裏は取れてますから大丈夫ですよ、宮地さん。」


依斗はそんなの気にも止めず、平気な顔で空気を読めない声で続けた。

ホワイトボードに適当な地図を書き、コンビニの位置と扉の開閉を指摘した。


扉の裏側には桜木、通路に木槌、そしてコンビニ側には宮地。


「…この時間帯、確かにコンビニの監視カメラの映像には宮地さんが映ってました。その後店の方向に向かって歩く後ろ姿も写っています。コンビニ側からだと、扉が開いた状態では桜木さんと宮地さんはお互いが見えない筈です。この証言は頷けるでしょう。」

「……!!!」

「ですが、木槌さん、貴方の証言は違う。何故鉢合わせした筈の貴方が、おかしな証言をしているのでしょう?」


木槌は必死で思考を巡らし、弁解しようと口をぱくぱくさせているが、言葉は出てこない。

しかし、これもまた状況証拠でしかない。

依斗はどうやって木槌の犯行を決定付けるのか?輝は冷や汗を流しながらしっかり観察する。


「…あぁ、認めなくなって構わないさ。証拠ならあるからね。」

「……ど、どういうことだ…!」

「貴方の犯行当時の動きはこうだ。アンナさんがアルコールを接種した事による体調不良で店を出て家に帰った後、貴方は休憩時間を利用して自転車で被害者の自宅に向かった。被害者には心配だから看病しに行く、とでも言ったのでしょう。」

「……違う!!」


「その後、自宅に入り込んだ貴方は中央の椅子にアンナさんを座らせ、彼女の手荷物を漁って煙草を入手した。煙草に火がつかなかった事で貴方は焦り、急いで自宅付近のコンビニで新しい煙草を買い、帰ってくると既にアルコール中毒で亡くなっていたアンナさんの遺体。それでも殺意は収まらなかった貴方は、事故に見せかけるために新しく買った煙草を付け、服に引火したのをその目で確かめ、放置したまま部屋を後にした。」

「…だから違うっ!!!煙草が中々…見つからなかったから!!そのコンビニに行っていただけで!!」

「では一つお聞きしよう。」


依斗はサルエルパンツのポケットからビニールパックを取りだした。中には一本の煙草が入っている。


「これは、あなたが此処にやってくる直前に表のコンビニで捨てた煙草のゴミです。」

「…っ!!!?」

「ここ、吸う場所のフィルターに微かに口紅が付着していました。鑑識に回してもらったら、ほんの数十分で結果が出ましたよ。素晴らしい。」

「……」

「この口紅は、アンナさんが使っていた口紅。そして、貴方の鞄に入っていたのは買ってきた新しい煙草ではなく…湿気った古い煙草です。流石に口紅が付いているのはヤバイと思ったのでしょうが、普段吸わない貴方には何故火が付かないのかも、その違いもわからなかった。」

