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第四議題 後編

【ゴールド・シャンパン事件 後編】




KEEPOUTの文字が目立つ黄色のテープの前には野次馬がたくさん集まっており、何が起こったのか把握できなかった。


状況を把握しようと輝が隣に立っている少し年配の女性に話しかける。


「・・・あの、何があったんですか?」

「昨日の夜中にね!火事があったのよ~このアパート全焼で隣の私の家の木も燃えちゃったのよ~。」

「そう・・・ですか。ありがとうございます。」


輝は女性にお礼を言い、依斗の隣へと戻る。


「ブルーシートが張られているのを見ると、死者が出ていると見て間違いなさそうだね。」

「・・・事故っぽいですけどね。」


輝がふと後ろの方を見ると、アパートを睨み付けている金髪の女性が居た。

女性はブツブツと何かを呟くと、輝の視線に気付いて足早に立ち去っていった。



「・・・。」


事件かもしれない、という不吉な予感を感じながら移動しようとする依斗の服をつまむ。


「・・・どこいくんですか!」

「え?現場だよ。」

「私達が入れる訳がないじゃないですか!」

「入れるんだなぁ、これが。」


依斗がいつもの調子で薄ら笑いを浮かべて指さす先には、丁度今来たであろう車、その中からは仁と葉月が出てきた。


「あ・・・。」

「さ、行くよ~飯塚くん。」


意気揚々とテープの前まで歩いて行く依斗を、いち早く見つける仁が青ざめているのはきっと二日酔いのせいでは無いだろう。


「げ・・・依斗・・・なんで此処にいんだよ。」

「あ、飯塚さん。昨日は大丈夫だった?」


反対に葉月は顔色も良く、輝を見つけるなり駆け寄ってきた。


「たまたま飯塚くんと散歩してたら、此処が見えてね。」

「さすがトラブル体質・・・。」

「そのようだね、参ったことに。」


困っているような事を言っているが顔は全くもって笑顔な依斗に、ため息が止まらない仁は観念した様にテープを上げて依斗と輝を通した。


「・・・どーもね~。」

「し、失礼します・・・!」


手袋と足袋をしてアパート内に入ると、依斗が輝を庇う様に後ろに引き寄せた。


「・・・先生?」

「まだ遺体がある。見ない方が良い。」

「・・・!」


依斗のおかげで遺体を直視せずに済んだ輝は、他に何かわかることは無いかと部屋の中を見て回る事にした。


「私は、他の部屋を見て回ってきますね。」

「あぁ、頼むよ。出来れば写真もね。」


輝がそう言って他の部屋に消えていくと、その間部屋の中央に横たわる遺体を眺めながら依斗と仁が話しはじめた。


「・・・いくら焼死にしたって酷すぎないかい?顔の判別ができないじゃないか。」

「・・・ああ、これが事故だとは到底思えねぇな。」


体つきや骨格から見て女性である事はわかるが、顔だけが酷く焼けただれており原型を殆どとどめていなかった。



「仏の身元はわかったのかい?」

「今調べてるところだ。」


するとベストなタイミングで鑑識の男が仁のもとへ駆け寄ってくる。


「身元判明したので報告します。」

「あぁ。」

「被害者は指紋照合の結果、此処に住んでいる23歳女性の磯部真奈美と一致。職業はキャバクラ嬢、出火原因は煙草の火が被害者に引火した事によるもので、死因は・・・急性アルコール中毒による中毒死、および、顔面の火傷による気管支炎です」


そこで依斗が首を傾げた。


「死因わからないの?」

「はい・・・まだ司法解剖をしていないので、詳しいことは・・・。」

「そっか・・・。」


他にも気になることはある。

只の煙草の引火で、顔面がここまで酷く焼けただれるだろうか?…と疑問も残った。


急性アルコール中毒による中毒死だとしたら事故の可能性も十分残ってくる。

ホステスでアルコール中毒というのも引っかかるが、何よりも遺体の格好に違和感を覚えた。



「部屋の真ん中で、自分に引火したのに大人しく寝てるなんて・・・気絶するほど飲んでたのか・・・飲まされたのか。」


依斗が考え込んでいると、遺体が運び出されたタイミングで部屋を見て回っていた輝が戻ってくる。


「何か見つけたかい?」

「殆ど焦げていてわからなかったんですけど、キッチンもリビングも何も置いて無くて・・・本当に生活してたのか疑問です。」


輝が撮った写真の映像を見ると、確かにテーブルの上には何も乗っておらず、キッチンには調味料すら置いていない様だった。


「確かにこれは少し違和感を感じるな・・・。」

「冷蔵庫の中も空っぽでしたし・・・只の事故には思えません。」


輝の鋭い観察力に驚きながらも、依斗は写真を預かり輝を連れてアパートの外へ出る。


「とりあえず、被害者の身元が判明したから、被害者の勤め先に行こう。」

「はい・・・!」


しっかりと頷き、すっかり事件に慣れてしまった輝を見て、依斗は困った様に微笑み返した。



      

