幕間 スズメの戦い
本編の再開と書籍の宣伝を重ねようと思ったのですが、どうあがいても無理なので特典用に書いたSSを流用。
時間軸としては第二部のはじめ、主人公が鬼ヶ島に行っている間の出来事になります。
先のスタンピードにおいてイシュカ北部に築かれた四重の防衛線。その中の一つである第一防壁でスズメは戦っていた。
「――貫け、尖火!」
スズメの口から鋭い詠唱がほとばしるや、槍を思わせる長大な炎が空中に出現する。第二圏の火魔法はすべるように宙を駆け、狙い違わず標的に突き刺さった。
標的となったのはティティスの森から出現した魔獣ヘルハウンド。その名のごとく猟犬を思わせる肢体を持った魔獣は、ギャウン、と耳障りな悲鳴をあげて地面に倒れ込む。そのまま激しく身体を地面にこすりつけたのは、全身を包む炎を消そうとしてのことだろう。
ヘルハウンドは何にでも襲いかかる獰猛さと、群れをなして狩りをする狡猾さから、ベテラン冒険者の間でも危険視されている種である。生命力にも優れており、第二圏の魔法を一度直撃させただけでは仕留めることはできなかった。
このまま放っておけば、ヘルハウンドは火を消して再び立ちあがってきたかもしれない。だが、スズメは一人で戦っているわけではなかった。
「よし、後は任せてくれ!」
スズメの隣で弓を引いていた若い冒険者が――若いといってもスズメよりはずっと上なのだが――弓弦を響かせる。
放たれた矢は倒れていたヘルハウンドを正確に射抜き、魔獣は一度大きく身体を痙攣させた後、動かなくなった。
弓使いはヒュウと口笛を吹き、隣のスズメに向けて軽く拳を突き出す。
一瞬、スズメは何を求められているのか分からずに焦ったが、ほどなくして相手の意を悟り、おそるおそる自分も拳を握って相手の拳と触れ合わせる。
そんなスズメを見た弓使いはおかしそうに笑った。
「はは、ずいぶんと奥ゆかしい子だな。君も冒険者なのかい?」
「えっと、は、はい、いちおう……」
「それにしてはギルドで見かけたことはないな。今の魔法といい、高そうな装備といい、賢者の学院を卒業したばかりの見習い魔術師ってところかな? 術使いは貴重だ、君さえよければ俺たちのパーティに――」
つらつらと話し続ける相手にスズメが困っていると、防壁上の部隊を指揮しているカナリア騎士が大声で弓使いを怒鳴りつけた。
「そこ! 無駄口を叩いている暇があったら、一本でも多く矢を射掛けろ!」
「はいはい、わかりましたよ、騎士様っと!」
語尾に弓弦の響きが重なり、眼下の魔物の一体が倒れる。
弓使いの意識が自分から離れたことを察したスズメは、内心でほっと安堵の息を吐く。人間世界での生活に慣れてきたとはいえ、見知らぬ相手と言葉を交わすのはまだまだ緊張する。
ソラはいまだ鬼ヶ島から戻っておらず、シールやミロスラフたちは別部隊に組み込まれている。この援護部隊にいる『血煙の剣』のメンバーはスズメだけであり、この事実もスズメに心細さをおぼえさせた。
もちろん、こんなことで弱音を吐くつもりはない。
参加予定のなかった今回の討伐依頼に、半ば強引に加えてもらったのはスズメなのだ。
スズメは手に持っている魔法の杖をぎゅっと握りしめ、むん、と気合を入れ直す。随所に純度の高い魔法石が用いられたこの杖は、ミロスラフが弟子のために用意したものであり、ミロスラフ自身が使用している杖に優るとも劣らない逸品だった。ただ、ミロスラフは恩着せがましいことを何ひとつ口にしなかったので、スズメはその事実をいまだ知らずにいる。
スズメは脳裏で師の教えを反芻しつつ、次の詠唱にとりかかった。
『魔法を発動させるには詠唱と魔力、この二つが欠かせません』
『魔力とは大別してマナとオドに分けられます。前者が世界に満ちる自然の力、後者が個人が身の内で生成する力。通常、魔術師は魔法を行使する際にマナを用います。オドの量には限りがあり、また魔力としての純度もマナより低い。簡単にいえば、マナを用いた方がより強く、よりたくさんの魔法が使える、ということですわね』
『ただ、角という魔力生成器官を持っているスズメさんの場合は話が異なります。はっきり言ってしまえば、オドの量においてスズメさんはわたくしやルナをはるかに超えています。その膨大なオドをいかにして御していくかが、これからのスズメさんの課題になるでしょう』
『その課題を克服したとき、スズメさんはきっとわたくしを超え、盟主に迫る力を手に入れていますわ』
最後の言葉がミロスラフ流の冗談だったのか、はたまた本気だったのかは分からない。ただ、そうなれば良いとは思っているし、そうなるべく努力をしていこう、とも思っていた。
そうでなければ、自分は一生ソラの足手まといであり続ける。それはどうしても嫌だった。
その感情に呼応したのか、スズメの魔力がみるみる膨れあがっていく。その圧力を感じ取った隣の弓使いが、額からダラダラと汗を流していた。