序章
この世界にとどまらず、何が悪魔か何が天使か……
モラルの基準は誰に託され判断は誰に委ねられるのだろうか……
正義は悪に、悪は正義に、勇気は無謀に、慎重は臆病に。
モラルは時代によりその意味を大きく変えて行く
時代が変われば悪は正義にも悪にもなるであろう。
善行は讃えられる事もあれば、疎ましく悪行へと変化してゆく。
人は臆病で群れをなす事で力を力を誇示したがる。
力の強い者は弱者を虐げ、己を見失う。
集まった群衆には新たな意思が生まれ、物質として存在しない
その力を持たぬ新たな力は
やがて大勢を支配する力をも持ち始める。
その物質的に力を持たぬ筈の力は、人の命をも握る力を持ち
更には大勢の生きる者、全ての支配すら持ち始めるのだ。
そんな世界で生きる、とある一つの世界での
一人の男の物語である。
彼は人々から悪魔と呼ばれる。異形の姿をし、顔は焼けただれ
その皮膚は硬質化した仮面の様にも見え、表情は筋肉組織の
断裂により喜怒哀楽を表現する事が出来ない位であった。
当時この世界には人間の他、人を超えた力の存在として
殺人鬼、怪物、魔物、悪魔、精霊と言った物が存在していた。
魔物はこの世の生き物ではなく伝説には語られてはいたが
その存在を実際に見た者は少ない。
往々にて凶暴な魔物は見た事自体が、見た者の
人生を終わらせるからでもあった。
魔物の上位版が悪魔だ。知識は高く全てにおいて魔物より
遥かに強い存在とされた。
怪物は元々希少種ではあったが元々この世界にいた者達で、数は
少ないものの、その力は人間を遥かに越えた存在であった。
精霊は大地が風が火が想いが具現化した存在で悪魔に匹敵する
能力を持ってはいたが、その殆どは自然や想いを力に変える為、
往々にして、その土地から離れる事は殆ど出来なかった。
そんな世界で生きる一人の男の物語となる。
彼の経歴は虐待による拷問の日々が長かった為、手足は
人のそれよりも長い。
だが、その目の奥にはとても優しい暖かな温もりを
感じらせる目だけは失わなかった。
彼が生まれたその世界は現代の世紀で言うと5世紀半ば
アーサー王伝説の時代、男の名は「リアム・キャンベル」
裕福な貴族の中でも特に王の直属精鋭部隊の父を持つ彼の父は
王への信頼も高く、気高く、民衆の尊敬を常に独占する
勇者であった。
元々、商人の家に生まれた彼の父は当時、王の親戚である
現在の母に見染められ、大恋愛の末の結婚であったが為に
貴族の中では彼の事を疎ましく思う貴族も多かった。
オスカーは当時この地域に出現した神官のみが扱える
光の力でしか倒せる手段は無い、とされた伝説の魔獣
グリフォンを力でねじ伏せ、倒した男でもある。
父の名はオスカー・キャンベル 、母の名はエミリー・キャンベル
リアムは大好きな両親の愛の中、幸せな毎日を過ごしていた。
彼には兄であるルチアーノ、妹であるモナの3人兄弟。
何不住無く、大きな邸の庭で大好きなペット犬
ボースと遊ぶ毎日、暖かい日差しが常に入り庭園には噴水の
周りに町の子供達が遊びに来る、当時の貴族では珍しい民衆が
入れる解放区と父はしていた。
当時はまだ奴隷制度も横行しており、貴族はその制度に
反対する父が行うこの解放区にも反対であった。
父は、民の為に出来た政治が民が苦しめる……
この制度自体を変革しようと、常に王に進言していた。
元は人が集まり、その民の中の代表で、王という指導者の元に
より良い生活が平等に行われるべき世界が……奴隷などと言う
人が人を虐げる世界があっても良いのだろうかと。
常に子供達にも言い聞かせていた。
事実、この世界の奴隷達は人と呼べる扱いを
されてはいなかった。
男は労働に、食事は常に残飯処理として与えられる
僅かな物であり、多くの者はその腐敗寸前の食事で病気がちで
あった。
こうする事でゴミを少なくし、町の浄化と労働力を得ていた。
逆らう者には隣国の収容所に人質とされた家族をも惨殺の
対象とされていた。
その方法も残忍な方法が行われ、革命を阻止する
目的でもあった。
父が仕える王の名はノア、この世界でも珍しい民の為に
行動が出来る王であった。
近隣国を含め5つの国で形成されたランド大陸
