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第四十三話 『組合』との交渉



「――蛇鎮へびしずめの儀?」



 奴隷商人たちで構成される『組合』が所有する白亜の居館。


 その一室で今回の依頼人であるフョードルと向かい合った俺は、鬼人族の少女――スズメから聞いたことを含めて、ティティスの森で起きたことを説明していた。


 もともと細いフョードルの目が、今はさらに細められて、ときおりその視線が俺の横に向けられる。


 そこには二本ツノをあらわにしたスズメが不安げに座っていた。


 スズメにしてみれば、自分を狙う狩人ハンターたちの巣窟に飛び込んだようなものだ。フョードルの目が向けられるたび、びくりと身体を震わせて俺の服のすそをぎゅっと掴んできた。


 そんなスズメの様子を仔細に観察しながら、フョードルが言葉を続ける。



「その儀式が執り行えなくなったために蛇の王(バジリスク)が出現した、ということですかな?」


「状況からみて、そう考えるのが妥当かと思います」


「ふむ……となると、私は間接的に蛇の王を呼び起こしてしまったことになりますな」



 フョードルがたるんだアゴに手を当ててうなる。


 狩人ハンターたちがスズメを付けねらった結果、スズメは里の外に出ることが困難になり、そのために儀式に必要な食料が集まらなかった。


 フョードルの言うとおり、今回のバジリスク出現において最大の責任を負うべきは『組合』であろう――そういう風に聞こえるように、俺は報告した。


 フョードルがじっと俺を見据える。



「それはさておき、蛇の王は確かに討ち果たせたのですかな?」


「魔獣が腐海と共に炎に呑みこまれたのは確認しました。『死神の鎌』のペリィ殿が命と引き換えに三本の脚を奪い、私も二本を切り落としましたので、魔獣の動きはかなり鈍くなっていたのです。ですので、あの火の手から逃げおおせたとは考えにくい」



 ただ、死体を確認したわけではないので、確実に倒せたとは断言できない。俺はそう付け加えた。



「私もそれどころではなかったので」


「というと?」


「戦っている最中、蛇の王の毒にやられましてね。窮地にあったところをスズメ殿に救われたのです」


「ほう。鬼人が人間を助けたと。蛇の王の毒は大地すら侵す強力なものと聞き及びますが、いったいどのように?」


「これですよ」



 そう言ってフョードルに見せたのはジライアオオクスの実であった。


 フョードルは黄色い木の実を見て、そのままスズメに視線を送る。視線に気づいたスズメは、またしてもびくりと身体を震わせた。



「この実が蛇の王の毒を払う妙薬であった、ということですか」


「鬼人族に代々伝わる秘事だそうです。これのおかげで私は一命をとりとめることができました。スズメ殿は私の命の恩人。毒のことだけではありません。彼女は自らの里が失われることを覚悟の上で火を放ち、魔獣を火の中に沈めてくれたのです」



 俺はそう言うと、奴隷商人の目を正面から見返した。



「すなわち、スズメ殿は私だけではなく、イシュカの街にとっても恩人ということになります。恨みには恨みで報い、誠意には誠意で報いるのが私の信条なれば、私は今後、一命を賭してスズメ殿をお守りする所存。フョードル殿にも協力をたまわりたい」


「わたしどもに鬼人を守る手助けをせよ、と? こう申しては何ですが、その者が偽りを申している可能性もあるのではありませんかな? 詐謀さぼうろうしてイシュカに入り込み、なにやら企んでいるのかもしれませぬ」



 そう言うとフョードルはスズメをじろっと睨んだ。スズメの身体が三度みたび震える。



「蛇の王が現れた原因も、本当に儀式を欠かしたせいなのかどうか。供え物と舞だけで魔獣を封じるすべなど聞いたこともありませぬ。鬼人の秘術で森の最深部から招き寄せたと考えた方が、まだしも得心がいくというものです」


