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第五十話 謎



 サイララ枢機卿とたもとを分かってから三日が経過した。


 俺たちはリーロと呼ばれる砂漠のオアシスに拠点を移し、そこでベヒモスと『銀星』の捜索を続けている。


 ベルカを出たことについてだが、枢機卿に強いられたわけではない。ただ、これまで法の神殿で起居していた俺たちが、急に神殿を離れて街の宿に移れば、色々と詮索せんさくされるのは目に見えている。くわえて、これまで神殿が遮断してくれていた「竜殺し」目当ての人々もどっと押し寄せてくるだろう。


 そういった人々の相手をするのは、率直にいってめんどくさい。だから、ベルカを離れることにしたのである。


 念のために付け加えておくと、俺はサイララ枢機卿に敵意を抱いていない。


 先の一件について責められるべきは横紙破りをしようとした俺の方だ。


 ノア教皇を助けた功績を盾にウィステリアの罪を軽くしようとした俺に対し、枢機卿はダークエルフの危険性を指摘してそれを拒もうとした。ダークエルフと不死の王の関係はともかく、ウィステリアが異形に変じてベルカの街で暴れたことは事実であり、理は枢機卿の側にある。


 俺はそれを承知の上で我意を通そうとしたわけで、枢機卿が険悪な形相を浮かべたのも無理からぬことといえる。しかも、俺の行動の根底にあったのは「自分が強くなるため」という私利私欲。善悪をはかる天秤があれば、間違いなく枢機卿を善の側に置いたに違いない。


 まあ、ウィステリアを法神教に引き渡してしまえば、事態がより悪化するのは目に見えていたので、俺の要求はベルカを守るためでもあったのだが――さすがにそこまで察してくれというのは虫がよすぎるだろう。


 俺自身、すべての事情を明かして協力を求めるほど枢機卿や法神教を信じているわけではない。だからこそ、過去の恩を盾に要求を通そうとしたのだ。


 結果、俺と枢機卿はたもとを分かつことになったわけだが、それでも枢機卿は最後に「先夜の件についてはわしがあずかろう」といってくれたのである。


 これでウィステリアが罪に問われることはなくなった。その意味で、俺は枢機卿に対して敵意を抱くどころか感謝さえしている。


 ベルカを離れると決めた理由の一つは、これ以上サイララ枢機卿との間でいざこざを起こしたくなかったからであった。





 そうしてやってきたリーロオアシスであるが、ここに来るのは初めてではない。先日、カティアを連れて未踏破区域を調査したときに利用したのもこのオアシスである。


 砂漠の中にありながら、リーロオアシスは多くの店舗がのきをつらねて日々活況を呈している。湧水量も豊富で、ここを拠点として活動する冒険者も多い。


 ベルカからけっこう距離があるので詮索や好奇の目から逃れることができるし、法神教の影響力も小さい。様々な意味で今の俺たちに適した拠点といえた。


 ここまで同行してきた者はルナマリア、スズメ、ウィステリア、イリア、カティアの五人。もちろんクラウ・ソラスも連れてきている。


 カティアに関しては俺もちょっと戸惑っているのだが、白騎士アロウの行方を探す少女は、枢機卿とたもとを分かった俺と行動を共にしている。法神の神官として思うところはあるようだが、最大の目的であるアロウ捜索のためには、俺についていくのが得策だと思い定めているようである。


 もう一人の神官であるイリアについていえば、一連の事情を知った後、これみよがしに深々とため息を吐かれたが、それだけだ。今に至るまで特に文句らしい文句も言われていない。文句を言える立場ではないと自制したのか、文句を言うだけ無駄だと諦めているのか、さてどっちだろう。


 ルナマリアとスズメの二人はウィステリアに積極的に話しかけて、新しい仲間が気づまりを感じないように気をつかっている様子だった。



「わたしが森を出たばかりのとき、街の生活に早く馴染めるようシールさんに助けてもらいましたから」



 今度は自分の番です、とスズメは張り切っている。両手をぐっと握りしめ、ふんすと気合を入れている姿は実に微笑ほほえま――もとい、頼もしい。ルナマリアはルナマリアで、あいかわらず悪霊デーモンや奈落についてウィステリアにたずねていた。