その中心となるプルツ国の初代王は、大陸初の王とされ民衆の
中では神聖化される存在として君臨していた。
この国でも闇の組織により奴隷制度は暗躍していたが
国王の命により表立っての活動は抑えられていた。
その王だからこそ、父は彼に仕える事に誇りを持っていた。
精鋭部隊の中でも特に信頼の厚い父は唯一
王に進言できる人物でもあった。
戦乱の世界の中、ひと時の平和に見えた
オスカー親衛隊就任の3年目の春
そして物語は激動の序章に入る……
父は王の命を受け、王の親戚に当たるドレン卿の
護衛に当たっていた。
ドレン卿は隣国ムーア国の親善大使でもあり
外交にその席を置く人物。
ムーア国は近隣では我が国に次ぐ勢力の高い国である。
その力の源は奴隷である。
奴隷は常に最前線に立たされ、防具すら装備されない
槍一本で戦うスタイルであった。
その後ろでムーア精鋭部隊は敵が疲弊すると攻撃を仕掛ける
戦法で有名である。
時には当時、貴重とされていた爆薬を握らされ
家族を人質に特攻させるという物だった。
奴隷の女性は子を産む為にその生涯を費やされ
子は労働力と共に貴族達の遊び道具でもあった。
親は子を、子は親を人質にされ、自分の意思を持てず
生かされることも自滅する事すら、出来ないのである。
奴隷は家畜等、同等の扱いとする。
これがムーア国の掲げる奴隷法律であった。
更にムーア国には黒い噂があった。
奴隷を生産する資金と兵力の温存が出来たこの国は、
当時、出現し初めた《魔物》の何か関係があると言う。
その姿は恐ろしく様々な伝説に出てくる様な様相で
あったという。
魔物はこの世界に体を維持する為に媒介となる肉体が
必要であった。それに充てがわれたのが
奴隷との噂が絶えなかったのである。
経済も安定しており、その資金源は
ムーア国の生産する奴隷である。
奴隷は各国へ流通され、その身体は医療への
進展のためにも使われる。
所謂、実験体である。
その為、奴隷意外にも身寄りのない者、家族が居ない
30歳を超える者はその身を国に捧げる人質が取れない為に
貴族意外の平民は奴隷へ格下げされる。
愛はその形を変え、自らが生き残る為に、互いに契約のような
もので形作られる婚姻が多く、溢れた者は命の危険から
女性達に対する性暴力へと様相を変え、子を生ます。
奴隷以外の平民にも常に、奴隷への格下げの恐怖から
町の治安は悪かった。
それでも貴族も集まる街中の様相は一見明るく見えるが
常に貴族の見えない所では危険が付き纏っていた。
それでもその時代、各国との争いが絶えない情勢の中では
奴隷制度の廃退はその国自体の廃退へと
繋がりかけない実情であった。
ノア王も迂闊にはこの問題に手を出す事が出来なかった。
ノア王の近隣は西を守るこのムーア国が戦闘における
最大の弱点でもあり、西最大の強みでもあったからだ。
平野で見渡しの良いこの大地は最も戦闘が起こりやすく
攻め込み易い土地の構造をしていた。
奴隷生産国であるこの国は、輸出可能な位の生産量を誇る
最大の強みがあったからに他ならない。
事実、この国において戦闘で傷つくのは奴隷が大半を占め
貴族には殆ど被害が出ない位の武力保存にも長けていた為
各国も貴族による本当の意味での戦力を削り取れない
現状に攻めあぐねていた。
各国における人民的配慮がなされている国程
その強さの限界が見えていた様にも感じた時代であった。
ドレン卿 「オスカー殿、奴隷制度の反対を王へ何回も
進言成されたようだが、この現実を見ても
まだその様な事を申すのか」
オスカー「お言葉ですがドレン卿、今の現状はそうかも
知れませんがこの先の未来を、子供達の未来は
これで良いのでしょうか」
「国は元々民の為にできたものでは有りませぬか。
その国の政策が人民の自由を奪い、同じ人であるにも関わらず
階級により、その生活の格差、奴隷に至っては最早、
人の暮らしをしておりませぬ」
ドレン卿「何を綺麗事を……他国の侵攻に合い、この地域が
制圧でもされれば今の生活や、貴方の言う家族とやらも
危険に晒す事にも、なり兼ねるではないか」
「今の生活に満足しておられるでしょう?
