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短編の本棚

禁断ルビー

作者: 九藤 朋

 生まれた時からこうなるって、解っていたら?

 でも歴史にifはない。残酷なことに。そして幸福なことに。


 姉の緑子(みどりこ)と弟の(たつみ)は幼い時から仲が良かった。

 家は田舎の長閑な土地にあり、家の裏手にある木苺を、棘で手を傷つけないように薄いゴム手袋をして、摘んで食べたりした。


 緑子の髪は名前のように、見事な緑の黒髪で、艶々としていたが癖っ毛で、巽は時々そのことで緑子をからかったけれど、内心では姉の髪が好きだった。

 巽自身の髪は何の因果か色素の薄いさらさらの猫っ毛で、よく緑子に羨ましがられた。

 髪の毛を取り換えてよなんていう無茶を、緑子は言ったりしたが、それは巽に甘えているだけだった。


 赤い木苺はルビーの光っているようで、緑子の髪に巽は戯れに置いたりもしてふざけた。

 けれどそうすると緑子の黒髪にルビーの輝きが映えて、本当に綺麗なのだ。巽は緑子にばれないようにそっと見惚れたりした。


 やがて緑子が遠方の大学に入学し、それまでより忙しくなった。巽は春になると一人で木苺を摘んで食べた。一人の木苺は、どこか余所余所しくて味気なかった。

 緑子がいたからこその木苺だったのだと、巽は遅まきながら気付いた。

 

 ある晴れた春の日、巽が高校から帰ると、緑子が家に大学の友人を連れてきていた。巽はそつなく挨拶したが、友人の中に男子学生もいて、姉が木苺の茂みに彼らを案内した時は平静でいられなくなった。


 友人たちを見送った緑子は巽にどうしたのかと訊いた。

 怖い顔をしてるわよ、と。


 あの木苺の茂みは二人だけの聖域ではなかったのか。


 呑気な姉の顔に巽の胸の底から木苺より赤い憤りが湧いた。

 巽は緑子の手首を掴むと、木苺の茂みまで引き摺って行った。春の日が暮れかかる頃だった。


 美しい落日。

 弟は姉の手を引く。

 伸びる影法師。


 茂みまで来て、巽はようやく緑子の手首を離した。緑子は怯えた瞳で、初めて見る相手であるかのように巽を見ていて、巽は少し胸がすいた。


 姉さんは罰を受けなくちゃ。


 巽の言葉が心底解らないという顔で、緑子が訊き返す。


 罰?

 そうだよ。僕たちの楽園を暴いた。

 それは。でもそれは。


 赤いルビーのような木苺が沈黙して二人の会話を聴いている。


 だから、罰を受けなくちゃ。


 巽はそれが至極当然の決定事項のように言って、緑子の首筋を撫でた。その手つきだけは優しく、巽の憤りを悟らせない。恐れとは違う感触に、緑子はぶるりと震えた。


 残照を受けて燦然と光る木苺の茂みの横に、仰臥する形に組み伏せられた緑子は、抵抗する様子を見せない。乱暴に、なぶるように巽が唇を奪ったら、湿った吐息とごく小さな喘ぎ声が漏れた。


 自分の衣服に手を掛ける弟に、緑子はそれまでと一変した顔を見せた。


 ――――待っていたのよ。


 巽の手が驚きに止まる。緑子はほぼ半裸の状態で緑の褥にいる。


 ずっと待っていたのよ。巽。


 わざと巽の嫉妬心、怒りを煽ったのだと告白した緑子に悪びれる様子はない。

 赤い宝石の横で自分を奪えと望む。

 図られたと知っても巽は腹を立てなかった。寧ろ、姉の想いが嬉しかった。

 自分だけではなかった。


 緑子の耳朶を甘く噛んだ。緑子の唇の、奥の奥まで存分に蹂躙し、巽は暴君のように振る舞った。緑子の白い肌のあちこちに、木苺とは異なる赤が咲いた。全身にその赤は散り、緑子の身体を舞うようだった。緑子は時々、嬌声を上げた。巽はますます猛り、緑子のそこかしこを執拗なまでに愛撫し、口づけし、舐めて、噛んだ。潰れて赤くぐちゃぐちゃになった木苺みたいに。その瞬間は、二人共忘我だったが、殊に木苺の赤が迫って感じられた。


 緑子自身がルビーのように染まる。

 残照さえ消えた薄闇に、巽だけの赤い宝石が光っている。


 禁断の果実に手を出した。

 もう二人は戻れない。

 



挿絵(By みてみん)





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― 新着の感想 ―
[良い点] キャー! あんころもッちぃ! 少し糸を引く読後感から現実に戻ってくるために私が職場の廊下で呟いた一言です。 昭和の香りが漂うのはイラストだけではなかったのですね。他の作品――「純文学 …
[良い点] 面白かったです。 木苺の茂みの隔絶された薄暗い感じと、それを暗喩するような二人の秘めたどことなく棘のある思いが終盤混ざり合うところがとても素敵だったと思います。 緑子と巽はもう戻れませ…
2018/04/18 14:49 退会済み
管理
[良い点] 情熱の伝わる内容でありながらも、どこか上品でお淑やかさが感じられ、作中の様子が映像のように映し出される。 繊細且つ大胆な情事の表現がとても惹かれるので、短編なのに1冊分読んだかのような読後…
2018/04/17 10:39 退会済み
管理
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