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第六十八話 人脈


 クライアから事の次第を聞いた俺が向かったのは、カナリア王国の王都ホルスだった。


 御剣家に頭を下げることなく、かといって力に訴えることもせずに鬼門をくぐろうと思えば、御剣家の上に掛け合うしかない。


 上とは、すなわちアドアステラ帝国である。もっといえば帝国を統べるみかどその人だ。


 御剣家は帝から鬼門を守る役目を任せられた家であり、帝の許可を得た者を妨げる権利はない。帝の許しを得ることができれば、俺は大手を振って鬼門を通ることができるのである。


 問題はいかにしてみかど――皇帝と会うか、だ。


 正面から皇宮の門を叩いても無理であることは言うまでもない。俺は十年近く前、父の代理で出席した宴席で皇帝に声をかけられたことがあるので、まったく面識がないわけではないのだが……さすがにこんな薄い接点をあてにして行動する気にはなれない。


 最初に考えたのは、アドアステラの帝都で竜殺しを名乗り、圧倒的な力で名声を高めていくという手である。幻想一刀流の技を振るって魔物退治でもすれば、否応なしに目立って帝都の話題をかっさらうことができるだろう。御前試合とか、武闘会とか、そういった催しに参加するのもいい。


 俺の武名が高まれば、いずれ皇帝の耳に入って謁見する機会を得られるはずである。


 ただ、この方法は確実性に欠ける上に時間がかかりすぎる。クリムトの現状を考えれば、そしてクライアの心情をめば、一刻も早く鬼門をくぐる必要があった。


 そうやってあれこれ考えた末、俺が行きついた結論は――人脈コネだった。


 人脈を使って皇帝に面会するのである。そして、俺は皇帝につながる人脈に二つばかり心当たりがあった。


 ひとりは言わずもがな、皇帝の実子である咲耶さくや皇女。そして、もうひとりは法神教のノア教皇である。


 皇女はの面で、教皇はこうの面で、それぞれアドアステラ帝と関係が深い。彼女らの口添えがあれば、短期間で皇帝との謁見にこぎつけることも可能であろう。


 むろん、ふたりが俺の願いに応じてくれるという保証はない。それ以前に、婚儀の準備で多忙を極めている二人が俺に会ってくれるかどうかもわからない。


 だから、王都に到着した俺は迷わずドラグノート邸に向かった。皇女や教皇がどれだけ多忙であっても、ドラグノート公爵家を通じた面会願いを無下にはできまい、と計算したのである。


 ドラグノート公には申し訳ないが、非常時ということで公爵家の権勢を利用させてもらおう。もちろん、この恩はいずれ何倍にもして返す所存である。


 俺が公爵邸を訪ねたとき、不運にもドラグノート公は不在だった。しかし、幸運にも長女のアストリッドは邸宅にいた。そして、俺の口から事情を聞いたアストリッドはこちらの頼みを快諾し、ただちに王宮に参内してくれたのである。


 これだけでも公爵家に足を向けて寝られないのだが、アストリッドは王宮にいたドラグノート公とはかり、あっさり俺と皇女の面会を実現させてくれた。にこやかにそのことを告げるアストリッドに対し、俺は深々と頭を下げることしか出来なかった。