--------------------------------------------





車の中で仁と葉月が情報を整理しながら、後ろに座る依斗と輝に新たな情報を伝えながら被害者の勤め先のキャバクラへ向かっていた。


「・・・じゃあ死因は急性アルコール中毒で確定?」

「あぁ、遺体の焼けたところから生活反応が見られなかったところを見るに、間違いなく死亡した後に焼かれたと見て良い。」

「しかも、部屋の中に暴れ回った形跡も無く、綺麗なままでしたし。」

「他殺だねぇ、間違いなく。」


車が停車し、キャバクラ店の中に入っていくと、自分の生活とはかけ離れた別世界に戸惑いを隠せない輝。


きらびやかな空間では目立つ、しっかりとスーツが決まっている一人の中年男性が出迎えた。


「お待ちしていました、オーナーの萩原です。」

「どうも、先程連絡いたしました警視庁捜査一課の餅田です。」

「同じく岩倉です。」


周りへの配慮に為か警察手帳を小さく見せ、店内に入っていく二人に続いて輝と依斗も店内に入る。


まだ開店前で客が入っていないということもあり、店内は静かだが煌びやかな空間が広がっていた。


「こちらになります。」


荻原の案内で事務所の方に通される四人。

事務所には既に着飾った女性が数名が待機していた。


「誰ですか???」

「すごい・・・皆イケメン。」


ヒソヒソと話す女性達に、依斗は質問を投げかける。


「君たち・・・え~と、源氏名"七瀬アンナ"だっけ?仲良い子居る?」

「この子達はまだヘルプばかりなので、アンナちゃんと仲の良いライバル的な子なら、同伴中だからまだ来ないんです。」

「・・・ふむ、そうなのかい?」


荻原が横からそう言うと、依斗は納得いかないような微笑みを浮かべて腕を組む。

一方輝は、七瀬アンナの名前を出した瞬間の全員の表情に注目していた。


皆が、少し顔をしかめたのである。


「あ・・・でもナルミちゃんって確か毎回アンナちゃんのヘルプ入ってたよね?」

「えっ・・・あ、はい。」


ナルミ、と呼ばれた女性が慌てた様に返事をする。


輝は彼女をどこかで見た気がしたが、雰囲気もメイクも別人のようで確信は持てなかった。


「まぁ、もう開店前なんでナルミちゃんへの事情聴取とかは勘弁して下さいよ。」

「わかりました。」

「・・・で、あの・・・アンナちゃんが亡くなったって本当なんですか?」


荻原は声を潜めて質問するが、数名の女性には聞こえていた。


「・・・アンナちゃん死んだの?」

「・・・なんで?」


その表情は心配しているようなものでは無く、まるで好奇心や動揺を前面に出したような表情だった。



「・・・はい、昨日自宅アパートにて火災が発生し、鎮火した後の部屋の中から今朝遺体で発見されました。」

「事故・・・ですか?」

「いいえ、遺体の状態から見てほぼ何者かによって殺害されたと仮定して調査を進めています。」



予想だにしない答えに驚く荻原と女性達。

すると、そこへウエイトレスの制服を着た男性が入ってきた。


「失礼します。」

「どうした?」

「マキちゃんが、店に戻りました。」

「了解、ナルミちゃんお願いね~。」


荻原の指示によってナルミは事務所の外へ出て行き、そのすぐ後に入れ替わる様にマキと呼ばれた女性が入ってくる。


「あれ?オーナー!この方達は?」

「あぁ、刑事さん」

「なんで????」

「アンナちゃん殺されたんだって。」


すると、マキは少しだけ口をとがらせ。


「ふーん・・・残念。」


と一言だけ漏らしてから、再び接客に戻る為に準備をし始めた。


「・・・荻原さん、この店でのアンナさんの評判は?」

「ん~・・・指名率はナンバーワンなんですが、どうも店の子達とはあまり上手くいって無いみたいで・・・。」

「恨まれてる可能性は?」

「・・・あると思います。」


しかし、誰とどんな関係であるか、というのは把握していない様で、荻原からは聞くことはできなかった。


アンナの人間関係の簡易的なリストを渡され、それを元にして考える依斗。


「・・・まぁ、この主観が全てじゃないかもしれないねぇ。」

「どういう事ですか?」

「人間関係と心情が同一なら世界はこんなに生きづらくないよ。」


関係だけで無く、個人として彼女にどんな感情を抱いていたのか、それを調べなければいけないのである。


輝は自分がツナ缶のTシャツを着ていることなど、既に綺麗さっぱり忘れていた。




関係として見て最も輝と依斗が怪しいとにらんだのは、被害者のヘルプに付いていたナルミだった。


どうしても今日の内に話を聞かなければ、と仁の反対を押し切った形で、インカムを付けた依斗は一人で客としてソファに座る。


キャバクラに客として情報収集に来るなんて刑事である仁や葉月にはできない事であり、依斗だからこそ本日中に実現できる方法であった。



「お好きな物をお頼みになって下さい。」



いつもの格好から一転、カッチリしたスーツ姿で清潔に髪を結んだ依斗が最初に隣に座った女性に敬語で話すと、女性は依斗から目を離さずに熱い目線を向けてボーっと見つめていた。


