後編
待て、どうしてこうなった・・・・
先日殿下の新たな婚約者が決まったそうです。
その名もチッタ嬢、偶然にも私と同じ名前で同じ年齢の女性だそうです・・・・
ばかな!
「もうチッタお姉様ったら、なんで側近だなんて嘘をついていたのですか?」
いやベネット様よ私は嘘などついていない、きっと世界の方が嘘をついている。
私とお父様は昨日借りた服を返しに来てこの話を知ったのです。
お父様は青い顔をして布告が貼ってあるらしい中央広場に走っていきました。
「ごめんね、嘘をつくつもりはなかったのよ」
「ベネット、チッタ様を責めてはいけませんよ。王家に関わることはうかつに話すことができないのですから」
ありがとうございますリップス伯爵夫人、しかし違うのです。私たちは本気で側近だと思っていたのですよ。
しばらくしてお父様が帰ってきたので私は速やかに屋敷に逃げ帰りました。
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お父様よ、もったいぶらずに教えてください。
「よく聞け・・・・・」
いやさっきから何度目ですか、そろそろ次の言葉が聞きたいのですよ。
「・・・・・王太子殿下の婚約者をセレディア男爵家チッタ嬢とする」
お父様と私は見つめあったまま固まっている。
どうしよう・・・まあ二人で考えても何も解決はしないのはわかっています
お母様はこの話を聞いてから寝込んでしまわれたので戦力外です。
「つまり先日署名した物が婚約の誓約書だったのですね」
しばし待て 署名前に 気付け我 こぼれた水は 盆に返らず
ハッ、現実逃避して短歌など詠んでいる場合ではありません。
「お父様、昨日わたくしたちはゼルオスト殿下からの求婚の返事をするため、国王陛下に謁見した。ということでよいですね」
「いいのかい、チッタ」
「良いも悪いもいまさら知らなかったでは済まされませんよ。それにわたくしもゼルオスト殿下は嫌いではありませんし、王宮の官吏になるのが夢でしたから王太子妃でも問題ありません。後でお母様にも説明してくださいね」
ともかく、殿下は学園にいらっしゃるでしょうから会いに行ってみましょう。
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ああ、視線が痛い・・・
よりにもよってお昼休みの時間に来たのは失敗です。
好奇の目を避けつつ殿下を探していると、殿下の側近のアントワ様を発見しました。
「ごきげんようアントワ様、ゼルオスト殿下がどちらにいらっしゃるかご存知ではありませんか?」
「チッタ様、ゼルオスト殿下であれば今の時間は王家専用のテラスにいらっしゃるはずですのでご案内いたします」
そんな場所があったのですか、まあ私は学園で教室と図書室にしか行ったことがないので知らなくて当然ですけど・・・
「チッタがここに来るのは初めてだな」
私は今ゼルオスト殿下の隣の椅子に座り優雅にお茶を楽しんでいる・・・はずなのだけど
うわー、私だけ場違い感が半端ないです。
右を見れば光の貴公子とささやかれる殿下、左を見れば氷の貴公子と評判のアムラン公爵家のベルゲット様、正面に・・・・ああこの人は・・えっと・・そう、次期宰相補佐と噂されるゼレビス侯爵家のアントワ様が私と同じテーブルを囲んで座っているのです。
私の服装はちょっと裕福な庶民服・・・よし、本題に移ろう。
「ゼルオスト殿下、今日はわたくしたちの今後の予定について確認したくまいりましたの」
「婚約を受けてくれて嬉しいよ。君の事はきっとしあわせにするから安心してくれ」
「・・・ありがとうございます。しかし、わたくしはそれに関して心配しておりません。確認したいのは今後の式典や夜会などの予定についてですわ」
殿下、なぜがっかりするのですか、今日の殿下は残念さんな感じです。
「それにつきましては私が説明させていただきます」
殿下の目配せを受けてアントワ様が順を追って説明してくださいました。
・・・・十日後に王家主催の晩餐会
こちらからお金がないのでドレス代を出して欲しいとは言いにくいのですが。
殿下が気付いてくれることを期待して視線を向けてみる。
「ん、どうしたんチッタ、ああお菓子がもうなくなってしまったね。直ぐに用意させよう。君は甘い物がすきなのだね」
ちがーう、いえ確かにお菓子はおいしいですけどそうじゃないのです殿下
「ゼル、ところで君はこんな愛らしい婚約者ができたのだから、チッタ嬢に似合うドレスのプレゼントくらいしたのかい」
ナイスです、ベルゲット様
「ああ、面目ない婚約したことに舞い上がってしまい気がつかなかった。チッタに似合う素敵なドレスを送りたいのだが迷惑ではないだろうか」
「いいえ、ゼルオスト殿下の贈り物であればどんな物でも嬉しく思います」
心から感謝の気持ちをこめて微笑みかけると殿下は顔を真っ赤にされて固まってしまいました。
しかし、私がいうのもなんですけど、殿下ちょろすぎではありませんか。
翌日、王家御用達の工房の職人たちが屋敷に押し寄せドレスから普段着、宝飾品にいたるまで用意してくれました。
ありがとうございます殿下
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「この程度のこともご存知ではないなんて先が思いやられますわ。次までに今日のところまでは完璧にしておいてくださいませ」
「はい、オルシア先生」
ふう・・しかしお茶会にこんな決まりごとがあったなんてびっくりです。
