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143話 空VSラグナ


「――なぜ心装を抜かない?」



 幾度目かの攻防の後、空装を構えたゼノン・クィントスが射るような眼差しで問いかけてくる。


 それに対して、俺は軽く肩をすくめて応じた。



「こちらが心装を抜けないように立ち回っているくせによく言う」


戯言ざれごとを。そなたが心装を『抜けない』のではなく『抜かない』でいることくらい分からいでか!」



 こちらの言い分を喝破かっぱするゼノンを見て、俺は無言で唇を曲げる。


 俺の言ったことは嘘ではない。ゼノンが繰り出したあか之太刀のたちを俺は心装抜きで防いだ。完璧に、とはいかなかったが、青林八旗の旗将の奥伝おうでんを真っ向から受けとめたのである。


 これにより、俺を見るゼノンの目の色は明らかに変わった。


 こうして言葉を交わしている今もゼノンには一切の隙がなく、また、目を皿にして俺の一挙手一投足に注意を払っている。俺が心装励起の「し」の字でも口にしようものなら、その瞬間に相打ち覚悟で躍りかかってくるだろう。今のゼノンからはそれだけの気迫が感じられた。


 この状況で軽々(けいけい)に心装を抜けるわけがない。繰り返すが俺の言ったことに嘘はなかった。


 だが、一方で「心装を抜けないのではなく抜かない」というゼノンの言葉も的を射ていた。


 俺は今、自らの意思で心装を抜かずにいる。


 別段、ソウルイーターと仲違いしたわけではないし、他者から心装を封じられたわけでもない。


 ラグナやクィントス父子に対して「お前らなんぞ素手で十分だ」と余裕を見せつけるためにあえて心装を抜かないでいるわけでもなかった――いやまあ、そういう気持ちがまったくないかと問われれば「ある」と答えるしかないのだが、一番の理由はそこではない。


 俺が心装を抜かない一番の理由は、心装に頼る戦い方を矯正きょうせいするためだった。


 一か月前の俺ならルキウスと戦う時点で確実に心装を抜いていただろう。青林第三旗の副将と旗将の魂を前菜代わりに喰らい、それから父のもとへ向かおうと考えたはずだ。


 そんな俺の戦い方を指してけものである、と指摘したのは中山ちゅうざんの王弟ドーガである。


 そしてもうひとつドーガに指摘されたことがある。


 復元能力にまかせて身体が傷つくことをいとわない、時にはわざと攻撃を身体で受けとめて敵の虚をつく戦いぶりは死人しびとの武である、というものだ。


 敵を喰うことを目的とした戦い方は肉食獣のもの。勝つために己の命を埒外らちがいに置く戦い方は狂戦士バーサーカーのもの。いずれにせよ真っ当な戦士の戦い方ではない。


 ドーガはそのことに警鐘を鳴らしたのである。


 ――こう記すとドーガが俺の戦い方を否定したように聞こえるかもしれないが、別にドーガはふたつの武を否定したわけではない。むしろ、俺がそのふたつを駆使してドーガと真っ向から戦ったことを、誰よりも評価してくれているのはドーガ本人である。


 ただ『魂喰い』と『復元』という強力な能力を前提とした戦い方は、その能力が通じない相手と出会ったときにいちじるしく分が悪くなる。いざというときのため、心装の能力に頼らない戦い方を身に付けておいた方が良い、とドーガは助言してくれたのだ。


 俺はこの助言を受けいれた。ドーガの言葉はもっともだと思ったし、ソフィア・アズライトからも似たような指摘を受けていたからである。


 これから先、俺が戦う相手を想定したとき、魂喰いが通じず復元能力も阻止される、という状況は十分に考えられる。あるいは、方相氏のように心装そのものを封じてくる可能性もあるだろう。


 そのとき、心装に頼る戦い方しか知らない俺には打つ手がない。これは俺の明確な欠点だった。


 だから、俺は鬼界における一月ひとつきのほとんどをこの欠点の克服に費やした。ドーガ相手に、カガリ相手に、ハクロ相手に、さらにはウルスラ、クライア、クリムトとも何度も戦闘を重ねて心装に頼らない戦い方を磨き上げた。


