第6話 腹黒と寄宿舎
街に行くと決めたものの、その道程は中々に過酷だった。
アップダウンの激しい道なき道をひたすら歩き、木がなくなったと思ったら、直射日光を浴びながら、整備された道をまた歩き…。
浴びなれない大量の日光に意識が朦朧としてきた時、向日葵が急に止まった。
「着いたよ!ここが港町…えっと名前は…」
何かを探すように辺りを見回す向日葵。
…いや、何探してんの?
「止まれ!入場許可証を提示してから、ここを通れ。」
何だこいつ。
いきなり命令口調とか…何様のつもりだよ。
「……誰ですか?てか、入場許可証って何ですか?」
つい、反動で言い返した。
多分相当つっけんどんな切り返しだったはずだ。
慶兄なんて、顔真っ青にしてるし。
「おい、ガキ!あんまり舐めた口聞くなよ?」
手に持っていた槍を突きつけてきた。
…ガキって。
いやまあ、ガキですけど。
「そんなガキに槍突きつけて、ムキになって、こっちの話も聞かずに殺そうとするなんて、常識人のする行動じゃ無いですよ?」
ビキッ
「テメェ‼︎ガキだと思ってーー」
「手加減していれば、ですか?僕に手加減するなんて、100万年早いですよ。何なら手合わせでもしてあげましょうか?」
歪んだ笑みを浮かべ、遥かに高い男を見上げる。
「おうおう!上等じゃねーか、ガーー」
バッシーーン
「何がガキだよ!お前の方がガキじゃねーかよ!」
「痛ッーー!」
いきなり登場したお兄さんに頭ぶっ叩かれて、男はうずくまった。
「…アンタ誰?」
「ん〜?僕かい?僕はこの糞犬の上司。いや、しかし君も君だよ。いくらこんな糞犬でも門番は門番。それに挑発するだなんて、中々出来ないと思うんだけどな。」
上司のお兄さんは登場早々、黒い笑みを浮かべてます。
つか、こえーよ。
初対面のガキ1人に向ける笑みじゃねーよ、それ。
「す、すいません!弟が失礼な真似を!何分、生まれて初めて外に出たもので…」
「生まれて初めて?この子7、8歳ぐらいだよね?今まで何してたんだ?学校は?」
慶兄は平謝りしだすし、上司のお兄さんはやたらめったら聞いてくるし。
カオスか、ここは!
「あの、とりあえず皆さん一度落ち着きませんか?こんな所で立ち話してたら他の人の迷惑になりますよ?」
…我が妹、凄し。
僕より年下なのにこんなにしっかりしてるなんて…
なんか誇らしいよ。
「ああ、これは失礼したよ。ん〜。見た感じ冒険者とか商人じゃないよね?入場許可証も持ってなさそうだし…よく見たら、なんか赤い染みが付いてるし…訳ありみたいだね?」
うわ、こいつ鋭すぎるだろ。
ただの上司って訳じゃなさそうだ。
「ええ、まあ…それより、名前を伺って無いんですが…よろしいですか?」
やりとりは慶兄がやってくれるみたいで、すごく楽だ。
「全然いいけど。僕は五星島騎士団第5部隊兵士長、花宮 祐だ。まあ、名前言っても分かんなーー」
「えっ、あの悪魔と名高い花宮さんですか?」
…今、五星島騎士団って言ったか、この人?
このお兄さんが?
慶兄と同じ?
冗談キツイよ。
それより、悪魔と名高いって…それ褒めてんのか?
慶兄の発言でお兄さんは顔色を興味深いとばかりに変えた。
「ほほぅ。僕の悪名を知ってるだなんて、珍しいよ。君、名前は?」
「月夜見 慶です。それに名前は噂で聞いてましたから。団内でも知ってる人は結構いると思いますよ。」
営業スマイル炸裂させて答えた。
「月夜見 慶?…えっ、もしかしてあの月夜見かい?確か団長の右腕じゃなかったかな?スゴイな、こんな大物と会うだなんて。」
お兄さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いえいえ、僕は足元にも及びませんから。あ、お聞きしたかったんですが、団長達何処にいるか知りませんか?お耳に入れたい事があるんですけど。」
「団長かい?う〜ん、遠征とかの話は聞いてないからね…多分まだ本部にいるはずだよ。何なら電話繋ごうか?」
…置いてかれてる気がするのは、僕と向日葵だけだろうか?
向日葵も困った顔して固まってるし。
「是非、お願いします。あの、電話の前に弟達を休ませたいんですが…何処かありませんか?それに弟は怪我してるので、ちゃんとした治療をお願いしたいんですけど…」
えっ、こっちに急に話向けないでよ!