それに貴方の家族も、今の現状に満足しているのではないかな
わざわざ危険に身を晒し、己以外も巻き込む
その考えこそが、王や国を守る親衛隊の責務から
外れておるように見えるがね」
「それに多くの人民はその暮らしに満足しておるだろうに」
オスカー「それは貴族のみの話であると、事実、平民や奴隷は
明日をも知れぬ生活を強いられ、一部の貴族だけが満足する
世界を私は子供らに未来を繋ぐ為に、尽力したいのです」
「それにこの様な事を続けていては、それこそ未来は
ないのでは有りませぬか、人は人により心動かされ
苦境にも守るものがあるからこそ、最大の力を生み出す
ものではないでしょうか、自由を奪われ、発言する事も
ままならないこの現状では国の発展は見込めませぬ」
「やがて人は愛を、仲間を信用しなくなりましょう……
その価値は己のみになり、悪が子供らの中で
格好良いものとなり弱き者を虐げ、
混沌の世を作り出すでしょう」
「力は腕力のみにあらず、頭の良い者や農作物を作るに適した者
商業に向く者、みな其々が足らない部分を補ってこその
発展ではありませぬか、平民や奴隷の中にも才ある者は
必ずおりまする」
「この国をもっと平和で安全な世界をも作れる才能溢れる
若者達がいずれ、みなが幸せに暮らせる世界を作って
行くのではないでしょうか」
ドレン卿「そんな先がどうなるか分からない未来より
今ある生活の方が大切ではないか、豚は豚、牛は牛ではないか
奴隷が奴隷なのは当たり前ではないか。
他国でも当たり前の事、他人がやっているのに
何故我が国だけが、損をしなければならないのだ?」
「奴隷など我らの所有物ではないか、数が増え過ぎれば
戦いへ投じ、減れば餌代も少なくなる、また生産すれば
良いだけの事、それに高く諸外国へ売る事も財政難を防ぐ
結果にもなっておる」
オスカー 「私は彼ら奴隷や民が苦しんでいる姿を見ると
胸が詰まります。
もし、神様がいるのならば私達の心に、そういう痛みで
正しい道へと導いていると私はそう思いたいのです……」
ドレン卿は不敵に笑いながら、そう言う未来が楽しみですなぁ
とオスカーを冷ややかな目で見ていた。
ドレン卿(そう言う馬鹿が損をするのだよ、まぁ私の踏み台に
役に立つのだから素晴らしい考えではあるのだがな、フフフ)
その目は、獲物を前にする毒蛇の様に冷酷な目をしていた。
彼もまたオスカー同様、平民の出であり、小さい頃から
苦労をした者でもある。彼は幼少期、実の親からの
虐待の的であった。
金がない両親の不平への捌け口とされ12才の頃
両親に捨てられ、ある貴族のもとへ買われて行ったのである。
彼はその頃から金への執着心が人のそれよりも強く
己以外、誰も信じる事はなかった。
(金は裏切らない、金があれば私はされた事をする側の
人間になれる)
人は環境下でも性格は形成される。しかし本質はどうだろう。
育むモノかまた持って生まれた気質なのだろうか。
生まれた時はみな同じ、というが泣き方もそれぞれである。
本質が歪んでも育まれた環境により人はその本質を
変えて行けるのであろうか……
された事を仕返す人、された事を教訓にしない人
しかし、ドレン卿は人を踏み台にする事で実益を得て
今の地位にいる事も真実である。
そして奴隷制度の賛成派、ドレン卿と、その生産国である
ムーア国との策略により、入国して間もなくオスカーは
無実の罪で捕らえられるのであった。
ーー罪状ーー
奴隷制度反対を煽り、ムーア国王、暗殺計画の罪により
爵位剥奪、及び禁固20年の後、王国領土からの追放である。
事実、王国政治は奴隷を扱う事で発展して来たと言える。
奴隷制度の廃止は、貴族や平民からは王への反発と見るものが
大半であった。
政治的交渉へのムーア国への派遣は危険では
あるが避けては通れない道でもあったが、そこにドレン卿へと
付け込まれたのであった。
共和国と言えど軍事の要であるムーア国に裁判は
委ねられる事となる。
王は信じなかったがムーア国の反乱を恐れた王は秘密裏に
オスカーの家族を国外のつながりのある貴族の元へ
避難させる事を部下に命じた。
それでも罪状が決まった以上、オスカーの身の安全は
保証されず大概の者は国外追放されるのは生きた身では
出れない事が殆どであった。
彼の身は当時、奴隷制度賛成派の裏組織と繋がる貴族へと
引き渡される事となり。ますます彼の生存確率は
下がるのであった。
そしてエミリー・キャンベル夫人、長男ルチアーノ
末娘モアは王の支持隣国へと避難する準備に取り掛かっていた。
当時オスカーは奴隷をはじめ、大半の平民の英雄と
