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幕間 遠い呼びかけ

コミカライズ版のスタートに先立ち、本編を更新して、ついでに宣伝を、と考えていたのですが間に合わなかったので幕間投下。

書籍3巻の特典SSとして書いたスズメ編です(なお締め切りオーバーしたので特典にはならなかった模様)

時間軸としてはヒュドラ戦後、人質になったクライアが蝿の王の巣からイシュカに移り住んだ頃になります。


 その日、スズメは自分自身の叫び声で目を覚ました。


 寝具をはねのけ、上半身だけを起こした格好でぜえはあと荒い息を吐く。薄い夜着が汗を吸って重く湿っている。何かひどく恐ろしい夢を見ていた気がするのだが、夢の内容は煙のようにかき消えて思い出すことができなかった。


 ややあって落ち着きを取り戻したスズメは、胸元にはりついた夜着を指先でつまみあげた。ずいぶんうなされていたらしく、しぼれば汗が垂れてきそうな濡れ具合である。


 このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。夜着を替えてもう一度横になるか、それとも、いつもの服に着替えて起き出すか。考えあぐねたスズメは、判断を保留したまま窓に歩み寄った。


 外を見れば、空はやや白みはじめている。朝日が顔をのぞかせるまでもう少し、というところだろう。

 と、そのとき、スズメの視界に二つの人影が映った。中庭の一角で激しく動き回っている者たちがいる。



「――ッ!」


「――」



 目にも止まらぬ速さで交錯する黒と白、二つの影の正体はソラとクライアの二人だった。


 二人が稽古をしている姿を見るのは珍しいことではない。というより、ここ最近は日常の光景となっている。それくらいソラはクライアに付きっきりだった。


 普段は互いに武器を持ち、激しく刃鳴りを響かせながら剣を交えている二人だが、時刻を考慮してか、今は互いに素手の状態である。それでも二人の手合わせは訓練とは思えない激しさであり、スズメは二人の動きを目で追うことさえできなかった。



「…………はぁ」



 知らず、口からため息がこぼれおちる。


 先の襲撃からまだ半月と経っていない。自分やシールを殺そうとした相手を虚心坦懐に受け入れられるほどスズメの心は広くない。クライアとソラが終始一緒にいる光景は、スズメの胸にもやもやした感情をもたらした。


 わかってはいるのだ。ソラがクライアと行動を共にしている理由の一つは監視であるということは。ソラはクライアが再びスズメたちを襲うことがないように見張ってくれている。


 それがわかっているのに、二人を見ていると表情が曇ってしまうのは――



「ソラさん、楽しそう……」



 クライアと稽古をしているときのソラは、スズメが見たことのない表情をしている。子供のように無邪気で楽しげな顔。強い力を持つソラにとって、手加減せずにやり合える相手はそれだけ得がたい存在なのだろう。


 それを思うとスズメの胸の奥がずきりと痛む。



『あなたはァ!』



 脳裏によみがえったのは、激昂した過去の自分。シールを斬り、あまつさえ足蹴にしたクライアに挑みかかり――赤子の手をひねるようにたやすく倒された自分。


 イシュカにやってきてから、スズメなりに一生懸命がんばってきたつもりだった。だが、その努力は襲撃者に対して無力だった。たぶん、この先十年、二十年がんばっても結果はかわらないだろう。スズメとクライアの力量差はそれほどまでに隔絶している。


 これはスズメにかぎった話ではない。スズメから見れば遙か高みにいるルナマリアやミロスラフだってクライアには届かない。きっと、永遠に。


 理不尽なまでの実力差。


 ソラがそうであることに疑問を持ったことはなかった。むしろ頼もしいと思い、なんとかソラの役に立てるようになりたいと努力を重ねた。


 ソラと同じ場所に立っているクライアは、ある意味、スズメにとっての理想そのものである。



「……ああ、そっか。わたしはあの人を羨んでいるんだ」



 自分を襲ってきた人だというわだかまりはもちろんある。だがそれ以上に、自分が理想とする場所に立っている姿を見せつけられたことがショックだった。どれだけ努力を重ねても自分がその場所にたどり着くことはできない、それを思い知らされて心がきしみをあげている。


 スズメが弱かろうと強かろうと、ソラは一向に気にしないだろう。


 だが、今のスズメとソラの関係は、スズメが一方的にソラによりかかっているだけだ。そんな関係が長続きするはずがないことは、森暮らしをしていたスズメにだってわかる。


 何よりも怖いのは、ソラによりかかる生き方に自分が疑問をおぼえなくなってしまうこと。本当の意味で足手まといになってしまうことである。


 そうならないためには努力を重ねるしかない。これまでの努力で届かないのなら、これまで以上に努力すればいい。


 もし、それでも届かないときは――そこまで考えたとき、ドクン、とスズメの心臓が脈打った。何かを訴えかけるように、強く。


 一瞬、脳裏にほおずきのように赤い目をした誰かの姿が思い浮かぶ。それは先刻の夢の残照。スズメはその誰かの姿を思い出そうとするが、思い出そうとするほどに記憶にもやがかかり、姿が不鮮明になっていく。


 結局、この日、スズメは夢の中身を思い出すことができなかった。



本日(3/26)18時より、コミックアーススターにてコミカライズ版がスタートします。

東條チカ先生が描くもう一つの反逆のソウルイーター、ぜひご覧ください!


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反逆のソウルイーター第8巻7月14日発売
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