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第二十九話 黒い襲撃者


 ぷいぷいと上機嫌なクラウ・ソラスに乗って北へ向かう。


 途中、三つの防壁が眼下を通り過ぎていった。これは先の魔獣暴走スタンピードの際、イシュカを守るために築かれた四重防壁である。


 これから向かう第四防壁以外は使用されることはなかったそうだが、ちらほらと人影が見えるあたり、他の三つも最低限の運用はしているようだ。たぶん、ティティスの森の不穏な現状を踏まえてのことだろう。


 ほどなくして、俺の視界に四つ目の防壁が映し出される。魔獣暴走スタンピードにおける最前線。俺がヒュドラと戦っている間、クライアたちはここで魔物を食い止めていたわけだ。


 今回の魔物討伐でもこの第四防壁が拠点となっているらしく、他の三つとは比べものにならないくらい大勢の人間が出入りしていた。


 当然のごとく、そのほとんどが武装しているが、あまり殺気立った様子は見られない。食べ物を売っているとおぼしき屋台には行列ができているし、昼間っから酒杯をかかげて気勢をあげている冒険者も見る。そして、見回りのカナリア兵はそれらをとがめようとしていない。


 緊張感に欠ける光景は、先の魔獣暴走スタンピードでは決して見られなかったものだ。つまり、それくらい状況に余裕があるのだろう。なんだ、別に急いで来る必要はなか――げふんげふん。


 そんなことを考えていると、藍色インディゴ翼獣ワイバーンの姿に気づいた者たちがこちらを指さし、何やら興奮したように声を高めているのが見えた。それに気づいた者たちが同じように声を高め――といった具合に騒ぎが広まりつつある。


 藍色の鱗の翼獣ワイバーンはやっぱり目立つな。別段、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ここにありと喧伝けんでんするつもりはなかったので、俺は防壁からやや離れた位置にクラウ・ソラスをおろした。騒ぎが大きくなって守備兵を刺激しても困る。


 そうして改めて自分の足で防壁に向かった。あらかじめ連絡せずに翼獣ワイバーンで接近したことで多少の悶着もんちゃくはあるものと覚悟していたが、門の守りについていたカナリア兵は敬礼せんばかりの丁重さで俺を通してくれた。


 どうやら俺を援軍か何かと勘違いしたらしい。わざわざ誤解をとく必要もないので、なるべくまわりから頼もしく思われるように背筋を伸ばして門をくぐる。


 さて、シールやスズメはどこにいるのかな。一口に防壁といったが実態は砦に等しく、兵舎もあればやぐらもあり、厩舎きゅうしゃもあれば指揮所もある。適当に歩いているだけでは探し人を見つけることはできないだろう。


 ならばと人にたずねようとしても、周囲の者たちは俺を遠巻きに囲んでざわめくばかり。なんだか珍獣にでもなった気分である。


 仕方ない、門に逆戻りして兵士にくか。獣人シールはともかく鬼人スズメの存在は目立つから、同じ場所で働いていて知らないということはあるまい。あ、でもスズメが帽子をかぶったままなら、周囲が鬼人だと気づいていない可能性もあるな。うかつなことを言わないように気を付けないと。


 そうしてきびすを返そうとしたとき、近くの建物――俺が指揮所と判断したところ――から見覚えのある姿が二つ、勢いよく飛び出してきた。そして、俺の姿を認めて息せき切って駆け寄ってくる。


 もちろん、それはスズメとシールの二人だった。



「ソラさん、お帰りなさい! もう戻られていたんですね!」


「お、お帰りなさい……!」



 元気よくシールが、次いでスズメが挨拶してくる。


 俺は二人にただいまと応じながら、さりげなく少女たちの様子を観察した。こうして見るかぎり、二人とも怪我をしている様子はない。打ち続く戦闘の疲労で目元にくまが……なんてこともなさそうだ。やはり魔獣暴走スタンピードのときと比べれば、魔物の出現はずっと緩やかなのだろう。


