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第八十三話 接触



 時を少しさかのぼる。



 イシュカ北部にもうけられた防衛線は、度重なる魔物の攻撃を受けながらも頑強な抵抗を続けていた。


 カナリア正規兵と冒険者を主力とした防衛隊の活躍はめざましく、一部の飛行型をのぞけば、いまだ魔物の群れは城門に達することもできずにいる。


 この状況を受けて、イシュカ政庁と冒険者ギルドは褒詞ほうしと物資を満載した補給隊を前線へ差し向けた。


 ギルドマスターの内命を受けた二人の受付嬢は、この補給隊に同道する形で前線へと出向いたのである。




「マスターが顔色を変えるから、どんな大事になるかと思ってたんですけど……案外、簡単に片付きそうですね、先輩」



 第一防壁へ向かう道中、並んで御者台に座りながら楽観的な発言をする後輩に対し、リデルは眉をひそめた。


 窓口の責任者、つまりギルドの表の顔であるリデルは、望めば優雅に紅茶のカップをかたむけながら前線におもむくこともできる。が、そういうのは性に合わないので、みずから手綱をとって補給の一役を担っていた。


 パルフェは、そんなリデルの隣にちゃっかり座って楽をしているのである。


 リデルは相手の楽観をたしなめるために口を開いた。



「油断は禁物よ、パルフェ。マスターも仰っていたでしょう、スタンピードには波があるって。それに私が調べたかぎり、今日まで討たれた魔物の大半は外周部に棲息せいそくする種。深域の魔物はほとんど確認されていないわ」


「えー、でもでも、剣獣ジェンロンにスキュラ、あとマンティコアの死体はあったじゃないですか。あれ、深域の魔物ですよね? それなのに今日まで一度も防衛線は破られてないんですよ。後ろの第二、第三、第四防壁の準備も万全だし、これはもう勝ったも同然だと思います!」


「あなたねえ……」



 大きな胸を張って言い切るパルフェを前に、リデルは深々とため息を吐く。


 たしかにパルフェの言っていることは一理ある。それはリデルも認めるが、冒険者ギルドの職員が「勝ったも同然!」などと発言すれば、それを聞いた者たちの心に油断が生じてしまう。


 油断をもって物事にあたって良い結果が出たためしはない。


 ギルドの職員たるもの、たとえ勝算があったとしても、それを注意深く押し隠すだけの思慮分別が求められるのだ――ということを後輩に言い聞かせたいリデルであったが、パルフェもさるもので、この手の発言をするときはたいていリデルと二人きりのときだったりする。


 今も御者台に座っているのは二人だけ。荷台にはブドウ酒の樽が満載されており、人間は乗っていない。今のパルフェの言葉を聞いたのは、リデルを除けば汗水たらしてひづめを鳴らしている荷馬くらいのものだろう。


 これではリデルとしても文句を言いにくい。すべてを承知の上で先輩の生真面目さをからかってくる後輩にため息を禁じえなかった。




「それにしても私、剣獣ジェンロンなんて初めて見ましたよ! 先輩は見たことありましたか?」


「二回あるわ。どちらも三年以上前だけど」



 パルフェのいう剣獣ジェンロンとは、翼獣ワイバーンと同じく竜の一種とされている魔獣である。


 翼獣ワイバーンが飛行能力に特化した亜竜だとすれば、剣獣ジェンロンは防御能力に特化した亜竜であり、鋭く突き立った剣状の鱗が背中をびっしりと覆っている。体長は大きい個体で十メートルを超え、文字どおり小山のごとき体躯を誇る魔獣だった。


 剣獣ジェンロンの鱗は上級武具の材料となる高級素材であり、うまく仕留められれば一生遊んで暮らせる財産が手に入るだろう。


 ただ、深域でもめずらしい種なので遭遇すること自体がまれであるし、半端な武器や魔法では鱗に傷ひとつ付けられない。


 さらにいえば、剣獣ジェンロンの気性は大人しくも穏やかでもなく、背中の鱗を積極的に攻撃に用いてくる。頑強な体躯を利した突進は、破城槌はじょうついもかくやという破壊力を誇り、人間の身体などたやすく千切れ飛んでしまう。


 巨体のわりに動きもにぶくない。遭遇した場合は、一攫千金の夢を見る以前に、己の命の心配をせねばならない相手であった。




 その剣獣ジェンロンが二頭同時に現れたのがつい数日前のこと。このとき、第一防壁は陥落寸前まで追い詰められたという。


 その危機を救ったのが――



剣獣ジェンロンを倒したっていう噂の三人組、どんな人たちなんでしょうね? ゴズって人は剣獣ジェンロンの鱗を力ずくで叩き割ったって聞きますし、きっと私好みの筋骨隆々とした人だと思うんです。ふふ、会うのが楽しみだなあ」


