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閑話 布石



「帰ってきたか、クライア」



 とぼとぼと力ない足取りで外門をくぐったクライアが屋敷に向かって歩いていく。その背に向けて声をかけると、クライアが大げさなくらい、びくり、と肩を震わせた。


 慌てて振り返るクライア。門近くの壁に背をあずけ、クライアの帰りを待っていた俺は、わかりやすく「にぃ」と唇の端を吊りあげた。



「そ、空殿……」


「おやおや、ずいぶん顔色が悪いな。大丈夫か?」



 そう告げると、ただでさえ青かったクライアの顔がさらに青くなった。紅い目に恐怖と疑念が交互に浮かび上がる。


 そんなクライアに対し、俺はもう一度にやりと笑いかけた。


 ――あたかも全てを見透かしているような物言いだが、実のところ、半分くらいあてずっぽうである。


 正確にいえば、イシュカに怪しい連中が入り込んでいることは知っていた。以前の慈仁坊の一件から、アドアステラとカナリアの国境にはドラグノート公爵の目が光っているし、イシュカには奴隷商組合の情報網が張り巡らされている。


 本職の密偵ならば、そういった監視の目をかいくぐることもできようが、鬼ヶ島の旗士きしたちはそこまで多芸ではない。彼らはあくまで戦士であって、間諜スパイではないのだ。


 だから、彼らの動きはだいたい把握できていた。


 問題は、連中がどのタイミングでクライアと接触するかが分からないことである。


 間諜スパイではないとは言ったが、さすがに街中で見張りをつければ勘付く者も出て来るだろう。向こうに慎重になられてしまうと、こちらとしても色々とやりにくい。


 だから、俺はあえて連中を放置しておいた。注意すべきはクライアだけ。連中が接触してくれば、クライアの言動にも変化が出るはずだ。


 当然、これには逃亡の危険がつきまとうのだが、クライアの容貌では気づかれずに城門を出ることは難しい。仮にうまく城門を出られたとしても、俺が全力で追いかければ、鬼ヶ島に着くまでに捕捉できる。


 俺はそんな風に考えながらクライアの帰りを待っていた。


 で、その結果が眼前の青ざめたクライアである。うん、顔に出すぎだろう、クライア・ベルヒ。疑う必要すらなく、鬼ヶ島と接触したと確信できたわ。


 まあ、なんだかんだでクライアはベルヒの一族、黄金世代として周囲から期待されてきた身だ。いわばエリートであり、今のように人質にされた状況で冷静に振る舞うことは難しいのだろう。


 ――さて、ここで俺がゴズとクリムトに出した条件を復唱しよう。



『まずはゴズとクリムトを鬼ヶ島に帰し、俺の要求を伝えさせる。要求とはもちろんスズメのこと。御剣の当主に対し、スズメのことは俺に一任し、御剣家は今後一切関わらないことを誓わせるのだ』


『クライアはその誓約がなされるまでの人質である。むろん、当主が俺の要求を拒否した場合は相応の覚悟をしてもらうことになる。向こうが俺の周囲の人間に手を出してきた場合も同様だ』



 父は俺に対して「鬼人を任せてほしくば島に出向いて力を証明せよ」といって寄越しただけだ。こちらがクライアを解放する理由はない。


 この状況で鬼ヶ島がクライアの奪還に動いたならば、こちらは人質に対して報復をおこなうだけである。クライアもそのことを承知しているからこそ、こんな顔色になっているのだろう。


 ただ、これは俺の手落ちなのだが、俺は「一人たりとも旗士きしを送るな」とは伝えなかった。向こうが「クライアの安全を確認するためにやってきただけだ」と強弁すれば、報復の名分は立たなくなる。それがどれだけ見えすいた嘘だったとしても、である。




 もちろん、そういった小難しい理屈を抜きにして行動することもできた。


 すべてはクライア奪還のための行動だと決め付け、怪しい連中を切り捨て、報復としてクライアの魂をむさぼることもできた。


 だが、そうやって強引にクライアを組み伏せてしまうと、今後のクライアの行動に常に目を光らせておかないといけなくなる。


 ただでさえ色々と厄介事が立て込んでいるのだ。クライアは今のところ、きちんと人質としての理非をわきまえて行動している。そのクライアを無用の反抗に駆り立てるのは下策だった。


 なによりも。


 俺の見るところ、生真面目なクライアは自分が誓約を破ったと判断すれば、こちらの報復を当然の結果として受けいれるだろう。


 クライアをその状態に持っていくことができれば、俺にとっては万々歳だった。



「どうした、街中で誰かに会ったのか? 青林旗士がそんな顔をしなければいけない相手は、いったい誰なんだろうな?」


「……それは」



 こちらがどこまで把握しているのかがつかめず、クライアは言葉を詰まらせる。


 クライアにしてみれば袋小路に追い込まれた気分だろう。俺に嘘をついて報復の口実を与えるか。事実を口にして御剣家を裏切るか。どちらにせよ、クライアはのっぴきならない立場に追い込まれることになる。


 だからこそクライアは沈黙の砦に立てこもっているわけだが、こちらとしては、それはそれで望むところである。俺は三度みたびにやりと笑った。



「言えないなら言えないでかまわないが、お前が黙っていたということはおぼえておくからな」


「うぅ……」



 クライアの紅い目に焦燥が浮かび、渦を巻く。


 救出の企みを知りながら無言を貫いたとなれば、それは救出に協力したと同じこと。青林旗士を片付けた後、クライアを追い詰める武器になる。


 繰り返すが、俺は今日のクライアの行動を知らないので、正確には言いがかりに過ぎない。クライアが奪還の企みなど知らなかったと強弁すれば、それ以上のことはできないのだが――まあ、眼前のクライアを見るかぎり、間違いなく効果は覿面てきめんだろう。


 思いのほか早く、青林旗士の魂を喰らうことができそうだった。



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