女性に気を使わせない為か、ささやかに値段の列を隠してメニューを見せる様は、完全に遊び慣れた男のようだ。


「・・・じゃあ・・・コレで・・・。」

「では私もそれにしますね。」

「は、はい・・・。」


完全に二人の空間ができあがっている会話に、輝は謎の不安感を感じた。


まず、化粧はしない、寝癖は付きっぱなし、ツナ缶Tシャツの輝とはかけ離れた空間であり、依斗もまた別人に思える程で本当に自分の上司なのか朝のように疑問に思う。


「今日はたくさんお話がしたいんです。よろしければお互いにタメ口で喋りませんか?」

「もちろん・・・!」

「よかった、私はこういう仕事をしているんだ。今日はよろしくね。」


依斗がにこやかに笑いながら名刺を出すと、女性は驚いた様に頬を赤らめた。


「佐久間依斗って・・・小説家の!?」

「えぇ・・・あれ?知ってるんだ?・・・なんだか恥ずかしいなぁ。」

「私、大ファンで・・・!」

「ホント??嬉しい事言ってくれるなぁ・・・。」


和やかに話をする二人の会話に、輝は不満げな表情を浮かべる。


「アイツ・・・只遊びに来てるだけなんじゃ・・・?」


しばらく会話をし、小説の話や次の連載のコラムの話やら、好きなドラマの話なんかで盛り上がっていく両者。


どの話も全く事件と関係が無い。


しかも、女性はローテーションする事無く依斗は彼女を場内指名した。

さらに色んな注文やらなにやらたんまりと女性にお金を使ったところで時間は終了。


終始爽やかな笑顔で店を後にした依斗は、車に戻った途端に無表情な薄ら笑いを浮かべ、終始関係ない話を聞かされていた輝は思わず叫んだ。


「ナルミさんまで回して次回から本指名しないと意味ないじゃないですか!!次からどうするんですか!」

「いや、もう次は無い、店での情報収集はこれで終わりだ。」


依斗は薄ら笑いでネクタイを緩める。



「どういう事だ?」

「警戒対象のすり替えさ。」


首を傾げる仁や輝に依斗はスーツを脱ぎながら答えた。


「私が客として彼女らを指名したらその瞬間から私は接客対象・・・つまりもっとも擬態をしなければいけない対象になってしまう。」

「・・・!だから、全く関係ない女性を場内指名して・・・仕草や表情を観察していた・・・?」

「その通り、ボーイも含めて四人同時に観察できたよ。」



依斗は薄ら笑いを崩さずに髪をほどくと、ニット帽を被った。



「まずヘルプのナルミは、かなりの酒豪で間違いないが、自己主張が乏しくどのヘルプについても酒避けの為に良いように使われているね・・・被害者にも毎回同じ扱いを受けていた可能性が高い。」

「・・・なるほど、オーナーの荻原は?」

「彼は売り上げを重視する傾向にあるが、トラブルを極端に嫌う、店のトラブルメーカーである被害者を邪魔に思っていた・・・というのも考えられる。ライバルのマキはナンバーワンである被害者を疎ましく思っていた可能性も捨てきれないし、ボーイは個人的に被害者と何かしらの秘密を共有している様だった。」



そこまで話したところで依斗はハッとした様に輝の顔を見つめる。


「・・・は!!」

「な、なんですか?」

「・・・彼女からの連絡用のメールアドレスをどこにしまったのか忘れてしまった!・・・せっかく貰ったのに!」

「常連にでもなる気ですか。」


大真面目に素っ頓狂なことを言う依斗に、一瞬でもかっこいいと思ってしまった自分を恥じた輝であった。


    


--------------------------------------------



         



葉月の運転していた車で依斗の自宅前に到着した二人は、仁と葉月に別れを言ってから警視庁に帰っていく車を見送った。


「・・・散々な休日にしてしまったね。すまない。」


仁や葉月の前では見せない表情に一瞬驚く輝であったが、そこで素直に頷かないほうが依斗は気が楽だろうと少しだけ冗談めいた憎まれ口をたたいてみた。


「・・・先生だけは有意義な時間だったんじゃないですか??」

「・・・はは、どうだか。初めての空間で緊張して何を飲んだかもわからなかったよ。」

「え・・・?てっきり行き慣れていると思ってました・・・!」

「言ったろう?私は女性にも男性にも興味が無いんだ。疑似恋愛なんてそれこそ私にとっては時間の無駄だよ。」


どこか遠くを見つめて寂しそうに呟く依斗であったが、輝の方に目線を向けると顔を綻ばせる。



「・・・それに、飯塚くんと話しているほうが私にとっては有意義だよ。」



輝は、それが真意なのか、それとも輝へのお返しの気遣いなのかわからず、目を反らすしか無かった。


気恥ずかしいとはこの事だろう。


どちらにせよ少なくとも依斗の言葉には優しさがこもっていると感じた輝。


「それはどうもです~。でも・・・謝る必要あります?」


茶化す様に笑い飛ばしてから輝は精一杯の笑顔を浮かべた。


「私が先生と過ごしたいと思ったから誘いをお受けしたので、お礼を言うのは私です。ありがとうございます・・・って、ちょっと厚かましかったですよね。」

「・・・。」


自笑気味に頭を掻きながら笑う輝に、依斗はキョトンとした顔で玄関の扉を開け、電気を付ける。

そして、依斗の横を通り抜け、先に靴を脱いで上がっていく輝の背中に、無意識に言葉をかけていた。


「君は、相変わらず・・・愚か者だ。」


その呟きはもちろん輝に届いており、振り返って依斗を凝視した。


「・・・先生・・・せっかく良い感じに言ったのに、それは酷くないですか??」


引きつった顔で依斗を見つめるが、依斗の方は無意識であり、さらには本音であったので少しだけ動揺を見せたが……、最終的にはいつもの薄ら笑いという名の無表情で口を開いた。



