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第二十五話 歓迎


 カナリア王国の王都ホルスに到着した俺は、その足でドラグノート公爵邸に向かった。


 碁盤目ごばんめ状に整備された王都の街並みは、先だって訪れたときとかわらぬ賑わいをみせている。ただ、以前はあちこちから聞こえてきたリュートや琵琶の演奏はまばらになっていた。


 音楽に耳を傾ける心の余裕も、ましてや演奏に金を出すふところの余裕もない、といったところだろう。


 そう思って改めて周囲をみれば、賑わいのなかにも人々のせわしなさが目についた。どこか浮き足立った感のある喧騒は、近づく婚儀の影響か、それとも他の要因によるものか。


 そんなことを考えているうちに、見覚えのある豪壮な邸宅が見えてきたので視線をそちらに移す。


 公爵邸はあいかわらずでかかった。王族の邸宅と比べても遜色そんしょくない門構えを遠目に確かめて、俺はハタと足を止める。


 冷静に考えてみれば、先触れのひとつも出さず、いきなり「すみませーん」と公爵邸を訪ねるのは礼儀的にまずいのではなかろうか。俺は竜騎士だ竜殺しだと騒がれているが、公的には無位無官の民間人で、おまけに一部では詐欺師扱い――偽・竜殺し(ドラゴンライアー)――されている身。門前払いされてもおかしくない。


 もちろん、ドラグノート公や二人の公女は俺を疑うまい。だが、王国を取り巻く状況を考えると、公爵や長女のアストリッドが自宅でのんびりしている可能性はごくごく低い。いるとすれば次女のクラウディアだが――ううむ、公爵家の家臣が素性のあやしい訪問者のことを病み上がりの公女のところまで持っていくかな? 俺が彼らの立場であれば、クラウディアに余計な負担をかけないように配慮する。つまり、自分の判断で追い返す。



「むう……こうなったら門衛が俺の顔を知っていることに賭けるしかないか――って、おや?」



 駄目で元々、と思いつつ公爵邸に向けて歩いていると、なにやら門のところで動きがあった。


 見れば、邸内から出てきた小柄な人影が、慌てたように二人の門衛に何事かを確認している。これに対し、門衛たちは戸惑ったように首を左右に振っている様子だった。


 殺気だった感じは受けないので、いつぞやのように誰かが襲撃してきたとか、そういうことではなさそうだが――ともあれ、俺にとっては好機だった。何故といって、邸内から出てきた人物に見覚えがあったからである。


 クラウディア・ドラグノート公爵令嬢。


 彼女が邸内に引っ込んでしまう前に声をかけねば、と思った瞬間、その声なき声を聞きとったかのようにクラウディアがこちらを向いた。


 重なり合う二つの視線。クラウディアが驚いたように大きく目を見開く。


 その驚きが満面の笑みに変わるまで、かかった時間はごくわずかだった。



「ソラさん!!」



 タッと地面を蹴るクラウディア。丈の長いスカートは走るには適さない服装だったが、クラウディアは意にも介さず軽やかに駆け寄ってくる。鹿が駆けるにも似たその姿に、呪いで苦しんでいたかつての面影はない。


 息も切らさずに俺のもとまでやってきたクラウディアは、こちらが口をひらく隙も与えずに両手を握り締めてきた。



「わあ、やっぱりソラさんです! お久しぶりです、クラウディアです! その節は大変お世話になりましたっ」



 耳に心地よい声。ふわりと鼻をくすぐる芳香は香水のものか、生来のものか。


 こちらを見上げる紫の双眸そうぼうは生気に満ちてくるめき、血色の良い頬は瑞々しく輝いている。


 かつて、クラウディアの容姿に影を落としていた衰弱のかげりはどこにも見られず、おてんば姫本来の健康的な魅力が前面に押し出されている。そこに年頃の少女らしい可憐さが加わり、さらには感じの良い笑顔がプラスされた日には、もう可愛いとしか言いようがない。


 俺は素直に内心の感嘆を声にした。



「お久しぶりです、クラウディア様。お綺麗になられましたね」


「……え?」



 それを聞いたクラウディアがきょとんとした顔で俺の顔を見つめてくる。ややあって、公爵令嬢の白い頬が一気に赤くなった。


 頬を朱で染めたクラウディアを見て、俺は遅ればせながら失言に気づく。


 再会の第一声が「綺麗になった」ってなんぞ。お元気そうでなにより、とか他にいくらでも言いようはあっただろうに思わず本音が漏れてしまった!



