第18話 地方都市と雪 後編
「んんっ……」
木箱の隙間から入って来る光に目を細め、意識を覚醒させる。
貨物室の丸い窓から入る光は眩しいって程ではないが、それでも明かり代わりにするには申し分ないぐらいだ。
あの切り伏せたトラップは復元をかけて寝てる間に直したから大丈夫だとは思うが…
もし失敗してたら…
そんな心配が頭を過る中、突然扉が開く音がした。
「なあ、今朝の新聞見たか?」
「昨日ギルドに来たバケモン級の数値叩き出したガキの捜索依頼だろ?」
これ、俺の事か?
ギルドの奴ら騒いでたような気がするし。
てか、バケモンって…あれそんなにヤバかったのか?
「ああ。しかし、ギルドも太っ腹だよな…」
「目撃情報なら5000円、潜伏先の情報など具体的なやつなら5万円、捕まえて連れてきたなら10万円。しかも、今回は一般人も参加OKってどんな謳い文句だよって感じだよな?」
俺は絶滅危惧種か!
全く。
いくら話が聞きたいからって、そんなことするとか…
馬鹿なんだろうか?
それともボランティア精神旺盛な金の亡者か?
「確かに。御蔭で街の奴ら血眼になって探してて、商売になんねぇっておやっさん愚痴ってたぜ。」
おやっさん…なんかすいません。
ってなんか俺が悪いみたいじゃんか!
「マジか?でもよ…ガキ一人のために金どんだけ積むんだか。俺にはガキが可哀想に思えて仕方ねーぜ。」
「それ、分かるぜ。ガキにだってなんか事情があるんだろうしよ。ほっといてやるのが大人ってやつだろ。全く大人気ないったらありゃしない。」
まともな奴はいるもんだな。
いや、これが普通か。
多分、街の奴らやギルドが異常なんだ。
ま、こういう奴がいるなら、次第に事態も収まるだろう。
「これこそまさに世も末ってやつだな。」
「お前ドヤ顔してっけど、かっこよくもなんともないからな。」
「うっ、うっせー!」
そんな会話が交わされつつも、荷の出し入れの時間なのか、扉近くの木箱から順に運び出されてるみたいだ。
ま、音で何とか分かる程度だから、詳しくは分からないが。
暫くして荷の出し入れが終わったのか、音が減っていく。
「出し入れが済み次第、次の港行くぞ!」
「次どこだっけか?」
「しっかりしろよ…次はパラナバ港だ。で、そん次がマーチャロ港ー」
お惚けな奴とお人好しな奴との会話によってここ1ヶ月の貨物船の移動先全てが把握できた。
簡単に言えば、五星島全ての島の港を1、2個ずつ回り、荷を降ろしていくらしい。
今回の荷下ろしには少し変わった場所にある港にも行くとの事だ。
しかし…少し変わったって、どのくらい変わってるんだ?
よっぽど辺鄙な場所で、人が寄り付かなさそうなところとか?
いや、それでは荷下ろししても金や時間の無駄だ。
…うーん。俺にはそういう感じの専門分野の知識は皆無なんだよな…
ま、面白そうだし…そこで降りてみるのも悪くないか。
そんな感じでこれからの行き先を決め、魔物の肉を木箱を燃やさないようにして焼き、食べてから夜まで眠る事にした。
夜になり、乗組員が眠りについて暫くした頃、こっそり木箱から出て、刀で素振りをし、体の訛りを防ぐ。
こうでもしなければ、少し変わった場所の港に降りてすぐ死ぬような事になりかねないからだ。
剣術は1日でも鍛錬を怠れば取り戻すのに数日はかかるもの。
そう自負しているからこその行動だ。
決して頭がおかしくなったという訳ではない。
素振りも木箱や壁、床を切らないように細心の注意を払いながら、というある種の縛りの中でやるため、より鍛え上げられている気がした。
朝は乗組員の話を聞いて情報収集&朝食、睡眠、夜は刀の素振りで鍛錬…
そんな生活を繰り返す事、13日。
事態が急変したのは、俺の意識がまだぼんやりとしている時だった。
ーーーついに見つけた。
ーー久しぶりだよ。君は覚えているかな?
