第24話 食堂と琥珀
「…ん…?朝か…」
窓の方に目をやると、まだ暗さが残る空模様だった。
多分、明け方頃だろう。
二度寝しても良かったのだが、暫く動いてなかったせいか身体が疼いて、寝られそうも無い。
ランニングでもするか…
とりあえず、そう決め、ベッドから起き上がった。
流石にまだ早い。灯りは付けない方がいいだろう。
念の為、足音を消し、近くの箪笥に歩み寄った。
流石にこの服では…な。
普通の服が入っていますように!
そんな失礼なお願いをしながら、そっと開けた。
5段全ての引き出しを見た所、ジャージやスニーカーと言ったものは5段目の奥に、まるで隠すようにして入っていた。
その代わり、髪ゴムやリボン紐は取りやすい箪笥の3段目。小さな木箱に小分けされ入ってた。
ご丁寧にブラシや整髪料なんかも近くにあった。
この明らかな違い…よっぽど俺に着てほしく無いんだろうな。
容易に予想できる訳に苦笑いを浮かべた。
ジャージの中は適当に引っ張り出してきたTシャツを着込み、上下黒のジャージで着替えは完了した。
スニーカーは所謂ランニングシューズで、軽い割には走りやすいよう計算された構造やフォルムが、特徴的なスポーツ用の紐靴だ。ちなみにデザインはグレー主体で緑のラインが入った、かっこいいやつだ。
キュッと紐を結び、トントンと履き心地を確かめた後、静かに部屋を出た。
廊下の右側に手洗い場を見つけた。
洗面台近くにブラシや整髪料を置き、黒の髪ゴムを手首に付ける。
幸い洗顔料は備え付けがあったため、遠慮なく使う。
キュッと蛇口を捻り、泡を流す。
冷水が寝惚け顔をハッキリとさせていく。
積み重ねられた備え付けのタオルを手探りに取り、拭く。
さっぱりした所で、手首のゴムを咥え、ブラシで寝癖混じりの長い髪を何度も梳く。
その後、整髪料をかけ再度髪を梳かし、寝癖がなくなった髪を高い位置に纏め、咥えたゴムでブラシと併用しながら、慣れた手つきで結わえる。
結わえた髪を梳き、その他の支度も済ませ、ブラシと整髪料を部屋に戻し、廊下に戻った。
何となく覚えてた食堂までの道程をトボトボと歩き、扉に手をかけた。
開いてなかったら、最悪解除して復元かければ何とかなるだろう。
端から見れば、泥棒同然な事を考えながら、開けようとした。
ガラ
…は?
ガラガラガラ…
「開いた…?」
そう、開いたのだ。
こんな早い時間だというのに開いたのだ。
困惑しつつも、とりあえず中に入ってみた。
何故開いていたのか。
「…誰かいるのか?」
これ以外に答えが無い。
「いるさ。で、用件は何かな?冷夏君。」
ビクッ
突然目の前に現れた人物に思わず反応した。
…まるで気配が無かった。
「…誰?…あと、水。ペットボトルに入ったやつ…それ2本貰いに来た。軽食もあれば助かる。」
「自分から声かけといて、誰は無いでしょ…まあ、いいや。俺っちは警備兼料理担当の柊 琥珀。で、差し支えないなら聞くけど、何でそれがいるのかな?」
親指を立て、その指を自身に向けて、強調してきた。
「…ランニングするから。水分補給とか、栄養摂取とかしないと身体に影響出るし。それよりどこから湧いてきたんだ?柊とやら。」
「へぇ。ま、それもそうか。というか、人を虫みたいに言わないでくれよな。あと、俺っちの事は琥珀でいいから。で、どっから出てきたかだっけか?答えは簡単。『上』だよ。」
苦笑いを浮かべたかと思えば、ニッコリと笑った。
よくそんなに表情筋が動くもんだ。
「『上』?張り付きと気配消去の併用か?」
感心したような顔で頷いた。
「ご名答。天井ぐらいしか死角取りづらいしな。特に冷夏君みたいなタイプには、な。」
「それ褒めてんのか?あと…俺の事は冷夏でいい…琥珀…」
呼び捨てにしたことが無かったせいか、不覚にも顔が熱くなった。
「褒めてるさ。その様子、呼び捨て慣れてないみたいだな。とりあえず、用意してくるから。そうだな…ま、適当に掛けといてくれ。」
「…うっせ。ま、よろしく。」
琥珀は琥珀色の猫目で、少し長めの胡桃色のくせ毛を後ろで縛っている。スズメの尻尾みたいで、ちょっと面白い。
少し焼けた肌と相まって、宛ら虎のような顔立ちだ。その上、高身長と来た。
親しみやすい雰囲気を醸し出しているため、怖さも無い。
…絶対モテるだろ。
今の琥珀は黒シャツにモスグリーンのカーゴパンツを着ているだけだというのに、かっこよく見える。
紺のエプロンを着て、キッチン…というか厨房に立つ姿はまさに料理男子。
そんなことを考えながら、ボーッと琥珀を見ていると何やら匂いがしてきた。
軽食にそこまでの手間をかけるだろうか?
