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第三十五話 鬼人狩り



 ティティスの森で二本ツノの鬼人が見つかったらしい――


 イシュカの街でそんな噂が流れ始めたのは、俺が竜騎士として周知された少し後のことだった。


 いつかも述べたが、鬼人族は人間の敵対種族であり、額から生えたツノは超のつく希少レアアイテム。それを二本も生やした鬼人発見の一報に、目の色をかえた者は百や二百ではきかないだろう。


 かく言う俺もそのひとり。


 もっとも、目の色をかえた理由は他の者たちと真逆まぎゃくであったが。





「あの子、だよなあ……」



 はえの王に捕まっていた二本ツノの少女の顔を思い出す。


 あの後、俺はいくどとなく森に足を踏み入れたが、少女の姿を見ることは一度としてなかった。


 ただでさえ広大な森だ。今日まで鬼人の情報がなかったことから察するに、おそらく少女の住居には人の目を避ける結界のようなものが張られているに違いない。


 あの日、蝿の王の巣で出会ったことが奇跡だったのだ。


 もう二度と会うことはあるまい――そんな風に考えていたのだが、まさかこんな形で消息を聞くことになろうとは。



「さて、どうするか」



 別に助けなければならない義務はない。それに、鬼人を助けて他の人間と戦ったとなれば、せっせと積み上げているクランの信用を落とすことになる。 


 それを考えれば、あの子を助ける行為は無益を通り越して有害だ。




 しかし。


 そう、しかし、である。


 せっかく助けた相手が不幸になるというのは、なんというか、こう、すっきりしない。



 ゴブリンの巣から助け出した少女は、その後、村で盗賊に襲われて殺されました――そんな話を誰が喜ぶというのか。


 せっかく助けたのだから幸せになってもらいたい、そう思うのは別におかしな話ではないだろう。少なくとも不幸になったという結末は聞きたくない。


 つまるところ――



「数少ない俺の善行に泥を塗るな、という話だ」



 少女を助けたときの満足感を思い出して、俺は自分のとるべき道を決定する。


 クランの評判については――うん、そうだな、少女を助けるためではなくて『鬼人えもの』を奪い合って敵対した、ということにしておこう。


 貴重なアイテムを落とすモンスターを冒険者同士で奪い合い、ときに戦闘に発展する話なんてめずらしくもない。


 ……まあ、これはこれで評判が落ちるだろうが、落ちたら上げればいい話。そもそも、ギルドへの意趣返しのためにつくったクランだ、そこまでこだわっているわけでもない。




 そんなことを考えていると、部屋の扉がコンコン、コンと三回叩かれた。

 

 扉を開けると宿の主人が立っており、ぶっきらぼうな声で来客を告げた。


 訪問者の名前を聞いた俺はおもわず眉をひそめてしまう。


 まったく予想だにしない名前であった。




◆◆◆  




「お久しぶり、というほどではありませんかな、ソラ殿。前触れなしの訪問、まことに申し訳なく」



 そういって大げさに一礼したのは、糸目小太りの奴隷商人フョードルだった。


 過日、俺とラーズの決闘の立会人をしてくれた『組合』の構成員である。


 ラーズに勝ち、ルナマリアを奴隷にした後は特に接触らしい接触はなかったのだが……海千山千の奴隷商人が何の用もなく自ら足を運ぶはずがない。間違いなく、ろくでもない用件だろう。


 ――そんな警戒心が顔に出たわけでもないだろうが、フョードルはもともと細い目をさらに細めた。たぶん笑ったのだと思われる。



「実はソラ殿に――いえ、クラン『血煙ちけむりの剣』に引き受けていただきたい依頼があるのです」


「泣く子も黙る『組合』が、昨日今日できたばかりの新規クランに、ですか?」



 お抱えのクランなどいくらでもいるだろうに。そう思って問い返すと、フョードルは「こここ」と聞こえる奇妙な笑いを返してきた。



「たしかに『血煙の剣』が結成されてから日は浅いですが、すでにその名はイシュカ中に轟いておりますぞ? 竜を操り、エルフ、獣人を隷下に従えた黒刀使い。子と孫の復仇ふっきゅうを願う老女のためにグリフォンを討ち、貧しき孤児院のために共同墓地で毎夜泣き叫ぶバンシーをはらい、トーヤ湖では人間に化けていたスキュラの正体を暴いて、無実の罪で捕まっていた若者を助け出した。アテンド峠では、長らく住民に恐れられていた狂えるワーウルフを一刀の下に斬り捨てたとか」