 クィントス父子との戦いはその総仕上げである。この戦いには将ふたり分の魂に優る価値がある。


 そう考え、ゼノンとの決着をつけるべく一歩踏み出そうとしたときだった。



 ――ぞくり、と背筋が震えた。



 怖気おぞけの源は何か、などと考える暇はなかった。俺は反射的に、あるいは本能的にその場から飛びすさる。


 ゼノンも俺と同じ感覚をおぼえたようで、青林旗士の陣羽織をはためかせながら後方に飛んでいた。


 俺とゼノンの視線が同時に横合いに向けられる。



「若……?」



 俺たちの視線の先に立っているのはラグナだった。俺に敗れてから放心したように立ちつくしていたはずの弟が、今は射るような眼差しでこちらを見据えている。


 その視線を向けられるだけで肌がひりついた。全身の血肉がラグナへの警戒をうながしている。


 その事実に思わず眉根を寄せた。


 心装抜きでラグナを一蹴してからまだ四半刻(三十分)もっていない。先ほど対峙したとき、以前よりずいぶん力を付けているな、とは思ったが脅威をおぼえるレベルではなかった。それがうぬぼれでないことは結果が証明している。


 その後、俺がルキウス、ゼノンと戦いはじめても手出ししてくる気配がなかったので、ラグナの存在は意識の外に置いていたのだが――



「心装励起!」



 俺は躊躇ちゅうちょなく心装を顕現させた。できれば剣聖と戦うまでは――少なくとも双璧と戦うまでは心装を出さずにいたいと考えていたのだが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。


 今のラグナ相手に無手はまずいと本能が警鐘を鳴らしている。あるいは、それはソウルイーターの警告だったのかもしれない。


 警戒心を限界まで高める俺の前で、ラグナは静かに口をひらく。



「空装励起――」



 沖天ちゅうてんの勢いでラグナからほとばしる大量のけい。先のゼノンの空装を上回るけいがうなりをあげてラグナの心装を包み込み、黄金の勁刃けいじんを形成していく。


 その圧力に耐えかねたように、ラグナの足元で地面が大きくひびわれた。俺の全身にのしかかる勁圧けいあつは幻想種さえ凌駕りょうがしている。


 押し寄せる死の気配に全身がそう毛立けだった。


 この感覚は先刻のゼノンの空装とは明らかに異なる。おそらく、ラグナの空装はウルスラと同様、それ自体がひとつの勁技けいぎなのだ。


 そう直感した次の瞬間、カッと両眼を見開いたラグナがえるように空装を解き放った。



万物を斬り裂く刃たれ(アダマンタイカ)、ハルパー!!」






 ……初めに感じたのは光だった。次に感じたのは静寂。


 視線の先で黄金の光が静かにきらめいている。時が止まったように物音がしない。空装が行使されたにしてはあまりにささやかな現象だ。


 ――そう思ったせつ、視界がぜた。



「ぐぅぅぅぅ!?」



 眼球を焼かれるような光の奔流。鼓膜が裂かれるような轟音の乱打。


 反射的に構えた心装に凄まじいまでの圧力が叩きつけられた。



「ぬ、が……ッ!」



 心装ソウルイーターが音を立ててきしんでいる。先刻、俺の勁打けいだを受けとめたルキウスの心装オルトロスのように。


 一瞬で悟った。


 この空装くうそうけいは受けとめられない。受け流せない。かわせない。弾き返すこともできない。


 これは不可避の斬撃だ。


 ウルスラの空装のように事象を反転させるわけではない。ただ強く、ただ速く、それゆえに避けられない。そういう種類の斬撃だった。


 と、ここでラグナの口からさらなる咆哮がほとばしる。



「はあああああああ!!」



 押し寄せる黄金の光がみるみるふくれあがり、両手にかかる圧力が倍加する。


 視界を埋め尽くす金色こんじきの斬撃は、俺もろとも背後にひろがる柊都しゅうとの街を両断しようとしているかのようだった。


 というか、実際に俺が押し負けたら柊都しゅうともただでは済まないだろう。先刻のゼノンの奥伝おうでんは精確に俺だけを狙っていたが、今のラグナはとにかく俺を斬るために全力をふりしぼっている感じだ。余波まで考慮しているとは思えない。


 ――俺を倒したいのはわかるが、もう少し後先のことを考えろ!