「君は愚か者だよ。無自覚に自分の魅力を振りまくのだからね。」

「ど、どういう意味ですか!?」

「そのままの意味さ。もう少し自分を信じてあげるんだよ、自信とは自分を信じる事なんだから・・・そのTシャツ、恥ずかしがら無くてもよく似合っていたよ。」


依斗がなんでそんな事を言うのかわからなかったが、輝は照れたように呟く。



「先生だって、スーツ似合ってました。」



ツナ缶Tシャツを抱きしめるように輝は一日干していて乾いたスカートを鞄に終った。


依斗からもらったツナ缶Tシャツが、どこか誇らしくて、もう恥ずかしいなんて思わなくなっていた。


「それはどうも。」

「明日も、頑張りましょう。」


いままで二人になるとピリついていた筈の空気はもう取り払われ、たった一日ではあるが打ち解けているような気がしなくもない。


どちらにせよ輝には、明日の仕事が山積みなのである。


輝のテンションは一気に下がったが、謎の疎外感は感じなくなっていた。



--------------------------------------------





事件発生から1日が経過した午前中。不審な動きや証拠隠滅を図られない為に所持品を没収し、依斗の指示で犯行に関わっている可能性の高い四人の重要人物に内密に監視を付けた上で、それぞれ別の時間帯に呼び出し、任意での家宅捜索と事情聴取を行う事となった。


その四人は昨晩事件のあった時間帯に数分店から抜け出した事がわかっており、車や自転車を使えば容易に犯行が可能であり、依斗は間違い無くこの四人の中の一人が犯人であると確信している。


協力要請をされた依斗と、その助手である輝は事情聴取に同席する為にタクシーで警視庁に向かっていた。


「・・・。」

「・・・。」


車内はそれぞれが考え込んで別の世界に入っている故に、無言。運転手だけが空気が重いと感じていた。


アルコール中毒の違和感。

周辺の目撃情報によれば、被害者はいつもよりも少ない量しか飲んでいなかった事。


((まだ・・・何か足りない))


二人が辿り着いた結論はそこだった。


そうこうしている内に車は停車した。

輝は昨日とは違う普段通りのスーツ姿でタクシーから降りる。警視庁前で輝と依斗を出迎えたのは、後輩刑事の葉月だ。


「やぁ、岩倉くん。仁くんは?」

「餅田刑事なら、既に到着されたオーナーの相手をされてますよ。」

「へー、仁くんお茶出したりできるの?」

「事情聴取でお茶なんて出しませんよ、まぁ、佐久間さんは外部の方なのでご存じ無いとは思いますが。・・・餅田さんお待ちかねなんで、早く行きましょう。」


どこか依斗に対してとげとげしい言い方である事に少し顔をしかめる輝であったが、目が合った瞬間にいつもの優しい笑顔を向けられてつい違和感も吹っ飛んでしまった。


「飯塚さんもごめんね。わざわざ朝早くに来てもらちゃって・・・あ、今日はスーツなんだ。昨日のツナ缶Tシャツも中々奇抜で良かったよ。」

「!!わ、忘れて下さい!」


一人ズンズンと進んでいく依斗の後をゆっくりと葉月と談笑しながら歩き、輝は途中に感じる婦警や女性刑事の視線を振り払う様に前だけを見つめる。


(よく考えたら、先生に負けず劣らず岩倉くんもイケメンなんだよなぁ・・・。)