 そんなこんなでリーロオアシスに拠点を移した俺たちは、前述したとおり、ベヒモス捜索の準備を進めている。


 漠然と未踏破区域を探索した以前と異なり、今回はあてがあった。いうまでもなくウィステリアのことである。


 銀髪のエルフの口から明かされた情報の中で特に重要なのは『神獣』に関するものだ。


 ウィステリアのいう神獣とはおそらくベヒモスのこと。そして、ベヒモスはアンドラを覆う結界の周囲をゆっくりと巡っているのだという。


 その様はアンドラを守ろうとしているようでもあり、見張っているようでもあるというが、その真偽はどうあれ、ベヒモスがアンドラの周囲を徘徊しているのは間違いない。


 ようするに、アンドラの近くで待機していれば、いずれベヒモスを発見することができるのである。


 ウィステリアの話から推測するに、アンドラの面積はティティスの森ほど大きくはない。ベヒモスの歩く速度にもよるが、一年も二年も待ちぼうけをくらうということはないだろう。


 むろん、一か月や二か月の待ちぼうけをくらう可能性はあるわけだが、それでもあてもなく未踏破区域をさまようよりはマシだろう。いざとなれば、クラウ・ソラスに乗ってアンドラの周囲を飛ぶという手もある。


 以前にウィステリアがベヒモスを発見できなかったのは、慣れない砂漠を歩かなければならなかったからだ。空路を用いれば、神獣発見の可能性はぐんと高まるに違いない。


 この作戦に問題があるとすれば、アンドラのエルフだろうか。自国のまわりをうろちょろする人間や翼獣ワイバーンに対し、エルフたちはどのような反応を示すのか。侵入者だと勘違いされて攻撃されたら大変だ。


 ウィステリアによれば、結界を破ってアンドラに侵入しようとしないかぎり問題はないとのことだったが、現地では慎重に行動する必要があるだろう。


 つけくわえると、神獣を攻撃すること自体に問題はないらしい。アンドラにおいて「神獣」ないし「大いなる獣」とよびならわされているベヒモスであるが、別に信仰や尊崇の対象になっているわけではないそうな。


 アンドラにおいて、悪霊憑きと化したエルフの処刑方法として利用されているベヒモスであるが、それはつまり、ベヒモスにとってエルフも捕食対象であることを意味する。仮にアンドラを包む結界が消滅するようなことがあれば、ベヒモスは容赦なくエルフたちに襲いかかるだろう。


 その意味では、むしろベヒモスを討伐すればエルフたちは喜んでくれるかもしれない。


 最後に、前回の調査時に障害となった『砂の壁』――未踏破区域に発生する大規模な砂嵐――であるが、ウィステリアは発生する時間と場所をおおよそ察知できるらしい。一人であれば、精霊の守りをかけて強引に砂嵐を突っ切ることもできるそうだ。さすがに六人と一頭は無理だそうだが。


 現在発生している『砂の壁』は明後日には収まるというのがウィステリアの見立てなので、俺たちは現在、食料や水などの最終チェックをしている。


 ――『砂漠の鷹』の団長を名乗る男が訪ねてきたのはそんな時だった。







「はっはっは! 良い飲みっぷりじゃねえか、竜殺し!」



 乾杯の掛け声の後、麦酒エールジョッキをあおった俺を見て、男は機嫌よさげに笑って自らも一気に大杯を傾けた。さかずきすと書いて乾杯かんぱいと読む、と言わんばかりの見事な飲みっぶりで、俺の倍ほどもある容器がみるみる空になっていく。


