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第9話 排除


 複数のバリスタとしか言っていないのに、どうして正確な数を知っていたのか――そうドラグノート公に問われたクローヴィス公は、一瞬動揺したように視線をさまよわせた。


 が、すぐに視線をドラグノート公に据え直すと、おもむろに口をひらく。



「どうして。どうしてか……ふむ。たしかにおぬしは具体的な数字は言わなかったな、パスカル。だが、仮にも雷公の領地を襲おうとたくらんだ者どもだ。バリスタの一台や二台で何とかなると考えるほど愚かではあるまい。さりとて十台、二十台と用意できるほど資金がありあまっていたとも思えぬ。それゆえ五という数字が出たのであろうよ」


「あらかじめバリスタの数を知っておられたわけではない、ということですな。つまり、閣下は我が領地に賊徒を送り込んだりしていない。相違ございませんか?」


「答えるまでもあるまい。まさかわしが密かに賊徒にバリスタを与えたと疑っているわけではあるまいな? このダレン・クローヴィスは三代の王にお仕えして忠勤に励み、粉骨砕身の覚悟で王国に尽くしてきた身ぞ。このような些事さじで長年の忠誠を疑うなど非礼の極みであろう!」



 力強く断言したクローヴィス公の言葉は迫力に満ちており、ちりひとつ分の後ろめたさも感じられない。少なくとも、クローヴィス公が自身の正しさを微塵も疑っていないことは確かだった。


 ドラグノート公はかつて自身を引き立ててくれた先達を哀しげに見やると、小さくため息を吐いてから言葉を続ける。



「閣下、はっきりとお答えいただきたい。閣下は我が領地に賊徒を送り込んだのですか? 送り込んでいないのですか?」


「くどいぞ、パスカル! わしはおぬしの領地に賊を送り込んだりしておらぬ! そのような真似をするはずがあるまいが!」



 クローヴィス公が語気荒く断言すると、その場にいた者たちの視線が一斉にゼラムに向けられた。


 そのことにクローヴィス公が疑問を感じる暇もなく、ゼラムが淡々とした口調で言う。



「ただいまのクローヴィス公のお言葉は偽りですな」



 それを聞いたクローヴィス公は一瞬の沈黙の後、自身の発言が『嘘看破センス・ライ』によって鑑別されたことを悟った。


 直後、老いた公爵の顔が憤激で真っ赤に染まる。



「貴様……! 事もあろうに公爵たるわしに無断で『嘘看破センス・ライ』を使いおったか! せいの罪人ならいざ知らず、貴族に対してそのような非礼が許されると思うておるのか!?」



 そう言ってゼラムを睨みつけたクローヴィス公は、次いで国王に強い視線を向けた。



「陛下も陛下でござる! それがしに不審ありと申すなら陛下がおんみずから詮議なさればよろしかろう! それを教皇の側近に『嘘看破センス・ライ』を使わせるなど……これでは法神教にカナリア王国の公爵を裁いた前例をくれてやることになりますぞ! 法神教の権威が王国貴族の権威を上回ることになりかねませぬ!」



 『嘘看破センス・ライ』は司祭以上の法神教徒が扱える神聖魔法である。他者の嘘を見抜くことができる便利な魔法だが、反面、その嘘を判別できるのは術者のみという制約がある。


 そのため、術者が「今の言葉は嘘である」と述べても、嘘を見抜かれた側が「術者は私をおとしいれるために嘘をついている」と強弁することも可能だった。


 しかし、たとえば市井の罪人がそんな強弁をしたところで意味はない。罪人が何を主張しようとも法神教の権威が勝るからである。


 この権威こそが『嘘看破センス・ライ』の結果を保証するものだった。


 そして、クローヴィス公が問題視しているのも正にこの権威だった。


 確かな証拠がないにもかかわらず『嘘看破センス・ライ』によってクローヴィス公が有罪とされるということは、国王みずから法神教の権威は貴族のそれを上回ると認めるに等しい。


 法神教が『嘘看破センス・ライ』によって貴族を裁くことが常態化すれば、民衆は貴族よりも法神教を重んじるようになり、貴族も法神教におもねるようになるだろう。


 それはつまり、国の主が国王から法神教に移ることと同義だった。


 

「我が国をおこした建国王が法神教を国教としなかったのも、それを危惧したためでござる! 王家に帝国の血を入れるだけにとどまらず、貴族を『嘘看破センス・ライ』にかけて法神教の影響力を強めるなどまさに亡国の振る舞い! 陛下はカナリア王国を滅ぼすおつもりか!?」


「……大叔父上、少し落ち着かれよ。いかに余の血族とはいえ口が過ぎますぞ」



 口角こうかく(あわ)を飛ばすクローヴィス公を、国王が低い声でなだめようとする。


 だが、すっかり自分の言葉に興奮していた老公爵は国王の制止に従わなかった。もともと帝国に対する国王の態度に不満が溜まっていたこともあり、ここを先途とばかりに憤懣を吐き出していく。



「お言葉ですが、陛下にもうひらいていただくためにも思うところを述べさせていただく! 陛下、このまま帝国の走狗に堕するがごとき国策を続けるおつもりなら、陛下は亡国の暗君として歴史に汚名を残すことになりますぞ! 御父君に、祖父君に、カナリア歴代の王たちに恥じることなく泉下で会いたいとお望みならば、今こそ帝国とたもとをわかつべき――」


