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閑話 同調とは



 かつて、アドアステラ帝国に一人のひじり――高徳の僧がいた。


 若いながら慈愛に富み、寛仁かんじんに満ちた僧の人となりは多くの人々に慕われた。


 僧は優れた術師でもあり、棒術にも長け、地にはびこる悪鬼妖魔を調伏ちょうぶくすることに熱意を燃やしていた。


 あるとき、僧は法衣をまとって故郷を出る。向かう先は三百年の怨念がこびりついた妖魅ようみの島。


 その地には世の魔物が生まれ出でる原因とされる鬼門があった。この鬼門を閉じることができれば――いや、閉じるだけでは足りない。魔をうみだす元凶たる門を破壊することができれば、多くの人々が救われるはず。若き僧はそう信じて鬼ヶ島に足を踏み入れたのである。


 魔物退治を繰り返してきた僧はあぶなげなく幻想一刀流に入門することができた。そして、試しの儀を経て青林八旗の一員となった。


 以来、寝食をけずって任務に励み、周囲の信頼を得て、その地の娘を妻にめとることもした。公私に充実した日々が続き、僧は一年、二年、三年と年を重ねていく。


 悲願である鬼門の破壊こそならなかったが、僧の功績は人々の口の端にのぼり、周囲からは信頼と敬意を向けられる。隣には、大人しいながらも気立てがよくて優しい妻。他者から見れば羨望すべき生活だったろう。僧自身、幸福を感じていたのは間違いない。


 ただ、鬼ヶ島に来て数年が経ったころ、僧の中にはひとつの焦りがうまれていた。


 幻想一刀流の奥義たる心装を、いっこうに習得することができなかったからである。


 僧は鬼ヶ島の外から来た外様とざまの身。成人(十三歳)の頃から幻想一刀流を学んできた島出身の者たちに届かないのは納得できた。


 だが、僧と同時期、あるいは僧より後に鬼ヶ島にやってきた者たちの中に、僧より早く心装を習得する者がいることには納得できなかった。


 その者たちが僧より才能に長けている、あるいは僧より努力しているというならともかく、いずれも僧より劣るような者でさえ心装を習得しているのである。


 実際、僧の武術、魔法の腕は青林八旗の上位に位置していた。心装に至っていない者の中で、という条件をつければ、僧は上から片手の指で数えられるレベルに達していた。


 それでも心装を習得できない。


 心装とは何なのか――同源存在アニマの力を形にしたものである。


 では同源存在アニマとは何なのか。


 人間は心の中、魂の奥にもう一人の自分を宿している。これを同源存在アニマという――そういわれたところで同源存在アニマなど見つからない。いくら瞑想しようとも、断食を行おうとも、もう一人の自分は影も形もなく、声のひとつも発しない。


 それでも若いうちはよかった。心装がなくとも、自分自身の力量で戦いの場に立つことができたからだ。


 だが、三十、四十と年齢を重ねていけば、どうしても衰えがあらわれる。若い頃から激しい戦いに身を投じてきた僧の身体は、衰えもまた早かった。


 こうなれば前線で戦うことは難しい。かといって、術師として後方から支援するという選択もできない。そもそも、鬼ヶ島の戦いには前衛だの後衛だのといった区分はない。魔物はいつでも、どこからでも現れる。自分自身を守れない術者など足手まとい以外の何物でもないのである。


 自分自身の限界を感じながら、それでもなんとか青林八旗にとどまろうとあがく僧に対し、妻はためらいがちに言った。


 そこまで無理をすることはないのではないか。若いときから懸命に戦ってきたのだ。もう休んでもいいのではないか。一線から退き、後進の育成をするのも立派な生き方ではないか、と。


 それを聞いた僧は激怒した。


 反論の余地もない正論。僧自身、幾度も自問し、その都度、鬼門を破壊するという志のために弱気な自分をねじ伏せてきた。


 妻以外の人間の言葉だったら聞き流すこともできたに違いない。


 だが、誰よりも近くで自分を支えてくれた妻の言葉だからこそ許せなかった。自分の努力も、志も、無意味なものだったのだと切り捨てられた気がした。



 ――その日、僧は夫婦になって以来、はじめて妻に手をあげた。



 ――その日、僧は旗士きしになって以来、はじめて同源存在アニマの声を聞いた。 



 同源存在アニマとは心の中、魂の奥に棲むもう一人の自分。いかなるごまかしも欺瞞ぎまんもきかない裸の本性。


 努力と修練の果てに目指した理想の自分が、必ずしも同源存在アニマと重なるわけではない。


 清く正しく生きる者に、醜く歪んだ同源存在アニマの声は届かない。


 同調とは、己の在り方と同源存在アニマを重ね合わせることである。




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