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第三十五話 教皇の危惧



 ――あなたの本当の名前は御剣みつるぎそら。これも間違いありませんね?



 教皇から問われた俺は思わず目を見開く。今この場で御剣の名が出るとは思ってもみなかったからだ。


 相手の真意はわからなかったが、わざわざ人払いした上でこの問いを向けてきたということは、向こうは俺の素性にかなりの確信を持っているのだろう。となれば、へたな否定やごまかしは意味がない。


 かまをかけられている可能性もあるが、それならそれで向こうのねらいを明らかにしておく必要がある。別の表現を用いれば、俺が御剣空であると知った教皇がどう動くのか、それを確認しておかねばならない。


 そう判断して口をひらいた。 



「はい、聖下。たしかに私は御剣空です。勘当された身ですので、おおやけに家名を名乗ることはできませんが」



 それを聞いた教皇は小さく、しかし、はっきりと眉根を寄せた。きゅっと。



「私が知る御剣空という人物は、力不足ゆえ御剣の嫡子たりえず、家を追放されています。その人物が、竜殺しの偉業を成し遂げた当代の英雄と同一人物だった。そのことに私は危惧を禁じえません」


「…………ええと、それはどういう意味でしょうか?」



 意味がわからずに問い返す。


 そもそもなぜ教皇が俺の事情を知っているのか、という疑問もあったが、これについては問わなかった。教皇の生家であるカーネリアス家は、エマ様のパラディース家やアヤカのアズライト家と関係が深い。それに、鬼ヶ島にも法神教の神殿はある。そのいずれかの線で聞いたことがあったのだろう、と察しがついたからである。



「御剣家はアドアステラ帝国の中でも特異な立場と別格の武力を持っています。一国の中に一国があるといっても過言ではないでしょう。その御剣家が島の外、それも帝国の外で独自の動きを見せているとなれば、聖王国としても、法神教としても、座視することはできません」


「独自の動きといっても、私は御剣家を勘当されてイシュカに流れ着いただけなのですが……」


「それが偽りであり、あなたと御剣家が共謀している可能性がある、と申し上げているのです」


「――――共謀、とおっしゃいましたか?」



 知らず、声に怒気がこもる。俺と御剣家が共謀しているなどと冗談でも言ってほしくない。


 教皇は間違いなく俺の怒りに気づいたはずだ。しかし、みどり色の瞳に動揺の気配はなく、次に紡がれた言葉も平静そのものだった。



「単純な事実として、あなたに流れる血、あなたが振るう剣は御剣家のものです。その一端を、私は先ほどの戦いで目にしました」


「む」



 俺は先刻、心装と勁技けいぎで骸骨を葬った。


 たしかに心装は幻想一刀流の奥義である。それに、自分の勁技けいぎの名前を改めたところで、大本にあるのが御剣家の技であるのも事実。


 そして、俺が御剣式部と御剣静耶の子であることも事実だった。いくら勘当されたと主張しても、はたから見れば俺はまぎれもなく御剣家の人間である――教皇が言いたいのはそういうことだろう。


 こちらの表情に納得を見たのか、教皇はおもむろに言葉を続けた。



「そのあなたが帝国以外の国で身を立てた。その名声はカナリア中に轟き、周囲にはあなたを慕う者たちが大勢いると聞き及びます。その中にはこの国の騎士や貴族もいることでしょう。いまや竜殺したるあなたの影響力は王侯貴族に匹敵します」



 そう言うと、教皇は小さく息を吐きだした。


 そして、先ほどと同じ言葉を繰り返す。



「御剣家の血を引き、御剣家の技を使うあなたが、カナリア王国でそれだけの立場を得た。私はその事実に危惧を禁じえないのです」


「……御剣家が私を使って国外で勢力を広げている。そうおっしゃりたいわけですね」


「はい。弱者であるがゆえに追放されたはずのあなたが、わずか五年で竜殺しとなった事実がその根拠となります」



 教皇の疑いをまとめれば「御剣空にはもともと十分な力があり、帝国の外で御剣家の勢力を拡大させるために勘当をよそおって島を出たのではないか」というものになる。


 あらためて言うまでもなく、この疑いは事実無根である。


 ただ、そういう疑いを持たれても仕方ないかも、とは思う。自分で言うのもなんだが、竜牙兵相手に一合と打ち合えなかった者がたった五年で竜を討てるほどに成長した、というのは与太話よたばなしのたぐいだ。それよりは共謀説の方がまだしも信憑性しんぴょうせいがある。


 ふむ、と腕を組んで考え込む。


 俺が御剣家と共謀しているという前提がありえなさ過ぎて、自分では思いつきもしなかったが――なるほど、こういう考え方もあるのかと感心する。正直、目からうろこが落ちる思いだった。門外不出の武術を扱い、こと国家間の争いにおいては「侵さず侵させず」をむねとする御剣家。その御剣家が勢力を広げようと思えば、これ以上の手はないだろう。


