ローゼル村
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コントール山付近 、ーーローゼル村ーー
盗賊の住処となっているコントール山の麓にあるローゼン村は
自然に囲まれた、のどかな村だった。
村は農村で生計を立てている民が多く、質素な生活をしていた。
村人は二百人程の小さな村である。
既に村はキラーブッシュによる剥奪が行われてから
半年が過ぎていた……
最初の頃は自衛団を結成、村の若い衆が集まり、愛する妻や子供
を守る為、必死の抵抗を続けたが、キラーブッシュは強く、
2日で村は支配された。
抵抗した者をはじめ、体躯の良い男衆は皆殺され、老人と女、
子供が大半を占める村となっていた。
村長は近くの城に兵の救助を求めるも、城から遠いこの村に
兵が来る事は一度も無かった……
村長「皆の衆……三日後、キラーブッシュに生贄を捧げなければ
ならない……もうこれで18人目となる。
城に出兵を願い出たが……この小さな村の為に
来る事は無いじゃろう……
しかし我等にはもう……抵抗するだけの若い衆も殆ど
殺されてしまった……」
「もはや傭兵を雇うだけの資金もない……残された金品も
最早、奴らに殆どが奪われた。残念だが……
今回の生贄が決まった。
タロン家のミスリダだ……」
すすり泣く村人……
村の婦人達「すまないねぇ……うぅ」
ミスリダは気丈にも泣かず、村人に
「私は大丈夫、今までにも生贄はいたわ……ただ今回が
私なだけ……こんな酷い事、私で終わらせたいの……」
「此処を離れるのは皆んな辛いと思うわ、でもこのままでは
村は壊滅するわ……この村には私達の大切な思い出が、たくさん
詰まっているわ……でも……思い出をくれたのは村の皆んなよ」
涙を堪え、一心に上を向くミスリダ
「お願い、私はもう誰も失いたく無いの、私が行けば村には
3日は奴らは来ないわ、お年寄りや子供達には辛い旅路になる
でしょうが、どうか……どうか、違う場所に新たな村を作って」
小屋の側でミスリダの言葉を聞く一人の青年、レイルが
ミスリダに駆け寄った。
レイル「何故?何故君が……」
ミスリダ「いいのよレイル……私、立候補したの」
レイル「いつも君はそうだ、人の心配ばかりして最後にはいつも
自分が損をしようとする、僕がいつもいじめられている時だって
小さい頃から気の弱い僕を庇って殴られた事もあったじゃないか
レイル「ふふふ……レイルはいつも泣き虫だから……」
そんなミスリダを見ているのが辛くて、レイルはその場から
逃げる様に自分の家に飛び込んだ。
ミスリダ「村長……どうかレイルの事よろしくお願いします。
私今、告白しちゃいますけどレイルの事、好きだったんだ」
村長……
《この子はこんな状況になっても、人の心配をする娘なのだな
女がどうなるか……あの子にも容易に想像がつくだろうに……》
レイルは家で泣きながら、いつか来るであろうミスリダの為に
一人キラーブッシュを倒す為に準備をしていた。
しかしそれは無謀な事であるのは明白である。
一人で戦えるほど戦闘は甘くない。
ましてや奴らは戦闘の手練れでもある。
しかしレイルはそうする事でしか、ミスリダに恩と愛を伝える
事が出来なかった。
農作業で使う鉈を手に、ただ単に鉄を腹に巻いた姿は
滑稽であるが、彼は真剣そのものであった。
準備も整い、月が綺麗な夜、ミスリダを訪ねるレイル
二人は束の間の静かな夜村の近くに流れる川の麓で過ごした。
ミスリダ「私に何か言う事は無いの?」
レイルは、うつむきながら
「行かないで欲しい……」
ミスリダ「もう……そうじゃなくて……」
不機嫌そうにレイルを見る彼女にレイルは胸が痛んだ。
これからどうなるかレイルも理解していた。
そんな彼女にかける言葉など見つかりはしない
一緒に逃げようと言っても彼女は必ず断る。
村の為に時間稼ぎを自ら買って出た彼女に自分の不甲斐なさ
から告白も出来なかった。
彼は村の男達が戦っている最中、その戦いから逃げた。
そんな男が、こんな素晴らしい女に告白など出来ようがない。
現在、彼女が求めている言葉を知りつつも……
ただ一言……彼女はそれを胸に旅立とうとしているのに……
