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全2~3部構成(の予定)。

気が向いたら続きを書く。

私は人間ではないのかもしれない。

とはいうものの、やはりそんなわけはないのだった。髪の先から手足の爪に至るまで、あらゆる箇所を見ても尚、私は人間であると言えるのだろう。

しかし確信が持てない。

持つ必要などないのかもしれない。我々が、いや私が(まご)うことなき人間であるということは共通認識であり、周知の事実であり、ある種の足枷でさえあった。

そうでなくてはならないという、存在そのものを強いる足枷だ。まるで窮屈極まる規則のようなものである。


なのであえて、その重荷について疑ってみようと思う。

かの文豪はその精神性を(もっ)て、己を『狂人』と形容した。あるいは『人間失格』とも言った。

本来それは己と異なるものとして処理すべき、そして嫌悪すべき呼称だが、しかしそうでない方がよっぽど気楽かもしれない。


この息の詰まるような廃色の世界で、皆それぞれ心の中に嘘を飼っていて、取り繕った外面の上に更に仮面を被せ、その表情は決まって微笑を浮かべ、顔色を窺い、声色を変え────────。

そんな世界で、真人間である必要がどこにあるのだろう。


落伍者でいい。

無能でいい。

愚鈍でいい。

落ちこぼれでいい。

馬鹿でいい。

阿呆でいい。

逃避者でいい。

社会不適合者でいい。

孤独でいい。

狂人でいい。

廃人でいい。

人間失格でいい。


これらはあくまでも気休めに過ぎないけれど、しかし本音であるのもまた事実だ。

本音を語る。

そういう意味では、これは独白に近い────目を通すまでもなく、考えるまでもなく、馬鹿馬鹿しさも捗々しい独り言。

まるで墓石に埋まった劣等感を掘り返すような、まるで自殺に失敗した希望を蒸し返すような、未練がましい独り言。


真人間になり損なった私の、言葉にできない言葉だ。







私は恋をした。

というより、現在進行形でその恋は進んでいるようなのだが────しかし私自身、それを恋と呼んでいいものか、どうにも曖昧であった。

なにしろその呼称自体が大仰である。


いや、私は常々思う。

町中で流れる歌は大抵が一辺倒のラブソングだ。

道徳に付随して賛美されるのは大抵が醜穢な愛だ。

それはあまりにも眩しすぎて、私のような日陰者には到底不相応だと感じた。

愛を否定するつもりなど毛頭ないけれど、しかし日々の生活に苦心している皆の心を、『愛』や『恋』の一単語で総括してしまうのも如何なものか、という話である。

愛の価値などもう無に等しい。

私は本当にそう思う。


なのでまあ、ただ単に『人を好きになった』というより他にない。

ともかくそれが────『彼女』の存在がしばらくは私の生きる標となったわけだ。

『彼女』の存在さえあれば、私は希望を失うことなく、全て平凡で、(すべ)て横這いな、いわゆる『まあまあ』で『そこそこ』な生活を保つことができていた。

ましてや年端の行かぬ子供だ。上を目指すのは難しいことを知っている。

それでいいのだと妥協さえしていた。


認めたくなかったのは、その希望の裏側に伴う自己嫌悪である。

妥協というのはつまり、裏を返せば諦観であって。

今回において、『彼女』の存在の裏側には『自己嫌悪』があった。

虚しさとも言えるか。

私を後ろ指さして責め立てる、ある種の空虚さが常にそこにあった。


『彼女』は大層すごい人物だった。

だからその慕情には、そういった憧憬のような心も含まれていたのかもしれない。

あえて思ったままの稚拙な表現をしてみるならば、それは『完璧人間』であった。

『彼女』は『完璧』である以前に『人間』だった。

それに比べて────という話だ。

言うのも気恥しい、というよりは後ろめたさがどうしても先んじてしまうので秘匿するけれど、私の経歴はなかなか語れるものではない。これは自意識過剰だとか、思い込みだとか、そういった類のものでは断じてない。

まず、過去のささくれ立った私からは随分と時間が経った。

今でもその後悔を(おもり)のように引きずってはいるものの、既に殆ど別人であるようなものだった。

その今現在の視点をして、第三者視点、客観視に近い見方でさえ、私の過去はなかなかに見るに堪えないものだと思う。


目を逸らしたくなるし。

目を背けたくなる。


いつもそんなことを考えて生きているもんだから、『彼女』の背面には常に嘲笑があった。

私を嘲る私の影があった。

そうしたことを一瞬にして悟った私は、その慕情を抑圧することを固く決意した。それは不安定で不鮮明な生き方をしてきた私が────薄弱で脆弱で軟弱で貧弱な意志の私が、唯一揺らぐことなく最後まで守りきれた決意だったように思う。


