155話 自信
完璧な手応えに思わず唇の端が吊りあがる。
会心の一刀だった。最高の一刀だった。
これから先、たとえ百年生きようともこれに優る手応えを感じることはあるまい。そう確信できる絶後の一刀だった。
その手応えが錯覚ではないことを告げるように、心装を通じて膨大な量の魂がなだれ込んでくる。
「くぅ!」
そこらの幻想種が束になっても及ばない魂を喰らったことで立て続けに位階が上がり、全身が燃えるように熱くなる。
これほどの魂だ、間違いなく光神は仕留めた。
父がどうなったのかはわからない。なにしろ空装を放ったのは初めてのこと。神を穿つ剣は神のみを穿ったのか、あるいは宿主ごと穿ったのか、微細な手応えの違いを感じ取ることはできなかった。
ただ、仮に前者だったとしても同源存在を討たれた宿主がただで済むとは思えない。後者であれば尚のことだ。
ひとつ間違えば、いや、間違わずとも俺は立派な父殺しである。
そのことを悔いる気持ちはなかった。殺す覚悟も、殺される覚悟もとうの昔に済ませている。
同時に、吹っ飛んだ父を追ってとどめを刺す気もなかった。
俺は父に勝ったのだ。父が死んでいようと生きていようとその事実は動かない。だから、もう父の生死に興味はない。
まあ、母さんやエマ様のことを考えると、生きているに越したことはないと思うが――父を斬った俺がそれを言うのは偽善もいいところだ。
幾人かの旗士が宙を駆け、吹き飛ばされた父のもとへ向かっていくのが見えた。その先頭にはかつての俺の傅役の姿がある。
旗士たちは俺のもとにもやってきた。主君を斬った俺を放っておくわけにいかないのは当然のことである。
俺を包囲するように取り囲んだ上位旗士たちの顔には怒りと敵意が満ち満ちており、その筆頭と言うべき人物が吼えるように口をひらいた。
「なんという……なんということをしてくれたのだ、この痴れ者がぁッ!!」
司徒ギルモア・ベルヒが老顔を朱で染めながら俺を睨みつけてくる。
そのまま胸倉をつかんできそうな勢いだったが、息子の後ろに控えてしっかり身の安全を確保しているあたり、怒り狂っているように見えて案外冷静なのかもしれない。
ギルモアは唾を吐き散らしながら、なおも言葉を続けた。
「貴様、自分が何をしたのかわかっておるのか!? 鬼人に屈したことだけでも許し難くあるに、御館様を、実の父親を斬るなぞ畜生の所業ぞ! ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ! 貴様のごとき小僧に我が大計が崩されるなど……ッ!」
わなわなと拳を、いや、拳だけでなく全身を震わせるギルモアに対し、俺は何も言い返さなかった。
ギルモアが俺の返答を望んでいないことが明らかだったからである。それに、主君である剣聖を討たれて取り乱している相手とまともに話が通じるとも思えなかった。
――何より、父を破った今となっては腰巾着なんてどうでもいい。
そんな俺の冷めた思考が伝わったわけでもあるまいが、ギルモアは白髯を震わせて周囲の旗士たちに命令を下した。
「ディアルト、この痴れ者を討ち取れぃ! 余の旗士たちもじゃ! 御剣家の司徒として命じる、総がかりにて御館様の仇を討つべしッ!」
ギルモアの怒号は周囲の空気を激しく震わせ、この場にいる者たちの鼓膜に砲声のごとく轟いた。
……そして、ただそれだけだった。
息子であるディアルトも、それ以外の旗士たちも、司徒であるギルモアの命令に従おうとはしない。俺を取り囲んでこそいるものの、一定の間合いから中に踏み込んでこようとはしなかった。
それを見たギルモアが苛立たしげに叫ぶ。
「何をしておる!? この不届き者を討て、討つのだ!」
地面を蹴りつけながら旗士たちを急き立てるギルモアを見て、俺はふんと鼻で笑う。
「剣聖に勝った俺にむやみに挑めるはずがないだろう? 身のほどを知っていて結構なことだ」
「ほざくな、小僧! 一対一なら知らず、これだけの旗士を相手にうぬの勝ち目などあるものか!」
「そう思うなら自ら範を示したらどうだ、司徒殿? まず隗より始めよ。四卿のお前が動けば他の旗士も動かざるをえないだろう」
そう言って冷笑すると、ギルモアはギリギリと歯ぎしりをして俺を睨みつけた。
俺は双璧や他の旗士たちの動きに気を配りつつ言葉を続ける。