もちろん、身なりを整えて背筋を伸ばした依斗には劣ってしまうのだが。

輝にとっては周りが眩しすぎて居心地の悪さも感じてしまうくらいに自分に自信が無い。

いつの間にか下を向いていると、依斗のサンダルが視界に入る。

慌てて止まるが間に合わず、依斗の背中に盛大に頭をぶつけてしまう。


「す、すみません先生!!!」


いつもなら嫌味でも言うような依斗が、いつになく空虚な笑顔で背中越しに輝を見下ろした。


「飯塚くん。下を向くからぶつかるんだよ。前を見なさい、つまずいても転んでも良い」


輝にはそれが廊下だけの話には思えなかった。


「先生・・・?」

「前を見てれば、自分の道が見える。絶対に。」



それだけ言うと何事も無かった様に依斗はドアノブに手をかけ、ニット帽を片手で整える。


輝は、とくん、とくん、と脈打つ胸に両手を重ねて考えた。


そうだ、先生は「私」を助手として連れてきて下さった。里日さんでは無く、私を。

前を見る。そして、先生とは違う事をする。

先生がパズルを組み立てるために必要なピースを一個でも多く探す。


ピースが裏か表かを見極めるのが私の役割。


「頼りにしているよ、飯塚くん!」


依斗の真っ白な笑顔に輝はゆっくりと頷き深呼吸した。


「はい!!!!」


事情聴取でのささやかな言動を見極め、記憶する、それは確かに輝だけの強さ。


依斗の言葉で強さを再認識した輝は、もう下を向こうとはしなかった。


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【AM09:45 重要参考人任意同行】

【荻原 力、キャバクラ店オーナー】


依斗と輝が事情聴取室の隣の部屋の中に入ると、既にオーナーである荻原が椅子に座っていた。マジックミラー越しに荻原の行動を注意深く監視しだす。


「刑事さん、申し訳ないんですが。煙草を吸っても良いですかね?」

「あーここ禁煙なんですよ、すみません、すぐ済みますんで。」


ガラスの向こう側で仁が悪びれもせずに言葉だけの謝罪を述べると、荻原は少し貧乏ゆすりをし出した。


「では早速いくつか質問させて下さい。」

「えぇ。」

「荻原力、43歳離婚歴アリ現在は独身。元妻は38歳、娘は12歳。住所は・・・。」


仁は先程荻原本人に記入させた用紙を指でなぞりながら淡々と個人情報を読み上げていく。

荻原はそれを時折頷きながら、早く終わらせたいと言わんばかりに膝を揺らす。



「・・・ここまでで間違いはありませんか?」

「えぇ、ありませんとも。早くしてください。」

「わかりました、では、本題に。」


本格的な聴取が始まり、ごくんと喉を鳴らす輝。ここに呼ばれているということは、犯人である可能性が高いということであり、間違えてはいけないというプレッシャーに手を握り締めた。



「まず、事件当日、貴方は20分ほどホールから抜け出していたそうですが、どこで何をしていましたか?」

「控え室のパソコンで一人で事務作業を・・・。」

「その間アリバイを立証して貰える方は?」

「・・・居ません。事務室にも鍵をかけていました。人に邪魔されると仕事が進まないので。」

「そうですか。」



荻原はカタカタと机を鳴らしながら、貧乏ゆすりを繰り返す。

仁はそれに気づきながらも真顔で次の質問に移った。


「持ち物も全て見させて頂きましたし、その場で身体検査もさせて頂きました。」



持ち物と称された物は全て個々にビニール袋に入っている。煙草、ライター、新聞、USBメモリー、財布、スマホ、携帯灰皿、自宅の鍵。

コレと言って気になる物は何も無い。


身体検査の結果画像とカルテを眺める輝、たった一つだけ引っかかる。


(・・・左手、中指第二関節部分に・・・火傷の痕。)


「今のところぱっと見不審な物はありませんが、いくつかはここでしばらく保管させて下さい。」

「えぇぇ、かまいません。ですから早く。」

「そう焦らないで下さい。あと一つですから。」

「はぁ・・・。」


ため息をつきながらも、荻原は仁の質問に答えていく。



「では、アンナさんの身の回りまたはアンナさん自身に何かトラブルなどは?」

「んー・・・なんていうのかなぁ・・・あんまり関係ないかもしれないけど・・・アンナちゃん、付き合ってた彼氏に二股だか浮気だかされたらしい。」

「お相手の方に心あたりは?」



すると荻原は今までと違い歯切れの悪い回答をしだす。何度も追及されるとようやく観念したのか言い辛そうに仁から目を反らしてぼそりと呟く。



「ウチで働いて居る・・・・・・ボーイですよ。」

「・・・なるほど。」


丁度ボーイも重要参考人の四人の一人として数えていた為、仁は近くに置いていたメモ帳にサラサラと書き留める。


「最後に個人的にアンナさんについて率直な印象をお聞きして良いですか?」

「・・・まぁ、客受けだけは良かったですけどねぇ。何せ働いてる他の子やウエイトレスとトラブルが絶えなくて、しょっちゅう迷惑被ってましたよ・・・あんなんじゃあ・・・誰に恨まれてても可笑しくないですよ。正直な話、私としてもあまり良い印象無かったなぁ・・・店で一番人気の子だから雇ってたけど。」


