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第九十九話 誤解


 結論からいえば、中山王アズマは誤解していた。


 どうやら俺が御剣家において当主の意向に逆らえるだけの権限ないし立場を持っている、と考えていたらしい。別の言い方をすれば、俺のことを反主流派の筆頭と見なしていた。


 いったい何をどうすれば俺のような若造がそんな地位にいると誤解できるのか。内心であきれつつ理由を探ってみると、原因は以前にスズメからもらった腕輪にあった。


 鬼人族に伝わる無病息災を祈る腕輪。カガリやドーガも注意を引かれていたそれを見たアズマは、俺が鬼門の外で生き残っている鬼人族と友誼ゆうぎを結んでいると考えた。


 それ自体は間違いではない。たしかに俺は鬼人であるスズメと友好的な関係を築いていると思う。だが、それは俺とスズメの間で結ばれた関係であり、御剣家が鬼人族への態度を改めたわけではない。


 そこをアズマは誤解した。俺と結びたいという申し出は、御剣家の反主流派と友好関係を築きたいという意味だったわけだ。


 まあ、向こうは俺が御剣家を追放されたことを知らない。その上で鬼門を通ってやってきた俺を見たのだから誤解するのも無理はないかもしれない。クライアとウルスラも、見ようによっては俺の部下に見えるだろうし。


 ともあれ、相手の誤解に気づいた俺はすぐにそれを指摘して誤解を解いた。俺は御剣家において何の地位もない人間であり、俺と結んだところで意味はない、と。


 それを聞いたアズマは驚いたように目を見開いた。つけくわえれば、ドーガも目をいて驚きをあらわにしている。どうやら、アズマだけでなくドーガも、俺のことを御剣家の重臣であると考えていたらしい。


 門番どもはおぬしのような者を野に置いているのか、とドーガが呆れたようにつぶやいているのが聞こえてくる。


 敵の重臣だと考えて丁重に接していた相手が無位無官だと判明したのだから、ここからの話し合いは荒れそうだ、と俺は思った。正直、相手の誤解をそのままにしておいた方が話は進めやすかっただろう。クリムトを捜すための協力も得やすかったに違いない。


 しかし、こちらがクリムトのことをたずねたとき、誠実に対応してくれた相手に虚偽で応じるのは礼にもとる。交渉に長けた王族相手に嘘をついたところでボロが出るだけだ、という思いもあった。


 で、結果はどうなったかというと、俺たちの中山滞在は穏便に認められた。部屋も男性用と女性用の二部屋を与えられたので、いちおう引き続き客として扱ってくれるようである。外出の際には案内役という名の監視役がつくことになったが、これは仕方ないだろう。


 とりあえずクリムトを捜す拠点は確保できたのだ。向こうには向こうの思惑があるに違いないが、当面は西都を中心に活動することにしよう。俺はそう考えて、ほぅ、と小さく息を吐きだした。





「まずは一段落、といったところかな」



 クライアと共に女性部屋に移ったウルスラは、はふ、と気の抜けた息を吐く。ドーガ相手に四日近く戦っていた空には及ぶべくもないにせよ、ウルスラもウルスラでけっこう疲労を溜めこんでいたのである。


 鬼門をくぐってから――いや、それ以前に空と再会してからまだ六日と経っていない。まさか自分が鬼人族の都に足を踏み入れることになろうとは、六日前のウルスラは想像すらしていなかった。


 急流で川下りでもしているような六日間。それでもクリムトを捜し出すという目的まであと一歩のところまでこぎつけている。幸運に恵まれたのは確かだが、その幸運をつかむことができたのは空の行動力あってこそだ。案外、空の真価は剣の腕よりもこちらの方にあるのかもしれない。


 そんなことを考えながらウルスラが隣の寝台に目を向けると、そこでは白髪はくはつの友人がすうすうと寝息を立てていた。


 空もウルスラも疲労しているのだから、クライアが疲れていないはずはない。クリムトという心労がある分、ウルスラより消耗は激しいだろう。寝台に横になった途端、クライアが一瞬で眠りの国に旅立ったのは当然といえば当然のことであった。


 ウルスラもクライアにならって横になりたかったが、さすがに鬼人族の本拠地で見張りも立てずに眠りこけるのは不用心であろう。そう思い、こうして不寝番を務めている。


 別段、アズマやドーガが前言を翻して襲撃してくると考えているわけではない。もし鬼人たちに殺意があるのであれば、ここに来るまでに機会はいくらでもあった。あのふたりの言動に嘘はないだろうとウルスラは判断している。