「……この前のソラさんといい、今度のゴズさんといい、あなたもいろいろ大変ね」


「あ、先輩、その言い方は嫌味っぽいです! 仕方ないじゃないですか! 今まで頼りにしていた『はやぶさの剣』は解散同然。一刻も早く代役を確保しないと、今度のお給料、ひいては夏の賞与ボーナスに響いちゃうんですよ! 手段なんて選んでいられません! プライドでご飯は食べられないんです!」



 力強く断言するパルフェに、リデルは気圧けおされたように口をつぐむ。


 イシュカの中流家庭に生まれたリデルは今日まで飢えたことはない。が、辺境の農村出身のパルフェはそういった経験があるのだ。今も郷里の父母弟妹に仕送りを欠かしていないことも知っている――これらはパルフェから聞いたのではなく、パルフェの両親から上司リデルあてに届いた手紙に書かれていたことだった。


 そう考えると、自分よりもパルフェの方がよほど大人なのかもしれない。反省したリデルは後輩に向かって頭を下げた。



「ごめんなさい。たしかに嫌な言い方だったわ」


「先輩のそういう素直なところ、私は好きですよ。もちろん許してあげます!」



 悪戯っぽい笑みで言われては苦笑するしかない。


 と、リデルの視線の先に見張り台とおぼしき木造のやぐらが見えた。第一防壁に到着したのである。




◆◆◆




 くだんの三人組――ゴズ、クライア、クリムトと対面したリデルは、さっそくエルガートに託された用件を話した。


 それは三人にギルドの指揮下に入ってもらいたいという提案であった。むろん破格の条件をつけてのことである。


 端的にいえば新戦力のスカウトだ。ただし、ギルドの独断ではない。イシュカ政庁とも打ち合わせ済みの行動だった。



 どういうことかといえば。


 スタンピードという危機に際し、忽然こつぜんと現れた正体不明の三人組。その実力はいずれも一騎当千。それを聞いてイシュカ上層部は喜ぶより先に疑念をおぼえた。


 すなわち、スタンピードに乗じて隣国アドアステラの兵がカナリア王国に入り込もうとしているのではないか、と危惧したのである。ただでさえ王都で一騒動あった後だ。用心してしかるべきであった。



 冒険者ギルドからの誘いはのようなもの。ギルドからの申し出にどう応じるかで、三人組の狙いをあるていど察することができる。イシュカ政庁や冒険者ギルドはそう考えた。


 そして、そんなイシュカ側の思惑をゴズ・シーマは正確に洞察していた。



 ゴズとしては、今回の助勢は底意あってのものではなく、同輩たる慈仁坊の無道を償うためのものであった。


 とはいえ、イシュカ側の疑いも無理からぬこと。


 筋をいえば、まずゴズが慈仁坊じじんぼうの一件を謝罪し、その後であらためて助力を申し出るべきだろう。


 だが、ことは帝国の国策に関わっている。帝がいまだにアザール王太子と咲耶さくや姫の婚姻を望んでいる以上、ゴズ個人の判断で事実を明かすことはできない。


 であれば、後はもうスタンピードの防衛に尽力することで償いをするしかない。当然無償で――と言いたいところだったが、ここで報酬はいらないなどと口に出せば、イシュカ側の疑念は氷解するどころかますます固まってしまうに違いない。


 ここは素直にギルドからの破格の報酬を受け取ろう。得た報酬は王都の犠牲者や、その家族に分配すればいい。



 リデルの話を聞いたゴズは、二秒とかからずに脳内で考えをまとめると、三つ編みの受付嬢に対して願ってもない厚遇であると告げ、相好そうごうをくずした。


 その後、パルフェと名乗った女性がしなをつくって剣獣ジェンロン退治の功績を称えてきたときも満更まんざらではない態度で応じた。


 背にベルヒ姉弟の視線が突き刺さるのがわかったが、この程度の腹芸ができないようでは御剣家の司馬はつとまらない。ゴズの振る舞いはリデルの目から見ても自然なものであった。



 他方、後ろの二人、とくに弟のクリムトの態度はリデルの目を惹いた。右目に不満を、左目に侮蔑を充満させた態度はとうてい友好的とは言いがたい。


 つつくならこちらだろう、とリデルは判断した。


 たしかにゴズの態度に不自然な点はなかったが、そもそもスタンピードの魔物を苦もなく蹴散らすような実力者たちが、どの国にも、どの家にも仕えず旅をしているという根本的な不自然さはぬぐいようがない。


 ギルドでは冒険者の過去に踏み込まないことが暗黙の了解となっているが、隣国の密偵という疑惑がある以上、探れる情報は探っておくのも職員の務めだった。



「ゴズ殿の剣獣ジェンロン撃破もお見事ですが、クライア殿はスキュラを、クリムト殿はマンティコアを、それぞれ単独で撃破されたとか。こちらも実に見事な武勲で、ギルドマスターであるエルガートも感嘆しきりでした」