依斗が昨日言ったとおり荻原は根っからの事なかれ主義であり、トラブルを嫌っている様だった。店の調和を乱していた被害者が邪魔に感じていた可能性は十分にある。


「どう思いますか・・・?」

「・・・。」

「先生?」

「さてね。まだ一人目だし、さっぱりだよ。飯塚くんはどう見た?」


依斗は涼しげな笑顔を向けながら輝に意見を求める。輝は少し考えた後、貧乏ゆすりをする荻原に目線を送る。

恐らく、荻原が一番言いづらかった情報は先程の一つだけらしい。その後は家宅捜索にも素直に応じ、何か隠し事をしているような感情は見受けられなかった。



--------------------------------------------


 【AM11:15】

【木槌 要、キャバクラ店ボーイ】


木槌は愛想良く行儀良く、人当たりも良い印象であり、事情聴取室に入るときも仁に対して丁寧にお辞儀をしてから着席した。

荻原同様に簡単な個人情報の提供の為に名前などを書いている。


一通り書き終えると紙を仁に差し出し、背筋を伸ばしてフッと短いため息をついた。

その様子を見て仁がすかさず詫びの言葉を口にする。


「お時間とらせてしまってすみません。」

「いいえ、同僚が亡くなったんです。僕にわかることがあれば、何でもお話しします。」


この閉鎖的空間で大抵の人間は苛立つモノなのだが、ニコニコと穏やかに座って返事をする木槌。依斗や輝も少なからず木槌の様子に何かしらの違和感を感じていた。


「木槌要、25歳、フリーター・・・ボーイの他にもお仕事を?」

「はい、飲食店と・・・あと雑貨店を。」

「なるほど、では・・・犯行時刻に貴方は休憩中、30分ほどお店から抜け出していたそうですが、何をしておられましたか?」

「…えっと、コンビニで翌日必要な煙草を買っていました。この煙草は売り切れてる事が多くて…様々なコンビニに立ち寄ってました…。」


どうにも本人の口から『被害者との交際関係』についての話は一向に切り出さなかった。


荷物の確認が始まり、机の上に袋に入った木槌の所持品が並べられる。

態度も変わらず丁寧であるのはもちろんの事、持ち物提出や任意での家宅捜索にも渋ったり何かを隠そうとしたりなどの不審な行為は見られなかった。むしろ「警察の方を信頼しておりますので」と、本人立ち会い無しでの家宅捜索を許可した程だ。


荷物の中身は、財布、スマホ、自宅の鍵、店の鍵、煙草、ライター、女物のハンカチ、メモ帳、クリアファイルが入っていた。



「買ったのはこの煙草?確か木槌さんは喫煙者ではありませんよね?」


仁が質問をすると、ほんの一瞬だけ木槌の空気が止まったように見えた。やたらと右手親指の先を気にしている風に見えた輝はカルテを眺めながら木槌がここからどう切り出すのか様子を伺う。


(右手親指の先に火傷…また。)


「えぇ、アンナさんの物です。普段から身の回りの世話を任せられていましたので。」

「身の回りの世話?」


木槌は躊躇も何も無く、サラリと言ってのけた。ここでようやく被害者との交際関係の話題が上がったが、それはその場にいる誰も予想していない内容だった。


「僕と彼女は交際関係にありました。彼女が僕のことを気に入ってくれて・・・そしたら僕を信頼して身の回りの世話をさせてくれるようになりました。」

「・・・それで・・・?」

「でも、彼女は僕のことを都合の良い男としか見ていなくて・・・。そこで僕は、当時から彼女に嫌がらせを受けていた同じ職場の宮地鳴海さんを庇ったり気遣ったりするようになり、お恥ずかしいことに一時期二股交際になりまして。」


輝は、その話を聞きながら不思議な感覚に陥っていた。まるで過去に自分が実際に受けた仕打ちのような、そんな感覚だった。


『飯塚さんは真面目だもん~、アタシなんかよりも何だってできるし?代わりにやってくれるよね?』

(・・・・・・・嫌なこと、思い出しちゃった。)


もう名前も覚えて居ない過去の同級生を今になって思い出すとは。輝にとってほんの数ヶ月前までの過去は忌まわしいものとして封印していたのだった。

しかし、実際にはその過去と正義感のおかげで、架名という唯一無二の親友を得た。人の痛みもわかるようになった。


それは輝にとって、かけがえのない財産。

つい最近になってそう思うことができるようになった。


(気付くことができたのはきっと・・・。)