 だが、それは鬼人族に隙を見せていい理由にはならない。へたに隙を見せれば、アズマたちはともかく、配下の鬼人たちが襲撃の誘惑に駆られるかもしれない。もっといえば、アズマたちとて状況が変わればいくらでも手のひらを返すだろう。


 ウルスラは心の深い部分で鬼人を信用しておらず、それが疑念の温床となっていた。


 口に出して言わないのは、その不信が鬼人に父を殺された過去に起因していることを自覚しているからである。空たちがクリムトを捜すために懸命になっているとき、己の私怨を持ち出して事態を引っかきまわすような無様を晒すつもりはなかった。



「だからといって、過去を脇において行動できるわけでもないんだけどね」



 苦笑して肩をすくめたウルスラは、気分を変えるために大きく深呼吸する。そして、ぺちり、と強めに頬を叩いた。


 それが功を奏したのか、脳裏にちらついていた四ツ目の鬼人の姿は掻き消え、かわりに先ほどの空とアズマの姿が浮かび上がってくる。


 あのふたりの会話はウルスラにとってもなかなか興味深いものだった。



「空は中山王が誤解をしていると言っていたけれど、空も空で誤解をしているよね」



 クライアを起こしてしまわないよう、ウルスラは小声で己の考えを口にする。


 たしかに今の空は御剣家中で何の地位にも就いていない。廃嫡されたかつての嫡子、それが空の立場のすべてだ。


 その意味でアズマはたしかに誤解していた。しかし、では空が御剣家中に何の影響力も持っていないのかと問われれば、答えは否である。


 先の鬼神討伐以来、家中における空の存在感は高まる一方で、司徒しとギルモアなどは空が嫡子に返り咲くことを恐れて様々に策動していると聞く。それはつまり、四卿の一角であるギルモアでさえ空の存在を無視できなくなっているということだ。


 空が誤解しているのはこの点である。地位がないことと影響力がないことは必ずしも一致しない。


 その点、今の段階で空を反主流派と見なし、盟約を結ぼうとしたアズマはたいした慧眼けいがんの持ち主なのかもしれない、とウルスラは思っている。


 つけくわえれば、御剣家中における空の影響力は今後ますます大きくなっていくだろう。


 ウルスラは隣で眠っている友人に視線を向ける。


 島抜けまでしたクライアが御剣家に帰参することは難しい。クライア自身、弟を捨て駒扱いした御剣家に戻るつもりはあるまい。


 となれば、クライアが空に従うのは必然だった。ここまでの言動をかえりみても、クライアと空にその意思があることは明白である。


 黄金世代に名を連ねるクライアが島抜けをし、御剣家およびベルヒ家を離反する形で空の下につく。そうなればギルモアは間違いなく空の排除に動くだろう。そして、ギルモアが動けば、ベルヒ家と対立しているスカイシープ家やシーマ家も動くに違いない。


 今回のクライアの島抜けで、ベルヒ家に不信を抱いているのはウルスラばかりではない。四卿を独占する動きを見せるベルヒ家を警戒している家も多い。家中で反ベルヒ勢力が形成される可能性は十分にあった。


 ベルヒ家は嫡子であるラグナを擁立ようりつしている。となれば、反ベルヒ勢力はラグナの対抗馬として空を擁立ようりつしようとするだろう。空がその気になれば、アズマの誤解――御剣家の重臣にして反主流派の筆頭という地位を得るのはさして難しいことではないのである。


 今回の一件は、一歩間違えれば御剣家に大乱を引き起こすきっかけになりかねなかった。


 そこまで考えたウルスラは腕を組んで首をかしげる。



「問題は、僕が考える程度のことは旗将きしょうも、それに御館様もわかっているはずだってことなんだよね」



 どうして式部は、空の行動が家中の乱れにつながるとわかっていながら鬼門を通る許しを与えたのか。皇帝の許しがあるから仕方なく応じたわけではあるまい。そこには何らかの思惑があるに違いない。


 それに、ディアルトがウルスラを同行者に任じた理由も気にかかる。ウルスラがクライアの件でベルヒ家に不信を抱いていることはわかっていたはずだ。他にベルヒ家の意向を汲んで動ける旗士がいくらでもいるにもかかわらず、あえてウルスラを選んだのはどうしてなのだろう。


 まさか、ひそかにクライアのことを案じ、友人であるウルスラに白羽の矢を立てたわけでもないだろうが……


 その後も、ウルスラはしばらく頭を回転させ続けたが、結局これといった解答は出てこなかった。



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