「……」

「だから、アンナさんから聞いた僅かな知識で、新しい煙草を買ってくるしか思い付かなかった。」



「…あぁ…わからなかった。火が付かない理由も…正しいライターの使い方だって。」



右手親指の小さな火傷を見つめながら木槌は話し始めた。



--------------------------------------------



木槌要は犯行を認めた。犯行動機は被害者である磯部真奈美に弱味を握られ、奴隷の様な扱いを受けていた事だった。


宮地鳴海には恋愛感情はなく、元々から容疑を被せるために交際していたという。


被害者の情報をしっかり見はじめて、初めて輝は源氏名七瀬アンナの本名を知った。

最初に本名の確認をしていたときは、輝は他の部屋を写真に撮りに行っており、聞いてなかった。




「……磯部さん、だったんだ。」



輝は思い出したくない高校時代の事を思い出した。磯部真奈美は、輝の高校時代の同級生。


良い思い出は全く無い。


「大嫌いだったのになぁ…私。磯部さん。なのに…すごい悲しいや…何でなんだろ?」

「……君が、間接的に彼女を知ったから、じゃないかな?」

「あ…先生…すみません…お見苦しい所を。」

「構いはしない。さっきはよく頑張った。……それにしても…まさか被害者と君が高校の同級生だったとは…。」


輝は少しだけ滲み出ていた涙を拭い、薄く笑った。本心からはどうしても笑えなかったけれど。


「…嫌な人でした。嫌なこと何でも私に押し付けて…バカにして…。でも、彼女だって生きてたんだなって。」

「そうして人を傷つけた罰が当たったんじゃないのかい?」

「……そうかもしれません…それでも…。磯部真奈美さんの人生に少しでも触れてしまった今…私は……そうやって納得ができないんです。」


依斗はなんとなくそうでは無いかと感じていた。あまり人を観察するのは好きではないが、輝だけは見てて飽きない。

だからこそ、余計に思ってしまうのだ。愚かだと。


「だから、途中から木槌要を追及できなくなった。」

「……お見通しですか、先生。」

「自分を苛めていた相手にすら同情を向けてしまう君だ。犯人にも同じ様に思うのだろうね。」

「その通りで言葉もありません………でも、こっちは後悔も心配もしてませんよ。これで良かったとハッキリ言えます。」

「……そうか、私は飯塚くんを少し誤解してたみたいだね。」


犯人に同情して流されてしまうのではないか?と心配していた依斗であったが、それは必要無いことであるとわかった。

輝は根本的にとても真面目だったからだ。


悪いことをしたら罰せられる。それは輝にとって当然で、基本的な事。

だからこそ、わかっている。磯部真奈美が殺されるのは間違った事であり、木槌要が逮捕されるのは当然であると。


この境目がわかっていれば、輝は大丈夫だと。


「たった数週間しか経っていないけれど、君の成長は素晴らしいと思っている。だからこそ、君に聞いてほしい事があるんだ。」

「…な、なんでしょう?」


あの飄々とした依斗が珍しく真剣な顔で輝に、向き直るので、輝も自然と緊張してしまう。


「……これは、基本的に私と餅田しか知らないし、外部に漏らすべきではない事だ。それを踏まえて言う。約束してくれるかい?…口外しないと。」

「…は、はい!」

「友人にも、同居人にも……あの岩倉葉月くんにも……そして、里日くんにもだ。」

「…ーーっ!里日さんにも、ですか…?」

「そう、約束できるかい?」


どんな内容なのだろう?と輝は吐きそうな程緊張して心臓の音を聞く。

依斗の方も緊張している様で、少し深呼吸をした。


「…はい、わかりました。」

「ありがとう。実は今回の事件と、君が初めて携わった事件に、共通して起こった事があってね。」

「…はい。」

「今回、木槌の証言と鑑識が出した結果と食い違う点が出てきた。犯行は認めたし、煙草の事故を装って引火させたのも合っていたが、一つだけ違う証言があってね。………木槌は、服に火が引火するようにはしていない。」

「えっと…どういう事ですか…?私遺体見ていないので、よくわからなくて…。」

「……遺体自体に、火が着火していたのさ。それも顔面にね。」

「……!!!」



犯人が全面的に犯行を認めている時点で捜査は終わっている。このままならば、この不審な点が解決する事は無い。

又、これが解決したところで犯人の罪が変わる事は無い。


警察はこれ以上の捜査はしないだろう。


「君が来たときに起こった、連続強盗殺人事件にも不審な点はあった。犯行を認めた望月雪という主婦が証言した凶器と致命傷を負わせた凶器が全く違ったのさ。」

「……!!」

「それも三人目の被害者だけだ。二つの不審な点の共通点も無い。……だが確かに、何者かが関わっているのさ。」



それが本当だとしたら恐ろしい、と輝は思っていた。


一つ目も二つ目もその何者かの手口には、確かな恨みがある。それも、根強く深い怨み。

そんな者が、事件の影に隠れて捕まっていない。

これは、恐ろしいとしか言えない事だ。



「飯塚くん、気を付けてくれ。その何者かは君やその周辺の人物に接触してくるかもしれない。」


--------------------------------------------



「……そんなに気になる?…石際さんの事。」


春は空間を隔てるガラスの向こうで、困ったように考え込む。向かい側には輝が座っており、面会者のタグを付けていた。


「…うん。やっぱりシュンちゃんに色々聞いておこうと思って…。」

「関わらない方が良いと思うけどなぁ。」

「…そんなに危ない人なの??」

「明らかに危ないって訳じゃないよ。何て言うか上手いんだよ、人の心に入り込むのが。」

「…そうなんだ。」


春は真面目な顔で訴えかけている、それが本心であり、本当に心配してくれていて、関わって欲しくないというのも輝は理解できた。


それでも、知識欲が押さえられない。聞かずにいられない、というのが今の輝の現状だった。


「…あー、じゃあちょっと言っときたいんだけど」

「何なに?」

「……えっとぉ……」


言いにくそうに目をそらす春は、真剣に聞こうとする輝に申し訳無い気持ちと、あまり話したくない気持ちで葛藤している。


それでも、言うと決めたからには言葉を続けるしかない。


「……ちょっと佐久間さんも危ないかもしれない。」

「……どういう事……?」

「あの人、昔大学の教授やってたんだよ。哲学の。………石際さんは、そこで一番評価されてて…二人はとっても仲良くなってた。」

「…!!先生が教授…?」

「…うん、僕も琴美も哲学は取ってなかったけど、石際さんと会うときはいつも、佐久間さんと別れ際だったよ。」



(石際真由美と先生に…そんな共通点が…?)