 そんな風に内心でラグナに文句を言ったときだった。


 不意に過去の光景が脳裏をよぎる。



『兄上、次は負けません!』


『来い、弟よ。返り討ちにしてくれる!』



 それはまだ互いの母親が生きていた頃のこと。踏みにじられるのではなく、踏みにじるのでもない、対等な競い合いができていた頃の記憶だった。


 ラグナは勝負事に負けるたびに次こそはと奮い立ち、負け越し状態で終わりを告げると、あと一回、あと一回としつこくせがんできた。とにかく負けず嫌いだったのである。特に勝負の相手が俺であるときはそうだった。


 そんなことを死闘の最中に思い出す。あるいは、死闘の最中だったから思い出せたのかもしれない。


 まあ、思い出したからといって何が変わるわけでもない。今さらあの頃には戻れないし、戻りたいとも思わない。それはラグナも同じだろう。


 そこまで考えた俺は、自分でもよくわからない理由で唇の端を吊り上げると、弟に負けじと声を張り上げた。



「喰らい尽くせ、ソウルイーター!!」



 抜刀と同時に黒い輝きがふくれあがり、殺到する黄金の光を押しとどめる。


 ソウルイーターの刀身は魔力を、けいを喰う。勁技けいぎを防ぎとめるのにこれ以上の武器はない。


 止めること、流すこと、かわすことはできずとも、喰らうことはできるのだ。


 だが、ラグナの空装はそこらの魔法と違って一振り二振りで喰い尽くせるものではない。そして、喰らっている間の重圧、衝撃はすべて俺の身体で受けとめなければならない。


 全身の骨、全身の関節が悲鳴をあげているのがわかった。



「はああああああああッ!!」


「おおおおおおおおおッ!!」



 期せずして俺とラグナの気合の声が重なり合う。互いのけい、互いの意地がうなりをあげて激突する。


 そうして、一瞬とも、あるいは永遠とも思えるせめぎ合いの果て、決着の時がおとずれる。


 ――最後に残ったのは黒の輝きであった。






 重い足取りで倒れたラグナに歩み寄る。


 青林旗士の陣羽織をまとった弟はすべての力を使い果たし、仰向けになって地面に倒れ込んでいた。


 顔色はよくないが、呼吸はちゃんとしている。そのことに内心で安堵の息を吐いた。


 空装はひとつ間違えれば使い手の命を奪う切り札だ。俺はそのことをウルスラから教えられていた。それゆえ、空装を行使したラグナが死んでしまう可能性を危惧していたのである。


 そんなことになったらエマ様に合わせる顔がなかったところだ。杞憂で済んだのは幸いだった。



「すっきりした顔をしちゃって、まあ」



 俺は気を失ったラグナの顔を見下ろし、ふんと鼻で息を吐く。


 言葉どおり、倒れたラグナは奇妙に満ち足りた表情をしていた。空装を会得した喜びにひたっているのか、自分が勝った夢でも見ているのか、あるいは今の戦いで何か大切なものを見出したのか。


 俺はぼりぼりと頭をかき、ラグナから視線をそらした。


 言いたいこと、聞きたいことはいくらでもあったが、へたに目覚めさせて再戦を挑まれるのは面倒だ。ぶっちゃけ、空装の力を抜きにしても今のラグナとは戦いたくない。


 今回の本命はあくまで父なのだ。ここはさっさと通り抜けてしまおう。



「通らせてもらうぞ」



 俺は短く告げる。気を失ったラグナに――ではなく、ラグナの傍らに控えるゼノンに、である。


 ゼノンはいまだ十分な余力を残しているはずだが、今しがたの俺とラグナの戦いに何を見たのか、すでにその眼差しから戦意は消えていた。


 俺の言葉に小さくうなずくゼノンを尻目に、御剣邸へと続く長階段に足をかける。


 と、ここで俺はあることに気づいて懐に手を入れた。そして、二本の薬ビンを取り出すと、それらをゼノンに向けて放り投げる。



「……これは?」



 放られた薬ビンを器用に受け取ったゼノンが怪訝そうな顔をする。


 俺は肩をすくめて言った。



回復薬ポーションだ。必要なら使え」



 ルキウスとラグナの治療用である。曲がりなりにも命がけで戦った相手に情けをかけられるのは、ゼノンたちにとって屈辱かもしれないが、別にこいつらの感情に配慮してやる義理はない。


 俺としては、後々エマ様に顔向けできなくなるような事態を避けられればそれでいいのだ。


 俺は再び長階段に足をかけると、今度は振り返ることなく階段を登っていった。



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