151話 二儀一極
言葉もなく、剣聖の刀が空中に弧を描いて襲いかかってくる。
それは嵐のような斬舞の始まりであった。
斬る、斬る、払う、突く、斬る、突く、斬る斬る斬る斬る斬る。
息つく間もない暴風のごとき剣撃を前に、俺は反撃に転じることもできずにひたすら後退を強いられる。心装で相手の攻撃を受けとめる都度、耳が焦げてしまいそうな金属音が音高く鳴り響いた。
剣聖は奥伝を使っていないが、それでもその一刀一刀は重く、鋭い。こうして防戦に徹していてもたびたび剣先が俺の身体を抉っていく。むしろ派手な勁技を使っていない時の方が、父の剣技の冴えが十全に発揮されている気がした。
それに加えて、横からは光神が父に優るとも劣らない剣技で攻め立ててくるのだ。今さらではあるが、本当にでたらめな敵である。
「幻葬一刀流 少陰の型 白之太刀」
このままでは押し切られると判断し、残った力をかき集めて強引に放った四象の奥伝勁技も――
「幻想一刀流 艮の型 山祇」
最後に残った八卦の奥伝で防がれてしまう。どうやら艮の型は俺の籬に似た防御の技らしく、白虎をかたどった俺の勁技を正面から受けとめて小動ぎもしなかった。
予想していたこととはいえ、最後の切り札を防がれた俺は反射的に顔をしかめる。
剣聖が光神のように無敵の身体を持っているのなら、わざわざ防御の技を繰り出す必要はない。また、今の勁技を回避できるのなら、やはり剣聖は防御の技を出さずに回避していただろう。
以上のことから、俺の白之太刀が剣聖に少なからぬ脅威を与えたことは間違いなかった。
それでも、今の俺が繰り出せる最大の攻撃を無傷で防がれたことは確かである。手詰まり、という言葉が脳裏をよぎった。
そして、こちらが打開の手を考える暇もなく、反撃は即座にやってくる。
光神の閃光のごとき鋒鋩が額をかすめ、真一文字に切り裂かれた傷口から鮮血が舞う。
傷自体は即座に癒したが、傷口から飛び散った血が右目に入るのは防ぎようがなかった。
「くッ!」
右の視界が真っ赤に染まるのと、剣聖の突きが肩口を貫いて鎖骨を砕くのはほとんど同時だった。
肩口の傷は今度もすぐに治したが、血で染まった視界はすぐには元に戻らない。ただでさえぎりぎりの攻防を繰り広げていた俺にとって、その影響はあまりにも大きかった。
再び防戦一方に追い込まれた俺は、反撃に移る余裕もなくひたすら防御に徹する。それでも相手の攻撃を捌き切ることはできず、次の瞬間――
ドンッ! という強い衝撃と共に右の脇腹から燃えるような激痛が伝わってきた。死角となった右側から襲いかかった光神の剣が、俺の身体を深々と貫いたのだ。
「ぎ、ぐッ!?」
即座に復元能力を発動させたが、これまでと違って傷はなかなか回復しない。俺は自分の身体から勁が尽きつつあることを悟った。
傷が治らない以上、痛みが消えることはない。戦闘による痛みには慣れているとはいえ、脇腹を貫かれた苦痛を完全に無視することは難しい。
そして、剣聖がその隙を見逃すはずがなかった。これも右方向から振るわれた一撃を、俺は直前に身体をのけぞらせて躱したが、完全に避けきることは出来なかった。
右の瞼がばっくりと割られ、そこから弾けるように血があふれ出る。あと少し回避が遅れていれば右目そのものを断ち切られていただろう。
もっとも、結果としては似たようなものになった。傷口から流れ出た血によって、俺の右の視界は今度こそ完全にふさがれてしまったからである。
そこからはもう一方的だった。
そして、すべてが緩やかに感じられた。時計の針が今この時だけ遅く進んでいるような不思議な感覚。
剣聖の宝刀が、光神の光剣が、俺を冥府に突き落とそうと猛然と打ちこまれてくる。片目がふさがった状況で、その全てを躱すことなど出来るはずもない。
俺は腹と言わず、目と言わず、全身を斬り立てられた。ついには勁で足場を築くこともできなくなり、地面に叩き落とされる。
かは、と口から呼気の塊が飛び出した。同時に、全身から力が抜けていくのを感じる。とうとう『成』の効力が切れたのだ。
それでも俺は勁が尽きた身体を叱咤し、流れ落ちた血で全身を朱く染めながら、敗北にあらがい続けた。
もう反撃する余力はない。あらがったところで先の展望もない。それでも父相手に膝を屈することだけはすまいと、半ば意地になってその場に立ち上がる。
そんな俺に対して、剣聖と光神はかけらの容赦もなく更なる奥伝を叩き込んできた。
「幻想一刀流 陽の型 天獄」
『幻想一刀流 陰の型 地獄』
その奥伝がどのような勁技なのか、視界も意識もかすんでいる俺にはよくわからなかった。
わかったのは空がまばゆく輝き、その輝きが無数の鎖となって俺の両腕を縛り付けて宙づりにしたこと。
そして地面が漆黒に染まり、その中から無数の棘が伸びあがって、宙づりにされた俺の両足に絡みついたこと。その二つだけだ。
技の名前に『獄』とあるとおり、俺は刑死を待つ罪人のように天地双方から空中で縛められている。
宙づりになりながら、俺は何となく思った。
両儀の奥伝は人間などではなく、もっと大きなナニカを獄に封じ込めるための勁技なのだろう、と。そう感じざるをえないくらい、俺を束縛する力は強力だった。
もし俺の勘が当たっているのだとしたら、そのナニカとは何なのか。
ただの幻想種ではないだろう。そこらの幻想種相手なら八卦や四象で事足りる。両儀はその上の存在を討つための勁技であるはずだ。
薄れゆく意識の中でそんなことを考える。その俺の思考を読みとったわけではないだろうが、次に父がとった行動は俺に疑問の答えを教えるものであった。
視界の中で父と光神の姿がゆっくりひとつに重なっていく。心装を納めたわけではなく、光神が自身の力と権能を父に託したのだ。
何故それがわかるのかと言えば、父から放たれる勁圧が倍加した上、光神が放っていた光輝が父の身体から放たれているからである。
光神の勁と無敵の権能を手に入れ、今や全き存在と化した父が笹雪を構える。
そして、父はその勁技の名を口にした。
――幻想一刀流 太極の型 屠龍
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