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133話 総動員令


 俺たちが西都に帰り着いてから三日後、中山王アズマは鬼界全土の鬼人族に対して総動員令を発した。


 これは読んで字のごとく、すべての鬼人族を動員し、敵に対して一大決戦を挑むという布告である。


 男も女も、老人も子供も、富める者も貧しき者も兵士として徴用する『国』にとっての最後の切り札。アズマはそれを切ったのだ。


 目的は鬼門の奪取。敵は鬼人族が言うところの門番――御剣家である。


 無論と言うべきか、この総動員令が発令されるきっかけとなったのは俺が中山にもたらした情報だった。


 当然、アズマは俺の言葉を鵜呑うのみにしたわけではない。カガリからの報告や本殿に残ったスオミからの報告等、いくつもの証言を踏まえて俺の報告が事実だと判断し、決断をくだしたのである。


 ただ、言うまでもないが、御剣家相手に老人や子供を戦力にくみこんでも意味はない。上位旗士にとっては多少の人数の多寡たかなど何の意味もないのだ。勁技けいぎのひとつも浴びせれば、徴用された鬼人たちは木の葉のように燃やされるか、宙を舞うか、いずれにせよ壁にもなれずに命を失うことになる。


 アズマもそのことは承知していた。それでもアズマが総動員令を発したのは――



「光神教が背信した影響を最小限に食い止めるためさ」



 そう言ったのはカガリだった。中山王家の末弟は一、二、三、四と腕立て伏せをしながら言葉を続ける。



「俺たち鬼人族と共に蛇を封じた光神教が実は蛇を崇める集団で、裏で門番と手を組んでいた裏切り者だった。そんな話が広まれば、中山は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。ましてや蛇を封じた聖女が実は蛇の使徒で、三百年前の裏切りの首魁しゅかいだったなんて知られたら最悪だ。鬼人族の中にも光神教徒は多い。下手をすると鬼人同士が殺し合うことになる」



 光神教を受けいれた鬼人の中には兵士もいれば文官もいる。女性もいれば老人もいる。俺が鬼ヶ島で斬ったオウケンのように五山の旧王族の中にもいるだろうし、そもそもカガリの兄ハクロからして光神教徒である。


 そういった人々は教皇の所業など知るよしもなかったわけだが、光神教徒以外の鬼人たちからすれば「俺たちは何も知らなかった」と言われても「はいそうですか」とうなずくことは難しい。


 いきなり殺し合いになることはないにしても、感情的な非難や糾弾は必ず起こるだろう。光神教徒側にしてみれば、自分たちのあずかりしらないことで責められるのだ。感情的に反発する者も少なくあるまい。


 そうして双方が感情に突き動かされるままにぶつかりあえば、口論は遠からず刃傷沙汰に発展するに違いない。


 カガリはなおも言う。



「そうなったらせっかくの統一もご破算だ。俺たちは同胞同士で殺し合い、鬼界は四分五裂の乱世に逆戻り。アズマにいとしちゃ絶対に避けたい事態だよ。かといって光神教の一件を隠そうにも、教皇は死んで本殿は滅茶苦茶。スオミが立て直してるはずだけど、まず間違いなく教団は分裂するし、本殿を離れる信徒だっているだろう。そういう奴らの口を全部封じるのはさすがに無理だ。光神教の背信はいずれ必ず鬼界に広まる」



 いっちにー、さんしーと膝の屈伸をしながらカガリは述べていく。


 俺はカガリの話に耳をかたむけつつ、アズマが総動員令を選択した――選択しなければならなかった理由を口にした。



「どうせ広がってしまうなら、早いうちに国王の口から事実を伝えた方が事態の収拾は楽だな。すべての鬼人族を西都に集めてしまえば、いさかいが起きても大事になる前に止められる。必要とあらば力ずくでな」


「そういうこと。門番との戦いを前に内輪で争えば、それこそ向こうの思うつぼだ。この理屈でたいていの奴らは納得するし、納得できなくても門番との戦いが終わるまで光神教への不満を飲み込むくらいはできるだろうさ」



 何なら光神教徒たちに先陣を任せてもいいしな、とカガリはイチ、ニー、サン、シーと伸脚しながら言う。


 なんだか懲罰兵みたいな扱いだが、光神教を信じていた鬼人たちが御剣家と本気で戦う姿を見せれば、その他の鬼人たちも「彼らもまたあざむかれていたのだ」と信じることができるだろう。


 どうあれ、中山としてはせっかくまとめた同胞が今回の件でバラバラになるのは何としても避けたい。そのためには鬼界各地の鬼人族を一か所に集める必要があり、同時に、内輪もめができないくらい強大な敵をあてがう必要がある。今回の総動員令はそのためのものだったわけだ。


