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第百二十話 その名は


 いつかも述べたが、不死の王は吸血鬼と並び称されるアンデッドモンスターの頂点である。


 吸血鬼のように種としての共通性は持っておらず、不死の怪物として一定の領域に踏み込んだモノがそのように呼ばれている。


 俺が過去に遭遇した不死の王はふたり。ティティスの森で戦ったシャラモンと、カタラン砂漠で姿を見せたラスカリスだ。


 教皇が本当に不死の王だとすれば、俺は三度目の遭遇を果たしたことになる。そして、教皇があのふたりと同じく夜会の関係者だとすれば、向こうにとって俺は同志シャラモンの仇。


 とっさに警戒しつつ、そのあたりを確認してみたところ、教皇はおとがいに手を当てて「はて?」と首をかしげた。



「シャラモン、ですか? 聞きおぼえのない名前です。そも、夜会というのはいったい何なのですか?」



 真顔で問い返された俺は返答に困った。夜会が何を目的として動いているのかなど知らないのだ。


 シャラモンはノア教皇の命を狙っていたが、あれは夜会の目的というよりシャラモン個人の行動だろうし。


 とりあえず、知っていることだけを告げてみる。



「ラスカリスが主宰しゅさいする不死の王の集会と聞いています」


「ラスカリス」



 今度は反応があった。


 教皇はわずかに目を細めてその名を呟くと、俺の目をのぞきこむようにして言葉を続けた。



「シャラモンと夜会については存じませんが、ラスカリスの名は知っています。あの神代の亡霊はまだ常世とこよをさまよっているのですね」


「亡霊?」


「はい。かつて暴虐と放埓ほうらつの限りを尽くして神に滅ぼされた黄金帝国インペリウムという国がありました。アレはその最後の王です。そして、神の裁きにあらがうために悪魔に魂を売りわたし、その対価として永遠を得た愚か者でもあります」



 ラスカリスについて淡々と述べていく教皇。


 声音は穏やかだったが、ラスカリスを愚か者と呼んだときの口調はぞっとするほどの奥深さが感じられて、とても嘘をついているようには見えなかった。


 ――まあ、三百年を生きた存在に俺程度の洞察力が通じるとも思えないので、教皇が裏でしれっとラスカリスと通じている可能性もなきにしもあらずである。ただ、そんな嘘をつくくらいなら、そもそも単身で俺の部屋を訪れて素顔をさらした挙句、不死の王であることを肯定したりはしないだろう、とも思う。


 光神教の教皇が不死の王であるという事実は、鬼界がひっくり返るレベルの秘密である。たわむれに他者にもらしてよい情報ではない。実際、教皇が面紗ヴェールで顔を覆っているのは、信徒たちに自分の正体を知られないようにするためだろうし。


 にもかかわらず、教皇は俺に秘事を明かした。そこに深い思慮があることは容易に察せられる。


 教皇は自分が不死の王であることを知らせた上で――別の表現を用いれば、三百年前の真実を知っていると明かした上で俺に伝えたいことがあるのだ。


『一度鬼門をくぐれば、望むと望まざるとにかかわらず、そなたは彼の地にうずまく三百年の怨讐と直面することになろう』


 帝都で聞いたアマデウス二世の言葉が脳裏をよぎる。


 今がまさにその時なのだ、と俺は直感した。



◆◆



 コツ、コツ、コツ、と単調な足音が響いている。


 見せたいものがあると言う教皇に連れられるまま、大聖堂を奥へ奥へと進んでいる。もうけっこうな時間(ある)き続けていると思うのだが、前を進む教皇が足を止めることはなかった。


 いったいどこに連れていくつもりなのか。そもそもこの通路はどこに続いているのか、と内心で首をかしげる。


 後ろを振り返れば、ここまで歩いてきた通路が暗がりに沈んでいた。延々とまっすぐに伸び続ける通路に窓はなく、外の景色を確かめることはできない。ときおり燭台が置かれている以外は調度品もなく、殺風景といえばこの上なく殺風景である。


 俺の感覚からいうと、俺たちはとうに都市の外に出ているのだが、それでも通路はまだまだ続いている。西の丘から本殿を見下ろしたとき、城壁の外にこんな通路が伸びているのは確認できなかった。ということは、この通路は西からでは城壁に遮られて確認できなかった方角――東に向かって伸びているのだろう。


 つまり、俺はあの光の城壁の内側に入り込んでいるのだ。となれば、この先に待ち受けているのは東の果てに封じられている蛇ということになる。


 一瞬、前を歩く教皇の後ろ姿が生贄おれを神に捧げようとする狂信者に思えて、ぞくりと肌が粟立あわだった――まあ、向こうの正体が不死の王だと判明している時点で今さらな話ではあるのだが。


 そういえば、アマデウス二世に龍穴へ案内してもらったときも似たようなことを感じたな、と思って苦笑する。


 なお、通路に足音を響かせているのは俺と教皇のみである。教皇の正体を知ったクライアは付いてきたがったが、俺が止めた。


 教皇は明らかに俺に関心を向けており、もっと言えば俺にしか関心を示していない。俺に対して罠を仕掛けることはないだろうが、それが第三者クライアにも適用されるかはわからないのだ。