隣に立つ依斗の横顔を見る、その整った顔は輝よりも豊富な知識と長い何月をかけて成熟した大人の余裕が感じられた。


「…私はどれだけ見つめられても構わないが、きちんと彼らを観察しておきたまえよ。」

「!!!…は、はい!すみません!」


慌てて目線を事情聴取室に戻すと、会話の内容はいつの間にか興味深いものになっていた。


「メモ帳もクリアファイルも…鳴海さんの事でびっしりですね。」

「はい、職場での嫌がらせに軽い傷害罪もあります…証拠が集まり次第被害届を出そうと思っていたんです。」

「…なるほど、そのために交際を続けておられたんですか。」

「えぇ、ですがまさか…罪も償わないでこの世を去っていくなんて、犯人が憎いです…!」


そう語る木槌の目元にはうっすらと涙が溜まっていたが、輝はそこから嘘のにおいを感じ取っていた。


「本当に鳴海さんの為だったんでしょうか…?」

「…さてね。恋愛に関しては私はさっぱりだよ。」


微かな嘘の香りに首をかしげながらも、輝は木槌を眺める。しかしその後もたった一回のほんの一瞬以外に、輝が木槌を不審に感じるところは無かった。


--------------------------------------------


【PM13:45】

【桜木 真希、キャバクラ店キャバ嬢】


桜木真希は源氏名ではマキという名前で活動しており、無くなったアンナに次いでこの店のトップに立つキャバ嬢だった。

キャバクラ店での雰囲気と異なり、マキは大人しそうな眼鏡をかけた格好で警視庁の聴取室に現れる。


「本日は御足労頂きありがとうございます。」

「いえ…何と言いますか…協力できることがありましたら…知ってることは何でも言いますから。」

「ええ、助かります。」


居心地悪そうに両足をピッタリ揃え、両手は足に挟まれる様に終っている所を見るにマキは少なからず何か言いにくい事がある様に見てとれた。


「…被害者の方はわかりやすく源氏名で統一させて頂きますね。生前のアンナさんとはどのような関係でしたか?率直にお答えいただきたいです。」

「…アンナちゃんとは良いライバルで友達でした。」

「なるほど、特別仲が良かったという事で間違い無いですか?」

「…まぁ、はい。」


マキの言い分を聞きながら輝は手元の資料に目を通す。前の二人同様に場所は違うが軽い火傷の痕があった。左手の人差し指、理由はわからないがなんとなく引っ掛かる。


「なるほど、では、当日の手荷物の確認を一緒にしていただけますか。」

「…はい。」


袋に密閉された手荷物の中身が運ばれる。ピンクの財布、スマホ、ハンカチ、コンタクトレンズケース、化粧品ポーチ、小さな香水の瓶。


「普段は眼鏡なんですね。」

「はい、お店に出てるときはコンタクトなんですが…その、疲れちゃうので。」


辿々しくも一つ一つ適切に答えていくマキを見つめながら、小さな掠れ声で依斗はマキの性格を分析し始めた。


「彼女はおそらく、元々キャバクラには向かない性格に見える。きっと理由があって高額収入のこの仕事をしているんだろう。」

「…なるほど…?」

「輝くん、わかるかい?…No.1とNo.2では収入に大きく差が出る。二番でも決して悪い訳では無いが、一番と比べるとどうしても劣ってしまう。そして、彼女の性格上…それを気にしやすい傾向にある。」


輝はその可能性も大いにあり得る事に目を丸くした。マキの様子を見て先の二人に比べれば殺人などできそうに無い人格だと思い込んでいたからである。


しかしそれは間違いだと再認識した。ここに呼ばれている時点で、容疑者候補の一人である事に変わり無いのだから。


「それでは最後の質問になりますが…犯行時刻に該当する30分ほど、貴女はお店から抜け出していましたが、何をなさってました?」

「店の外で電話をしてました。」

「どなたと?」

「発信履歴を見てくだされば、わかるかと……。」


仁はマキのスマホを操作して発信履歴を後ろに立つ葉月に確認させる、葉月は一通り目を通した後に取り調べ室から退出して依斗達の元へスマホを持って来た。


「当日の着信履歴は、ママ。…お母さんかな?」

「…それが、電話帳にはママと記述されている番号とお母さんと記述されている番号がありまして…。」

「…なるほど。」


依斗は腕を組むと少しだけ眉間にシワを寄せる。輝は電話帳やLINEの画面を見ながらそれ以上に気になるモノを見つけた。


「このLINE…アンナさんとの会話みたいですね。名前はmanamiとなってますけど会話中アンナ、と書いてあります。」

「ふぅん?結構仲が良さそうだねぇ?」

「そうらしいですね。」


しかし実際マキ自身はそういった証言を一切していない。むしろ、特別仲が良かったか?という質問に対して否定的に答えてる様にも見えた。


ここまででほとんどの人間がほんのりと嘘を纏っている様にも見え、輝は少し気味が悪いと思った。


「電話していたのは裏口の前ですか?」

「…はい、そうです。」

「誰か裏口を出入りした人を見ましたか?」

「えっと、ボーイの木槌さんが…出ていって…あとは誰も見てません。」



つまり、裏口を使って外へ出て行ったのはボーイの木槌だけであるということだ。

彼女が通話中本当に裏口に立っていたのであれば、だが。


               


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【PM15:45】

【宮地鳴海、キャバクラ店キャバ(ヘルプ)



最後の重要参考人である宮地鳴海は、容疑者候補の中で最も怪しい人物であった。

まず、犯行の動機がハッキリしていることと犯行当時のアリバイが無いこと。


そして、今日取調室に現れた宮地鳴海の姿が、事件現場の人混みの中で輝が見た、被害者の家を睨み付けていた金髪の女性であったからである。


「あの人………朝犯行現場に来てました…!」

「…それは、本当かい?」

「間違いないですよ。私、記憶力は良いので。」


依斗は、輝の記憶力のすごさを知っている。

だからこそ間違いないと確信できる。ここまで正確な情報なら信じられると判断したのだろう、葉月が操作している記帳用のパソコンにメッセージを送る。


一方取調室では、仁が少し機嫌の悪そうな宮地に犯行当時の事を聞いていた。

宮地鳴海には他の容疑者候補同様に火傷があり、太ももに大きな火傷があったのだった。


「…では、宮地さんは犯行当日はお店をお休みしておりましたよね?被害者が殺害されたと思われる時間帯に、何をしていたか、お答え願えますか?」

「…はぁ、その時間は……えーと…煙草を買いに、コンビニに…それで、ついでに店に用があったから……。」

「その時どこの出入り口を使いましたか?」

「…裏口、です。」


そこで仁をはじめとした取調室全員が顔をしかめた。そう、桜木真希の証言によって裏口からは木槌しか出入りしていないことがわかっているのだ。


「…どちらかが、嘘をついていることになるだろうね。」

「そうですね…あ、木槌さんは桜木さんを見たんでしょうか???」

「さぁね。桜木真希が裏口の何処で電話していたかにもよるだろう。」


店の裏口のドアは外に向かって押すタイプのもので、開けたときドアの裏側に桜木が居たら、コンビニに向かう木槌には見えないだろうし、ドアは開ききらない限り勝手に閉まるから丁寧に閉めない限り、裏側は見えない。