「黙れ! 口が過ぎると言っておるのだ、ダレン・クローヴィス!」



 クローヴィス公の言葉が終わらないうちに、玉座のトールバルドが怒号を発した。


 滅多に声を荒らげないカナリア王がこめかみに青筋を浮かべて怒りをあらわにしている。


 その語気に押されたようにクローヴィス公が口をつぐむと、国王はきつい眼差しで大叔父を睨みながら言葉を続けた。



「余のもうひらくだと? 己の愚行で国を窮地に陥れておいて何を口清く! 言っておくが、『嘘看破センス・ライ』などに頼るまでもなく、そなたがパスカルの領地を襲わせた証拠はそろっておるのだ!」


「な!? それはどういう――」


「そなたの邸で働く下男の一人が計画を漏れ聞いて法神教に報せた。その者は法神教徒でな。以前にそなたに信仰を知られて打擲ちょうちゃくされたことをひどく根に持っていたそうだ」



 下男から報せを受けた王都ホルスの法神教神殿はただちに事の次第をノア教皇に報告した。


 聖都で報告を受けたノアはすぐさま側近であるゼラムを派遣し、王太子妃である咲耶に接触する。ノアと咲耶は先の婚儀で知己ちきとなっており、婚儀後も手紙をやり取りする仲だった。クローヴィス公の狙いが咲耶の排除であることが明らかな以上、咲耶に報せるのはノアにとって当然のことだったのである。


 ……いずれカナリア王妃となる咲耶に恩を売ることで、カナリア国内における法神教の影響力を強め、あわよくば法神教を国教として認定してもらう、という狙いもあったかもしれないが、本当のところはノアにしかわからない。


 ともあれ、帝国嫌いであり、かつ法神教嫌いであるクローヴィス公の排除は法神教と咲耶、双方の利益にかなうものだった。


 両者は密かに動き出し、協力して証拠と証人を集めていく。それらが完了するのと、アストリッドから野盗討伐の報告がもたらされたのはほぼ同時であった。


 国王は苛立たしげに玉座のひじ掛けを叩きながら言葉を続ける。



「そなたに『嘘看破センス・ライ』を用いたのはな、ダレン。これがそなたを陥れる陰謀である可能性をおもんぱかったゆえよ。そなたの筆跡で書かれた数々の指示書を見れば、その可能性はほとんどないとわかってはいたが……ゼラム殿は大叔父であるそなたを信じたかった余のわがままを聞いてくれたにすぎぬ」


「陛下、お待ちあれ! そこなゼラムこそがそれがしを罪に落とそうとした張本人かもしれぬのですぞ! そのような者が用いた『嘘看破センス・ライ』を信用なさるとおっしゃるのか!? その指示書とやらも偽造したものに相違ござらぬ!」



 クローヴィス公は思わぬ展開に顔をひきつらせながら、声をかぎりに国王に訴える。


 だが、その訴えは微塵も国王の心に響かなかった。すでにここまでのやり取りでクローヴィス公が黒幕であることを確信していたからである。



「見苦しいぞ、ダレン。事やぶれた上はせめて最期をいさぎよくするがよい。もっとも、こたびの一件でカナリア王国が受けた痛手はおぬしの皺首しわくびひとつであがなえるものではないがなッ」



 国王は吐き捨てるように言う。


 実際そのとおりだった。


 かつては重臣筆頭を務めたクローヴィス公が私兵を動かして自国で略奪を働き、その罪を帝国にかぶせようとした――このことが表沙汰になれば、民は大いに怒り、貴族は派閥を問わず激しく動揺するだろう。冤罪を着せられるところだった帝国も烈火のごとく怒るに違いない。


 対内的にも、対外的にも、カナリア王国の信用は地に落ちる。この信用を回復するために必要な年月は十年や二十年ではきくまい。カナリア王国にとっては大きすぎる痛手だった。


 ――このことをおおやけにすることはできぬ。


 国王はそう考え、ドラグノート公と計って今回のことを何とか秘密裡に処理しようと考えていた。


 クローヴィス公を裁くこの場に、近衛騎士を除けば自分とドラグノート公、そして告発者である咲耶とゼラムしか招かなかったのはそのためである。


 いささかならず図々しい考えであったが、トールバルドには成算があった。


 王太子妃である咲耶にとって、これから地歩を固めようとしているカナリア王国が衰微することは望ましいことではあるまい。


 そして、法神教はその咲耶と協調して動いている。であれば、事態の収拾についても咲耶の決断に同調する可能性が高かった。


 もちろん相応の対価は必要になるだろう。クローヴィス公の陰謀を暴き立てた功績と、その陰謀を隠蔽いんぺいするための協力。トールバルドは二人に――咲耶と法神教に大きな借りをつくることになる。


 今後は何かと両者の意向に配慮せざるをえなくなるだろう。そのことを思うと頭が痛かったが、だからといって大叔父の愚行をおおやけにすることなど出来るはずもない。


 なおも何やら言い立てているクローヴィス公の言葉を聞き流しながら、国王はこれから先の苦難を思って重いため息を吐いた。



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