第5話 海と街
向日葵についていくのは、山勘や何となくではない。
向日葵は感覚器官や目・耳・鼻が生まれつき敏感で、普通の人の3倍いい。
つまりそれだけ遠くまで見え、聞き、嗅ぎ、感じることが出来るって訳だ。
だからなのか、道のない木々の生い茂る中を何かに吸い寄せられるように迷いなく歩いている。
歩いているうちに分かったのは、ここが何処かの森の中で、草原はたまたま開けてた場所って事ぐらいだが。
ちなみにさっきまでいたのは周りを沢山の木に囲まれたただの草原。
どっちみち、そんなところから騎士団に向かうのは、最低でも1泊ぐらいしないと無理だろう。
完全に回復した訳ではない体では、どうせ大した距離は進めない。
その事は皆分かっているのか、あれ以上これからの事を相談しなかった。
どれくらい歩いたのだろうか?
皆の顔に疲労の色が出始めた頃、突然木が途切れ、代わりに目に痛いほどの日差しが降ってきた。
「多分、目の前に見えるのが港町じゃないかな?」
向日葵の声に目は自然と前に向いた。
そこに広がっていたのはまるで異世界にでも来たように錯覚してしまうほどの景色だった。
「…これが……港町なのか…?」
森から少し離れたところから、突然建物が沢山並んでいる…というか一箇所に敷き詰められている。
多分あれが街とやらだろう。
賑やかなのかは分からないが、活気があることは何となく伝わる。
それに、建物も石材か木造かはわからないが、全て茶色と白を基調としている。
だがそれ以前に目を引いたのは…
「…あの青く広く広がっているのは…一体?」
そう。建物の集団の奥に時々光を反射させている青い部分が広範囲に渡ってあったのだ。
その部分の近くには船という名前のものが並んでいる。
船は写真でしか見たことがない。
それに、船は確か…
「冷夏、あれは『海』と言うんだ。それは簡単に言えば沢山の塩水だ。それが陸地以外の部分を覆っているんだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
慶兄は、戸惑う僕を心配してか、幼子に諭すように教えてくれた。
「は、はい。しかし…あ、あれが……海?」
「もしかして、兄上…海を、というか街自体初めて見た訳じゃないですよね…?」
あまりの驚きように向日葵は頬を引きつらせながら聞いてきた。
「…生まれて初めて……」
言葉を切る。
やはり、少し恥ずかしい…ものだ。
「…敷地内から出たんだ。」
そう告げた。
「………は?」
「今なんて…え?生まれて初めて敷地内を出た?」
「聞くけど…兄上って…今何歳?」
はあ…やっぱそういう反応するよな…
「7歳だ。まあ…明日で8歳になるが。」
「って事は…8歳まで家の裏山の小屋で軟禁状態だったってこと?」
あ、あっさり誕生日アピールスルーするのな。
ちょっと傷つくんだが…
「俺も初耳なんだが、それ。」
慶兄も無視かよ。
「まあ、この事は両親、爺や、それと…故人の祖父母だけだ。」
故人と言った瞬間、場の空気が重くなった。
「そ、そうなんだ。ま、知ってても私達じゃ変えようないしね。」
「そ、そうだな。うちかなり特殊みたいだし。騎士団学校でも、団内でもそんなやつ滅多にいなかったし…事例が殆ど無いことを気づく方が難しいしな。」
懸命なフォローがなんとか場を戻した。
「ま、今見れたし。別に気にしなくてもいいですよ。それより早く街に行ってみたいです!宿取らないと僕多分動けなくなっちゃいますし。」
急かし、話題を無理矢理変える。
「そうだな。じゃあ、行ってみるか?」
「そうだね。兄上に、早く街を見て楽しんでほしいし。」
という訳で港町に行く事に。