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懺悔ミステイク

懺悔ミステイク


ここはとある町の、とある教会。


教会の中には長椅子が等間隔に2列に並べて設置してある。


中はそんなに広くない。50人ほどが座れる程度である。


一番奥には質素ではあるが祭壇が用意されていた。


少し奥に進むと両側の壁が凸型に2畳ほど広くなっている空間がある。


その右側の空間に、木の板で作られた素朴な小屋があった。


ここは町の人々の懺悔(ざんげ)を聞くために作られたものだ。


懺悔とは自らが犯した過去の過ちを誰かに告白することである。


ここで、罪人(つみびと)の告白を受けた司祭は、神の名ををもって、罪人に(ゆる)しを与えることが出来る。


そして、今日も1人の罪人がこの懺悔室にやってきたのだった...






------





「司祭様、何卒、私の罪を聞いていただけないでしょうか。」


若い男性の声であった。


「はい。どうぞ仰ってください。」


司祭はそう言うと、隣の部屋の声に耳を傾けた。



「......」



男は酷く緊張している様だ。重たい気が壁の向こうで放たれているのを感じた。


「そう、緊張なさらなくても大丈夫ですよ。それに、ここで貴方がされた話は絶対に誰にも漏らしませんので、ご安心ください」


「...本当ですか?」


「ええ、本当ですとも。わたくしはこのことを神に誓っておりますから。信じていただいて大丈夫ですよ。」



「うーん。ちょっと弱いな...」



「えっ...ちょっと弱いというのはどういうことです?」



「いや、だって僕は絶対に言えない話をするわけですよ。貴方が友達に"今日こんな面白い話があってさー"って喋られてしまっては困るわけです。」



「はあ」



「こちらは非常に高いリスクを払っている訳ですから、貴方にもリスクを負ってもらいたいですね」



「えー...」



面倒くさい人が司祭の隣にいることは間違いなかった。


司祭は気を取り直して、男性に話しかけた。



「私は貴方から聞いた話を誰かに漏らしてしまった場合、厳罰に処されてしまいます。」


「それは、どんなことでしょうか?」


「分かりません。ですが司祭として生きていくことは出来なくなるでしょうね。」


「...うーん。ちょっと弱いな。」


「...あの、さっきから"弱い"というのはどういうことでしょうか?」


「いや、司祭様には僕をいつも通りのお客さんだと思って欲しくないわけですよ。」


「お客さん...」


「やれ、"友達に悪口を言ってしまった"とか。やれ、"母親をカッとなって殴ってしまった"だとかそんな些細な罪では無いわけですよ。僕は。」


「...いえ、どんな罪もその大きさの大小に関わらず、"神の赦し"を受けることはできますので...大切なのは貴方が神に赦さ...」


「まあそうなんですけども。僕の罪はかなり人に言いたくなるタイプの罪なんですよ。だから、もう少し司祭様を信用できる人間だと僕が判断できないと、僕"告白"出来ないです。」


「えー...」




かなり面倒くさい人が司祭の隣にいるのは間違いなかった。


もう帰ってほしいなぁと司祭は思ったが、なんとか堪えて、男性に話しかけた。




「では、私はどうして差し上げればよろしいのでしょうか。」


「そうですね...ではこれから私の言う質問に答えていただいても構いませんか。」


「はあ。まあ、私の答えられる範囲であれば...」


「ではいきますね...」


隣の男性はコホンと咳払いをした。


「休日は基本的にどう過ごしていますか。」


「は...?」


「あっいや...えーっと。休日って普段何してます?」


「いえ、聞こえたのですが、...それは"罪の告白"と何か関係があるのですか?」


「大変密接に関わってきます。どうかお願いします。答えてください。」


「...」


男はどうやら真剣な様子だった。


司祭は渋々答え始めた。


「そうですね...基本的に司祭の仕事に休日というものは無いのですが...行事が無い日で少し時間が空いた時などは買い物をしたり、編み物をしたり、本を読んだり...。友達と遊びに出かけることもありますよ。」


「はぁなるほど。意外と普通なんですね。」


「司祭も人ですからね。それくらいは許してください」


「では、次の質問なのですが...」


「まだあるのですね...」


「司祭様は彼氏がいらっしゃるのですか?」


「...え?今何て仰いましたか。」


「いえ、質問を間違えました。すいません」


「あっですよね...驚いてしまいました。」


「えー。司祭様は彼氏、または夫となる人がいらっしゃいますか?」


「...さっきとあんまり変わってない気がします。」


司祭は頭を抱えた。そんなことを聞いてどうするのだろうか。

男は あのー もしもーし と返事がないことに不安がっている様だった。


「お願いします。司祭様。これだけ聞いたら、私の"罪の告白"を必ずしますから。」


男の切実な態度に、答えない訳にはいかないなぁと思った。


「...いませんよ。」


「えっ!いないんですか。そんなに美人なのに」


「美人かどうかは知りませんが...そもそも私は神に仕える身ですから、彼氏をつくったり、結婚をしたりするつもりはありません。」


「えっでも。ここの司祭長の方はご結婚されてますよね?」


「...今は司祭の結婚は認められていますが、昔は禁止されていたのです。神に仕える身である以上は、独身であるべきだと私は考えます。それが伝統ですから。」


「でも伝統で言えば、昔は女性の司祭は認められていなかった訳ですから。貴女が司祭をしている時点で伝統どうこう言うのはおかしいのでは?」


「...」


司祭の胸にぐさりと刺さる一言だった。

時代の流れで、女性の司祭が認められるようになり、司祭の独身制度も時代の流れで段々と風化していったものだ。

男の言うことは正しかった。


「まあ、ともかく。私は彼氏なんていりませんから!」


司祭は叫ぶように言った。


「...そうですか...」

男は寂しそうに呟いた。


暫しの沈黙の後、男が言った。

「では私の罪を告白しますね。長々とご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


「...はい。すいません。わたしも少し取り乱してしまいました。...どうぞ。お願いします。」



「私は貴女のことが好きです。」


「...はい。貴女のことが好き......えぇっ!」


「もし、宜しければお付き合いを申し込みたいと思ったのですが、今のご様子では難しそうなので、また来ることにします。」


「それでは。また来ます。...それじゃ。」


男が懺悔室から出て行った。



司祭は暫くの間、ただぼーっと放心していた。













懺悔ミステイク -終-





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