てっきりおにぎりとかサンドウィッチ程度だと思ったんだが。
匂いがしてきてから、15分ぐらいで琥珀が戻ってきた。
「はいよ。ミネラルウォーター2本と軽食のサンドウィッチ、ここ置いとくから。」
琥珀はテーブルに水と軽食を置くと、厨房からトレーに乗せて何かを持ってきた。
「これ、折角食堂に来たんだから、食べて行きなよ。」
持って来たのは白米、焼き鮭、味噌汁、浅漬け、緑茶。典型的な和食だ。
「…頼んで無いよ。何、餌付けの積もり?」
いきなり勧められたまともな朝食に疑いの目を向けた。
「違うよ。俺っちこれから朝食だから、一緒にどうかと思っただけ。それにまだ冷夏は子供だ。ちゃんとしたの食わないと背、伸びないぞ。」
不服そうに眉尻を下げた後、嫌味ったらしく笑った。
背の部分を強調して言うもんだから、ちょっとイラッとして思わず殺気を向けてしまった。
「…!いや、そんな怒んないでよ。ご飯作ってもらったんだから、そこは有り難く頂戴すればいいだけだし、突っぱねられてもね。」
少し怯んだみたいだか、何事もなかったような顔でフォローしてきた。
…通常より少し強い殺気だったんだが。
明らかにこれはそういうことに慣れてるやつの反応だ。
「…わかった。じゃあ、食べる。」
敵対しない方がいい気がした為、とりあえず従う事にした。
「分かればいいさ。やっぱり子供は素直が一番だ。」
満足げに笑い、トレーを俺の前に置いた。
ささっと自分の分をよそって、向かいの席についた。
「いただきます。」
「…いただきます。」
琥珀に習い、同じようにして食べ始めた。
「ごちそうさまでした。」
「…ごちそうさまでした。」
そう言ったあと、食器を洗い場まで一緒に運んだ。
身体は糖分を求めていたのか、一口食べた瞬間、がっつく羽目になった。
結果、ご飯2杯、味噌汁2杯…つまりお代わりしてしまったのだ。
「どうだった?美味しかったかい?」
「…分からない。微かにほっとする気がしたぐらいかな…」
優しさを感じた。
そう言いたかったが、果たしてこの解釈で良いものか悩みようがある為、結局遠回しにしか言えなかった。
「へぇ…ほっとする、か。ま、そんな風に感じてくれたなら、幸いだ。」
嬉しそうにそう言って、右頬を掻いた。
「……あり、が、と。」
どうしてもはっきり伝えられない…というか、そうしたらまた痛みが来そうでまともに言えなかったが、消え入るような声は届いていたみたいだ。
「どういたしまして。」
柔らかな笑みを浮かべ、頭をそっと撫でてくれた。
暖かな手は心を落ち着かせた。
暫くして、琥珀はふと思い出したように言った。
「ランニング、頑張って。」
「…うん、頑張る。」
水と軽食を持ち、琥珀をしっかりと見据える。
「また来いよ。」
「…うん。」
コクリと頷き、手を振る琥珀に向けて小さく振り返した。
食堂を後にした俺はぶらぶらと歩きながら出口を探し、少しして見つかった玄関からそのまま外へと繰り出した。
できるだけ更新はしますが、出来ない日が多いのでご容赦下さい。