だが、木槌はとても丁寧で几帳面に見えた。


「…よほど急いでない限り、ドアの裏側に桜木が居たとしても気付きそうなものだがね。」



依斗はボソッと呟いて両腕を組んだ。もちろん、その視線は取調室の宮地鳴海に向いている。


「裏口から貴女が出入りした証言は無かったですが?」

「えっ、そ、そんなわけない!!」

「ですが、その時裏口付近で電話をしていた方が居られましてね?その時裏口から出ていったのは一人だけなんですよ。つまり、貴女は裏口を使わず、店にも寄っていない。」

「本当なんだって!!!!私、殺してない!!たしかに意地悪されてたし、あの女居なくなったら彼も自由になれるし!スゴい嫌いだったけど、あんな奴すぐ天罰下ると思ってたから…!」


やけに必死な宮地を見て、輝はこの証言に嘘は無いと直感してしまった。


しかし、それを依斗に伝える間も無く葉月が犯行現場に居た事について仁に伝える。


「では、何故翌朝犯行現場に居られたのですか?」

「……あっ…え!?」

「翌朝、犯行現場で被害者の家を睨み付けていたとの目撃証言があるんですよ。理由を教えて頂けますか?」

「なんで、それ、えっ……?……だって、それは…。」


歯切れが悪い感じで戸惑い、言葉ぎ失速していく宮地鳴海。先程までの必死さは一気に消えて行った。


「教えて頂けますか?」


同じ言葉を繰り返す仁に、宮地はわなわなと震え始める。

もう、仁や葉月などの警察の面々は宮地鳴海が犯人であると断定し初めていた。



「……本当は…殺してやろうと、思って…!」


自白ともいえる言葉だったが、それは否定でもあった。たしかに宮地にはあったのだ、被害者への殺意というものが。



「いい加減あんな奴に人生メチャメチャにされるの、嫌になって!!!殺してやろうと思って丁度アイツが休憩中の時間に会いに行ったの!!」

「それで、殺害したのですか?」

「違うよ!!殺せなかったの……!!直前になって怖くなったから…!!!だから、要に、要に会いたくなって…店に寄ったの!!本当に!!信じてよ刑事さん!」


テーブルを叩きながら叫ぶ宮地の姿や言葉は今度こそ本当の事の様に思える。

しかし現状一番犯行が可能なのが宮地鳴海なのは間違いない。


ピースが、まだ足りない気もする。

輝がどんなに頭を回転させてもわからない。


足りないのだ、たった一つの閃きが。




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その日帰宅した輝は風呂に入りながら事件の情報を思い返していた、ほのかに香る入浴剤は架名が選んできたお気に入りだ。


少し濁ったお湯を指先でもてあそびながら、ぼんやりと浮遊する湯気を見つめる。その湯気の漂いはまるで煙草の煙を思わせた。


「出火の原因は煙草の火が服に引火…。死因は急性のアルコール中毒…」


アルコール中毒…というのも引っ掛かるが、輝が違和感を覚えたのが部屋の風景だった。不自然な程に生活感の無い部屋、本当に被害者はあの家に住んでいたのだろうか?


そして、本当に宮地鳴海は犯人なのか?


輝の中で疑念が沸き上がる。依斗と過ごしている内にすっかり思考する癖が身に付いてしまった様子。集中し過ぎて輝は途中から架名が呼んでいる事にも気づかなかった。


「ちょーと!!生きてる!?」

「ひっ!?!?!?」

「さっきから呼んでんのに、全く返事しないんだから!!ちょっと心配しちゃったじゃんさ!」

「あ…ご、ごめん???」

「ま、いーけどさ!どしたの?そんなボーっとして?」


事件の事を話す訳にもいかず、適当に誤魔化そうと考えを巡らせていると、輝の目に止まったのは架名の手のひらの火傷の跡だった。


「どうしたの…?…それ」

「???…あ~!この前買ったコテ使ったんだけど、慣れてないからついつい熱いところ握っちゃって!」


お茶目に笑う架名を他所に、輝はあることに引っ掛かる。


「普段…使わないから……?」


何かに気付いた輝は慌ててお風呂から上がり、慌てて依斗に電話した。

やはりまだ足りてないのだ。重要なピースが。



「もし、仮に…!仮にこれが事実だとしたら…!」


長い呼び出し音の後、依斗の眠そうな声がスピーカー越しに聞こえる。


『やぁ輝くん。どうしたのさ。』

「先生!!!今からお邪魔していいですか!?」

「ちょっ、輝!!!今から出るの!?」

「私とんでもない事に気づいちゃったんです!今すぐ向かいますから起きてて下さい!!!」

『え?いや、構わないけれど……あまり大きな声を出すと近所迷……』


依斗が話している途中で通話を切ってしまったがそれどころではない。一刻も早くにこの事実関係をハッキリと確認しなければいけないのだ。



通話を切ってすぐにまた違う番号に電話をかけ始める輝、その顔は真剣そのものだった。


その横顔を見て架名はしみじみと笑う。



「今の仕事…楽しいんだね。ホント。」



それはどこか寂しそうな顔にも思える表情だったが、輝には全く見えてなかった。



「もしもし岩倉くんですか!?今すぐ桜木真希さんに連絡を取って下さい!確かめたい事があるんです!お願いします!!!」



輝は今、目の前の仕事に夢中なのだから。



   


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