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第三十七話 腐海



 奴隷商組合からの依頼を果たすべく、藍色インディゴ翼獣ワイバーン狩人ハンターと彼らの装備をティティスの森に送り届ける。


 そうしながら連中の実力や性格を推しはかり、鬼人の少女を助ける策を練る。


 俺が真っ先に思いついたのは狩人ハンターたちを斬ってしまい、森の魔獣に襲われたと言い抜けることだった。




 だが、これはあまり意味がない。狩人ハンターたちの実力がどうこうではなく『組合』が鬼人を狙っているかぎり、代わりの狩人ハンターはいくらでも用意できるからである。


 一時的な時間稼ぎにはなっても事態の解決にはつながらない。


 それに、俺ひとりが生き残ればフョードルは間違いなく疑いの目を向けてくるだろう。なにしろ標的が標的だ。俺が狩人ハンターを出し抜いて鬼人族を手に入れ、なおかつ独占しようとしているのではないか――そんな風に思われることは避けられまい。


 『組合』であれば『嘘看破センス・ライ』を使える神官を用意することくらい朝飯前だろうしな。




 そんなわけで第一案は却下。


 次に考えたのは、狩人たちに「鬼人は死んだ」と思わせることである。標的が死んだとわかれば『組合』も手を引かざるを得ない。


 ただ、この案の致命的な欠陥は、死んだと思わせるためには鬼人側の協力が必要なのに、俺には彼女と連絡をとるすべがない、ということである。


 以前の一件を覚えてくれていれば、話くらいは聞いてもらえると思うが……でも、いきなり人間が来て「助けてやるから死んだふりしろ!」と言われても、はいわかりました、とうなずけるものではないだろうしなあ。


 特に今回の場合、俺の動機が謎すぎるだろう、向こうにとって。


 罠ではないか、と疑うのが普通の反応。そもそも狩人ハンターたちに先んじて彼女と接触する手段もない。




 へたすると抜け駆けを企んでいると見なされて攻撃される。


 そうなると、後は第一案と同じ危険を背負うことになるので、第二案も没。


 にっちもさっちも行かない、とはこのことだ。


 今回の件は出たとこ勝負にならざるを得ない。




 と、不意に隣から声をかけられた。



「いやあ、しっかし、空を飛べるって便利だな! ここまで来るのに、普通だったら三日、いや四日はかかるぞ。竜騎士さまさまだ!」



 そう言ってバンバンと強く肩を叩いてきたのは狩人ハンターたちのリーダー、クラン『死神の鎌』を率いるペリィという戦士だった。


 雲をつくような大男で、筋骨隆々とした体格は、直立した熊を思わせる。どことなく俺の守役もりやくだったゴズ・シーマを思わせる風貌をしていた。


 だから、というわけではないのだが、どうにもこの相手はやりにくい、と俺は感じていた。



「おい、ソラっていったか。あんた、うちのクランに入らねえか? あんたがいてくれりゃあ百人力なんだがな」


「私もクランを率いる身ですので、そういうわけにもいきません」


「クランったって、あんた以外にゃ奴隷が二人だけなんだろ? 全員まとめて面倒みてやるぜ?」



 そう言うと、ペリィは藍色インディゴ翼獣ワイバーンにも声をかける。



「もちろんお前さんもだ。好物は豚か、牛か、それとも羊か? 最高級のエサを用意してやるぞ」


「ぷぎッ!」



 手を伸ばしてワイバーンの頭をなでようとするペリィと、それを嫌って威嚇するワイバーン。


 ペリィは気を悪くした様子もなく、がははと笑った。



「おお、悪い悪い! 主人以外にゃあ触れることも許さないってか。かっこいいねえ。しかし、よくまあ凶暴凶悪で名高い藍色インディゴ翼獣ワイバーンをここまでタラシこんだもんだ。こりゃあますますお前さんを勧誘しなくちゃならねえな!」



 そう言って高らかに笑うペリィ。


 すると、近くから鋭い注意の声が飛んできた。



「団長! 森のど真ん中でバカ笑いを響かせないでくださいよ! 魔獣を呼び寄せたいんですか!?」


「おっとすまんすまん。もうちょっと静かに笑おう」


「笑わんでいいから、準備をてつだってください! まだ向こうの所在をしぼりこむ作業が残ってるんですからね。この前みたいに、あてもなく勘だけで森を歩き回るとか嫌ですよ、ぼくは!」