ミスリダ「まぁレイルらしいか……」
貴方、幸せになりなさいよ、そして両親の事、妹の事、
村のみんなを頼むわね……」
そう言うとミスリダはひたすら下を向いて、嗚咽しながら泣く
レイルをそっと抱きしめて、レイルにバレない様、
自分も声を殺しながら泣いた」
川のせせらぎがとても静かに流れ、川面に映る月が
綺麗な夜だった。
静かに震えるミスリダの手を肌で感じ、レイルもまた戦う決意に
体を震わせ、想いは互いの幸せに交差して……
そして、もう二度と交わる事のない未来へと離れて行く……
ーーその日の夜ーー
ミスリダを送り、一人準備を整えたレイルは花をミスリダの
家の前に置き、一人コントール山に向かった。
まだ山の麓の入り口でありながら手の震えが止まらない
しかし彼を歩ませる心は恐怖に勝り、その足は着実に
アジトの近くまで歩ませた。
盗賊の見張りが二人、大きな木のたもとで立っている。
レイルは気を沈めチャンスを伺う。
やがて一人が小便をしに、その場を離れた瞬間レイルは
渾身の力で鉈を振り回し、叫びながら見張りへと飛びかかった。
その一撃は見張り腹を目掛け、刺さろうかとした瞬間
いとも簡単に腕を掴まれ武器をもぎ取られた。
見張り「お前何だ?攻撃する時に叫びながら刺す奴があるか
そんなわかりやすい攻撃、当たれという方が無理だぞ」
「メキッ」
笑いながらレイルの腕を折った。
「ぎゃあああ……」
叫ぶレイルの声が山にこだました。
顔は暗闇でもわかる位に青ざめ、歯は恐怖に震えガチガチと
音がする姿が、見張りには滑稽で仕方ない。
鼻水は垂れ、涎が口から止めどなく溢れ、
目から大粒の涙を流す。それでもレイルは野盗に屈しなかった。
自分がここで息絶える事は最早、承知の上での
奇襲であったから、自分が事を起こしたからとて、
何も変わりはしない。
それは分かっている。
毎夜、教会に赴き祈る事しか出来ない自分にも
嫌気がさしていた。
そんな彼を奮い立たせたのは、愛の他ならない。
レイル「お……俺は、お前達を許さない……人から大事なものを
奪い、心も体も思い出も、全てを奪うお前達を……」
門番「はははっ何言ってやがる。弱い者が悪いのだろう
俺達は強い、わかるか? つ・よ・い・んだ。
弱い者は自然でも食われて終わりだろう?俺達は正直に自然に
暮らしてるだけさ、はははっ」
レイル「愛する者の奪われる気持ちが……
お前らに、お前ら……に、わかるのか!」
門番「あぁん、女の事か、女なんて、そこいらに沢山
居るじゃねぇか、なんでわざわざ一人に執着せねばいかんのだ?
抱きたきゃ拐って来るまでよ。
いちいち口説いてる意味が解らなねぇな」
見張り「お前らは雑草と同じなんだよ、抜いても抜いても
生えて来る、だから俺達が雑草の作る人間の食い物、
食って何が悪い?また生えて来るじゃねーかお前ら弱者は」
用を足しに行った見張りもやって来た。
「なんだ、こいつ、ヒョッヒロの棒みたいな男は」
ーー
「そうかそうか、漢気があるじゃねーか、俺らもよ、
暇してたんだわ、1つゲームをしようじゃねーか、
その指、全部自分で切れ、呻き声1つあげなきゃ頭に会わせて
やるぜ?」
「こりゃ見ものだ、お前出来たら、頭を殺すチャンスが
あるかもな、そうなったら俺らも頭、殺害の片棒担ぐ訳だな
ギャハハ、そんだけのリスク背負った勝負だな」
レイル「本当だな……」
レイルの力では到底、ボスの前に立つ事も出来ないのは
自分が一番分かっていた。どちらにしろ無事で帰る事は
もう出来ないのも承知、信じるなんて無謀な事でさえも
彼にはもう……選択肢は残されていなかったのである。
レイル「ミスリダ……結局、僕は何も出来なかった……
ごめん、ごめんなさい……」
レイルは着ていた服を破り、自分の口一杯に
それを放り込んだ。
噛み締めるだけでは声が出てしまう事を防ぐ為に、
自ら顎が外れる位に……
恐怖と怒り、愛と哀、彼は様々な想いを噛み締めた。
彼は幼少期から大人しく、いつも力の強い者に虐げられて
来た。しかし彼は復讐など考えた事はなかった。
ミスリダはそんな優しい姿が好きだった。
実際は盗賊団との戦いから逃げた村民も多かった。