誰かの声が聞こえる…
その声を認識すると同時、ゾクリとした視線を感じ、飛び起きると、荷の出し入れが終わる頃だった。
ガタン
木箱の蓋が起きた拍子に開き、床へ音を立てながら落ちた。
「ん?今物音がしなかったか?何かが落ちるような感じのやつ。」
ヤバい!
聞かれた!
そんな中、さっきの視線は強まり、まるで身体中を舐め回されているような感覚を覚えた。
気持ち悪さと恐怖心が脳内を覆う。
震えが止まらない。
「は?まさか!」
「いや、何かの拍子で木箱が落ちたなら、あり得るが…」
「それなら品物が出てるかもしれねー!おい、手分けして確認すっぞ!タタラ、船長に連絡してくれ!念のため今日1日は船動かさない方がいいって!」
船動かさないのはいいが、かなりピンチだ。
見つかれば確実に捕まる。
それに下手したらどこかに売られるかもしれない。
いくら善人でも金に目が眩むことはあるものだ。
「わ、わかった!」
タタラと呼ばれた男は指示に従って、船長のところへ向かうだろう。
そうなれば、船長が外にいた場合、港側の人間にも知れてしまう。
もし、港側の人間までそれを手伝うなんていいだしたら、ピンチどころかこれじゃあ、まるで死亡フラグだ。
やられるならば…やられる前に殺る。
混乱の末、未だに震える身体に鞭打って、そう決めた。
リュックを背負い、フードを被ってマフラーで口と鼻を隠す。
刀を腰に下げ、木箱から外へと瞬間移動する。
ま、視界に入る範囲で、だが。
木箱の外に出た俺は刀ではなく、魔法で雷撃斬を生み出し、両手に握る。
雷撃斬は小太刀程度の大きさで刀身に電気を纏ったものだ。相手に電撃を与えながら斬る事ができるため、浅い傷でも相手にダメージを与えられる。
そんな雷撃斬を両手に持ち、さながら双剣使いの出で立ちで、乗組員を見つけ次第、片っ端から死なない程度に斬って、気絶させていく。
返り血を浴びないよう立ち回り、あっと言う間に乗組員全員を伸した。
適当な窓ガラスを割りながら、空へ飛び出し、エアステップを使いながら、緩やかに着地した。
悲鳴や野次馬の声が聞こえたが、無視し、森の方へと、加速・光で向かった。
ーーおや?僕に気づかないとは。
ーまあ、いいよ。後ほどじっくり聞けるだろうし。
さっきと同じ声を耳にしながら、その場を離れた。
森の中に入り、暫くしてから減速をかけ、そっと止まった。
森の中で派手な動きをして、熊なんかに襲われでもしたら、倒した時の音や残骸、血なんかで居場所がバレかねない。
そんな懸念からの行動だった。
降り立った森には落ち葉が沢山あり、木はとても寒そうだった。
急いでいたため、あまり気に留めていなかったが、気温がかなり低く、防寒具を着けていても、身体の芯から冷えていく。
寒さに震えながら、森の中を歩く。
寝床になりそうな場所を探すためだ。
食料はあと2週間ぐらい保つ。
目を周りに向け続けていた時だった。
不意に目の前を白いものがチラチラと舞い落ちたのは。
小さく風に飛ばされてしまうほど軽いもので、空から無数に止めどなく落ちてくる。
肌に当たるたびに冷たさを感じ、すぐに体温で溶けてしまう…
所謂、雪というものだった。
目覚めて初めて見る雪によく分からない感情をほんの少しだけ感じた。
それは僅かながら感情を高ぶらせた。
走り回りたい!
触ってみたい!
その感情に従う事にした。
ただ本当に僅かだったため、数メートル走り、手袋を外して手を翳すぐらいしか出来なかったが。
そうこうしているうちに雪は次第に強くなり、視界を覆っていった。
数メートル先でさえ見えない真っ白な世界は冷たさを増し、辺りを凍らせて行く。
「…こんなに寒いとか……聞いてないし…」
いくらダッフルコートを着ていたとしても、薄着には変わりない俺の服装では余りにもこの寒さは耐え凌げそうに無かった。
足を止めれば、死。
そう…死を直感した。
凍傷は尚の事、低体温症まで発症した俺の身体は限界を迎えていた。
決して鍛錬を怠った訳ではない。
ただ、環境の変化に順応仕切れなかっただけだ。
降り積もる雪に足を取られ、何度転んだか…
身長の小ささと体重の軽さをどれだけ恨んだことか…
朝方見つかり、そのまま逃げたためご飯も食べれずじまいだ。
力の入らなくなってきた身体を懸命に動かし、足を動かし続けた。
どれぐらい歩いただろうか?
