グッバイ平和ハロー戦場
フェンスの裏から目を光らせる生徒、塀の上に立ち睨むように眺めてくる生徒、屋上で腕を組んで値定めするように見つめる生徒。
この高校の入学手続きをした帰りに見られた光景だ。
まるで不良の学校に転校してきたような雰囲気を感じさせるがそんなことはない。
表向きには一般の高校を装っている。一般の高校であることに疑いもせず、入試を受け、入学を決めたのだ。
しかし、裏の顔は違う。ここは日本でも有数の進学校、各界の御曹司お嬢様が通うような学校である。
ではなぜそのような品の高い学校の生徒の注目を浴びているのか。
そしてなぜ、女子生徒だらけなのか。
入学式。新しい人生の1ページを刻む大事な式。
もちろん、新しい制服を着、しっかりと朝ご飯を食べ、時間に余裕をもって登校をする。
天気は美しい青空、桜もちょうど満開を迎え、新年度の幕開けにはふさわしい日だ。
当たり前だが、まだ友達はいない。ここに引っ越してきたばかりなのだから。
だから、この日を重要だ。素晴らしい高校生デビューを果たさんがため、多くの友達を作り充実した学校生活を送るため、ついでに彼女でも出来たらいいな、なんて。
家からの足取りは堂々と、舐められてはいけない。
学校までは歩いて15分ほどである。
これから学校生活を共にする相棒ともいえるカバンを手に。
学校の敷地に踏み入れた瞬間、寒気を感じた。
それは、前に入学の手続きをしにこの学校に来た時と似ている。
しかし、辺りを見渡しても自分のことを見てくる女生徒はいない。
周りにいる新入生と思しき生徒も視線を向けているわけではない。
気のせいか。きっと緊張だろう。そう自分に言い聞かせた。
しかし、彼はまだ気づいていない。自分以外に男子生徒が見当たらないことを。
入学式は問題なく済んだ。
彼は熱心に校長の話を聞き、生徒会長の話を聞き、頑張って覚えた校歌を歌った。模範的な生徒であろう。
その後、自分が1年間過ごす教室へと移動する。席は廊下側最前列、まあ最初は50音で並べられるので想像はしていた。ベストなポジションではない。席替えに賭けよう。そう思いながらHRを待つ。
そして彼は異常に気付いたのだ。
担任が、自分が受け持つ教室の生徒の名前を覚える、生徒みんなが生徒みんなの名前を覚えるために、名簿を片手に名前を呼ぶ。
15人くらいだろうか、連続で女性の名前が呼ばれたところで珍しいクラスだなと思い、後ろに振り向いた。
女子しかいない。担任も含め、女しかいないのだ。
何があったのだ、自分は間違えて女子校に来てしまったのか。冷汗が流れる。
そんなとき、担任が自分の名前を呼んだ。
「向井駆。おい、むーかーいー」
名前を呼ばれて意識を戻した。
「どーした。呼ばれたら返事しろよ」
名前を呼ばれた。どうやら学校は間違えていないらしい。
その後、数名で名前の読み上げは終わった。
どうやら、この教室で男子は自分だけらしい。
この状況は異常である。なぜ、男子は自分一人なのだろうか。
他の教室の男女比はどうなのだろうか。
思えば、自分以外の男子生徒を見た覚えがない。
この学校に男は自分だけなのだろうか。
そんなことを考えていたらHRが終わった。色々聞き逃した気がするが今はそんなことではない。
HRが終われば、今日はもう何もない。教室から次第に生徒が消えていく。
そんな時、いきなり声をかけられた。
「おい、男。ちょっとこい」
この学校で初めて男を見た。
いきなり不良に絡まれた。そう思う前に、この人も実は女なんじゃないかと思ったのことは素直に詫びよう。すんません。
「ここだと話ができない、移動をしよう」
と言った。案内してくれるそうだ
異動がてら、自己紹介をしてくれた。
この高校の2年生、先輩だ。名前は中村良介。そして男である。ここは重要。
どうやら自分に声をかけたのは色々と教えることがあるからだそうだ。
教えるといっても身体に、ではない。
移動した先は部室棟、力を持たない部が使用する所だと言う。
どうも引っかかる部分があったが特に気にせずスルー。
中に入ると男がたくさんいた。
うそ、10人ほどだ。
なんだか久しぶりに男を見た気がする。感覚がおかしくなったか。
なんだか安心した。
「こんにちは、まあまずは座ってくれ」
雰囲気の落ち着いた一人の生徒が言った。
素直に一つだけ空いていたパイプ椅子に座る。
「初めまして、新入生の諸君。僕は藤方正吾、3年生だ。」
自己紹介をされた。少し頭を下げる。
他に座っている男子生徒は自分と同じ新入生らしい。
「そして、このサバゲー部の部長でもある」
ここはサバイバルなゲームをする部だった。
なぜ?いきなりサバゲー部にハンティングされた訳がわからない。
隣に座る新入生Aも同じようなことを考えているのだろう。そんな顔をしている。
「いきなりで何もわからないだろう、すまんね。この学校のことについて教えてあげようと思ってここの来てもらった」