◆◆



「久しぶり、と言うには前回から時が経っていませんね、ソラ殿」



 どことなく聞きおぼえのある台詞を口にして、咲耶さくや皇女は興味深そうにこちらの顔をうかがっている。


 その顔に不快の色はなかったが、国家規模の婚儀の当事者である皇女にとって、こうして俺と話している一分一秒が砂金のごとく貴重であることは明白だった。


 その貴重な時間を、公爵家を利用する形でもらいうけたことをまずは詫びる。



「急な事態が出来しゅったいし、このように押しかけることと相なりました。非礼のほど、なにとぞご容赦くださいますよう」


「そのように恐縮することはありません。お困りの際は遠慮なく頼ってください、と申したのはわたくしなのですから」



 そういうと、皇女はすっと表情を真剣なものにあらためた。



「さて、お顔を拝見すれば事態は差し迫っている様子。さっそく用件をうかがいましょう」


「は。それではお言葉に甘えまして――」



 俺はそう前置きして皇女に事情を話し始める。クライアのことを話すわけだから、必然的に俺と御剣家の関係も明かすことになったが、皇女の顔は終始平静そのものだった。


 あらかじめ予測はしていたが、やはり皇女は俺の素性をしっかり調べあげていたのだろう。前回の対面でそのことに触れなかったのは、込み入った話をする時間がなかったこともあろうが、一番は俺に警戒の念を与えないようにしたためだと思われる。


 もっと単純に、初対面でそこまで踏み込むのは不躾ぶしつけだと考えただけかもしれないが、いずれにせよ、皇女が俺と御剣家の関係を知っているのであれば、そのあたりの説明をはぶくことができる。


 おかげで、さして時間をかけることなく一連の出来事を語り終えることができた。


 話を聞いた皇女はおとがいに手をあて、何やら考え込んでいる様子だったが、ややあって黒水晶を思わせる瞳をこちらに向ける。そして、ゆっくりと口をひらいた。



「ソラ殿は鬼門をくぐる許しを得るために父君に会いたい。そのためにわたくしの口添えが欲しい――そういう理解でよろしいですね?」


「は、皇女殿下のおっしゃるとおりでございます」


「わかりました。その頼み、引き受けましょう」



 あっさりと皇女はうなずいた。それこそ先だってクライアの頼みをれた俺のように。


 思わず目を瞬かせる俺を見て、皇女はしてやったりと言いたげに口元に笑みを浮かべる。



「意外そうなお顔ですね、竜殺し殿。さしずめ、わたくしが何の条件もつけずに頼みをれるとは思ってもいなかった、というところでしょうか?」


「は、その……申し訳ございません」


「ふふ、素直でけっこうなことです」



 そういってころころと笑った皇女は、落ち着いた声音で種明かしをする。



「ソラ殿は先だって、わたくしの招きに速やかに応じてくれました。そして、その席でわたくしは困ったときには頼ってほしいと伝えました。それなのに、今ここでソラ殿の窮状につけこむような真似をすれば、わたくしはアドアステラ皇家の一員としてかなえの軽重を問われてしまいます。信なくば立たず、これは人の上に立つ者が忘れてはならない心得。そして、信とは自らが口にした言葉を必ず守ることを本義とするのです」



 皇女の言葉も表情も穏やかなもので、決して力を込めて語っているわけではない。たぶん、皇女としては自分が決断にいたった理由を説明しているだけなのだろう。


 それでも眼前の皇女からは威厳が感じられた。三百年にわたって大陸に君臨してきた皇家の威厳。それが確かに感じられたのである。


 無言で頭を垂れる俺を見て、皇女は言葉を重ねた。



「ただし、わたくしがけ負えるのはソラ殿と父君が会うところまでです。鬼門にかかわる決断は皇帝の専権事項であり、ソラ殿が鬼門に入れるか否かは父君の御心次第。結果として無駄足に終わる可能性があることはわきまえておいてください」


「御意にございます」



 俺は素直にうなずく。もとより咲耶さくや皇女にそこまで求めるつもりはなかったからだ。


 だが、次に皇女が口にした言葉に関しては、すぐにうなずくことはできなかった。



「それともう一つ、こたびの件でノア教皇を頼るのは避けた方が賢明でしょう」


「……それは、どうしてでしょうか?」



 これまで何度も述べてきたが、法神教はアドアステラ帝国の国教である。当然、皇家と法神教の間には密接なつながりがあるはずだ。


 皇家の一員である咲耶さくや皇女が、ことさらノア教皇を避けよという理由は何なのか。


 そんな俺の疑問に対し、皇女は「聖下個人に含むところがあるわけではありません」と前置きしてから、発言の真意を語った。



「ソラ殿もご存知でしょうが、聖下はカーネリアス家の方です。そして、アドアステラ皇家にとって、カーネリアスをはじめとする四大貴族は決して無視できない存在なのです。たとえ皇帝といえども、それは変わりません」