「……詳しいですね」


「情報は武器ですからな。日頃から収集は怠っておりません。まして、レベル一の身で第六級冒険者を圧倒するような御仁の情報、集めずになんとしましょう」



 そう言ってフョードルはこここと笑う。


 が、奴隷商人は時間の浪費を忌むようにすぐに笑いをおさめると、じっと俺を見つめてきた。



「ソラ殿もそろそろお耳に挟んでおられよう。ティティスの森で鬼人が発見されました」


「そのようですね。私が聞いた話では鬼人が見つかった『らしい』となっていましたが……」


「事実です。すでに『組合』の手勢が三度、姿を捉えておりますれば」


「すでに? ということは――」


「お察しのとおり、我らが動きはじめたのは噂より前。ちょうどソラ殿とラーズ殿の決闘が行われた日なのですよ。あの日、森で迷った冒険者が偶然に鬼人の娘を見つけ、その情報を『組合』に売りに来たのです」



 それを聞いて思い出す。


 そういえば立会人となるためにギルドにやってきたフョードルは、息をきらせて出掛けに問題があった、とか言ってたな。


 あれは鬼人の情報を掴んだからだったのか。


 あの頃から鬼人を追っていたのだとすれば、もうかなりの情報を手に入れているだろう。住居の位置もおおよそ掴んでいるのかもしれない。


 すると、そんな俺の内心を読んだようにフョードルは言葉を続けた。



「三度の発見と、そのときの逃走経路から、すでに鬼人の棲家のおおよその位置は掴んでおります。ですが、そこは深域に位置しておりまして。ご存知のとおり、ティティスの深域は魔獣の巣窟。鬼人を捕らえるために送り込んだ者たちが、そのまま魔獣のエサになってしまったことが一度や二度ではありません。そこで、竜を操るソラ殿の力をお借りしたいのです」


「ふむ。そらからであれば、厄介な魔獣たちを無視して、鬼人の棲家すみかがあるであろう場所に直行できます」


「おっしゃるとおり。むろん、報酬は弾ませていただきますぞ。なんでしたら、新しい奴隷をお世話することもできます。実は先ごろ、なかなかに興味深い奴隷が手に入りましてな」


「それはぜひとも話を伺いたいですが、その前に一つ。こちらは『組合』の手勢を届けたところで任務完了ということでよろしいのか?」



 単なる移動係か、それとも戦力としても期待されているのか。


 フョードルの要求は前者だった。



「鬼人を捕らえるのは専門の狩人ハンターが行います。鬼人は生け捕りでないとツノの価値が半減しますので、ソラ殿の手を煩わせることはありません」


「生け捕りでないと、というのは? あ、失礼。無用な問いであったのなら取り下げます」


「かまいませんよ。ご存知のとおり、鬼人のツノは希少なマジックアイテムなのですが、生きている鬼人から取ったツノと、死んだ鬼人から取ったツノでは価値が大きくことなるのです。前者に百の魔力が含まれているとすれば、後者はせいぜい三十といったところですかな。それでも十分な価値ではあるのですが」


「ほうほう、そうなんですか」


「はい。ですから、鬼人は生け捕りにしてツノを取るのが定石なのです。通常、鬼人はツノを折られた段階で死んでしまいますが、魔法や上級ハイ治療薬ポーションを用いて延命させることは可能です。そうすると、折れたツノが時間の経過と共に復活するのですよ」


「……それは、うまくすれば金のなる木になりますね」


「はい。もっとも、二本目以降は大した価値にはなりませぬが。さきほどの例でいえば、百のうち十にも届かず、せいぜい四か五といったところ。世に出回っている鬼のツノはたいていこちらですな。それでも貴族たちは争って金を積む。鬼は生け捕りにするにしかず、というわけです。ご理解いただけましたか?」


「承知しました。そういうことであれば、鬼人との戦いに慣れない者は邪魔以外の何物でもありませんね。私は移動係に徹しましょう」


「そうおっしゃるということは、こたびの依頼、引き受けていただけると考えてよろしいですかな?」


「もちろんです。もとより『組合』からの依頼を断るほど命知らずではありません」



 ただでさえギルドに喧嘩を売っているところだ。ここで『組合』まで敵にまわすわけにはいかない。


 移動するだけの役割であれば、なおのこと逆らう理由がなかった。


 場所はティティスの深域だ。何が起きたところで不思議はない魔獣の園。


 鬼人専門の狩人ハンターたちが不慮の事故にあわないよう、俺は内心で祈りを捧げた。




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