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154話 剣聖


「――父上。僕は今こそ貴方を超える」



 刀身が半分になった心装を構えた息子にそう宣告されたとき、御剣式部はぞくりと背筋を震わせた。


 それは剣聖が明確な脅威を感じた証であり、同時に、心底からの歓喜をおぼえた証でもある。


 己より強い力の持ち主、己を超えようとする意志の持ち主、そのいずれも式部が欲してやまなかったものだ。どちらかひとつを備えた者だけでも稀有けうであるのに、二つを兼ね備えた者が自分の視界に立っている。


 その奇跡をどうして喜ばずにいられよう。


 けいで宙に足場を築き、高みから息子を見下ろしていた式部ののどがくくっと震えた。



「この時をどれほど待ち望んだか」



 式部は小さく独りごちる。


 父から剣聖の称号と御剣家当主の座を奪うように継いでからというもの――いや、その以前からずっと、胸の奥にわだかまっていた鬱念うつねんが綺麗にぬぐわれていくのを感じる。


 御剣家の嫡子として生をけた式部は、幼い頃から当然のように剣を習わされた。そのことに不満を抱いたことはない。式部は家のために剣を選んだのではなく、自らの意志で剣を選んだからだ。


 仮に御剣家以外の家に生まれたとしても、式部は剣士になる道を選んだだろう。それほどに式部は剣を愛し、剣に愛された。


 だが、その代償と言うべきか、式部は己と対等に戦える相手と出会うことができなかった。あまりに卓越した才能は、しのぎをけずってせったくする好敵手を式部に与えなかったのである。


 式部が剣による勝利のみを望む人間であれば問題にはならなかった。だが、式部は勝利よりも、戦いによって自らを高めることに喜びを感じる性質たちだった。


 勝利は結果に過ぎず、それにともなう栄誉にも賞賛にも興味はない。そんな式部にとって、自らと競える相手がいない環境は鬱屈うっくつの溜まるものだった。


 その鬱屈は心装を会得することでより大きくなってしまう。


 光神バルドル。ひとたび心装を抜き放てば、あらゆる敵の攻撃が無効化される無敵の同源存在アニマ


 式部の父は息子が才にふさわしい同源存在アニマを宿したと歓喜したが、当人にしてみれば光神バルドルの存在は呪いに等しかった。


 無敵の権能など得てしまえば、あらゆる防御が不要になってしまう。戦いが攻撃を叩き込むだけの作業になってしまう。そんなものは式部の望む戦いではない。


 だからといって心装を封印する――つまり手加減して戦うことも式部の本意ではなかった。式部が望むのは全力を尽くした戦いであり、それにともなう自らの成長である。手加減をした戦いが成長の糧になるはずもない。


 心装を会得した当初、式部は上位旗士、特に父に期待した。世界最強たる剣聖であれば、己が全力を尽くしてなお届かない高みを見せてくれるに違いない、と。


 だが、式部の剣才と光神バルドルの権能は、時の剣聖をもってしても太刀打ちできるものではなかった。


 式部はわずか十五歳で並み居る旗将副将に残らず膝をつかせ、ついには父たる剣聖をも打ち破るに至る。


 早々に父たちに見切りをつけた式部は鬼界に入りびたり、の地で多くの魔獣と戦った。特に幻想種が出現したと聞けば一も二もなく飛び出してこれを打ち破った。


 式部が欲したのは己を成長させてくれる好敵手であって、どれだけ強大であっても幻想種は好敵手たりえない。それでも式部が幻想種を狩ったのは、居もしない相手を待って足踏みするよりは、位階レベルを上げて強くなることを優先したからである。


 幻想種を狩れば狩るほどに位階レベルは上がり、ますます周囲と差は開いていく。そのことを理解しながら式部は戦い続けた。


 人々は次期当主の強さと勇気、そして我が身をかえりみない献身を褒めたたえたが、その賛辞が式部の心に響かなかったのは言うまでもない。


 やがて位階を極め、名実ともに最強の座に至った式部は自身が限界どんづまりに達したことを自覚する。


 己を高みに引き上げる者への渇望は日を追うごとに強くなり、これまでのようにただ待つだけでは飽き足らなくなった。自らの手で見込みのある者を鍛え上げる、あるいは幼子を一から育て上げるというやり方を模索し始めたのもこの頃からである。


