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第三十九話 ベルカ到着


 耳元で風が轟々(ごうごう)うなっている。


 眼下の景色が紙芝居のように次々と入れ替わっていく。


 天をくようにそびえるスキム山の赤い山容。その手前に広がる鏡のようなトーヤ湖の水面。巨大な剣を思わせるアテンド峠の切り立った断崖だんがい


 空から眺めるそれらの光景はいずれも一見の価値がある。クラウ・ソラスに乗ってベルカに向かう途次、俺はそんなことを考えていた。


 同乗しているスズメとルナマリアも同意見のようで、二人の口からは何度も感嘆の声があがっている。ときどき感嘆の声に交じって悲鳴があがることがあるが、これはクラウ・ソラスが雲を避けるために機動を変えるせいだった。


 翼獣ワイバーンの高速機動に慣れていない二人は、くらが大きく揺れるたびにぎゅっと俺に抱き着いてくる。ちなみに、いま俺たちはスズメ、俺、ルナマリアの順で鞍にまたがっており、スズメは体勢を安定させるために前方ではなく後方を向いている。つまり、俺と正面から向き合っていた。


 この状態で双方が強く抱き着いてくると、密着度が高まってなかなかに悩ましい構図ができあがる。


 ――念のために言っておくと、わざとクラウ・ソラスに荒い機動をとらせたりはしていません、はい。


 ともあれ、馬車でも半月を要するベルカまでの遠い道のりも、クラウ・ソラスに乗れば三日とかからない。この調子でいけば、明日の昼にはベルカに到着できるだろう。


 補足しておくと、クラウ・ソラスだけなら一日でベルカまでたどりつくこともできる。本気になった藍色インディゴ翼獣ワイバーンの飛行能力はそのレベルに達している。


 だが、それをすると乗り手にかかる負担も大きく増してしまう。俺ひとりであれば何の問題もないのだが、俺と同じだけの体力をスズメとルナマリアに求めるのは酷だ。二人ともクラウ・ソラスに乗った経験は何度もあるが、今回のような長時間の高速飛行は初めてなので、どうしても休憩を挟む必要があった。その分、ベルカに着くまでの時間が延びてしまうのである。


 ――まあ、元気とやる気に満ちあふれている二人を見ていると、本当に休憩を挟む必要があるのかは疑問だったりするのだが。


 ややあって、俺は二回目の休憩をとるためにクラウ・ソラスを地上に下ろしたのだが、二人は疲れた素振りも見せずに弁当の用意をしたり、クラウ・ソラスにエサをやったりと甲斐甲斐しく動きまわっている。なお、弁当の中身は出発前にセーラ司祭とスズメが一緒につくったものだという。


 よし、言い値で買おうじゃないか、と冗談でいったら「それなら代金として感想を聞かせてください」と悪戯っぽく返され、わりと本気で困った。なお、近くにいたルナマリアが「私も一品つくっていますので、誰がどれをつくったのかも当ててくださるとうれしいですね」とくすくす笑いながら付け加えてきて、もっと困った。


 何年も黒パンにたまねぎ、にんにくをかじりながら薬草を採ってきた俺に、細かな味の判別なんて出来るわけねーのである。


 しかし、ここであきらめてはクランの盟主としての威厳が損なわれる。おそらくルナマリアの料理は肉が使われていないし、スズメの料理はキノコが主体だろう。このあたりの知識を総動員して、なんとか正答にたどりつくしかあるまい。俺はそう決意した――結果は惨憺さんたんたるものだったが。


 二人とも俺の好みを考慮して肉料理をつくっていた時点で、正答は望むべくもなかった。嬉しいような、悲しいような、複雑な気分である。


 道々でそんな会話をかわしつつ、俺たちは一路ベルカを目指して進み続ける。幸い、これといったトラブルも起こらず、イシュカをって二日目、俺たちの視界にはベルカを守る砂岩の城壁が映し出されていた。




 ベルカを視界におさめた俺は、クラウ・ソラスを人目につかない山中におろし、徒歩で城門に向かった。これはイリアと二人で来たときと同じ方法である。


 実をいえば、最初はクラウ・ソラスで直接城門に乗りつけようかとも考えていた。前触れなく竜騎士がやってくれば、その存在は瞬く間にベルカ中に広まるだろう。それが噂の竜殺しであると判明すれば、俺は一躍いちやく時の人だ。そうなれば人手や情報を集めるのも楽になるに違いない。


 ただ、変に目立って「竜殺し(ドラゴンスレイヤー)を倒して名をあげてやる!」みたいな連中にからまれるのも面倒な話である。以前に見聞きしたこの街の気風を考えると、その手のやからはけっこう多そうだし。


 なので、派手な登場はひとまず避け、イリアとの合流を優先することにした。イリアの口から現在のベルカの情勢を聞き取り、その後、必要であれば竜殺しの事実を公表する。


 幸い、俺のふところにはノア教皇の紹介状が入っている。この地の責任者であるサイララ枢機卿すうききょうにあてたもので、これを見せれば法の神殿は俺に協力してくれるはずだ。その意味でも急いで名を売る必要はなかった。


 そんなことを考えているうちに城門に到着。


 以前にもちらと述べたが、ベルカの西には人間国家が存在しておらず、他国の間諜や密偵を気にする必要がない。そのため、城門の警備は極めてゆるく、このまえ来たときはほとんど素通り状態だった。