「ふん、マンティコアの五頭や十頭、倒したところで誇るべき何物もない。イシュカの冒険者はずいぶんとレベルが低いんだな」


「クリムト、失礼ですよ」


「単なる事実だよ、姉さん。ギルドマスターが感心しきり? マンティコアだのスキュラだの、雑魚を倒しただけで何を言っているんだか」



 吐き捨てるクリムトを見て、リデルはそれと気づかれないくらいかすかに目を細める。


 そして、表情だけはにこやかさを保ちながら言葉を続けた。



「手厳しいお言葉です。たしかにイシュカではマンティコアにスキュラ、もちろん剣獣ジェンロンも、危険度の高い魔獣と考えられています。それに、討伐する際は必ずパーティを組むことになっています。単独ソロで討伐を成功させた方々から見れば、私たちのレベルは低いと言わざるをえませんね」


「ふん、身の程はわきまえているみたいだな。司馬のお決めになったことだ、協力はしてやる。だが、間違っても俺たちに指図はするなよ。エルガートとやらにもそう伝えておけ」


「承知いたしました」



 リデルが逆らうことなくうなずくと、クリムトはふんと鼻息を吐き、口をつぐんだ。言動は乱暴だが、ネチネチとした粘性ねんせいは感じられない。言いたいことを言えば満足するあたり、自分の力に自信がある若手冒険者によくいるタイプだと思われた。


 姉のクライアが申し訳なさそうに目線で謝意を伝えてくる。そちらに微笑で応じながら、リデルはさらに三人の関係や性格を推しはかっていく。


 クリムトは密偵を務めるには直情的すぎる。ゴズとクライアは人格に奥深さを感じるが、言動も性格も陽性であり、密偵のような影働きとは無縁だと思われた。


 ただ、三人の実力から推して、密偵ではないとしても何らかの秘密を抱えているのは間違いあるまい。エルガートへの報告のためにも、あと一押ししてみるべきか。


 と、そんなリデルの内心を読んだようにパルフェが口を開いた。



「……先輩、先輩! 単独ソロで魔獣を討った人ならうちにもいるじゃないですか。スキュラとか、グリフォンとか!」



 パルフェは声を低めて――その実、はっきりと全員に聞こえるように計算して話しかけてきた。


 クリムトの頬がぴくりと動いたことに気づいたろうに、パルフェはそ知らぬ顔でゴズに向かって言葉を続ける。



「イシュカの冒険者もそう捨てたものじゃないんですよ。もしかしたらゴズさんたちも目にしたかもしれませんけど、藍色の竜騎士インディゴ・ドラグーンってご存知ではないですか?」


「いや、知らぬな。竜騎士がどうのという話は何度か耳にした気もするが……察するに魔獣を討伐したというのは、その藍色(なにがし)のことかね? 翼獣ワイバーンの力を借りたとはいえ、グリフォンを討ったとなるとかなりの使い手だな」



 ゴズは感心したように応じたが、その実、たいして興味を覚えてはいなかった。


 この国の人間は竜だ竜騎士だと騒ぎたてるが、そもそもワイバーンは竜種ではない。そして、クリムトの言葉を借りれば、幻想一刀流にとって翼獣は雑魚である。必然的に翼獣を恐れる必要はなく、翼獣を従える者たちに感心する理由もない。


 これはゴズだけでなくクリムトも、いや、クライアさえ同じ考えだった。



 三人の反応の薄さに気づいたパルフェは話題選びにしくじったことを悟った。内心で顔をしかめるも、ここで会話を切り上げるのも不自然だろうと考え、何気ない風をよそおって話を続ける。



「その竜騎士、ソラっていう名前なんですが、たぶん今イシュカで一番の有名人――」



 なんですよ、と続けようとしたパルフェだったが、ゴズが鋭い声音でそれをさえぎった。



「待たれよ!」


「うぇ!? な、なんですか?」


「……今、ソラといったか?」


「え? あ、はい。その竜騎士の名前はソラさんですが……」


「ソラ……空? 年は? その者の年齢は?」


「ええと、たぶんそちらのクリムトさんやクライアさんと同じくらいではないかと」



 パルフェが応じると、ゴズの口からうなり声が漏れた。



「髪の色は? 黒か?」


「はい……あの、もしかしてお知り合いですか?」


「……かも知れぬ。すまぬが、その者について、も少しくわしく聞かせてもらいたい。竜騎士になった経緯や、スキュラやグリフォンを単独で仕留めたという件についてだ」



 ゴズはぐいっと上体を乗り出すようにしてパルフェに問いかける。


 その目は射抜くような鋭さでパルフェの面上に据えられ、てこでも動きそうになかった。




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