 その試みは最終的に「自分の血と才を受け継いだ子を一から育て上げる」という形に結実した。


 結局、その試みは半ば成功し、半ば失敗に終わる。御剣空はたしかに式部の子であったが、同時に、自分の手元では育てられぬと判断して外に出した子だったからだ。


 だが、長年待ち望んだ相手が目の前にいる事実に比べれば、ここに至る経緯などさいなことである。眼下で膨れ上がるけいの高まりを感じながら、式部は唇の端を吊りあげた。



空装くうそうれい――神を穿つ宿り木たれ(ミストルティン)、ソウルイーター!!」



 極大化したけいたぎりが、夜よりもくらい黒光となって式部めがけて押し寄せてくる。


 それは巨大な矢のようであり、槍のようでもあった。あるいはまっすぐに空を飛ぶ竜のようでもあった。


 迫り来る力を感じ取った光神バルドルが声ならぬ声で回避するように警告してくる。だが、式部はその警告に従う気はなかった。相手の勁技を一目見た瞬間から、それが回避も防御も不可能な一撃であることを悟っていたからである。


 幻想一刀流のおうであるりゅうが、ただ龍を斬るためだけに編み出された剣であるように、そらが放った剣技はただちちを斬るためだけに編み出された剣だった。


 ゆえにかわせない。防げない。他の誰にわからずとも式部だけはそれが理解できる。


 そも、どうしてそんなもったいないことをしなければならないのか、と式部は思う。長年待ち続けた機会、そしておそらくはこの先二度とない機会を回避や防御で消費するなど愚の骨頂。


 これほどの絶技、己が剣のすいを尽くして正面からぶつかり合う以外の選択肢などありえない!



空装くうそうれい――」



 無敵の権能を持つ光神バルドルにとって敗北も死も本来は無縁のもの。だが、神話は光神バルドルの死と、それによって始まる世界の滅びをうたいあげる。


 二度と繰り返してはならないその悲劇を打ち破る一撃こそ光神バルドルが放つ至光の一閃。


 同源存在アニマが宿主の願いを形にしたものがそらの空装だとすれば、式部の空装は宿主が同源存在アニマの願いを形にしたもの。


 しゅかくは異なれど、その絶大な威力に変わりはなかった。



黄昏を退けよ(ネガ・ラグナロク)光神リオスバルドル!」



 空を穿うがつように地上から駆けのぼる黒光と、地を穿つように宙空から駆け下る白光。もはや力の総量を測ることさえできない二つの絶技が激突した瞬間、鬼ヶ島が大きく揺れた。


 あるいは、揺れたのは大陸そのものであったかもしれない。


 父と子が互いの全力を尽くしてぶつかり合い、せめぎ合う神域の闘争。天が震え、地がらぐ激突はいつまでも終わらないかに思われた。


 しかし、拮抗きっこうしていた力の天秤は、やがてひとつの形勢を示し始める。


 少しずつ、けれど確実に均衡は崩れていった――黒が白を吞み込む、という形で。その形勢を覆そうとするかのように白光が勢いを増せば、負けじと黒光がうなりをあげる。


 そして、ついにその時が訪れた。



「はああああああッ!!」


「おおおおおおおッ!!」



 竜の咆哮を思わせるそらの雄叫びが響きわたるや、黒光がひときわ大きく膨れ上がり、とうとなって空高く駆けのぼる。


 式部もまたその勢いを食い止めるべく力をふりしぼったが、黒光はそれすら喰らい尽くして殺到してくる。


 次の瞬間、剣聖の身体は黒い光に吞み込まれ、そして――



「――――ッ!」



 遮る物もないままに、空高く弾き飛ばされた。 



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