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第九十八話 鬼人の都


 荒野を駆ける麒麟きりんは飛ぶように速く、川下りでもしているように周囲の景色が視界の左右を流れていく。


 実に爽快そうかい――と言いたいところなのだが、戦車の速度は車体の揺れに比例しており、そこが難点といえば難点だった。ようするに、すごく乗り心地が悪いのである。


 普段であればなんということもないのだが、体力を消耗している今の俺にはけっこうきつい。実はドーガの嫌がらせではあるまいか、とこっそり疑ったのだが、御者席に座る鬼人の後ろ姿からはそういった底意地の悪さは感じられなかった。


 邪推を恥じた俺は、こうなったら西都とやらに着くまで耐える他あるまいと覚悟を決める。さすがにこの状況で「酔いそうなので速度落として」とは言えなかった。


 と、ここで隣に座っていたクライアが口をひらく。



そら殿、おつらいようでしたら横になりますか?」



 そういってぽんぽんと己の膝を叩くクライア。俺たちが座っている席はかなり狭く、俺とクライア、ウルスラが座っている時点で隙間はほとんどない。そのため、俺が横になる空間スペースはないのだが、クライアの膝に頭を乗せればぎりぎりいける。


 つまりクライアは、膝枕をしますよ、と申し出ているわけだ。



「目をつむって横になっているだけでも、ずいぶん楽になると思います」



 そう口にするクライアの顔に照れはない。もちろん冗談を言っている様子もない。純粋に俺を心配してのことらしい。


 そんな申し出をしてしまうくらい、今の俺は顔色が悪いのかもしれない。まあ不眠不休で戦い続けた直後なので当然といえば当然なのだが。



「そうだな……よし、頼む!」



 俺はさして迷いもせずにクライアの緋袴ひばかまに頭を乗せた。


 西都まではまだしばらくかかるだろうから、休めるときに休んでおくのは大切なことだ。それに、俺があまり外の景色ばかり見ていると、西都までの地理をおぼえようとしていると誤解されてしまうかもしれない。クライアの膝に頭を乗せておけば、そんな誤解を受けることもないだろう。


 まあ、目隠しも何もされていない時点で、都の位置を把握されることは鬼人側も織り込み済みだと思うが、念には念を、である。


 俺が膝枕を実行に移すと、クライアはくすりと微笑み、白く細い指で俺の髪を優しくいた。


 クライアの指は剣士らしく節くれだっているが、それでも俺に比べれば十分にたおやかであり、髪を撫ぜる動きは心地よい。もともと疲労の極みにあった俺の意識は、その心地よさにあらがうことができなかった。


 激しい揺れも今は気にならない。俺は眠るというより、ほとんど気を失うようにして意識を手放した。





 俺たちが西都に到着したのは、それからまるまる一日が経過してからである。


 その間、アズマやドーガはずっと戦車を走らせていたわけではない。幾度かの休憩を挟み、食事をとり、時には行く手をさえぎる魔物を倒したりもしたが、特筆すべきことは何もなかった。


 強いていうなら、クライアの膝枕は思いのほか回復効果が高い、という事実が明らかになったくらいだろうか。


 膝枕に味をしめた俺を見て、ウルスラとドーガは露骨にあきれた顔をしていたが、クライアは楽しそうに笑っていたので問題はないと思う。たぶん。


 そんな(しょうもない)一幕を経て俺たちは西都に到着した。


 実のところ、俺は鬼人の都に対してある種の予測――というより期待を抱いていた。


 三百年にわたって御剣家と戦い続けてきた鬼人族の総本山なのだ。きっと堅牢にして壮麗、かつ歴史を感じさせる偉容を誇っているに違いない。そういう期待である。


 だが、現実の西都は俺の期待よりも少し……いや、かなり貧相だった。歯にきぬ着せずにいえば、とてもしょぼい。


 いや、たしかに都市としての規模は大きいのである。城壁もそれなりに立派だ。


 だが、鬼ヶ島に来る途中に立ち寄ったアドアステラの帝都イニシウムに比べれば、西都のそれは平凡の域を出ない。


 城門をくぐり、城内に踏み入っても俺の感想が変わることはなかった。


 城内には多くの家や建物が立ち並んでいたが、ほとんどが木造茅葺(かやぶ)きであり、中には枯れ木と古布だけでつくられた掘っ立て小屋も見受けられた。これではひとたび火事が起これば、火は瞬く間に街中に燃え広がってしまうだろう。


 そういう事態を防ぐため、家と家の隙間をあけたり、要所に井戸を設置したりといった対策をとっているようにも見えない。ようするに、街並みに計画性がまったく感じられないのである。