 だから、今回も大丈夫だろう――そんな俺の楽観をあざ笑うように、居丈高いたけだかな声が響き渡る。



「そこの者ども、止まれ!」



 まさに城門をくぐろうとする寸前、誰何すいかの声と共に三人の男たちが現れて行く手をさえぎった。後ろをみれば、こちらも同数の男たちにふさがれている。


 都合六人。いずれも武装しており、これでもかとばかりに威圧的な空気をまき散らしている。


 巻き添えを恐れたのか、周囲の人間が蜘蛛の子を散らすように離れていく。男たちはそちらに目もくれないので、目的は間違いなく俺たちだろう。


 思わずげんなりしてしまう。こういうことのないようにわざわざ徒歩でやってきたというのに、なんで到着早々からまれてるんだ、俺は。


 スズメはきちんと帽子をかぶっているので、鬼人のつの目当てではない。さて、何の用があるのやら。向こうの殺気立った様子からして、どう考えても厄介事だろうけれど。



「私どもに何か御用でしょうか?」



 無用の騒ぎを起こしたくなかったので、なるべく丁寧に応じる。


 そうしながら、俺は油断なく相手の動きに目を配った。男たちの武装はカナリア正規兵のものではないので、ベルカの衛兵というわけではないだろう。一方で、六人は同型の鎧を着ており、なにがしかの勢力に属していることがうかがえる。


 と、リーダーとおぼしき男が一歩前に出て、針のような視線で俺を射抜いてきた――いや、これは俺ではなく、後ろにいるルナマリアに向けられた視線か。



「後ろにいるのはエルフだな」


「はい、ごらんのとおりです」



 賢者のローブをまとったルナマリアは、ベルカの強い日差しを避けるためにフードをかぶっているが、特徴的な長耳は出したままである。エルフか、と問われれば、エルフです、と答えるしかない。


 すると、リーダーはえたりとばかりに大きくうなずいた。



「現在、我ら『砂漠の鷹』はエルフの犯罪者を追っている。そこのエルフの取り調べをするゆえ、本部まで来てもらおう」


「私どもは今日ベルカに着いたばかりです。あなた方が追っているエルフが何をしたのかは存じませんが、私どもとは無関係ですよ」


「それを判断するのはこちらだ。いいからついてこい。なお、拒否および逃亡は罪を認めたものとみなす」



 こちらの言葉を聞くつもりなんて欠片かけらもない一方的な主張。それを聞いた俺は、ふんと鼻で息を吐いた。


 礼儀をはらう相手ではないと判断し、敬語をやめて肩をすくめる。



「ずいぶんと乱暴な話だな。見たところ衛兵というわけでもなし、お前たちに取り調べの権限があるとも思えないんだがね」



 こちらの態度に軽侮を感じ取ったのか、リーダーの顔が険悪に歪む。かちゃり、という金属音は男たちが武器に手をかけた合図だった。



「『砂漠の鷹』に逆らうのか?」


「今日ベルカに着いたばかりだと言っただろう。鷹、鷹と連呼されても何のことかわからんよ」



 まあ、こいつらの態度を見るかぎり、ろくでもない組織なのはわかるけれども。内心でそんなことを考えつつ、前後の六人を睥睨へいげいする。


 と、すぐ後ろからルナマリアのささやき声が聞こえてきた。



「マスター、私なら大丈夫ですが……」



 俺が騒ぎを避けようとしていることを知っているルナマリアは、自分が彼らに従ってもいいと言っている。本部とやらに連れていかれても、どうとでも切り抜けることができるという自信のあらわれでもあるだろう。


 だが、俺はかぶりを振ってルナマリアの提案を却下した。


 たしかにすすんで騒ぎを起こすつもりはなかった。が、騒ぎの方からやってきたのなら話は別だ。大事のために頭を下げ、膝を屈し、股をくぐって難を避ける――そんな深慮遠謀は俺にはない。要求が仲間の引き渡しとあらばなおのこと。


 くだんのエルフもこんな感じで罪に落とされたのではないか。そう思いながら俺はスズメに声をかけた。



「スズメ、下がっていろとは言わないからな」



 クランの戦力として連れてきた以上、後ろではなく隣に立ってもらわなくては。


 そう伝えると、スズメは力強い声で「はい!」と返事をしてきた。そこには驚きも怯えもまったくない。この分なら、今後、俺がいないときにこの連中にからまれても、スズメは怖じることなく行動できるだろう。


 と、一向に怯まない俺たちに業を煮やしたのか、リーダーが声を高めて威圧してきた。



「言っておくが、我ら『砂漠の鷹』はこの街の冒険者ギルドで唯一のAランクパーティだ。この街で我らを敵にまわせば、ただではすまないと知れ!」



 もちろん、その威圧は俺たちに対して何の効果も及ぼさない。


 以前に聞いた話では、ベルカには二組のAランクパーティが在籍しているはずだから「唯一のAランクパーティ」という表現は気になったが、ここでたずねたところで答えは返ってこないだろう。


 そろそろ決着をつけるか、と一歩いっぽ足を踏み出す。


 気圧けおされたようにあとずさる相手を見て、俺は唇の端を吊りあげた。



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