輝はつい最近、依斗が大学から講義の依頼を受けていた事を思い出した。

昔大学教授をやっていたのに、何故大学の講義の依頼を断るのか。


理由がわからなかった。


(あの時は、面倒だから、と言っていたし…確かに、はぐらかされた感じだった。)


少し考え込む輝に、春は戸惑いながらも話を続けていく。


「佐久間さんの講義は、本当に人気で…すごく評判も良かった。」

「どうして…辞めちゃったんだろう…?」

「…理由は知らないけど…。石際さんは、大学中退して…、その直後に佐久間さんも教授を止めたんだよ。」


初めて知った真実と、自分だけ何も知らなかった事実に、冷や汗を流す輝。

依斗を信頼していない訳ではないが、依斗の方は輝自身を信頼しきれていないのはよくわかった。


「…じゃあ…在学時に、先生と石際さんの間に何かあった…ってこと………?」

「…そうだと思う。本当に理由は知らないけど…辞める直前に石際さんが言ってたんだ。」


『私は、佐久間依斗を絶対に見返す』


「………って。すごい形相だった。」

「……そっか。そうなんだ。」


依斗と石際の繋がりはよくわかった。そして自分との繋がりも。

輝の中で、恐ろしいパズルが組み上がりつつあった。


(……確証は無いけど、もしかしたら…その石際っていう人……事件の不審な点に関わりがあるかも。)


依斗との繋がりは予想外の情報だったけれど、輝は、何かしら自分と事件の影に潜む何者かに繋がりがあると感じていたのだった。



「シュンちゃん、色々ありがとう!…また話に来るね!」

「…あっ、待って!輝ちゃん!」

「…どうしたの?」


春は、またもや言いにくそうに止まったが、今度はハッキリと真剣に輝に言葉をぶつけた。


「お願いだから、危険な事……しないでくれ。」

「……うん。わかってる。」

「…また、今度は美琴と来てくれよ。待ってるから。」



輝は心のなかで春に謝った。もしこの直感が当たっていれば、輝は石際と関わらずにはいられないし、危険を承知で調べるしか無い。


石際真由美という人物。それがすべての鍵になっていると信じて。

依斗の為に何かできることを、そう無意識に考えていたのだ。

自分を強くしてくれた恩人の力になれれば。

あの空間を守れるなら、何だってできる気がした。


輝は、仕事の時間を確認した。

今日は午後からだ。また部屋を掃除しなければいけないし、今日の紅茶は何が出るのか心から楽しみにしている。

デスクの片付けも、散らかった資料の整頓も。


あの職場での全てが、今の輝の活力になっている。



ほんのり染まった唇の端を上げ、輝は里日や依斗が待つ職場へと足を進めるのだった。





【ゴールド・シャンパン事件 完】




どうも、水野将人です。


まずは数少ない貴重で大切は読者の方に長らくお待たせしてしまった事をお詫び申し上げます。

そして、待っていてくださりありがとうございました。



今回の真のテーマは『理解すること』。人の行動一つ一つには、意味があると考えがちですが、自分はどうでしょうか?

一つ一つ考えて行動されている方も居られれば、無心で反射的に行動されている方もいらっしゃいます。


『考えてからものを言いましょう。』

『考えてから行動をしましょう。』


とはよく言ったものですが、果たして受け取る側はどうでしょうか??受け取る側はいつでも行動や言葉に勝手に意味を付けがちかもしれません。


『考えずに聞いてみましょう』

『考えずに観察してみましょう』


そんなのもアリかも。もし、どうしても意味が欲しいのならば、決めつけるまえに『直接聞いて知りましょう』。

それができれば一つだけ楽になるかもしれません。


今回の犯人も被害者も決して上手な人間関係の構築ができていた訳ではありませんでした。


被害者は意味を言えなかったし、犯人は意味を知ろうとしなかった。ですが、必ずしも知らないことが罪なのではありません。

輝もまた同じでした。知ったからこそ傷つき。理解したからこそ言葉を止めてしまった。


自分の正義を貫く時、人はたしかに誰かを傷つけてしまうのです。

それを知った輝でしたが、守るものもできた。

だからこそ、彼女は気づけたのかもしれません。


自分が一番失いたくないものを。


貴方の失いたくないものは何でしょうか?

時にはそれを明確にしてみると、視界がクリアになるかもしれません。


読んでいただきありがとうございました。

次はいつお会いできるでしょうか?私次第かもしれません。


必ずまたお会いしましょう。


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