 おそらく西都は、カナリア王国の王都ホルスのように明確な都市計画のもとに発展した都市ではないのだろう。場当たり的に区画を拡大して大きくなっていった都市なのだと思われる。


 これではおのずと発展の余地も狭まってしまう。一国の都としてはお粗末と言わざるをえなかった。


 王都がこれなのだから、地方の街や村の状況も推して知るべしであろう。


 過去、御剣家が鬼界に領土を広げようとしなかったのは、けいの消耗を強いる風土が原因だとばかり思っていたが、もっと単純に領土を広げる実利がなかっただけなのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに俺たちは王宮――王府に到着する。そのまま客室とおぼしき部屋に案内され、そこであらためてアズマと話すことになった。


 ちなみに同席しているのはドーガだけで、他の重臣はもちろん侍女や護衛の姿もない。


 振り返ってみれば、アズマは西都に着いてから、ドーガに命じて戦車に矢避けのすだれをめぐらせるなどして、極力俺たちの姿を人目に晒さないようにしていた。人間を都に招き入れたことをあまりおおやけにしたくないのだろう。


 臣民の動揺を懸念してのことか、あるいは配下の鬼人が命令を無視して人間おれに襲いかかる危険性を考慮してのことか。


 いずれにせよ、それほどの手間をかけてまで俺を王都に招く理由がアズマにはあった、ということである。話の内容が気になるのは当然だった。


 ただ、俺はそれについて話す前に、クリムトの件を片付けてしまうことにした。クライアは急かすようなことは何もいわないが、それでも弟の身を案じて胸を痛めていることは間違いない。


 アズマの話の内容次第では、この場で戦いになる展開も十分考えられる。その意味でも先にクリムトの安否を確かめておいた方がいい。そう思って口をひらく。



「――ほう。私の命を狙って鬼界にやってきた青年、か」



 事情を聞いたアズマは苦笑ぎみにうなずくと、もったいぶることなくこちらの問いに応じた。



「結論からいえば、ここ一月ひとつきの間に私が人間の刺客に襲われたという事実はない。また、人間を捕らえたという報告も届いておらぬ。その青年が生きている可能性はあるだろう」



 それを聞いた俺は、そっと胸をなでおろした。アズマの言葉は必ずしもクリムトの無事を保証するものではなかったが、少なくとも「すでに処刑した」といったような確定した死を突きつけられる展開は避けられたわけである。


 思わず安堵の息がこぼれた。言うまでもないが、クリムトの身を案じてのことではない。姉であるクライアの心中を思いやっての行動だった。


 アズマはそんな俺に視線を向けつつ言葉を重ねる。



「しかし、無事であると断言することはできぬ。鬼界は蛇の呪いが渦巻く怨毒えんどくの地だ。領域の大半は濃い瘴気しょうきに覆われ、鬼神の加護を受けた鬼人族でさえ長期の単独行動は耐えがたい。何の加護も持たない人間にとってはなおのこときつかろう。ひとりで鬼界にやってきた青年が、誰の援助も受けずに今日まで無事でいられるかどうか」



 アズマは難しい顔で首をひねる。クリムトが生きている可能性は高くない、と考えていることはその表情からも明らかであった。


 兄のかたわらに控えていたドーガが、ふん、と鼻息を吐いて言葉をつけたす。



「この地には心装使いでも手こずる凶暴な魔物が多く徘徊はいかいしている。あまり期待はせぬことだ。言うまでもないが、仮にその者が生きていたとしても、兄者に刃を向けた時点で必ず殺す。そのことはあらかじめ言明しておくぞ」



 ドーガはそういってぎろりと俺を睨みつけた。


 俺は肩をすくめてうなずく。



「承知した。そうならないように努めよう。ついてはクリムトを捜すために中山領を歩く許可をいただきたいのだが、いかがだろうか。もちろん人間であることは隠すし、騒ぎを起こさないことも約束する」


「それは……」



 ドーガが露骨に嫌そうな顔をしながら兄を見る。


 できれば拒絶したいが、自分の望みがかなわないことをすでに悟っている――ドーガが浮かべているのはそんな表情だった。


 はたして、アズマは俺の申し出を一考もせずに快諾する。



「かまわない。むしろ、願ってもない申し出だ」


「願ってもない、というと?」


「私の話もそれに関わることであるからだよ、そら殿。私は――いや、中山はけいと結びたいと考えている。そのために私はけいを西都に招いたのだ」



 アズマの言葉を聞いた俺は目を瞬かせ、首をかしげる。


 率直にいって、眼前の中山王が何を言っているのかまったくわからなかった。



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