 それに、クライアを連れていくことで教皇の口が重くなり、真実が遠のいてしまう恐れもある。そういったあれこれを踏まえて、俺はクライアに待機するよう告げたのである。


 このところ、クライアは俺をあるじとして仰いでおり――呼びかけも空殿から空様に変わっている――俺の言葉に否とは言わなかった。ただ、四半刻(三十分)経っても俺が戻って来ないようだったら後を追います、とは言われた。


 真剣そのものといった眼差しは「必要とあらば実力行使もためらいません」と言外に告げており、俺はこくこくと頷くしかなかったもんである。


 と、ここで前を行く教皇が、こちらを振り返ることなく口をひらいた。



「三百年前、この世界には今とは比べ物にならない数の幻想種が跋扈ばっこしていました。多くの国が滅び、多くの人々が亡くなり、それでも人間同士の争いは絶えなかった。道理はすたれ、人倫じんりんは排され、大陸は麻のごとく乱れに乱れ……およそ末世まっせとはあのような有り様を指す言葉なのでしょう」



 そう言うと、教皇は振り返って俺の目を見る。



「それは青林島せいりんとうも変わりありませんでした。むしろ、より深刻な危機に直面していたといえるでしょう。何故といって、青林島には龍穴が存在したからです。方相氏によって封印されてはいましたが、その封印はいつ解けても不思議はないくらい脆いものでした。事実、方相氏は幻想種の出現を許し、この討伐のために多大な犠牲を出しています。その中には時の御剣家の当主も含まれていました」



 語られた情報は俺の見た過去の記憶と合致するものだった。


 ただ、記憶にはなかった部分もあり、俺はそれについて問いかける。



「青林島にも龍穴があったのですか?」


「はい、そうです。そして三百年前、最後の戦いが起きたのも青林島でした。島の龍穴から現れた幻想種の王を討伐するため、人々は力を合わせて戦いを挑んだのです」


「なるほど。それがあなたがこの地に封じたという蛇なのですね」



 俺がそう応じたのは確認のためだった。眼前の人物がいったい何者であるかの確認だ。


 今さらではあるが、教皇は不死の王であることを肯定しただけで、まだ一度も名前を名乗っていないのである。俺が過去の記憶からソフィア・アズライトであろうと推測しているにすぎない。


 かつてドーガは次のように述べていた。



『我らの始祖が身命を賭して戦った幻想種の王。の蛇は今なお世界を洗い浄めんとして、東の地でとぐろを巻いておる。わしは人間を好かぬが、三百年前に蛇を封じた光神教の聖女には敬意を払っておるのだ』



 蛇を封じた者の名はソフィア・アズライト。


 ここで教皇が俺の問いにうなずけば、眼前の人物は三百年前の聖女で確定する。


 俺としては引っかけというにも値しない簡単な確認作業のつもりだった。しかし、教皇の反応は思いのほか鋭いものだった。



「その呼称を用いるのはおやめください。鬼人族はその無知ゆえに三百年にわたってごくにつながれることになりました。その覆轍ふくてつを踏むことはありません」


「……なに?」



 予想外の返答に、思わず素の声が出てしまう。


 呼称というのは蛇のことだろう。それはわかる。


 三百年の獄というのは、鬼人族が鬼門の中に封じられ、過酷な環境で生きることを強いられたことを指しているのだろう。それもわかる。


 わからないのは教皇がそれを口にすることの意味だ。


 これではまるで教皇が幻想種の側に立っているようではないか――反射的にそう考えた俺は、すぐに帝都でアマデウス二世に聞いた言葉を思い出した。


 まるでも何も、光神教はもともと幻想種の側に立つ者たちという話だったではないか。


 光神教が鬼界で鬼人族と共に生きている現実を目の当たりにしてきたので、いつの間にかそのあたりの齟齬そごは考えないようになっていたが、今の教皇の言葉は当初の情報を肯定するものである。


 それが意味することについて、さらに考えを進めようとしたとき、その思考をさえぎるように教皇の声が耳朶じだを揺らした。



「人は大地に走る原初の力を指して龍脈と呼び、原初の力の噴出地を指して龍穴と呼びます。であるならば、原初の力の具現たる存在を指して何と呼ぶべきかは明瞭でありましょう」



 その言葉が終わるのを待っていたように視界に光が差した。ようやく通路が終点を迎えたようだ。


 通路を一歩出た瞬間、そこはもう外だった。もう見慣れた感のある荒涼たる鬼界の大地。


 頭上を振り仰げば、太陽はあいもかわらずほのかな光をたたえるだけで、陽光を浴びる心地よさは微塵も感じられない。


 それでも、視界に映る『それ』を映し出すには十分だった。


 赤茶けた大地に穿うがたれた大穴と、その大穴から天をくように伸びた巨躯。


 背に翼を生やし、両の腕を持ち、今この瞬間もおぞましい瘴気しょうきを放ち続けている人面蛇身の幻想種――いや、これは幻想種ではない。幻想種の王ではあっても幻想種ではありえない。


 これはもっと別の存在だ。幻想種よりもはるかに高い存在だ。俺ではなく、俺の中のソウルイーターがそう断じていた。


 その思いを肯定するように、教皇はおごそかに告げる。



「これにましますは人の智のおよばざる尊き御方。原初の力の具現。堕ちた星の精霊。浄世じょうせい大願たいがんの執行者。すなわち、龍です」




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