威張り散らしたイジメっ子も慣れぬ戦いに恐怖し、戦闘中
逃げ出し、村に帰る事はなかった。
彼はそれでもミスリダのいる村に帰ったのであった。
非難覚悟で……
怒りと恐怖の感情を誰かに向けずにはいられなかった村民の
非難を一身に浴びるレイルを必死に庇ったのも彼女である。
ミスリダは村で評判の娘であった、そんな娘がレイルの様な
ひ弱な男性と付き合うのに、嫉妬する者も多かった。
愛する者、そして、こんな僕と付き合ってくれたミスリダの
自慢出来る彼氏になりたかった……
逃げた罪悪感、それでも、彼女から離れる事は出来ない愛の
証明に今、彼はこの恐怖の場所にいる。
ーー
震える指にナイフを押し当て、その農作業で荒れた美しい男の
指は体から離れた……
レイルの顔が高揚し赤くなる。目には涙が止めどなく溢れ
呼吸音とも思えぬ悲痛な音が喉を鳴らした。
一本……そして一本……
片手が終わり、もう片方の指も残り2本となった
レイルの顔は血色がもうなく、意識は朦朧としていた。
口一杯に放り込んだ布生地は、尋常ではない噛み締めで圧縮され
歯は砕け血が止めどなく流れる。
指の出血に加え、意識を保つのが精一杯の彼の顔は朦朧
とはいえ、白い顔に口からは血が流れ。指から出る出血が
飛び散りった顔は鬼の様な形相であった。
見張り「おおう、どうした?お前の愛はそんな物か?
お前の女、皆んなにどーさーれーるーのーかーなー?」
「お前知ってるか?女が拐われた後どうなるか、慰めもの
になった後、生きていれば殺されるか、足の腱を切られて奴隷へ
売り飛ばされるんだぜ?その後の人生は性病で終わるか発狂して
終わるか、自ら絶つか」
「一番売れる奴隷ってのはな美人で気丈で、そんな奴を切り裂く
趣味を持った奴らに売られんだ。
自害も出来ず、じわじわ治療されながら壊れるのさ
お前の痛みなんざ軽いもんさ」
「あー俺達、強くて良かったぁ アヒャヒャヒャ」
それを聞いたレイルは激昂し、自らを奮い立たせ最期の残った
2本の指を一気に切り落とした。
レイル「……これで……合わせてくれるの……だな」
立ってられなく、ヘタリ込むレアルがかすれた声で
言葉を絞り出す。
見張り「あん?つまんねぇな、まだ残ってるだろうが、
足の指がよ、かわゆいアンヨちゃんの方がよ」
レイル 「 ‼︎ 」
見張り「出来ないなら話は無しだ、まー出来たとしても叶える
訳はないがなぁぁぁ」
レイルは分かっていた……しかし悔しかった。
この選択しかない自分に……
レイルは天に向かって口から吐血を吐きながら叫んだ
「おおおおおおおおおおぉおぉぉぉ……」
「天よ!私の命を捧げる、どうか、どうか、ミスリダを……
ミスリダの愛するローゼン村の皆を、助けてくれまいかぁぁ‼︎」
門番「この野郎!うるせーっ!」
持っていたハンマーをレイルに向け振りかざしたその時
「ザワワワ……」
山が騒ぎ出した、漆黒の闇が辺りを急速に覆い始める。
暗闇から突然、冷気のようなものが辺りに流れ始める……
何処からともなく声が響く
謎の声「汝に問う……召されても尚、背負う罪と、
その命引き換えにその願い叶えよう……」
うなだれたレイルは最早、生き絶える寸前でありながら
かすれた声で絞り出した……
レイル「最早、尽きかけのこの命でその願いが叶うなら……
私は……私は……《ミスリダ……ごめん……さよなら》
……捧げる!
言い放ったその瞬間、レイルの胸から心臓をわし掴みにした
手が飛び出した、血飛沫は門番の顔にかかり、腰を抜かす見張り
レイルの背後には片膝をついたフードを深くかぶるも
奥底に見える白い仮面の男の顔がレイルの返り血で
真っ赤に染まった姿があった……
そして胸から突き出た手は心臓と共に強く握りしめた
囲い石が怪しく光り、レイルの血を激しく吸い込む異様な光景に
盗賊達は恐怖に目を離せずにいた……
…………(ボソ)
リアム「契約は果たされた……」
……
《囲み石》が閉じ込めた空間はレイルの無念さとボスである
ビルドの意識が混濁した空間であった。
林の周りは赤煉瓦風の壁で覆われその中には木々や
岩が至る所に点在する。
囲いの広さは現在のドームで言う2個分の広さがあった。