第8話 謁見の間にて
「大叔父上に来てもらったのは他でもない、先ごろから王国東部で跳梁している野盗についてだ。連中について新たな事実が判明した――パスカル」
「はい、陛下」
カナリア王トールバルドがドラグノート公の名前を呼ぶ。
ドラグノート公は一礼してからクローヴィス公に向けて口をひらいた。
「ダレン閣下。我が国の東部を寇略していた賊徒は帝国との国境であるマリス山に逃げ込んでおりましたが、先ごろ討伐依頼を受けた冒険者によって壊滅いたしました」
「そうか、それは重畳と言っておこう。しかし、そもそも公爵たる身が領内で野盗の跳梁を許している時点で、失態も失態、大失態なのだぞ」
強い口調でドラグノート公を咎めたクローヴィス公は、ここでわずかに眉根を寄せる。
ドラグノート公の言葉の中に予想外の部分があったからだ。
「それはともかく、今、賊を討伐したのは冒険者だと言ったか? そなたの娘ではなく?」
「は。場所が場所ですので、アストリッドは正規兵を動かすことを避けて冒険者を用いました」
それを聞いたクローヴィス公は眉間のしわを深くする。
老いた公爵の口から疑念に満ちた声が発された。
「マリス山に籠もっていた賊は東部一帯を荒しておったのだろう? 百や二百ではきかぬと思うが、いったいどれだけの数の冒険者を雇ったのだ?」
「ひとりです」
「……なに? なんと言った?」
「ひとりと申したのです、閣下。マリス山の賊徒はソラ殿――竜殺しによって一掃されました」
竜殺し、という単語を聞いてクローヴィス公は胡乱げに右の眉を上げる。
ティティスの森に出現した猛毒竜ヒュドラを討ち果たした四人の竜殺しの存在を、もちろんクローヴィス公は知っていた。
もっとも、巷間に伝わる話をすべて鵜呑みにしているわけではない。
七十年近くカナリア王国で生きてきた公爵であるが、ティティスの森から幻想種が出現したことなど一度もない。それなのにいきなり「ティティスの森に伝説の猛毒竜があらわれました。それをたまたま居合わせた四人の勇士が討ち取りました」と言われても素直に信じる気にはなれなかった。
森の汚染を考えれば、相当に厄介な毒獣が現れたのは間違いないだろうが、それが本物の竜種であったかは怪しいものだ、とクローヴィス公は考えている。
そのため、今回事を起こすにあたっても竜殺しの存在はほとんど気にかけなかった。竜殺しは先の婚儀に出席しておらず、おそらく国外に出ているものと推測されており、そのこともクローヴィス公が竜殺しを計算に含めなかった一因になっている。
「そうか。そういえばそなたの次女は竜殺しの邸宅に移ったのだったな。頼りになる娘婿ができてよかったではないか。それで? 賊徒が竜殺しによって掃滅されて仕舞いというわけではないのであろう?」
何があった、とクローヴィス公が問いかけると、ドラグノート公は真剣な面持ちでうなずいた。
「閣下のご推察のとおりです。賊徒は山中に複数のバリスタを隠しておりました。おそらく討伐軍――特に竜騎士が討伐に来た際の切り札とする心づもりだったのでしょう」
「何の策もなく『雷公』の領地を襲ったわけではない、ということか。しかし、ふむ、バリスタか。ただの野盗が所持できる代物ではないな。複数台となれば尚更よ」
クローヴィス公はそう言ってわずかに目をすがめた。
そして、腕を組んで考え込みながら自身の推測を披露していく。
「攻城にも用いられる兵器の作製となれば相応の技術を必要とするはず。そこらの街や村でつくれるものではあるまい。どこでつくられたのかを突きとめることができれば、野盗の裏にいた勢力を暴くことができるのではないか?」
「アストリッドも閣下と同じことを考えて鹵獲したバリスタを調べさせました。賊徒が所持していたバリスタ、特に巻き上げ機がアドアステラ帝国のものと酷似している、とのことです」
「ほう!」
クローヴィス公はさも驚いたかのように大きく目を見開くと、先ほどから一言も発していない咲耶妃を鋭く見据える。
年齢だけ見れば孫、いや、ひ孫であってもおかしくない年頃の少女に向ける老公爵の視線は冬の湖水のように冷たかった。
「王太子殿下はいらっしゃらぬのに、王太子妃殿下だけがいらっしゃる。不思議なことよと思っておったが、なるほど、そういうことであったか。つまり此度の騒乱の裏には帝国がおり、王太子妃殿下がそれに関与しておったということであるな」
