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第十話 疑念


青林せいりん八旗はっきの精鋭が一堂に打ち揃った今日という日に異変が起きたことは座視できぬ。敵は柊都しゅうとの守りが一時的に手薄になることを知っていたのだ。何者かの密告によってな」



 長い金髪を揺らしながら、厳然たる口調で言い放つラグナに対し、俺は肩をすくめて応じた。



「その密告者が私である、と? これは異なことを仰せになる。今日という日付を指定して私を招いたのは御剣家でしょうに。この場に上位旗士を集めたのも同じく御剣家が決めたこと。私の意志は寸毫すんごうも関与しておりません」



 それは弁明というより、単純な事実の指摘だった。


 それだけではない。試しの儀をおこなうと決めたのも、その相手を竜牙兵から土蜘蛛に変更したのも、さらにいえば八旗の旗士きしたちに俺の戦いを見物させたのも、すべてすべて御剣家が決めたことだ。


 その責任を俺になすりつけられても困る。俺は言外にそう告げた。


 これを聞いたラグナは微塵みじんも動じずに言葉を続ける。



「貴様の母の命日に八旗が集合することは、貴様が放逐ほうちくされる以前から変わっていない。つまり、貴様は今日柊都(しゅうと)の防御が弱まることを知っていた。知っていて、これを奇貨きかとして行動を起こしたのではないか? 一月ひとつきという時間があれば、手勢を集めることもたやすいというものだ」



 ラグナが口にしたのは言いがかりとしか言いようのない論理だった。


 だが、その一方で、何の後ろ盾もない島外の人間を拘束する口実としては十分な論理でもあった。まあ、後者の場合は論理というより屁理屈のたぐいであるが。


 そんな俺の内心を察したわけでもあるまいが、ラグナは次のような言葉を放った。



「単純な事実として、貴様が島に戻ってきたその日に御剣家に仇なす敵が動いた。過去何年、何十年と起こらなかったことが、貴様が戻ってきた日に起きたのだ。この事実が意味するところは重いと知れ。青林せいりん旗士きしとして、御剣家の嗣子として、これより貴様の身柄を拘束する。従わない場合は襲撃への関与を認めたものとみなす」



 青い双眸そうぼうでひたとこちらを見据えるラグナは真剣そのもので、本気で俺を捕らえるつもりでいることがうかがえた。


 本当に俺を首謀者だと考えてのことか、あるいは、疑わしいからとりあえず身柄を拘束しておこうと考えてのことか。まさか個人的感情にもとづく嫌がらせではあるまい。


 おそらくは「この危急の事態に島外の人間にうろつかれたくない」というのがラグナの考えなのだろう。それ自体はしごく真っ当な考えだ。なにせ俺は、大広間のやりとりで御剣家への隔意かくいを「これでもか!」とばかりに見せつけている。そんなやつを野放しにしておけないと考えるのは当然のことだった。


 それこそ、本当に敵と通じている可能性もある。俺がラグナの立場でも、事が終わるまで牢に放り込んでおく程度のことはするだろう。


 まあ、だからといって向こうの言い分に従うつもりなんぞ欠片かけらもないのだが。


 俺は心装を構える弟に神妙にたずねた。



「なるほど。つまり嗣子殿はこうおっしゃっているわけですね? ここに列座する旗士きしたちは――剣聖閣下も、双璧のお二方も、司馬ゴズ殿も、司徒ギルモア殿も、もちろん嗣子しし殿も、なすすべなく私の策略に引っかかり、御剣三百年の治世の象徴たる柊都しゅうとに無様に穴をあけられた無能者である、と」



 あえてあざけりを見せず、真剣な面持ちでたずねると、ラグナの顔がメキリと音をたてそうな勢いで歪んだ。



「……空、貴様」


「失礼、言葉が過ぎました。ですが、証拠もなしに疑いをかけられた身として、一言いわずにはいられなかった心情をお汲みください。つけくわえれば、我が母の命日に八旗が集まるという慣習に慣れきって、ろくな対策をとらず、無様に隙を突かれた自分たちの責任を私になすりつけるのもやめていただきたい。幻想一刀流は破邪の剣にして護民の太刀。心装をふりかざして罪を強いる嗣子殿の行いは、護国救世の志を持つ旗士きしのすることではない」



 そこまで言った俺は、ここではじめて表情を変えた。


 あざけるように頬をゆがめ、せせら笑うように口の端を吊りあげ、それでいて幼い弟に語りかけるように優しく目を細めながら――



「何をそんなに怖がってるんだ、ラグナ?」



 そう告げた次の瞬間、視界からラグナの姿が消えた。


 同時に俺はわずかに首をかたむける。


 間一髪、いや、間半髪の差さえなかっただろう。寸前まで俺の頭があった空間をかすめるように、背後から黄金の刀身が突き出された。


 剣には殺意がなく、もし俺が頭を動かさなくても死にはしなかったろう。ただ、かなりざっくりと頭を斬られていたのは間違いない。


 剣が引き戻される前に、俺は刀身をつかんで相手の動きを封じる。黄金の刃がけいの守りを切り裂いて手が血にまみれるが、気にせずにガシリとつかみ続ける。


 と、背後から低く押し殺した声が聞こえてきた。



「――俺がお前ごときを怖がっているだと?」


「そうだ。だからこそお前は心装を出した」


「黙れ! 心装を出したのは、先刻からのお前の増上慢にきゅうを据えてやるためだ!」


「心装を出さねば灸を据えることもできないと認めるわけだ。そういえば、五年前もお前は心装を持ち出していたな。勝ち誇ってのことかと思っていたが……ひょっとして、あのときからずっと怖がっていたのか? いつか俺が帰ってくるんじゃないかと」


「黙れと言ったッ!」



 ラグナが叫ぶと同時に、握っていた刀身から焼けるような熱が伝わってきた。


 次に起こることを察して、さすがに俺の身体にも緊張が走る。



「『刈り取れ、ハ――』」


「はい、そこまで」



 ラグナが心装を抜刀しようとした、そのときだった。


 ふわり、と柔らかい声が俺とラグナの間に割って入ってくる。


 草原を駆ける風のように涼やかな声音は、アヤカ・アズライトのものだった。 




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