びっくりするじゃんか。
「ああ、それなら団の寄宿所に空き部屋があったはずだから、そこを使うといいよ。弟君は治療室に運ぶから。」
「ありがとうございます。」
慶兄は心底安心した顔をした。
まあ、宿…は決まったし。
「案内するよ。おっと、その前に…おい、糞犬!いい加減に持ち場に戻れ!」
「すいませんでした!失礼しやす、兵士長!」
敬礼して、さっきの男は戻っていった。
どうやら、案内は腹黒改め、花宮さんがすることになった。
街の中に入ってすぐの路地を曲がり、少し歩いた先にそれはあった。
3階建てのアパートみたいな高さで、石材で作られた厳つい見た目の建物が建っていた。
もう少し詳しく言うなら、本で見た『ロッジ』みたいな造り、壁が石材、その他が木材と言ったところだろうか?
「ここが寄宿舎だよ。ちょっと待っててくれないかな?」
そう言って花宮さんが寄宿舎に消えてから3分。
ドアが開いたと、思った次に受けたのは衝撃だった。
中から、ツンツン頭の強面男がドスドスとこちらに歩いてきたのだ。
しかも、近づくにつれて分かる。
デカイ…それに威圧感が半端ない。
額の傷や焼けた肌がそれを煽っている。
190㎝はゆうにありそうだ。
「月夜見副団長殿でありますでしょうか!私は桜田アルベルトと申します!兵士長より、案内役を任されました次第です!よろしくお願いします!」
ぴっちりとした敬礼をしながら、少しがらついた声を響かせる。
淀みないセリフはある意味、日々の訓練の賜物だろう。
「承知した。よろしく頼む。」
慶兄は慣れた様子で、すっと敬礼し、さらりと話を進めた。
「はい。では私についてきてください。寄宿舎内を案内させていただきます。」
桜田さんは強面から想像できないほどの優しい笑みを浮かべた。
そのおかげか、少し怖さが半減したように思える。
そんな桜田さんの案内のもと、僕達は歩き出した。
きっちりと並んだ石畳が道全体に並べられており、ゴミ1つないところから見るに、ここは『治安』とやらがいいのだろう。
街が活気付いて見えるのも必然的と言える。
そんなことを考えつつも、足はちゃんと働かせた。
数段階段を上がり、アーチ状のドアへ。
ギィイ…
軋むような重い音と共に扉が開く。
「おお、そんな話があるなら早く教えろよな!」
「へへへ、早い者勝ちだぜ!」
「やべっ、交代の時間だ!」
「マジか!」
「ハハハハッ…そうかそうか、それはよかったな。」
「ああ、もう幸せそうな顔してさーー」
そんな声は奥の方から聞こえてきた。
喉太い声から声変わりして間もない声まで、様々な声が全て会話によって響き渡っていた。
目に入った掛け時計は1時少し前を指していた。
昼食どきに丁度来てしまったのだろう。
流石に日が高いせいか、酒の匂いはしなかったが、煙草や美味しそうな料理の匂いは充満しており、開けると同時に此方に噴き出すようになだれ込んできた。
「騒がしいですよね?すいません、丁度昼食どきでして、皆あの様に騒いでいるのです。ご迷惑でしたら、止めてきますが。」
かなり低姿勢な桜田さんは声の方へ鋭い視線を向けていた。
多分、慶兄の気に障らないか気が気でないんだろう。
「いえ、お構い無く。無理矢理押しかけたのは此方ですから。それに賑やかなのは活気があって、割と好きですし。」
そういう慶兄は微笑ましいとでもいいたげな笑みを浮かべていた。
「そうでしたか!それは此方としても助かります。では、まずお部屋の方へご案内します。」
そう言って桜田さんは歩き出した。
僕が見た感じ、入ってすぐ辺りに階段があり、壁や天井はベージュや緑といったナチュラルな色で、木の温かみを感じる内装になっており、家具類も全て木製で統一感があるように感じる。
見るもの全てが初めてと言っても過言ではない僕にとって、此処は異世界同然だ。
だからだろうか?
普段あまり動かさない顔の筋肉が活発的に動いてる気がする。
桜田さんは階段から二階へと上がり、左一回右一回角を曲がったところで止まった。
「ここがお泊り頂く部屋になっております。鍵をお渡しいたしますので、ご自由にお使い下さい。」
桜田さんは懐から銀色の鍵を取り出し、慶兄に手渡した。
「スペアキーはございますが、くれぐれも無くさぬ様にとのお達しがありますのでご注意下さい。」
「承知した。」
「朝食は午前5時30分から午前7時30分まで、昼食は午前11時30分から午後1時30分まで、夕食は午後7時30分から午後9時30分までとなっております。何かご不明な点や申しつけたいことが御座いましたら、お部屋にございますコールボタンでお呼び下さい。」
「承知した。あと、今から弟を治療室に連れて行って貰えますか?」
「分かりました。」
流暢な説明が終わり、慶兄はあまりのスムーズさに語彙が少ない返しになっていたのは聞かなかったことにしておこう。
慶兄と向日葵は先に部屋に入り、僕は治療室に行く事になった。