クローヴィス公が得心したようにうなずく。
すると、ドラグノート公はすぐにかぶりを振って老公爵の決めつけを否定してきた。
「いえ、閣下、そうではございません。確かに賊徒が所持していたバリスタは帝国製のものである可能性が高うございます。ですが、それのみで此度の一件を帝国の仕業と断じるのは早計でございましょう。それに、アストリッドによれば、賊の首魁はソラ殿に斬られたときに『帝国に栄光あれ』と末期の言葉を残しております」
「それがどうしたというのだ? それこそ此度の件が帝国の仕業である何よりの証ではないか」
「閣下。他国で陰謀を働く者がわざわざ自国の装備を持ち出し、死に際して自国の関与を認めるがごとき言葉を残しましょうか。思うに此度の一件を帝国の仕業に見せかけたい者どもがおり、賊徒はその意を受けて動いていたのではないかと」
ドラグノート公の言葉を聞いたクローヴィス公はふんと鼻で笑った。
そして、教えさとすようにドラグノート公に語りかける。
「パスカル。陰謀を働く者がなべて完璧であり、しくじりをしないわけではないぞ。他国でバリスタを五台も調達するのは簡単なことではない。帝国はやむをえず自国のものを用いざるをえなかったのであろう。賊の首魁も同じよ。死を前にしておもわず故国のことを口走ってしまったのだ」
「閣下、お言葉ですが、今回にかぎって言えばその可能性は低うございます。閣下はイネス・キスリングという名をご存知でいらっしゃいますか?」
ドラグノート公が口にした名前を聞き、クローヴィス公はすっと目を細めた。
ややあって、その口がゆっくりとひらかれる。
「イネス・キスリング……ふむ、どこかで聞いた気がせぬでもないが、おぼえておらぬな。その者がどうしたのだ?」
「イネスはかつて我が国に仕えていた騎士でした。平民から取り立てられた者で、愛国心が強く、王太子妃殿下の前では言うをはばかることですが、帝国に強い敵意を持っていたそうです。不祥事を起こして騎士資格を剥奪された後、行方知れずとなっていたのですが、此度マリス山にて討たれた賊の首魁がまさしくこのイネスでした」
「……それは確かなことなのか?」
「アストリッドはかつてイネスと同じ部隊に属しておりました。顔立ちは多少変わっていたようですが、間違いなくイネスであると申しております」
クローヴィス公は知らないことだが、イネスはアストリッドが自分をおぼえているとは夢にも思っていなかった。だから、自分とアストリッドの関わりについては誰にも言わなかったのである。
クローヴィス公は不承不承ドラグノート公の言葉にうなずいた。
「なるほどの。確かに賊の首魁が王国民だったとすれば、今際の際に帝国を想ったとは考えにくい。だが、アストリッドが知っているのは騎士であった頃のイネスであって、野に下った後のイネスがどのような男であったかは知るまい。騎士を辞めさせられたことを恨んで帝国に忠誠を誓っていた可能性もあろう」
「その可能性ももちろんございます。ですが、そうではない可能性もある。それゆえ、まずは野に下ったイネスの足跡を探ろうと考えております。さすれば、イネスが誰の指示で動いていたのかも判明いたしましょう」
「堅実ではあるが、いささか迂遠ではないか。すでに民にも被害が出ているのだ。拙速とそしられようと、今少し踏み込んだ手を打つべきだと思うがな。先ほどは言わなかったが、帝国があえて自国の装備を持ち出して疑惑をかわそうとしたとも考えられよう」
クローヴィス公が熱心に言い募る。
と、それまで無言で控えていた咲耶がここではじめて口をひらいた。
「失礼ながらクローヴィス公、帝国が此度の件に関わっている可能性はございません。そのことは私の名誉にかけて断言いたします」
王太子妃の言葉に、老いた公爵はせせら笑うような表情を浮かべた。
「殿下のお立場としてはそうおっしゃる他ありますまいな。しかし、現実に賊徒が帝国の兵器を所持していたのは事実。殿下の名誉をもってしても、その事実をなかったことにはできませぬぞ」
「クローヴィス公がお望みとあらば、ここにいらっしゃるゼラム殿に『嘘看破』をかけていただいても構いませんよ。いかがです、ゼラム殿?」
咲耶に問われたゼラムは落ち着いた態度で応じる。