慕情の抑圧。

先述した『恋』だとか『愛』だとか、『好きだ』とか『愛している』とか、その他諸々の言葉を全て皆殺しにした。

皆殺しにして、丁寧に墓場へ埋めた。そうでもしないと、私は実に呆気なく崩れ去るのだ。

私は弱い。

そういったものに怯えるくらいには。

希望や光を欲しがった挙句、やっと掴めそうなそれにすら、臆病で手を伸ばせない。

そんな人間だった。

私は弱い。







以来。

以来と言えど、それはまだつらつらと地続きでいるのだから、一連の解決を見るまではそういった表現をすべきではないのかもしれないが、とりあえず以来と言おう。

以来、私は人間に対して臆病だった。びくついた。

善意も優しさも裏返せば悪意と侮蔑が見えたし、友情も正義も裏返せば裏切りと優越が見えた。

そういった言葉も全て、さっさと墓場で埋めてしまった。

裏返せば────いや、裏返すまでもなく、だ。

今思えば、初めから裏が見えていたような気がする。

『裏』。

表があれば裏は必ずあるのだから、それ自体は否定すべきではないだろうが、しかしそれがやけに明け透けに見えてしまうもんだから、私はやがて会話が嫌になった。意思の疎通すらも億劫であった。

そうしたあれこれが、私がまだ『怪物にはなるまい』と思っていた頃の、まだ人間であることを諦めていなかった頃の、命からがらの防御策なのだ。


言い換えれば『嘘』だろう。

『裏』よりはそういうべきだ。

虚構性。

しかしここで言いたいのは、大抵の嘘は『欺瞞のための嘘』ではないという話である。

虚勢を張るにしても、詐欺を働くにしても、善意からくる嘘だとしても、本来の目的のために嘘をつくのであって、つまり人を欺くためだけに嘘をつく者はごく僅かなのであった。


私は暫く嘘をついて過ごすこととした。それも欺瞞のための、穢れた嘘だ。

勿論、言動全て虚構ではない。ある程度虚実を交えて、なるべく『普通』になれるように。

プラスマイナスゼロでいい。

要はなり損なった真人間の姿を、まだ諦め悪くも追い縋っていたということだ。

その時の私のなんと惨めなことよ。

早く諦めてさえいれば。

望みを捨ててさえいれば、失望することもなかったと思うと、己の愚かさに心の底から辟易する。







やがて親が病床に()した。

私にとって、心がぼろぼろに摩耗するにはそれで充分すぎた。

症状や病名はわざわざ記すことなどしないけれど、とにかくその闘病生活は長きにわたり、そして今も続いている。

かつて殺された恋心と同じく。


怒りっぽくなって理不尽に怒鳴るあの人にいちいち傷ついた。

我儘を平然と押しつけるあの人にその都度苛立った。

私に無関心になり、放棄にも近しいあの人に度々悲しくなった。


まともな晩ご飯を食べた記憶はないし、あの人が起きているところを見た記憶もあまりない。

眠っていたら眠っていたで、無意識下に叫び出す悲鳴が聞くに堪えない。

あの頃の記憶は思い出したくない。しかし殺したくても殺せない。


私は次第に無気力になった。

あの人の心が病に蝕まれてから、私はあの人を嫌うことがあった。ゆえにその影響を、私自身は絶対に受けまい────『あいつなんか』。

そう思っていた。

しかし知らず知らずのうちに、そうはいかないことが発覚してきた。

人を恨むことが多くなった。

それも、理由なんてものはない。

笑顔を見て怖気が立つ、幸せを見て恨めしい、友愛を見ては心が怜悧な刃物で突き刺されるような気分を味わわされていた。

一日の大半を学校で過ごすのだから、その苛烈さは想像に難くないだろう。かといって家にもいたくなかったが。

血反吐を吐くような気持ちだった。

でも吐けないのだ。

血反吐を吐けたらどんなに気持ちいいだろう。

そう考えている時点で、青春を生きる高校生としてはとっくに狂人で落伍者でゴミクズかもしれないのだけれど。

それを言ったって、仕方がないか。




しかしここから。

そしてここから。

劣等感が滲み出た時から。

厭世観が溢れ出た頃から。

嫌悪感が零れ出た日から。

ついにやっと。

『奴』が頭角を(あらわ)すのだ。



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