 俺がそう言うと、カガリはうなずきつつ、もうひとつの理由も付け足した。



「鬼界が消えるってのが本当だとしたら、今のうちに手を打っておく必要がある。鬼界全土から同胞を集めるとなると、どれだけ少なく見積もっても一月はかかるからな。男連中だけならともかく、女子供、老人も呼び寄せるんだから余裕はあればあるだけいい。教皇が口にした一年二年は大丈夫っていう言葉を信用するのは人が好すぎるってもんだ」



 中山は俺と同様、最悪の事態を想定して動いているということだろう。言い終えたカガリは身体の調子を確かめるようにその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。


 こうしてみると、今の段階での総動員令はしごく理にかなっているように見えるが、一国の住民を一か所に集めるのだから不利益デメリットも多い。


 単純に考えて、必要な水と食糧を用意するだけでも大変だろう。集めた者たちを野ざらしにするわけにはいかないから、たくさんの住居も必要だ。


 鬼界からの解放という目的があるから士気は十分だろうが、それも永遠に続くものではない。


 人間、寒くて暗くて腹が減っているとロクなことを考えないものだ。ここをおろそかにすれば、将兵の不満は王や王弟に向けられる。


 ようするに、中山は総ての鬼人を一か所に集め、光神教の背信による影響を最小限に食い止め、短期間で御剣家を打ち破らなければならない。そうして門を奪取して大陸に帰還することで、はじめて中山の目的は達せられる。逆に言えば、そのうちの一つでも失敗すれば中山は危機に直面することになるわけだ。


 今回の総動員令は中山にとって背水の陣と言えた。


 ――俺と御剣家の交渉次第では、血で血を洗う大戦になるな。


 そんなことを考えていると、カガリが「準備完了!」と言わんばかりに力強く拳を握りしめながら笑いかけて来た。



「そういうわけだから死合しあおうか、空」


「待て。話がつながってないぞ」



 なんで今の話の流れで俺たちが戦うことになるんだ。しかも今の「しあおう」って、ぜったい「死合しあおう」だよね。「仕合しあおう」じゃなくて。


 いやまあ、確かに話の途中途中で妙に念入りに身体をほぐしているな、とは思っていたけれども!


 俺が異議を唱えると、カガリは不思議そうにはてと首をかしげた。そして、おもむろに説明をはじめる。



「考えてみてくれ。ここで俺と空が死合しあうとするだろ?」


「うむ」


「当然、将兵もそれを見ているわけだ」



 うむ、と俺が再度うなずくと、カガリは人差し指をぴっと立てながら得意げに続けた。



「将兵以外にも、俺たちが本気で戦えば西都中の鬼人たちが気づくだろうな。そいつらは俺と戦っているあの人間は何者ぞって不思議に思って名前を調べるだろう。これで空の名前は西都中、いや、中山中に広がることになる」


「まあ、そうなるか……?」


「そいつらは俺と互角に戦う空を見て、あの人間を敵にまわすのはまずいとも考えるはずだ。敵にまわせないなら味方につければいい。単純な話だろ? アズマにいは空に好意的だし、ドーガにいも空のことを認めてるけど、そうじゃない連中も少なくない。なんといっても空は門番のともがらだし、教皇を滅ぼした当人でもあるからな。見方によってはすべての元凶に見えるわけだ」



 それを聞いた俺は確かにそうだとうなずいた。実際、鬼人族から見れば俺の行動は怪しいどころの騒ぎではないだろう。


 するとカガリはこちらの不安を払うように声を高めた。



「だから、皆の前で俺と死合って実力を示せ、空! そうすれば他の同胞たちも空のことを受け入れてくれるに違いない!」


「なるほど!」


「決して、ドーガにいは空と戦ったのに俺だけ戦う機会がないなんて不公平だ、と思って理屈をこねたわけじゃないぞ!」



 自白してるよ、この王弟。


 いやまあ、カガリレベルの相手と本気で戦えるのは、俺としても願ってもないことなので死合しあい自体は大歓迎なんだけど。


 俺がそう応じると、カガリはからからと笑いながらバンッと胸の前で左右の拳を打ち合わせた。



「さすが話が早い! じゃあ早速いくぜ。あの島で初めて会ったときから、ずっとこのときを楽しみにしてたんだ。心装励起――喰らい尽くせ、饕餮とうてつ!」



 しくもカガリの抜刀の文言は俺と同じだった。


 吼えるような声と共に、大気が音を立ててきしむ。


 次の瞬間、カガリの身体からにじみ出るように、ゆっくりと()()が姿を現した。


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