 俺は内心で胸をなでおろしつつ、二人に問いを向けた。



「二人とも元気そうで何よりだ。それで、セーラ司祭からルナマリアとミロスラフもこちらに来ていると聞いたんだが、二人も無事か?」


「はい、もちろんご無事ですよ! 今は森に入っているので、ここにはいらっしゃいませんけど」



 シールが勢いよくうなずいて俺の疑問にこたえる。


 それを聞いた俺は怪訝に思って問いを重ねた。



「森に入っている? 森から出てきた魔物を討伐する依頼と聞いたんだが、こちらから踏み込んで魔物を退治しているのか?」



 それだと危険度が段違いに高くなる。もちろん深域や、ましてや最深部にまで足を伸ばしてはいないだろうが、今のティティスの森はヒュドラ出現の余波で従来の区分け――外周部、深域、最深部――が意味をなさなくなっている。ふとした拍子に深域の魔物が外周部に姿を見せてもおかしくないのだ。


 俺の疑問に対し、シールとスズメは顔を見合わせる。戸惑いの視線ではなく、どちらが答えるのかを目線で相談している風だった。


 ややあってスズメが口をひらく。



「お二人が森に入ったのは、討伐のためではなく案内のためなんです。法の神殿の方々から、ティティスの森に詳しい人に案内をしてもらいたいと頼まれまして……」



 スズメの答えを聞いた俺の頭にはてなマークが乱舞する。法の神殿がティティスの森の案内を頼んできたって、なんでまた?


 さらに問いを重ねようとした俺は、困り顔の二人を見てあわてて口をつぐんだ。矢継ぎ早に質問を重ねると、なんだか俺が二人を責めているみたいでよろしくない。だいたい、二人に法神教の意図や目的を訊いたって答えようがないだろう。


 ルナマリアとミロスラフが自分の意思で依頼を引き受けた以上、あえてこの時期に森に踏み込まなければならない理由があったのだと推測できる。ここで俺があれこれ言い立てても仕方ない。


 今はそれよりも、クランのために危険を冒して今回の依頼に加わった二人を褒めてあげなければ。


 そう思って口をひらきかけた俺だったが、ここでスズメたちの後を追うように指揮所から出てきた人物を見て、またしても口をつぐむ羽目になった。



「……お久しぶりです、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)



 そう言って硬い表情で頭を下げたのは冒険者ギルドの受付嬢リデルだった。


 こうして顔をあわせるのはヒュドラ戦の後、リデルの求めに応じて家に招待して以来になる。別の表現を用いれば、エルガートのために我が身を捧げようとしたリデルを、何もせずに帰して以来だ。


 あれからギルド内部のゴタゴタがどういう決着をみたのかは知らないが、こうしてリデルが職員を続けているということは、エルガートはなんとかギルドマスターの地位を守ることができたのだろう。


 それはまあいい。わからないのは、リデルがわざわざ俺に話しかけてきた理由である。まさか「あのときは何もせずに帰してくれてありがとうございます」などと言いに来たわけではあるまい。


 シールとスズメのすぐ後に出てきたのも偶然ではないだろう。リデルが二人と話をしていたというなら、その内容には耳をそばだてずにはいられない。


 こちらの警戒を察しているのか、リデルは明らかに緊張している様子だった。ただ、それは後ろ暗いところがあるからではなく、自分の存在が俺の気色を損じるのではないかと案じていたからのようである。


 その証拠に俺が短く挨拶を返したら、目に見えてほっとした顔になった。そしてもう一度丁寧に頭を下げてから、俺たち三人を指揮所の中の一室にいざなう。そこで俺は今回の依頼にまつわる細部の事情を聞かされた。




 リデルによると、直前にスズメが口にしていた「法の神殿の方々」というのは、聖王国から派遣された先遣隊であるとのことだった。その目的は教皇の到着に先立って結界魔術の基点を設けること。


 今回、『血煙ちけむりの剣』に持ち込まれた魔物の討伐依頼もこれと連動しているという。


 先遣隊の中には相当に高位の司祭も含まれているそうで、法神教および聖王国が今回の件に本腰を入れていることがうかがえる。


 カナリア王国にはセーラ司祭やイリアのような法神教の信徒が大勢暮らしている。それに、カナリア王国の混乱が長引けば、隣国である聖王国にも影響が出てしまう。そういったことを考慮した上で、教皇は今回の事態を座視することはできないと判断したのだろう。


 そう考えると、アザール王太子と咲耶さくや姫の婚儀の件で、教皇のカナリア入りがやたらと早かったのもうなずける。教皇の予定表には婚儀の他に結界魔術の構築も入っていたわけだ。


 しかし、結界には獣の王(ベヒモス)の角が必要だという話だったが、そのあたりはどうなっているのだろう。もしかして聖王国に予備でもあったのかな。あるいは、結界を長期的に維持するには獣の王(ベヒモス)の角が必要だけど、短期的であれば人の魔力でも大丈夫とか、そういう話なのか。