「どうした、来ないのか? それならこちらから行くぞ? 剣聖は討った。残るお前たちを討てば鬼門は取ったも同然だ」
自信満々で言い放ち、心装を軽く一振りする。
正直なところ、俺が父に勝てたのは空装の特性によるところが大きく「父に勝てたのだから父の配下にも必ず勝てる」などという計算式は成り立たない。特に相手が複数の場合はそうである。
双璧が同時に襲いかかって来れば、そしてそこに他の旗将副将が加われば苦戦はまぬがれない――頭で考えればそうなる。今までの俺なら間違いなくそう判断したはずだ。
だが、今の俺は不思議とその考えを採る気になれなかった。
別にディアルトや淑夜、他の旗将たちを甘く見ているわけではない。むしろ、今の俺は観の目が冴えわたっており、視界に映る旗士たちの実力をこれまで以上にはっきりと感じ取っている。
俺を取り囲んでいるのはいずれも青林八旗の中核を成す者たち。全員が一騎当千の剣士であり、彼ら彼女らを甘く見るなどありえない。
ただ、そのことを認識した上で、それでも「俺が勝つ」という自信は揺らがない――それだけのことだった。はっきり言ってしまえば、今の自分はここにいる誰よりも強く、双璧以下をまとめて相手取っても必ず勝てると俺は考えているのだ。
傍から見れば、この考えは自信ではなく傲慢の産物であろう。ぶっちゃけ、自分でもちょっとそう思う。
だが、それもソフィア教皇が言うところの「平旗士の自信」の名残なのかもしれない。今は新しい自分の感覚を信じ、さっさとこいつらを蹴散らして鬼門をめぐる戦いに終止符を打つとしよう。
戦意を込めて足を一歩踏み出すと、それに応じて双璧以外の旗士たちがそれぞれの武器を構えた。もう一歩踏み出せばディアルトと淑夜も動くだろう。そう思いながら俺がさらに足を踏み出そうとしたときだった。
「総員、動くな」
俺の正面に立っていたディアルトが左手を真横に伸ばし、声と行動の双方で他の旗士の動きを制する。
青林第一旗の旗将であるディアルトは、有事の際に当主になりかわって青林八旗を指揮する権限を有している。父が倒れた今の状況はまさしくこの条件にあてはまっており、ディアルトは現在、御剣家の当主代理と言ってよい。
そのディアルトが俺への攻撃を制したことで、淑夜以下の旗士たちは動きを止めた。
それを見た俺は、ディアルトが一騎打ちを挑んでくるつもりだと予測して口角を上げる。ディアルトの心装能力は糸による広域殲滅だ。敵味方が入り乱れる乱戦に向いているとは言いがたい。
まあディアルトほどの使い手であれば、乱戦になっても戦いようはいくらでもあるに違いないが、それでも一対一の方が戦いやすいのは間違いあるまい。
そう思ってディアルトを見据えていると、双璧の片割れは懐に手を入れて一本の筒を取り出した。厳重に封がほどこされたその筒は、王侯貴族が重要書類を届けるときに用いるものだ。
鬼ヶ島に来る前、咲耶皇女の親書をアドアステラ皇帝に届けたが、あのとき皇女から預かった筒がまさしくこんな感じだった。
「淑夜」
「は」
ディアルトが淑夜に筒を渡す。
一旗の副将はめずらしく戸惑いをあらわにしながらそれを受け取った。その様子を見るかぎり、淑夜も筒の存在を知らなかったようだ。
ディアルトは淡々と淑夜に告げた。
「そこに御館様の命令が記されている。確認せよ」
「かしこまりました、旗将」
淑夜は丁寧に筒をおしいただくと、手早く蜜蝋の封をはがして中から書状を取り出す。
俺としては即座に斬りかかってもよかったのだが、何となく興味を引かれたので成り行きを見守ることにした。他の旗士たちもディアルトの命令に従い、動かずに様子をうかがっている。
ただひとり、異論を口にしたのはギルモア・ベルヒだった。
「何をしておる、ディアルト!? はようその痴れ者を斬れ、斬らぬか!」
「司徒、控えられよ。これは御館様の命令にござる。己が倒れたときには、と」
「御館様の命令だと!? ばかな、そんなものわしは知らされておらぬッ!」
愕然とするギルモアをよそに書状を読み進めていた淑夜は、すぐに中身を読み終えたらしく、眉間に深いしわを刻みながら書状を筒に戻した。
そして、顔と声に驚きをにじませながら口をひらく。
「確かに……間違いなく御館様の筆跡でした。内容は――」
淑夜はひとつ息を吐くと、この場にいる全員に聞こえるように言った。
「自分を倒した者に御剣家当主の座を譲る、というものでした」