 ノア教皇を頼るということは、カーネリアス家を頼ることと同義である。そして、カーネリアス家が腰をあげた時点で、それは皇帝にたいする圧力となってしまう。俺にその気はなくとも、カーネリアス家にその気はなくとも、皇帝はそのように受け取るだろう――咲耶さくや皇女はそう述べて、小さくため息を吐いた。


 その皇女を見て、なんとはなしに事情を察する。


 長きにわたって帝国に君臨してきた皇帝も、大貴族たちを相手にしては思うようにいかないことも多いのだろう。はらわたが煮えくり返るような思いをすることも度々あるのかもしれない。


 その大貴族ゆかりのノア教皇を頼れば、かえって皇帝の機嫌を損じてしまう。皇女はそう忠告してくれたわけだ。


 なるほど、と内心でうなずく。皇帝を説くための手段が、皇帝の不興を買ってしまっては元も子もない。それに正直なところ、俺はノア教皇にあまり借りをつくりたくないと思っている。皇女の助力が得られた以上、強いて教皇を頼る必要はないだろう。


 それはいいのだが――俺はちらと皇女に視線を向ける。


 聞き違いでなければ、いま皇女は四大貴族といった。俺が知るかぎり、帝国の大貴族といえばカーネリアス、パラディース、そしてアズライトの三家なのだが、その三家に匹敵するような大貴族が出現したのだろうか。先ごろミロスラフが集めた帝国情報には、そういったことは記されていなかったのだが。


 そう思って首をかしげていると、こちらの表情に疑問を読み取った皇女に「何か訊きたいことでも?」と訊ねられたので、素直に今の考えを話す。


 すると、皇女はびっくりしたように目を丸くした後、苦笑まじりに教えてくれた。



「四大貴族とは、今ソラ殿が口にした三つの名門に御剣家をくわえた呼称のことです。御剣家は国政に関わらぬゆえに表に出ることはありませんが、現当主の奥方はパラディース公の実姉であり、次期当主の許嫁はアズライト公の長女ですよ? 三名門が競って直系の娘を送り込む家など、御剣家をおいて他にありません」



 ちなみに、カーネリアス家が他の二家のように娘を送り込まなかったのは、ただでさえ聖王国と強力に結びついているカーネリアス家が――カーネリアス公はノア教皇の父親――このうえ御剣とつながってしまえば、帝国内の勢力均衡が大きく崩れてしまうからだという。


 ようするに、パラディースとアズライトの両家がカーネリアスをおさえつけたのだ、というのが皇女の説明だった。


 ………………御剣家が三大貴族と並び称されているなど、わりと本気で初耳である。


 アドアステラ帝国でも屈指の武門として知られている程度に思っていたが、どうやら俺の認識はずいぶんと浅かったらしい。


 父やゴズからそのあたりの説明をされたことはなかったからなあ、と頭をかく。


 まあ、父は剣と鬼門のことしか関心がない人だったし、ゴズは出来の悪い嫡男の教育で手一杯だった。そんな二人にしてみれば、帝国内部における御剣家の比重など心底どうでもよいことであり、俺に説明する必要を認めなかったのだろう。


 ――そういえば、アヤカも故郷ていこくのことはほとんど話さなかったな。


 ふと、そんなことを思い出した俺の耳に、皇女の声が響く。



「それでは、これから父君にあてたふみしたためてきます。少しだけこの部屋で待っていてください」


「は、ありがとうございます! このたびのご厚情には、いずれ必ず報いてご覧に入れます」



 こちらの言葉に皇女はにこりと微笑むと、背を向けて部屋を出ていく。


 俺はその背に向けて、最大級の感謝を込めて一礼した。



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