「ふむ。そのようにお疑いであれば是非もなし。できればフョードル殿を敵にまわしたくはなかったのですが……残念です」



 そう言うと、俺はスズメを促して立ち上がった。


 フョードルの背後にいた護衛が鋭い眼差しで腰の剣に手をかける。


 今、室内にいるのは俺、スズメ、フョードル、そしてフョードルの護衛である二人。その中で武装しているのは護衛の二人だけだ。俺の武器は居館の受付に預けている。


 付け加えれば、目の前の奴隷商人は天井と壁裏に十名以上の兵を潜ませていた。


 その気になれば、俺を排除してスズメを捕らえるのはたやすい――そんな風に考えていることは火を見るより明らかだった。




 むろん、こちらが心装きりふだを持っていることを親切に教えてやったりはしない。


 『組合』を敵にまわしたくないという言葉に嘘はなかったが、向こうから敵対してくるのであれば話は別だ。


 護衛が剣を抜き放ったら戦闘開始。そんな気持ちで目の前の護衛の動きを眺めていた。


 すると――



「待て」



 フョードルが片手をあげて護衛の動きを制した。


 護衛が慌てたように剣の柄から手を離す。



「失礼しました、ソラ殿。ですが、早合点しないでいただきたい。今のはあくまでもそういう考え方もあると述べただけ。商人というものは小心でしてな。常に決断が裏目に出たときのことを考えずにはいられないものなのですよ」


「そうでしたか。こちらこそ失礼しました。ですが、スズメ殿を守ることがフョードル殿と『組合』の損になることはあるまいと愚考します」


「ほう。それはいかなる理由でしょうかな?」


「蛇の王を発見し、これを撃退した功績はペリィ殿をはじめとした『死神の鎌』にあります。そして森に彼らを派遣したのはフョードル殿。腐海の発生をいち早くつかんだことも含めて、これは大いなる功績として国から称えられましょう。また、バジリスクや腐海の影響で、今後、森や水源が汚染されることが考えられますが、これについてもフョードル殿は解決策を見出しておられる」


「なるほど。さきほどの木の実ですな」


「はい。鬼人族をかばうことを非難する者もおりましょうが、かわりに貴重な毒消しの術を得られるとなれば、その声は小さくならざるを得ません。くわえて、この毒消しは今回のみならず、これから先もずっと活用できるのです。蛇の王の毒を中和できるのであれば、大抵の毒は無効化できるはず。そんな解毒薬が誕生したとなれば、冒険者はもちろんのこと、毒殺を恐れる各地の王侯貴族も競って買い求めにやってきましょう。『組合』は金の成る木を手に入れたも同然と心得ます」


「ほうほう」


「結果として蛇鎮めの儀を妨害し、蛇の王の出現を招いたことに関しては責任をまぬがれませんが、そもそも蛇鎮めの儀のことを知る者はこの場にいる者だけ。私としても、協力者であるフョードル殿が不利になる情報をむやみに吹聴するつもりはありません。私自身がそれに協力したとなれば尚のこと、秘密は墓まで持っていくことになるでしょう」



 逆にいえば、フョードルや『組合』が協力者でなくなったときはいくらでも吹聴するということである。


 この情報が広まれば『組合』といえどただではすまない。


 蛇の王の出現はイシュカの存立を危うくする大事件。知らなかったで済む話ではないことはフョードルも承知しているはずだった。


 むろん、協力した俺も非難されることになろうが、フョードルや『組合』の受けるダメージに比べれば、蚊に刺されたようなものである。





 と、あれこれ言葉を重ねている俺であるが、結局のところ、言いたいことはただ一つに集約される。


 ――スズメから手を引け、と。


 そのためならば蛇の王討伐の功績も譲るし、都合の悪い事実を隠蔽いんぺいすることにも協力しよう。そのかわり、手を引かないならば、そのときは俺は完全に『組合』の敵に回る。



 相手は海千山千の奴隷商。こちらが言いたいことなど一言一句あまさず読み取っているに違いない。


 さて、俺の言葉は奴隷商の中にある利害をはかる天秤をどれだけ動かすことができたのか。


 そんなことを考えながら、俺はフョードルの答えを待った。



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