「最終的には見つかったからいいじゃねえか! 終わりよければすべてよしっていうだろ?」


「運任せがいつまでも続くと思ってると怪我しますよ!」



 ペリィに意見する部下は語調こそ激しいものの、なんというか、隊長のことを信頼しているのだな、ということが雰囲気で伝わってきた。


 ペリィもペリィで言われたとおり手伝いにまわっている。『死神の鎌』という物騒なクラン名とは裏腹に、メンバー同士の関係は良好のようだ。




 そう、これこそ俺が「やりにくい」と感じる理由だった。


 ペリィら『死神の鎌』は良い人たちなのである。


 正直、狩人ハンターという字面じづらから、リーダーは蛇のような目をした冷血漢であり、従う部下たちはみな人形のように無表情な者ばかり、というのを想像していた。


 しかし、実際に会って、会話を交わしてみればご覧のとおり。


 考えてみれば、鬼人は人類の敵対種族。数の上では人間が圧倒しているとはいえ、個々の能力は鬼人が優る。


 これを狩ることは悪事でも何でもない。むしろ、鬼人による被害を未然に防ぐという意味で正義の旗を掲げてもいいくらいだ。


 むろん、ツノによる大金目当てという面もあるだろうが、金目当てというなら他の冒険者だって似たようなもの。俺のように恨みを原動力にしていない分、健全とさえ言える。





 ――さて困った。この場合、鬼人を逃がそうとしている俺こそ悪者だ。ペリィらを斬ることになったら、後味が悪いどころの話ではない。


 いざとなったらそうも言っていられないが、できればそういう事態は避けたかった。


 その後、俺とワイバーンは『死神の鎌』が森の中にしつらえた拠点で過ごしたのだが、その際に他の団員から色々と話を聞いた。


 なんでもペリィは昔、冒険者でも何でもない普通の木こりだったそうだ。もちろん鬼人を狩ったことなど一度もない、力自慢のただの村人。


 そんなある日、ペリィの村が鬼人に襲われた。


 理由は不明。


 平凡な農村で生きる人々が鬼人にかなうわけもなく、村は壊滅した。


 ペリィの妻と息子もこのときに命を落としたのだという。さらにいえば『死神の鎌』に所属する他のメンバーもたいてい同じような事情を抱えているそうだ。




 俺は予期せぬ状況に頭を抱えたくなった。こうなったら、鬼人の少女が無事にペリィらの追跡を振り切ってくれることを期待するしかないか。なかば捨て鉢にそんなことを考えていたとき。


 『死神の鎌』のメンバーの一人が血相をかえて拠点に駆け戻ってきた。そして言う。



「やばい、やばい、やばい! 急いで隊長たちを呼び戻せ! 腐海ふかいができてやがる!」



 腐海。その一言を聞いた瞬間、拠点に残っていた者たちが顔色を変えた。


 ここまで危険らしい危険もなく、どこか緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。


 一方、俺は今ひとつ事態をつかむことができずに小首をかしげた。いや、腐海とやらがやばいものであることはわかるのだけど。


 ……そんなことをのんきに考えているのは、心のどこかでこう思っているからだった――自分だけは何があっても生き残れる、と。




 ただ、そんな俺の態度は、周囲から見れば事の深刻さがわからない者の軽さと映ったのだろう。



「腐海とは特定条件下における大地の腐食現象のことです」



 そう教えてくれたのは、前にペリィに食ってかかっていた青年だった。



「特定条件下、ですか?」


「火山地帯や、瘴気しょうきの濃い土地などではまれに自然現象として起こります。ですがまあ、ほとんどは魔獣によるものですね。つまり、大地を腐らせるほどの猛毒を垂れ流す魔獣が近くにいる、ということです。聖王国の南に広がる大腐海は、神代かみよの昔、猛毒竜ヒュドラが倒れた際にできたものだと聞きます」


「猛毒竜……幻想種がティティスに現れたと?」


「いえ、さすがにそれはないでしょう。そもそも、伝説で聞くヒュドラは八本の首を持ち、そのいずれもがイシュカの城壁を越えるほどの大きさだったとか。そんなものが森を徘徊していれば、嫌でも気づきます。ヒュドラほどの大物ではなく、けれど腐海をつくりだせるだけの猛毒を放つ魔獣がうろついていると考えるべきです。おそらくは――」



 青年は一拍の間を置き、その魔獣の名前を口にした。


 蛇の王――バジリスク、と。 


 

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