確かにこの学校のことについてはわからないことがある。
「まずはなぜ、男子生徒が少ないのか、という点についてだ」
一番知りたいことだ。
「1つ、ここは昔女子校だった。2つ、ここで結ばれるカップルは将来成功するというジンクスがある。」
女子校だった名残が今も残り、女子生徒が多い、それはわかる。
しかし、2つめの理由は意味が分からない。
「疑問が顔に出ているねえ、ここの成功する、と言う意味は恋愛の面ではなく、ビジネスでの意味だ。つまり、」
ここで藤方は一呼吸入れた。
「家同士の政略結婚を見つける場、ということなんだよ」
なるほど、この学校はそんな使われ方をしているのか。いいのか教育機関。
「しかし、もともと女子生徒の多い学校、取り合いが激化してそれを嫌う男子生徒の家が出てきた。そし て次第に男子生徒の数が減っていったのさ」
つまることここはハーレムの最前線。嫌になるくらい愛の弾丸が飛んでいたということか。
政略という火薬が詰められた弾丸だけど。
「藤方先輩、質問いいですか」
手をあげる。
疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「どうぞ」
「ここは普通の教学ではないのですか?HPにも学校のパンフレットにもいたって普通な学校であることしか書かれていなかったのですが」
「いい質問だね。ここが普通の学校を主張し始めたのは今の校長に変わってからだ。
何十年前かに教学になったんだけどさっき言った通り色々あって男子生徒の数が増えなかったんだ」
それはなんとなく想像できた。戦場を好んでくる人もいないだろう。
「それに危機感を感じた理事は校長を変え、普通の高校にする方針を固めたのだが残念なことに伝統は残ってしまった。」
おお、終戦に失敗をしたそうだ。いまもゲリラが活動している、的なイメージをした。
「この部屋にいる大体の生徒はそんななかでも各界にコネを作ろうと送り込まれた刺客のようなものだ。」
「藤方先輩もですか?」
他の新入生が聞いた。空気に慣れてきたらしい。
「いや、僕はまた事情が違う」
いろんな事情があるのだろう。
そしてどうやら自分はこの学校の表の顔に騙された一般男子生徒らしい。
「さて、ここからが大事だ」
藤方先輩の顔つきが変わった。
「この男だらけのむさくるしい部についてだ」
部屋の空気が変わる。部長だけではない。
後ろに立つ先輩と思しき面々も同様だ。
まるでいまから重要な作戦が発表されるような張り詰めた雰囲気だ。
「君たち新入生はこれから3年間、女子生徒に追われ続けるだろう」
さっき言っていた政略とかどうこうか。
でも自分にとってはそんなことどうでもいい。
なんせ一般家庭出身に用があるお嬢様なんていないだろ。
そう思っていた。
「この学校ではどれだけ長い期間男をキープできるか、ひいては自分のものにできるか競い合っている」
ん?様子が違うぞ。おかしいな。
「親は生涯の伴侶を見つけるためにこの学校に入学させたのかもしれないが生徒本人は短い青春を華やかに送りたいのだろう。」
ほほほう、ザ高校生活を送りたいわけだ。
「しかし、男子生徒の数が少ない。敵も多い。ならどうするか」
この部がサバイバルなゲームをする意味が何となく分かってきた。
「チームを作り、敵をつぶす。奇襲闇討ちなんて日常茶飯事の無法地帯だ」
そして男子生徒は
「その戦争に巻き込まれたとき、自衛手段として」
壁に立てかけてある銃に手をかけた。
「こいつを使う」
おおお、恐ろしい学校だ。
もっとルールのある場で争ってくれませんか女子生徒の皆さん。
部屋は静まり返っている。自分含めて新入生は言葉が出ない。
まさかこんな学校に入学するなんて夢にも思わない。
「あ、あの」
静まり返った空気が壊れる。隣の新入生Aだ
「先輩方はそんなものを女性に向けることに関して、その、何とも思わないのですか?」
恐る恐るという感じで聞く。この空気じゃ強気には出れないだろう。
そしてまた、今の質問でまた先輩方の空気が重苦しくなった。
沈黙が訪れる。
部長が口を開いた。
「僕も最初はそう思った。しかし、君らもすぐ気づくだろう。
彼女らは血に飢えた狼だ。中には戦うことだけを考えてようになってしまった生徒もいる」
恐ろしい。お嬢様が狼だなんて。
「そんな狼に対抗するためにこの部がある。そして君らにもこの部に入ってもらいたい」
この話が本当なら男は男だけで固まっていた方が安心だろう。
ハーレムだ!といって女子生徒の中に意気揚々と突っ込んでいったらそれこそ精の子をしぼりとられそうだ。
他の新入生も同じ考えだろうか。狼には食われたくない、そんな顔をしている。
部長はみんなの顔を見渡し言った。
「これから、よろしく」
素晴らしい高校デビューの開幕であった。
気の向くままに書きます。