 ちなみに向こうの中身は麦酒エールではなく火酒スピリッツである。酒精アルコールの量は俺の倍ではきかないだろうに、水でも飲むかのようにごくごくと嚥下えんかしていた。


 黒騎士ジョエル。


 それが眼前の飲兵衛のんべえ――もとい『砂漠の鷹』の団長の名前である。もちろん黒騎士というのは異名だ。たぶん、アロウの「白騎士」と対応して付けられたものだろう。


 年齢は三十代半ば。無精ひげを生やした容貌ようぼうは一見したところ粗野に映るが、ひげをそって髪をととのえれば案外秀麗な容姿が現れるかもしれない。


 前触れもなしに一人で俺たちの前にあらわれたジョエルは、自らの名を名乗ると馴れ馴れしく俺の肩に手をおき、一杯付き合えと誘いをかけていた。


 当然のように俺は相手の素性を疑ったのだが、睨むようにジョエルを見据えるカティアを見て、向こうの言葉が真実であることを悟る。『銀星』のメンバーだったカティアにとって、ジョエルは不倶戴天ふぐたいてんの敵――かどうかはわからないが、少なくとも仲良く酒をくみかわす間柄ではないのだろう。さっさと追い返してくれ、と訴えるように俺を見ていた。


 俺としても『砂漠の鷹』と話すことは何もない。たぶんウィステリアがらみのことだと思うが、法神教と違って『砂漠の鷹』と話をつける必要性は感じない。ベヒモス発見の目途めどがついた今、彼らの協力を必要とする事柄も特にないのだ。


 そう思って誘いを断ろうとしたとき、ジョエルは俺の耳元でささやいた――アロウのことで話がある、と。たぶん、耳の良いルナマリアでも聞き取れなかっただろう。


 その言葉が俺をこの場にいざなった。


 おとなしく酒に付き合っているのは、向こうが口をひらくのを待っているからである。ちなみに飲んでる場所は野外であり、周囲には他の酔客たちがたむろしている。注文を聞きに来る店員はおらず、酒にせよ、つまみにせよ、自分で周囲の屋台から調達してくる方式だ。懐に余裕がある者はきちんと屋根のある酒場に行くから、ここにいる者たちはリーロの中でも比較的貧しい者たちといえる。


 酔客も屋台の店主も、まさか『砂漠の鷹』の団長と竜殺しが混ざっているとは夢にも思っていないだろう。


 へたに密室で話すより、こういうところの方が密談には向いているのかもしれない。


 ジョエルが口をひらいたのは、四杯目の火酒に口をつけた直後だった。



「お前さん、法の神殿と揉めたってのは本当か?」



 昨日の夕食は何だったのか、とたずねるような何気ない口調。だが、声に込められた何かが、これが本題であると俺に告げていた。


 軽く肩をすくめて、相手の問いに応じる。



「揉めてはいない。こちらが無理を通した結果、今後は協力できないと言われただけだ」


「はっは、世間じゃそれを揉めたっていうんだよ」



 軽く笑って火酒をあおったジョエルは、ふう、と満足気に息を吐いて口をぬぐうと、二の矢を放ってきた。



「枢機卿に意趣いしゅはあるか?」


「ない――星について話があると聞いたから来たんだが、神殿が何か関係あるのか?」


「慌てなさんな、ちょっとした確認ってやつだよ。神殿にべったりの奴にはなかなか話せない内容だからな」



 ジョエルはおもむろに懐に手を入れると、服の下から小さな細工物を取り出した。


 銀色の星をかたどった印章エンブレム


 それを見た俺はわずかに目を細めた。ジョエルが取り出した印章に見覚えがあったからである。カティアがいつも胸元に着けている物と同じ――『銀星』の認識票。



「その顔を見るに、これの説明は必要なさそうだな。こいつの裏には持ち主の名前が刻まれている。見てみろ」



 そういってジョエルはひょいと印章を投げてよこした。空中で受け取った俺は、言われるままに印章の裏に刻まれた名前に目を向ける。


 予想どおり、というべきだろうか。


 そこには『銀星』のリーダーの名前が記されていた。 





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