「も、申し訳ありません、ぶしつけでした」



 慌てて頭を下げると、我に返ったクラウディアがぶんぶんと首を左右に振る。



「い、いえ、その、ありがとうございます! ソラさんに褒めていただけて、ボクも嬉しいです……!」



 首筋まで赤くしたクラウディアがうつむきがちにこたえる。


 俺は慌てており、クラウディアは照れている。互いに話のが見つからず、沈黙がその場を支配した。


 ……いかん、俺の不用意な発言のせいで変な雰囲気になってしまった。ここは年長者として仕切りなおしをせねばなるまい。



「そ、そういえばクラウディア様、何か御用があって外に出てこられたのでは?」


「よ、用ですか?」


「はい、私がお屋敷を訪ねる前に外に出ていらしたでしょう? ですので、何か御用がおありだったのではないかと推察したのですが……」



 そうたずねると、クラウディアは納得したようにうなずいた。



「あ、そういうことですか。ええと、ですね、もしかしたらソラさんが近くまで来ていらっしゃるのではないかと思って確かめに来たんです」


「……んん? 私が訪ねる前に、私の訪問を予期していた、ということですか?」



 前述したとおり、俺は公爵家に先触れの使者を遣わしていない。クラウディアが唐突に予知能力に目覚めでもしないかぎり、俺の訪問を予期することは不可能なはずなのだが。


 怪訝そうな俺の様子に気づいたクラウディアが、詳しい事情を説明してくれた。


 いわく、クラウディアはつい先刻までクラレントと一緒にいたという。なお、クラレントというのはクラウディアの名前を冠した公爵家所有の翼獣ワイバーンのことである。


 で、そのクラレントが急に屋敷の外を向いておろおろし始めたのだという。



「具体的に言うと、身体が震えて、尻尾が縮こまって、頭を地面につけてしまったんです。それはもうぺったりと」


「めちゃくちゃ怖がっていませんか、それ?」



 クラレントに怖がられるようなことをした記憶はないんだけどな。いや、たしかに以前に公爵家を訪れたとき、厩舎にいる翼獣ワイバーンたちに避けられているな、とは感じていたけれども。


 あれは俺ではなく藍色翼獣(クラウ・ソラス)に向けられた畏怖だとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。クラウ・ソラスがそうだったように、クラレントも俺の中の竜を感じ取っているのかもしれない。


 そんなことを考えているうちにもクラウディアの言葉は続いていた。



「クラレントいわく、決して怖がっているわけではないとのことですが、ともあれ、クラレントが過去にそういう反応を示したのはソラさんだけです。なので、ソラさんがいらしているのではないかと考えた次第です」


「そういうことでしたか。正直なところ、先触れもなしにやってきたので門前払いされるかも、と案じていたのです。クラウディア様が出てきてくださって助かりました」


「門前払い、ですか?」



 俺の返答を聞いたクラウディアが驚いたように目を瞬かせた。


 ややあって、その頬がぷくっとふくれる。



「ソラさんはドラグノート公爵家が恩人を追い返すような忘恩の家だと、そうおっしゃるのですか?」


「や、そういうわけではないのですが、公爵家の方が全員私の顔を知っているわけではないでしょう? 私の顔を知らない人にとって、私は無位無官の民間人に過ぎません。ですので、そういうこともありえるかな、と考えました」


「ソラさん」


「はい」


「国王陛下から藍色の竜騎士の二つ名をたまわり、王都を襲った惨劇の首謀者を斬り、王国を震撼させた魔獣暴走スタンピードを終結せしめ、ついには伝説の猛毒竜を討ち果たして竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の栄誉を勝ち得た。そんな人が無位無官の民間人を主張するのは無理がある、とボクは思います」


「……」



 ぐうの音もでなかった。クラウディアはなおも言葉を続ける。



「今やソラさんの名前を知らない人はカナリア王国にいないでしょう。少なくとも、ドラグノート公爵家にはいません。たとえソラさんの顔を知らずとも、ソラさんの功績は知っています。ソラさんが名前を出してくだされば、顔を知っている者に確認をとるはず。間違っても門前払いする者はおりません」



 だから、これからも遠慮なく訪ねてきてください。


 クラウディアはそう言ってにこりと微笑んだ。そして、それまで握っていた俺の手を離すと、自然な動作でスカートのすそをつまみあげ――



「ようこそお出でくださいました、竜殺し(ドラゴンスレイヤー) ソラ。ドラグノート公爵家を挙げて歓迎させていただきます」



 見惚れるような優雅さで一礼した。



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