「王太子妃殿下のご依頼とあらば否やはございませぬ。それがしは法神教の司祭位も持っておりますれば、『嘘看破』による審議も問題なくおこなえまする」
「ゼラム殿はこうおっしゃっておいでですが、クローヴィス公のお考えは?」
この問いかけに対し、クローヴィス公はにべもなく応じた。
「失礼ながら、『嘘看破』で真偽を判別できるのは術者のみ。あれは術者に対する信頼があって初めて成り立つものでござろう。そこなゼラム殿を侮辱するわけではないが、法神教は帝国の国教であり、教皇は帝国貴族の血を引いておられる。帝国と法神教は蜜月の関係といってよい。その法神教の術者が帝国人である殿下の無実を証し立てたとして、はたしてどれだけ信じられるやら」
クローヴィス公の言葉にゼラムが眉根を寄せて反論しようとする。
だが、教会騎士が口をひらくより早くクローヴィス公は言葉を続けた。
「そも、この危急の際にたまさか『嘘看破』の使い手がこの場にいること自体が不自然であろう。自らが疑われる可能性があるとわかって、あらかじめ同道させていたとしか思えぬ。当然、口裏を合わせて――」
「大叔父上!」
王太子妃に対する表面的な礼儀さえ打ち捨てて、立て板に水とばかりに帝国と法神教への不信をまくしたてるクローヴィス公を止めたのは国王トールバルドだった。
王座にすわった国王は苦い顔で老公爵の弁舌をさえぎり、注意をうながす。
「言い過ぎですぞ。証拠あっての物言いならばともかく、憶測での誹謗はつつしまれよ」
「失礼ながら、陛下がそのように弱腰だから帝国人どもが図に乗るのです。我が国の建国理念をお忘れか? カナリア王国は帝国の野心に対抗するために大陸西部の諸都市が連合して築き上げた国。だというのに、陛下は王家に帝国の血を入れようとしておられる。御父君や祖父君が泉下でお嘆きになっている声が聞こえませぬか?」
父である先王、祖父である先々王のことを持ち出された国王が不快そうに眉根を寄せる。
本音を言えば、国王もカナリア王家に帝国の血を入れることにためらいがないわけではない。クローヴィス公の言葉は国王の痛いところを突いていた。
だが、時代は常に動いている。カナリア王国は東をアドアステラ帝国に、南をカリタス聖王国に塞がれている。そして北は海、西は砂漠で閉ざされている。ようするに国を大きくする余地がほとんどないのである。
一方、帝国はカナリア王国が建国されてからも膨張を続けており、両国の国力差は開くことはあっても縮まることはない。
建国の理念を貫いて帝国との敵対を続ければ、遠からず滅亡の憂き目を見ることになるだろう。
国王にとって、今回の婚儀はそれを避けるための苦渋の決断だった。帝国の圧力に屈したわけでもなければ、婚儀を名目に帝国からもたらされた莫大な援助に目が眩んだわけでもない。
ドラグノート公はそのことを理解してくれている。対して、クローヴィス公はまったく理解していない。
もともとクローヴィス公は帝国に対する敵意が強かったが、それでも情勢を分析する目、利害を勘案して妥協する柔軟さは持ち合わせていた。だからこそ、長らく重臣筆頭を務められていたのである。
だが、今や老公爵の帝国への敵意は憎悪となって凝り固まり、目と心を塞いでしまったらしい。今のクローヴィス公は帝国憎しのためなら何でもやるだろうし、その行いに疑問を持つこともないだろう。
ここにおいて国王は今回の一件の裏にいるのがクローヴィス公であることを確信した。ちらとゼラムを見やると、教会騎士は黙然とうなずきを返してくる。
国王は大きくため息を吐きながら、ドラグノート公の名前を呼んだ。
「……パスカル」
「御意」
国王とドラグノート公のやり取りを見たクローヴィス公が不審そうに目を光らせた。
「なんだ、パスカル? そもそもおぬしが重臣筆頭として陛下をお諫めしておれば、このようなことには――」
「閣下、なぜバリスタが五台であると知っておられたのですか?」
「……なに?」
唐突な問いかけに、クローヴィス公は戸惑ったように目を瞬かせる。
そんなクローヴィス公にドラグノート公は重ねて問いかけた。
「先ほど閣下はこうおっしゃられた。『他国でバリスタを五台も調達するのは簡単なことではない』と。重ねてお尋ねする。なぜバリスタが五台であると知っておられたのですか? それがしは賊徒が山中に複数のバリスタを隠していた、としか申しておりませぬ」




