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第七十八話 中山の四兄弟(一)


 それは空とクライア、ウルスラの三人が鬼門をくぐる少し前の出来事。




 鬼門内部に広がる荒漠たる大地のことを、この地で生きる鬼人族は鬼界きかいと呼びならわしている。


 鬼界は広大であるが、その大半は不毛の荒野であり、鬼人たちが生活できる領域はごくかぎられていた。


 鬼人族の歴史とは、すなわち、このかぎられた土地をめぐる争奪の歴史である。


 侵し侵され、奪い奪われ、殺し殺される。そんな血みどろの乱世が何十年と続いた。


 そんな中、一つの王国が急速に勢力を伸張させはじめる。


 その国の名は中山ちゅうざん。率いる王の名はアズマ。


 もともと中山は五山ござんと称される列強の一角だったが、戦乱の中で一度は滅亡を迎え、アズマが国を継いだころには凡百の小国に成り下がっていた。


 いや、小国という表現さえ、当時の中山には過大であったろう。先代の王は殺され、領土は奪われ、国庫はからっぽ。当時、二十歳に満たなかった若いアズマに残されていたのは、ひとにぎりの家臣と、三人の幼い弟たちだけだった。


 治める土地もなく、流浪るろうしながら食料を探し求める日々。国と称することさえおこがましいこの小さな集団が、おおとりのごとく鬼界を雄飛ゆうひすることになろうとは、当時は誰ひとりとして想像していなかったに違いない。あるいは、アズマ本人も予想していなかったかもしれぬ。


 しかし、アズマはやってのけた。


 時に武力を用いて、時に計略を用いて、時に外交を用いて。そうして次々に周辺勢力を傘下さんかにおさめたアズマは、種々雑多な配下を巧みにまとめあげることで大勢力を形成。往時にまさる繁栄を中山にもたらした。


 卓越した手腕をもって中山を再興したアズマは、かつて中山を滅ぼした仇敵 崋山かざんとの間に戦端をひらく。


 鬼界最大の勢力となりおおせていた崋山との戦いは熾烈しれつを極め、中山も一度ならず劣勢に追い込まれたが、最終的に中山は崋山の都 西都せいと郊外でおこなわれた一大決戦に勝利して鬼界統一を成し遂げるにいたる。


 今や中山王アズマの名は鬼界全土に鳴り響いていた。


 そして、そのアズマと同様、あるいはそれ以上に名声を轟かせているのが、アズマの躍進を支えた三人の弟たちである。


 長弟ドーガ。次弟ハクロ。三弟カガリ。


 かつて幼かった三人は、長じて戦線に加わるや、めきめきと頭角をあらわして並み居る群雄を圧倒し、兄と中山を支える力強い柱となった。


 鬼界統一を成し遂げた中山が次に向かうのは、忌まわしき裏切り者たちが守る『門』である。過去、多くの鬼人たちが挑み、しかし越えることができなかった封印の地。


 今、多くの鬼人たちは期待している。弱小だった中山を鬼界の覇者へと導いた四兄弟であれば、不毛と汚濁に満ちたこの世界から自分たちを解放してくれるのではないか。三百年にわたる煉獄れんごくの時代に終止符を打ってくれるのではないか、と。


 その期待が鬼人族全体を高揚させており、中山はかつてない活況に包まれていた。


 ――ただ、すべての鬼人がひとり残らず中山を支持していたわけではない。


 中山は統一の過程で多くの敵を滅ぼし、多くの血を流した。中山を恨み、憎む者がいるのは当然であったろう。


 特に、崋山かざんに属していた鬼人の中には、征服者である中山に不満を抱えている者が少なからずいた。


 アズマは崋山を併呑へいどんするに際し、極力血を流さない方針をとったし、そういったアズマのやり方に敬服して服従を誓った者も多い。だが、それでも征服は征服であり、不満や反抗を完全に押さえ込むことは不可能だった。