されていた為に避難を秘密裏に行う事は困難を極めた。
オスカーの影響下にある奴隷や平民の氾濫を抑えるために
子供一人を人質にとる必要があった。
苦渋の選択ではあったが
一人でも多く、オスカーの家族を守る為に
そして真相がわからない今、ドレン卿、ムーア国から
さらに奴隷制度賛成派の貴族から、オスカー家族の
身を守る為に一人は犠牲になる必要があったからである。
ドレン卿は反対するも、王の発言を全て否定する事は出来ず
大臣への権力と交換に4人中3人の避難を認めたのである。
そしてドレン卿の息のかかった貴族へと預けられる事となる
犠牲者は当時、泣き虫だった次男リアムが
それに選ばれたのであった……
リアム11歳の春であった。
それから4年目の月日がたった
リアムの生活は小屋の中でしかなかった。
家畜を飼う納屋の下に作られた、地下の小さな小部屋
衛生はとても悪く、家畜の糞尿が天井の隙間から時折落ちる。
日差しは殆ど入らず、隙間から吹き荒む風
冬には毎日が生命をも脅かす。
食べ物は殆ど与えられず
毎日行われる虐待、傷は肉をえぐり、無数の傷痕から出血の
無い日は一度たりともなかった。
感染症と戦う肉体はやせ細り、顎は変形し後遺症で言葉も
上手く喋れ無い程であり、長年、人との交流を絶たれ
暴力や闇に閉ざされた幽閉状態から人としての自我すら
辛うじて残されている状態であった。
ーー
預けられた貴族は階級にして最下層、奴隷売買に生業を持つ
ドレン卿の配下の一人である。
リアムの父、オスカーに商売を邪魔され、恨みを持つ中でも
一際、性格のねじ曲がった夫婦である。
恨みと階級への不満、虐待は行う者へ狂気へと誘う。
数年は監禁だけで済んでいたものが、やがて慣れ
人を人と思わなくなる。
リアムを預かる時、心の何処かで人としての認識はあった。
やがて時は経ち、その人は物へと心の中で
変貌を遂げてゆく……
元々、奴隷を物としか扱わなかった彼は、その者を金にも
ならない物としての価値に変貌し、ストレスの捌け口として
玩具となる……
毎日の鬱憤や何処かに残る人としての心の葛藤、社会への不満。
やってはいけないと言う心の叫びは、手前にある快楽の闇に
隠れ加速して行く……
殴る蹴るを繰り返し、それが終わると酢や塩をかけられる。
時には棒での殴打や熱湯をかけられ、もがく姿に自分の優位性に
悦を感じる。
美しい彼の子供らしい天使の顔はヤスリで丁寧に毎日削られ
爪は剥がされ、剥き出しの傷に針を入れられたりする事も多い。
そんな毎日に彼の目は酷く怯え、恨みと憎しみ、
苦痛による狂気と、闇の渦に堕ちてゆく。
彼は皆が寝静まる深夜に苦痛と戦いながら
屋根の隙間から見える星に問う。
(僕が何をした、お父様が何をした。
尊敬する父は、己が思う正しい意思を示しただけではないか)
その意思は、多くの未来と争いを無くす為のもので
あったはず。
己が欲で利益の為にこれを火種とし、更なる混沌へと
導いているのは他ならぬ多くの人ではないかと……
そして、これを期にドレン卿は更なる権力を
手に入れる事となる。
オスカーの幽閉は神格化しつつある彼の崇拝者奴隷の氾濫を抑え
リアムの幽閉は彼らに対する見せしめ、でもあったからだ。
平民にはオスカーとリアム以外の家族の亡命、恩赦を公表、
国王の指示による物だが国王は立場上、個々の配下に対する
差別と捉えられることは、絶対的な存在を揺るがす自体に
成りかねず、それは新たな火種となる可能性がある事から
誰か、代理人を立てなければならなかった。
今回の首謀者ではあったがムーア国の強い要望からドレン卿が
その代理人としての役割を担った。
表面的には被害国とされるムーア国に国王も何も言えず
逆らう事は当時最大の武力国家を持つムーア国の氾濫を
起こすきっかけとなる。
それは今迄ランド大陸を統治していた
プルツ国自体の破滅を意味する事となる。
ノア王は悩んだ、この状況でリアムを助ける事は王として
出来なかった。
リアムの今後の環境は目に見えている。
王として即位し、民衆の未来を担う王として、心に誓ったのに
我が家臣にして親友であるその家族すら助けられない
自分に腹が立った……
「許せ我が友よ、その子供リアムよ、願わくば私を恨み
その力で人生を諦める事なく原動力として生きて欲しい……」と
私は権力もあり、このランド大陸を統べるものとして
頂点に立つ者だが現状はどうだ、私に何が出来る……
王は涙を人に見せる事なく肩を震わせた
この時から王は公の場所を出る事は殆どなく、政治は
ドレン卿中心の体制になっていった。