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第百六話 聖喰

いつもよりかなり短いです。さーせんm(__)m


 蔚塁うつるいが繰り出した聖喰ひじりばみは、けいを封じる礙牢げろうの効果を刀に込める剣技である。


 本来は術者を基点として周囲一帯に展開させる結界を、武器を基点として刀身の周囲という極々(ごくごく)限定的な空間に展開させる、ある種の魔法剣。


 これを用いれば、敵が放つ勁技けいぎを斬り裂くことも、けいによる防御シールドを打ち破ることも容易である。効果が限定的である分、礙牢げろうよりも短時間で発動できるという利点もあった。


 もちろん簡単に修得できるものではない。


 礙牢げろうは修得に十年以上の歳月を要する方相氏の秘奥ひおうである。その秘奥をさらに精密かつ変則的に行使するのだから、修得のための難度は礙牢げろう以上に高い。


 くわえて、使い勝手もいいとは言い難い。というのも、武器に礙牢げろうの効果を込めるような迂遠うえんな真似をせずとも、普通に礙牢げろうを展開すれば、敵は勁技けいぎを放つことはできず、けいで身を守ることもできないからだ。


 聖喰ひじりばみの方が発動は速いとはいえ、効果範囲などを考えれば、戦闘においてどちらが有効なのかは火を見るより明らかであろう。


 儺儺式ななしき使いに求められるのは、まず礙牢げろうを極めること。その上で礙牢げろうが通じない敵が現れたとき、あるいは礙牢げろうを展開させる隙がない敵と対峙したとき、はじめて聖喰ひじりばみは意味を持つ。


 蔚塁うつるいにとって、ウルスラはまさしくこの条件に該当する敵だった。切り札を出すのに躊躇ちゅうちょする必要はない。


 抜く手も見せずに繰り出された聖喰ひじりばみは、正確にウルスラの左肩をとらえた。けいによる防壁シールドを斬り裂き、肩肉を断ち割り、鎖骨を打ち砕いて、さらに心臓めがけて身体をえぐっていく。


 百戦錬磨の蔚塁うつるいをして「勝った」と確信させる会心の一刀。


 だが、蔚塁うつるいは勝利を確信してはいても、油断してはいなかった。それゆえ、空装を励起させたウルスラの動きに即座に反応することができた。


 蔚塁うつるいめがけて振るわれるウルスラの紅い刀。右腕のみで振るわれた反撃は、重傷を負った直後とは思えないほど鋭かったが、それでも蔚塁うつるいは十分な余裕をもって後方に飛びすさり、相手の攻撃に空を斬らせた。


 斬らせた、はずだったのだが。


 直後、蔚塁うつるいの左肩から右腰にかけて、焼けるような熱が走った。



「ぐ――ごふ!?」



 不審をおぼえる間もなく激痛が弾け、蔚塁うつるいの口から鮮血があふれ出る。


 自身が斬られたことを悟った蔚塁うつるいは、ばかな、と内心でうめいた。相手の反撃は確かにかわしたはずだ、と。


 幻想一刀流にははやてのように斬撃を飛ばす勁技けいぎもあるが、今のはそのたぐいの攻撃ではなかったと断言できる。


 なぜ断言できるかと言えば、防具や衣服はまったく傷ついていないからである。ウルスラの攻撃は、武器の間合いの外から、防具も衣服も透過して身体だけを斬り裂いたのだ。


 事実上、回避不可能の斬撃を浴びせられ、蔚塁うつるいは再度内心でうめく。


 空装は同源存在アニマの力を限界まで引き出した心装使いの最終奥義。今日まで多くの心装使いと戦ってきた蔚塁うつるいはそのことを知っていた。実際に空装を励起させた敵と対峙したこともある。


 ある者は山をひとつ吹き飛ばし、ある者は街をひとつ灰塵に帰し、ある者は大地に消えることのない大穴をえぐった。


 それらに比べれば、ウルスラの技は威力において及ばない。


 しかし、だからといって脅威ではない、という図式は成り立たない。むしろ、空装の莫大ばくだいな力を斬ることにのみ特化させ、必中の斬撃に昇華せしめたウルスラの技は、これまで蔚塁うつるいが対峙してきたどの空装よりも危険だった。直前の攻撃で深手を負わせていなければ、今の一刀で心の臓を断ち割られていたかもしれない。


 蔚塁うつるいは鬼面の下の顔を歪めながら考える。


 即座に次撃を放ってこないところを見るに、何の制約もなしに放てる技ではないのだろう。過去に空装を励起させた者の中にも、蔚塁うつるいが斬るまでもなく、技を放った直後に命を落とした者もいた。


 ウルスラは見るからに若く、おそらくまだ二十歳に届いていない。そんな年齢の剣士が同源存在アニマを完璧に統御できるとは思えないから、おそらく相当の無理をして放った一刀だったと思われる。


 言葉をかえれば、これからウルスラが年齢を重ね、力をつけていくに従って、今の攻撃はより完璧なものに近づいていくということである。


 武器の間合いの外から、相手の防御を無視し、的確に身体を――否、心の臓を断ち割ることのできる必殺の剣。それは剣聖にも手が届く究極の一刀だ。


 蔚塁うつるいはぶるりと背を震わせた。それがたぐいまれな才能を持つ若者への畏敬によるものか、あるいはそんな敵と巡り合い、戦うことのできる喜悦によるものかは分からない。


 ただ、この旗士は必ずここで仕留めなければならない――その一事だけははっきりと分かった。さもなくば、眼前の敵は必ず浄世じょうせいの大願を妨げる障害になるだろう。


 その一念をもって全身をかけめぐる激痛を押さえ込み、喉奥からあふれ出す血を無理やり飲み下した蔚塁うつるいは、ウルスラに向かって一歩いっぽ足を踏み出した。



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