 彼らは中山軍が『門』に兵を向けたことを好機ととらえ、ひそやかに行動を開始する。


 先の決戦で討ち死にした崋山王ギエンの遺児を旗頭として……





 西都せいと


 かつて崋山かざんが都を置いていた鬼界最大の都市は、あるじが中山に変わった今なおその地位を失っておらず、街路は多くの人と物でにぎわっている。


 その雑踏の中を二人の鬼人が歩を進めていた。


 ひとりは見るからに俊敏しゅんびんそうな体躯を持つ少年であり、もうひとりは見上げるほどに雄偉な体格をした男性である。


 ふたりが向かう先にはアズマ王が政務をとる王府おうふがある。その王府を見ながら、少年の方が口をひらいた。



「なあ、ドーガにい。アズマにいが俺たちを前線から呼び戻した理由って何だと思う?」



 灰色のざんばら髪の少年――中山四兄弟の末弟であるカガリは、隣を歩く次兄ドーガに問いかける。


 これに対し、ドーガは太い首をひねりながら応じた。



「さてなあ。どちらか一人ならともかく、ふたり同時に呼び戻すとなると、よほどの大事だいじ出来しゅったいしたとみるべきだが――」



 言いながら、ドーガは周囲の様子をうかがう。西都の街並みはふたりが出征したときと同じく、いや、それ以上に栄えているように見える。乱の気配はまったく感じ取れない。


 そのドーガの感想にカガリはうなずきを返した。



「そうなんだよ。警備の兵たちものんびりしたもんだ」



 だからこそ、カガリは不思議に思ったのである。


 今、ふたりは遠征軍を率いて『門』の攻略にとりかかっている。ドーガが総大将であり、カガリはその副将だ。


 今回、アズマはその総大将と副将をまとめて呼び返したわけで、ふたりならずとも何か重大なことが起きたと考えるのが自然だった。


 カガリはなおもしばらく首をひねっていたが、ドーガの方はこの問題に頓着とんちゃくせず、すぐに思考を切り替える。


 ここで兄弟ふたり、仲良く首をひねっていても答えが出るものではない。


 中山最強の武人は、いわおのごとき両肩を不器用にすくめながら弟をうながした。



「わしらのような無骨者ぶこつものが、ここでひたいを合わせていても仕方なかろう。王府におもむき、直接兄者の口からうかがえばよい」


「うん。やっぱりそれが一番てっとり早いよな――ところで、ドーガにい、腹へってない?」



 それまでの憂い顔を一変させたカガリが、けろりとした顔でたずねてくる。


 もしかしたら、はじめからこちらが主題だったのかもしれない。



「久しぶりの西都だ、買い食いのひとつもしてから行きたいところなんだけど……」



 ちらと上目遣いでうかがってくる弟を見て、ドーガは思わず苦笑をもらした。



「あいかわらず色気より食い気だのう、おぬしは。兄者をお待たせしている以上、腰を据えて食うわけにはいかんが、道すがら屋台の串をつまむ程度ならかまわぬぞ」



 そう言った後、ドーガは顔をくしゃりとさせて笑う。



「正直、わしも味気ない陣中食には辟易へきえきとしておったからな」


「おお、さすがドーガにいは話せるなあ! これがハクロにいなら『おや、今なにやら幻聴が聞こえてきましたね。ええ、幻聴に決まっています。まさか私の愛する弟が、長兄をお待たせしているにもかかわらず飯を食いたいなどと妄言を吐くはずがありませんからね――ところでカガリ、今なにか言いましたか?』とかネチネチ言ってくるに決まってる!」


「ふ、たしかにハクロなら言いそうなことである」



 そんな会話を交わしながら、ふたりは西都の街路を歩いていく。


 やがて王府に到着したふたりを見た門衛は、遠征軍の総大将と副将が供も連れずにあらわれたことに驚き、副将の唇の端についていたタレに気づくことができなかった。




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