ですが殿下の妻に就職するのですからこのくらい簡単にこなせるようにならないといけません。
頑張れ私
「シルク先生、大丈夫ですか・・・・」
「正直ここまでとは・・驚愕に値しますよチッタ様」
私もそう思いますよ・・・ちっちゃくって軽いはずの私がダンスの先生の足を破壊できるなんて。
「本当にごめんなさい」
「謝らなくてもよいのです。しかし、このままでは練習になりませんから・・ベルゲット様、チッタ様のお相手をお願いできませんか」
いやいや、公爵家のご子息様のおみ足を破壊してしまったら大変なことになってしまいます。いえ、先生なら良い訳ではないですよ・・・
「わかった、少し待っていてくれ」
そう言って出て行かれたベルゲット様はがしゃがしゃ音を立ててかえってきました。
「あのう・・なぜ鎧を着ておられるのですか?」
「これならばチッタ嬢が足を踏むことを気にすることもないし殿下に睨まれる事もない、わからぬかもしれぬが気にするな。はじめるぞ」
流石はベルゲット様、この状態で普通に踊れています。
「なぜベルがチッタと踊っているのだ。私もまだ踊ったことが無いというのに」
レッスン中に突然殿下が現れて子供みたいなことを言い始めました。
けど、ちょっとだけ可愛く思ってしまった私を許してください。
「そうかゼル、代わってやる。」
ベルゲット様、なにを言い出すのですか、私のダンスはいまだに殿下にお見せできるレベルではないのです。
「よし代われ・・・しかしなぜ鎧など着ておるのだ」
「ゼル、おまえは私がチッタ嬢に直接触れて踊ったら怒るだろう。先生まで女性に頼むくらいだからな」
そうだったのか、女性の先生なのは私の背が低いことへの配慮かと思っていました。
そして、ダンスレッスンはベルゲット様以外を戦闘不能にして終了しました。
ごめんなさい・・・
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あれから一年が経ち王妃様や先生方のご尽力により、私は立派な婚約者として認められるようになりました。
「チッタ様はまだお小さいのによく頑張っておいでですわ」
「あ、頭を撫でないでください。わたくしは立派な淑女なのです」
「チッタ様、アメ食べますか」
「食べ・・・ええ、いただくわ」
私は立派な婚約者として認められるようになったのです。
嘘じゃないです。
「アムラン公爵夫人、ゼレビス侯爵夫人もうしわけないが私の婚約者を解放してはもらえませんか」
「あら、ごきげんようゼルオスト殿下、もちろんかまいませんわ」
「おいで、チッタ」
あら、今日は陛下となにか大切なお話をされていたはずですが
「ゼル様、何か良いことがおありになりましたの」
「うむ、後で話す」
殿下は私をバラの咲き乱れる庭園に連れてきてくれました。
これは・・・ゼル様の護衛がいつもより離れた場所にいます。
ごくり
「チッタ・・・・・」
わかっています、こういう時は相手の目をすこし見つめた後で目を瞑るのですねアムラン公爵夫人
「・・・チッタ聞いているのか」
「は、はいゼル様」
私が目を開けると困った様子のゼル様が私を見つめています。
「聞いていなかったのだな・・・ところでどこか調子でも悪いのか?」
「いいえゼル様、この時期の庭園で護衛が少し離れた場合は目を瞑って待つようにとアムラン公爵夫人に教わったのですが、わたくしは間違えてしまったのですね」
ちょっとだけしょんぼりです。
「そ、そうか・・間違えてはおらぬ。普段はそれでよいのだが今日は違うのだ」
ゼル様は表情を真剣なものに変えて私を見つめました。
「チッタ、父上にも了承してくれている。私と結婚してくれないか」
ああ、何てことでしょう・・・
・・・
・・・
・・・
「今は無理ですわ」
「なぜだ!」
ゼル様、あまり揺さぶらないでください。頭がくらくらします・・・
気分が悪くなった私をゼル様は東屋に連れてきてくれました。
「ゼル様、泣かないでください。私は大丈夫ですわ」
私は手を伸ばしてゼル様の瞳にたまったそれを拭ってあげました。
「チッタ、私のことが嫌いになったのか」
え、なぜ・・・
「そのようなことはございません」
「ではなぜ今は結婚が無理なのだ」
ああ、これは私の言葉が足りていない、失敗してしまいました。
「それは今のわたくしは成長が遅く殿下を受け入れられないからです」
「そうか・・・そうだな、チッタの思いが育つまでしばらく待つことにするよ」
・・・あれ?
「すみませんゼル様、どうやらお互いの認識にそごがあるようです」
ゼル様のお顔にわからないと書いてあります。
「今は結婚できない理由ですが、結婚をすると必ず子供を授かるための儀式を行わなければならないと聞いています。そして今のわたくしがそれを受け入れることはむずかしく、失敗すると死んでしまう可能性があるようです。結婚のみをして儀式を遅らせることはできないのかと確認したのですが、男性の方は結婚してしまうと儀式を我慢することに耐えられなくなるらしいので「まて、その話しは誰から聞いた!」」
「アムラン公爵夫人とゼレビス侯爵夫人です。」
(あの二人はチッタのことを後押ししてくれているので感謝しているが、いったいなにを教えているのだ。)
「チッタ大丈夫だ。私は君が大きくなるまで儀式を我慢することくらい造作も無い。だから」
ゼル様はそこで言葉を区切り私を見つめます。
「私と結婚してくれないか」
「謹んでお受けいたします」
私もゼル様を見つめ返し微笑みました。