 もちろん、俺からすれば難癖なんくせ、言いがかりに等しい。だが、他人にそれを信じてもらうことは難しい。その意味でも教皇の疑いは厄介だった。


 そんな風に思って渋面になっていると、ふと眼前の少女が表情をゆるめた。



「あなたにとっては心外な疑いなのだと思います。あなたと出会ってから、まだわずかしか経っていませんが、それでもわかることはあります。あなたはきっと、大切な人のために火の中に飛び込むことができる人。仲間を守るために不死の王に挑んだあなたを見て、私はそれを確信しました。あなたには御剣家をふとらせる野心などないのでしょう」



 けれど、それを疑われる要素はある。教皇はそう続けた。


 俺が竜殺しであるだけなら問題はない。俺が御剣空であるだけなら問題はない。しかし、その二つが重なったとき、俺の存在は国と国を揺るがす火種になりえるのだ、と。



「たとえば、この国であなたの存在を危険視する者が、あなたが御剣家の人間であることを理由に排除しようとすることが考えられます。その者にとって陰謀の有無は重要ではありません。そこにあなたをう名分さえあれば、それでいいのです」



 本当に俺と御剣家がつながっているか否かは関係なく、ただ口実として利用する者の存在を教皇は示唆しさする。


 俺の存在を疎んでいる者はけっこう多い。直近の例でいえば、俺にクラウディアを取られた(と思い込んでいる)アザール王太子とか。貴族の中にも、竜殺しである俺とドラグノート公爵家が結びつくことを警戒している者がいるかもしれない。


 そういった者たちが「あの者は御剣家ないし帝国の間諜スパイであり、この国に置いておくことはできない」と主張する。それは十分にありえることだった。


 今、思いついたが、御剣家がこれを利用することもできるな。カナリア王国にわざと俺の素性を漏らし、俺の帰る場所を奪ってしまう。俺がカナリア以外の国に居を移したら、そこでも同じことをする。それを繰り返すことで俺に思い知らせるのだ。幻想一刀流の使い手が安らかに暮らせる場所は鬼ヶ島以外に存在しない、と。


 先の帰郷ですべての決着がついたとは思っていない。いずれ、御剣家は鬼神を斬った俺に対して何らかの動きを見せるだろう。それが陰謀という形をとることも考慮しておくべきだった。


 こう考えていくと、教皇の言うとおり、俺という人間は争いの火種になる。そして、俺を原因としてカナリア王国やアドアステラ帝国が乱れれば、両国に隣接する聖王国も影響を受けざるをえない。動乱のせいで苦しむ法神教の信徒も大勢出るだろう。


 聖王国と法神教の指導者である教皇が、御剣空に対して危惧を禁じ得ないのも当然だった。


 ここまでの教皇の言葉が警告なのか、それとも忠告なのかは判然としないが、俺が気づけなかった視点を教えてくれたことは素直に感謝しよう。俺はそう考えて、教皇に礼を述べた。




◆◆◆




 御剣空が部屋を出ていった後も、ノアはしばらく席を立たなかった。その視線は先ほどまで空が座っていた椅子に向けられている。


 先ほどの話の中で、ノアは内心の思いをすべて吐露したわけではない。むしろ、言葉にしたのは全体からみれば、ほんの一部に過ぎない。


 誰もいない部屋の中で、ノアは先ほど空に向けた言葉の一節を繰り返した。隠していた本音も含めて。



「あなたはきっと、大切な人のために火の中に飛び込むことができる人。そして、大切な人のために世界を敵にまわすことができる人。鬼人の少女に慕われるあなたを見て、私はそれを確信しました」



 空たちがティティスの森から戻ってきたとき、出迎えた二人の少女のうちの一人は鬼人だった。鬼人の少女が空を慕っていることは傍目にも明らかで、その事実がノアにもたらした衝撃は大きい。


 御剣家の人間が鬼人に慕われている。それがどれほどありえざることなのか、ノアはそのことを知っている。


 ノア個人としては、空の在り様を好ましく思う。だが、為政者としてのノアは、空の在り様を恐ろしいと感じていた。


 組織の長ともなれば、大を生かすために小を捨てねばならないこともある。今後、法神教ないし聖王国がその決断をくだしたとき、空や空の大切な人が「小」の側に入れば、空は敢然と立ちあがって「大」に牙をくだろう。


 そして、ノアはそれを止めることができない。


 なぜなら空は竜殺し。竜でさえ止められない人間を、どうして止めることができようか。


 そんな事態を避けるためにも、空と周囲の人間を(切り捨てる)の側に含めてはならない。だが、今のノアには空が何を大切に思うのか、誰を大切に思うのかが分からない。


 だから、確かめなければならない。御剣空とはどのような人物なのかを。




 ややあって、考えをまとめたノアはゆっくりと立ち上がる。


 その右目には思慮の深さを感じさせるみどりの光が、まばゆいほどに瞬いていた。

 



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