 ともあれ、他国のために尽力しようという教皇の決断には素直に敬意を表したい。俺自身はともかく、周囲の人間、とくに子供たちにとって毒は脅威だ。いくら解毒薬を用意できるとはいっても、はじめから毒に冒されないに越したことはない。


 一通りの情報を話し終えたリデルは、最後に予想どおりの台詞せりふを口にした。



「ティティスの森、ことに深域より奥の領域に関してソラ様の持っている知識はイシュカでも屈指のものです。どうか力を貸していただけないでしょうか」



 何度目のことか、受付嬢が深々と頭を下げる。それに対し、俺が返事をしようとしたときだった。



 カンカンカン!! と甲高い鐘の音があたりに鳴り響く。



 窓から外をのぞくと、見張り塔の兵士がティティスの方角を指しながら鐘を乱打しているのが見えた。


 わずかに遅れて「襲撃」「魔物」といった単語が切れ切れに室内に飛び込んでくる。眉根を寄せる俺を見て、リデルは落ち着いた面持ちで言った。



「日に何度かある襲撃でしょう。戦力はそろっていますので問題ないかと」


「それならいいが、シールとスズメは出ないとまずいんじゃないか?」


「お二人は非番ですので、本日の参戦義務はございません。ご心配なく」



 これまた落ち着いた解答だった。なんで二人ではなくお前が答えるんだ、と別の意味で顔をしかめたくなるが、それはさておき、確かにこの規模の防御陣地なら多少の襲撃ではびくともしないだろう。


 それこそ魔獣暴走スタンピード級の襲撃でもないかぎり――――その思考が終わらないうちに耳をつんざく絶叫が耳朶じだを打った。


 一つではない。二つ、三つ、四つ、五つ……まだ続く。まだ止まらない。リデルの顔に驚きと緊張が走ったことから非常事態であるのは明らかだった。


 そうしているうちに、ひときわ高い悲鳴があがる。悲鳴の主は今しがた見た見張り塔の兵士だった。


 黒い影が覆いかぶさるように兵士の体に取り付いている。


 俺はとっさにこの部屋から勁技けいぎを放とうとしたが、悲鳴がぶつりと途切れたことで手遅れであることを悟った。


 首筋を裂かれた死者の身体が見張り塔から落下していく。残ったのは二本の足で立ち、二本の手を動かし、牙をいて兵士の首を噛み裂いた黒い怪物。



食屍鬼グール――いえ、黒屍鬼アルグール!? どうしてアンデッドモンスターがここに!?」



 リデルの口から驚愕と共に襲撃者の名前が発される。


 人の屍を食う食屍鬼グールはよくゾンビと同列視されるが、強さでいえばゾンビよりもはるかにまさる。そして、黒屍鬼アルグールとはその食屍鬼グールの上位種というべき強大なアンデッドである。


 ティティスの森には多くの魔物、魔獣が出没するが、アンデッドモンスターのたぐいは出現しない。少なくとも、俺は一度も見たことがない。


 もちろん、森で果てて、そのままアンデッドになってしまった不運な冒険者がいないとは断言できないが、そんなアンデッドが十も二十も束になって襲いかかってきたとしたら、それは自然現象ではなく人為的な計画であると断言してかまうまい。


 死霊魔術師ネクロマンサー


 敵の正体を推測した瞬間、過日に斬った慈仁坊じじんぼうの顔が脳裏をよぎる。アンデッドモンスターを使役して王都ホルスを、そしてドラグノート公爵邸を襲った御剣家の旗士きし


 ただまあ、さすがに御剣家が動いたということはないだろう。俺が鬼神を討ったのはついこの間のこと。今の俺を討つのに食屍鬼グールやら黒屍鬼アルグールやらが何百いたところで役に立たないのは分かっているはずだ。


 この襲撃の目的は俺ではない。では、誰だ?


 死霊魔術師ネクロマンサーの天敵といえば神と神に仕える聖職者たち。となると、狙いは先ほど話に出てきた聖王国の先遣隊とやらだろうか。


 頭の中で考えをまとめつつ、腰の刀を抜き放つ。


 俺の推測が外れているのなら、それはそれでかまわない。だが当たっていた場合、先遣隊と行動を共にしているルナマリアたちが巻き添えをくうことになる。


 どこの誰とも知らない奴に、貴重な魂の供給役を傷つけさせるつもりはなかった。 

 


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