オレンジ色の光が見えたのは。
思考が停止しかけた頭で見たそれは、救いに見えた。
光の元へたどり着く頃には俺は力尽きてしまうだろう。
だが、俺の足は、身体はそこへと向かう。
その光が近づくにつれて、記憶が浮かび上がっていく…白黒の映像を見ているかのような感覚を覚え始めた瞬間。
身体のどこかに激しい痛みが走り出した。
痛みは覚えた感覚が無くなるまでずっとずっと…続いていき、意識を奪っていく。
立っていることもできず、雪崩れるように積もりに積もった白いクッションの上に倒れこんだ。
ぼやける視界に映ったのは左手首に浮かび上がった闇よりも深い黒の鎖が複雑に絡み合い塒を巻くように巻きついた紋様と固く閉ざされた門の先に見えるオレンジ色の淡い光だった。
伸ばした手は光を掴めず、空を切る。
「…とど…けよ……なんで…こんな、ことに……ならないと…だめなん、だ…?…おれは、ただ……じゆうに、なりた…かった……だけな…のに……」
感情が痛みによって暴走し、理性が切れた。
頬を伝うのは冷たい水。
それが落ちた場所は凍った湖のようになっていく…
誰を思うでないそれは無意識のうちに流れる。
意識が切れたあとも、流れ続けたそれは辺り一面を氷で覆い尽くすまで止まらなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全く…これはまた面倒なことになったよ。
透き通った氷に覆われた門に目を向け、男はため息をついた。
その門はこの建物の正面玄関に繋がるため、こんな事になると些か困るのだ。
「先生、どうかしたの?」
銀髪の少女が男に心配そうな眼差しを向ける。
「いいや。明日からの事で、ちょっとね。」
意味深に窓の外に目を向け、そう呟いた。
その視線の先を追うように少女も窓の外を見つめた。
「門が…凍ってる?」
不思議そうな顔をし、首をかしげる少女の目はたちまち見開かれた。
「先生、大変だわ!門の外に誰か倒れてる!このままじゃ死んじゃう!」
突然叫んだ少女に周りの視線は向く。
そして、その発言の意味を理解すると同時に慌しくなった。
男は悩ましげに頭を掻き、男と同い年ぐらいの人間数名に声をかけ、外へと向かった。
子供達は様々な反応をしつつも、皆揃って窓に張り付くように外を見た。
少しして門へと辿り着いた男とその他数名だったが、門は凍っており、全く開く気配がなかった。
仕方なく炎属性の魔法をひたすらぶつける事になり、門の辺りは赤く暑い光が照り続けた。
数十分後、ようやく門が開くようになり、外に出た男が見たのは雪を被った小さな子供だった。
雪を払い、出てきたのは金髪と数束のオレンジ色の髪をポニーテールにした美しい人形のような中性的な子供だった。
腰には刀を差し、背中にはリュックを背負っていた。
直ぐさま救出された子供はかなり冷たく、瀕死状態だった。
運び込まれた医務室では、適切かつ迅速な治療が行われ、一命を取り留めた。
それが終わると同時に、身元特定や身体検査、荷物検査がされ、驚くべきことが判明していく。
子供…改め少年は一命を取り留めたものの、深い眠りについていた。
その少年がいたのは、児童養護施設 ひだまりの家の門の前。
目覚めた少年には、尋問されることが検査結果などから決定し、それを知ったものたちは『御愁傷様。』と常々思ったらしい。
運命はもう既に動き出している。
それに気付くのはまだ先のこと。
…いいや、直ぐかもしれない。
それを知るのは神だけだ。
復元
術者が指定したものを元の状態に戻す魔法。範囲指定や復元度合いなど、細かい設定が出来るため、この魔法が生み出されてからは、ゴミ問題が大幅に解消した。
第1章終了です!
いや〜長かったですよね?
すいません。
作者、まとめる作業苦手なんです。
次からは第2章!
お楽しみに!